第13話 姫野 真凜の下校デートでの色仕掛け ① 37148

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 木曜日。

 流石に大勢に囲まれることは無くなってきたけれど、依然好奇の眼差しはなくならない。

 それでもクラスメイトは徐々に慣れたというか飽きたというか、そこまで言及してこなくなって。

 男友達との会話の中でちょこっと持ち出される程度までには落ち着いた。


 学校内では色んな憶測や噂が飛び交っているんだろうけれど、そんなものはもう気にしたって仕方がないと諦める。

 お下劣な予測を立ててクスクスしているような奴もいるかもしれないけれど、まぁ俺たちに実害が降りかかってこない限りは放っておくのが吉だろう。

 俺だって自分たちの関係が他人にどう思われるかどうかは自覚しているし、ある程度は覚悟の上だ。


 ただ、今こうして宙ぶらりんな状態でも、やっぱりみんなの注目を集めてしまう。

 これが実際に付き合うことになって、それを隠しようも誤魔化しようもなくなった暁には、一体どうなるんだろうとは考えてしまう。

 まぁ、その時はその時か……。


 普段通り、何も変わらない有友にキャッキャと絡まれたり、未琴先輩と屋上で密会(周知の事実)をして弁当を食べたり、なんだかんだとつつがなく一日が終わって。

 放課後、何の部活にも所属していない俺は、ホームルームが終わると同時にいそいそと帰路へと着いた。


 ここ数日は色んなことがあって頭痛のタネが多い上に、どうも頭がふわふわして仕方ない。

 別に具合が悪いわけじゃないんだけれど、意識というか記憶というか、頭の中の情報処理がうまくいかないというか。

 多分疲れているだけだと思うけど、このせいで未琴先輩との出会いをうまく思い出せないのだから、今日は早く帰ってゆっくり休むことにしよう。

 有る事無い事がごちゃ混ぜの頭のままじゃ、考えも碌にまとまりゃしない。


「────」


 部活へ向かう生徒の流れに乗りながら、一人スタスタと昇降口へ向かった時だった。

 ふと、妙な既視感に襲われて、俺は下駄箱の前で思わず立ち止まった。

 この先で誰かが待ち受けている。気がする。

 そしてきっとそれは、いや、また俺の頭痛の種を増やすんだ。


 不思議とそんなことが頭の中でわらわらと浮かんだけれど、でも帰るためには進まないわけにいかない。

 妙に確信めいた予感に苛まれながらも、俺は恐る恐る自らの靴がある棚まで歩みを進めた。


「お、うっしーくん! 奇遇だね!」


 案の定というか、妙な胸騒ぎ通り、二年生の下駄箱の前には一人の三年生の女生徒の姿があった。

 そこで待ち受けていたのであれば奇遇もクソもないのに、飽くまで偶然を装うつもりのようで、気にせず朗らかな笑みを向けてくる。


「生憎、俺をそんな風に呼ぶ先輩に心当たりがありませんね」

「ひどい! この可愛い顔を忘れたって言うの!?」


 愛らしい黒髪のボブヘアを揺らしながら、その人はムッと唇を突き出した。

 厚めの唇が妙に大人の色香を振りまいていて、そのハイレベルに可愛らしい顔と合わさって愛らしさを振りまいている。

 お洒落な縁あり眼鏡を少し下げ気味にかけて、そのレンズ越しにぱっちりとキラキラした瞳が俺を見つめてきた。


「そういう意地悪を言うんなら、私にも考えがあるけどね」

「どちらかと言うと俺が被害者な気もしますけど」

「ここで、叫ぶ」

「……なんと?」

「『きゃー! 助けてー! 後宮うしろぐ たけるに襲われるー!』って」

「────これは姫野ひめの先輩じゃないですか! お疲れ様です。こんなところで会うなんて奇遇ですね!」


 可愛らしい顔でとんでもないことを言ってのける、姫野ひめの 真凜まりん先輩に、俺は慌てて声を被せた。

 そんなベタな手口と思うけれど、女子に悲鳴を上げられたら男子に勝ち目はない。

 特に俺は今かなり目立った立場だから、そこに少しでも悪評が乗っかれば大惨事だ。


 この先輩は、なんて恐ろしいことを言ってくるんだ。

 そもそもは、今まで呼んだことのないあのダサい渾名を使うそっちが悪いのに。


 俺が降参の意を示すと、姫野先輩はクスクスと楽しげに笑った。


「これから帰りでしょ? 一緒に帰ろうよ」

「いいですけど、姫野先輩、部活は?」

「今日は臨時の休部なんだよ。部長権限でね」


 そんなことを言いながら、姫野先輩は自分の靴を投げて足を通す。

 三年生の下駄箱から自分の靴を取ってきた上で、わざわざ俺のことを待っていたらしい。


 まぁ単純に考えれば、姫野先輩のような可愛らしい女子に待ち伏せされるのは悪い気がしない。

 トップレベルのアイドルばりに可愛らしい、コロンとした柔らかい整った顔立ちに、けれど大人っぽい色っぽさと余裕を兼ね添えた雰囲気。

 何より制服越しでもありありとわかるグラマラスな体型は、女性としての魅力の塊だし、更に特には、ワイシャツを内側から押し上げているお胸が暴力的だ。


 有友と違って制服をちゃんと着ている姫野先輩は、その豊かな中身が見えてしまったりはしない。

 けれどしっかりと服を着て包み込んでいるからこそ、その圧倒的なボリュームがパツンと強調されている。

 それが堪らなく目のやり場に困って、けれど眼福でもある。


 そんな彼女はボランティア部の部長様だ。

 だからその活動を手伝わされる中で交流するようになって、よく気さくに声を掛けてくれる。

 姫野先輩が可愛いのも割と有名だから、未琴先輩と出会う以前も、彼女に声を掛けられると周りの男子に妬まれたりしたなぁ。


「うっしーくんは電車組だよね? 私もだから、駅まで一緒だね」

「そうですけど、どうして俺は名前を呼んでもらえないんですかね」

「こっちの方が仲良しみたいでいいでしょ? まぁどうしても嫌だって言うなら、私のことを真凜ちゃんって呼ぶなら考えてあげる」

「俺にそんな無謀なことできるわけないでしょう」


 求められているとはいえ、女子を、しかも先輩を下の名前で呼ぶなんて、そんなの気恥ずかしくて俺にはできない。

 未琴先輩は例外というか、そうせざるを得なかったというか、それよりも問題あることが多かったというか。

 とにかく無理な交換条件を出された俺は、嘆息をつくしかなかった。


「別に良いって言ってるのに。というかむしろそう呼んで欲しいんだけどなぁ。姫野先輩より真凜ちゃんの方が可愛いし」

「姫野先輩だって、お姫様みたいな先輩に似合って可愛らしいですよ」

「ほほう、仕方ない。今日はその軽口に免じて許してあげるよ」


 俺のその場凌ぎの言葉を案外気に入ったようで、姫野先輩はニコニコと笑ってそう言った。

 世界中の男のハートを射抜かんばかりのキュートな笑顔が、とても眩しくていらっしゃる。

 俺に眼鏡フェチの気はないけれど、それが彼女の魅力のいいアクセントになっていることはよくわかる。

 こういう風に可愛さを全開にさせた中でも、眼鏡が大人っぽさを付け加えて、妙にフェロモンを感じさせる色っぽさを演出しているんだ。


 俺がちょっぴり見惚れたことに気付いたのか、姫野先輩はニヤリと眉を上げた。


「ほらほら、私を独り占めしたいなら早く行こう。せっかく下校デートに誘ってあげてるんだかねっ」

「いやぁ、デートとか言われちゃうと緊張しちゃって足が動かなくて」

「じゃあ特別に私が手を引いてあげよっか」


 今更誤魔化せないとわかりつつも軽口を叩く俺に、姫野先輩はさっと身を寄せてきた。

 少し低い眼鏡との隙間からクリクリとした上目遣いを向けながら、俺の腕を両手できゅっと引っ張る。

 不意打ちのスキンシップに、俺の心臓はドキッと飛び跳ねた。


 腕を絡めるまではいかずとも、かなり身体の距離が近い。

 その暴力的なお胸が今にも触れてしまいそうなくらい、俺と姫野先輩の隙間は詰められてしまった。

 慌てる俺の隙を突いてぐいっと引いてくる姫野先輩に、俺は慌てて靴を履いて後に続いた。


 対抗しようものなら、強引に引き寄せるその力にバランスを崩してラッキースケベをしてしまいそうだ。

 だからといってこの気に乗じて自ら身を寄せようとすれば、それはそれで下心を見透かされてしまう。

 つまり大人しくついていくことしかできず、完全に姫野先輩のペースだった。


「うっしーくんと一緒に帰るなんて、案外初めてだよね。部活手伝ってくれたりとか、ちょこちょこ顔は合わせてるけど」

「まぁそもそも俺は帰宅組なんで、下校時間が合わないですしね。だから今日はラッキーだとは思ってますよ」

「でしょでしょ。その正直さの勢いで、私を真凜ちゃんと呼んでみる?」

「────ところで姫野先輩」


 自らの可愛さや魅力を疑わない自信に満ちた笑顔で、姫野先輩は俺を見上げてくる。

 まぁ誰が見ても可愛い姫野先輩なんだから、それに自負を持ってもらうことには何の問題もない。

 ただ今は、さっきから俺をざわつかせるこの違和感を尋ねないわけにはいかなくて。


 やや強引だとは思いつつ、可憐に笑顔を振り撒く姫野先輩の言葉を遮る。

 姫野先輩は「スルーされた」と拗ねた顔をしたけれど、続きを促すようにコトンと首傾げた。

 その無害そうな仕草に、やっぱり俺の勘違いかと頭を捻りながら、けれど意を決して言った。


「姫野先輩も、俺に未琴先輩のことで話があるんじゃないですか?」

「……デート中に他の女の名前を出すなんて、君は悪い男だね」


 姫野先輩は笑みを浮かべたまま眉を吊り上げ、俺の腕を掴む指に少し力を込めた。

 それからゆっくりと、探るように目を細める。


「どうしてそう思うの?」

「いや、正直何となくなんですけどね。でもなんていうか、そういう理由がないと、わざわざ部活を休みにしてまで俺を待ち伏せたりしないかなって」

「ふーん。私がただ君を甲斐甲斐しく待っててあげただけかもしれないのに」


 そうやって口を尖らせる姫野先輩だけれど、その目は少し真剣みを帯びていた。

 真面目な顔すらも可愛い。というかキリッとした雰囲気すらあざとい。

 姫野先輩は少し考えるように視線を揺らしてから、ポツリと言った。


「どこまで知ってるの?」

「未琴先輩がなんかヤバい人ってことくらいは……?」


 正直よくわかっていない俺は、そうふわっと答えることしかできなくて。

 そんな間抜けな俺に、姫野先輩はクスクスと笑った。


「そこまでわかってるんならいいよ。まったく、話したならそう言ってほしいなぁあの子たち」

「……?」


 姫野先輩は一人納得したようにそう言うと、俺の手をぐいっと引いた。

 体が傾いた俺を、姫野先輩がそのクリクリとした目で眼鏡越しに見上げる。


「君の言う通り、神楽坂 未琴はヤバい女だよ。その話を、君にしなくちゃね」

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