第14話 姫野 真凜の下校デートでの色仕掛け ② 37148

 駅まで帰っていく生徒の流れに乗って、俺と姫野先輩はゆっくりとぼとぼと歩みを進める。

 この光景だけならば、可愛い先輩とのウキウキ下校時間なんだけれど、話の雲行きが悪くて思うように楽しめない。

 けれどまぁ、先輩が俺の腕を取ってくれているから、最低限のムードは出てるだろうと自分を納得させる。


 そうやって一見ただ普通に下校している風を装いながら、姫野先輩はつらつらと語り出した。

 その内容はどこかで聞き覚えのある、俄かに信じ難いファンタジーのようなお話。

 感情が伝播して現象を引き起こすという特殊能力、世界を脅かす悪い能力者たち、そしてそれを率いるラスボスが未琴先輩であるということ。


 デジャビュを感じるほどその内容は既に俺の中にあって、信じられはしないけれど簡単に理解できてしまう。

 なんだか、前にもこうして姫野先輩から話を聞かされたような気もするけれど、流石にそれは気のせいか。

 少なくとも、こうして二人で肩を並べて下校したことなんて、今まで一度もなかったわけだし。


「やっぱり驚かないんだね。実は少しくらいリアクションして欲しかったんだけどなぁー」

「驚かないというよりは、反応に困ってるって感じですけどね」


 一息ついたところでつまらなさそうに口を窄めた姫野先輩。

 その反応にも困りながら、俺は溜息をついた。


「言いたいことはよくわかったんですけど、でもやっぱり俺には信じられないんですよ。未琴先輩がそんな悪い人に、俺には見えなくて」

「まぁ今のうっしーくんから見たらそうかもね。正直私も、彼女単体で見たら他の同級生とそんなに変わらない印象だし」


 眉を寄せる俺に対し、姫野先輩は朗らかさを損なわずにそう言う。

 どんな時も可愛らしく愛らしい、その徹底した振る舞いは尊敬に値する。

 その絶妙な自己アピールは、真面目な話をしている時ですら邪魔にならないのだから、この人は本当に地で可愛いんだ。


「そういえば、姫野先輩は未琴先輩と同じクラスでしたっけ」

「うん。まぁ今年になって初めてだけどね。教室での彼女は本当にただの高校生だよ。かなりの美人だから目立つけど、まぁ私の方が可愛いかな」

「そこはノーコメントで……」


 えへっとドヤ顔で笑顔を輝かせる姫野先輩に、俺は口を閉ざして首を振った。

 そんな俺に姫野先輩はプンスカとムクれた顔を向けてきたけれど、怒った顔も可愛くて怖さはない。

 いや、姫野先輩がとびっきり可愛いのは重々理解してるけど、どっちが上だと俺が言えるわけないじゃないか。


「でもじゃあ、姫野先輩から見ても未琴先輩は無害なんじゃないですか?」


 少々強引に言葉を挟んで話を戻す。

 すると姫野先輩はケロリと表情を戻して頷いた。


「そうだね。神楽坂 未琴は全くアクションを起こさないし、あれだけの美人ならうっしーくんがなびいちゃうのも仕方ないかな」

「地味に気にしてるじゃないですか」

「こんな愛くるしい先輩に下校デートしてもらいながら、先輩が一番ですって言えないうっしーくんが悪いんだよ」


 話を戻せていたと思ったら、全く戻せていなかった。

 むーっと頬を膨らませる姫野先輩に、俺は困り顔を返すことしかできなかった。

 姫野先輩の可愛さを褒めるのは簡単だけれど、今の俺がそれを口にすれば、どうしても心の中で未琴先輩と比べてしまう。

 姫野先輩はそれを決して良しとはしないだろう。


「もう、口先だけでも言っちゃえばいいのに。まったく君ってやつは」


 戸惑う俺に対して姫野先輩はそう言うと、溜息混じりにカラカラと笑った。

 どうやらそこまで怒ったりしているわけじゃないみたいで、とりあえず俺はホッと安堵の息を吐いた。


「でも、そんな誠実ヘタレなうっしーくんが神楽坂 未琴に入れ込んじゃったとなれば、私はやっぱり見過ごせないんだよね」

「キャッチフレーズは誠実のところだけにしてもらえませんかね」

「全部セットで君だよ」


 パチリとウィンクしてそう言う姫野先輩。

 不覚にも少しドキッとしてしまった。


「確かに神楽坂 未琴は一見すればただの高校生だけど、私は彼女が『インフルエンサー』の親玉として君臨していることを知ってるからね。やっぱり、どうしても警戒は抜けないんだよ」

「……未琴先輩は、そんなに凶悪なことをしてたんですか?」

「うーん、彼女が直接手を下したことは、私たちが見た中ではないみたいなんだけど。『インフルエンサー』たちがやろうとしていたことは、確かに恐ろしかったかな」


 俺の腕から手を放した姫野先輩は、そのまま肘を引っ掛けながら自らの手と手を合わせる。

 完全に腕を組むようになってしまって、気を抜けば肘が先輩の存在感のあるに当たってしまいそうだ。

 俺は意識して腕を内側に寄せたけれど、それは腕の絡みを強めるだけだった。


「自らの心象で外部に影響を与える『感傷的心象エモーショナルの影響力・エフェクト』。この能力を悪用しようとすれば、世界の法則なんて簡単に乱せちゃうから。この世界が誰かの勝手なルールで満たされちゃったら、ほとんどの人は生きづらいでしょ?」

「世界中治外法権みたいな感じになるってことですか。しかもそれが色んなルールで入り乱れてぐちゃぐちゃになったら……確かにヤバそうではありますね」


 俺たちが当たり前に享受している様々な法則が、誰かのぶっ飛んだ感性に塗り替えられたら、その破滅は想像すらできない。

 当然だったものが破綻して、考えられないようなとんでもないルールが当たり前のように跋扈する。

 人が生きていけないような環境になってもおかしくないということか。


「確かに神楽坂 未琴は自分の手で人を傷つけたり、大きな被害を起こしたわけじゃない。けど、そんな無法者たちを束ねてるのは確かなんだよ。つまり『インフルエンサー』の思想は彼女の思想。その破滅は、彼女の目指すものなんだよ」

「………………」


 理屈はわかる。理屈はわかるんだ。

 けれどそれを俺の知る未琴先輩の当てはめると、途端にチグハグとする。

 だって世界を滅茶苦茶にしようとしている人が、俺なんかと恋しようと思うかって話だ。


 その『インフルエンサー』の思想とはつまり、この世界を否定するが故のものなんだろう。

 けれど底知れないにしても俺に健気に向き合おうとしてくれる未琴先輩が、この世界に絶望しているとは思えない。


 それとも意味もなく、或いは愛するが故に壊したくなるサイコパスとでもいうのか。

 それもなかなか、俺の知る彼女の姿には当てはまらない。

 未琴先輩は端からみればミステリアスな人だけれど、彼女の中には明確な芯があるはずだから。


「彼女と仲良くしてる君にこんなこと言って、ごめんね。別に悪口を言いたいわけじゃないんだけど……」

「わかってます。悪意がないことはちゃんと。それでも、言わなきゃいけないんですよね、姫野先輩としては」

「うん、そうなんだ。ありがと」


 俺が理解を示すと、姫野先輩は安心したように微笑んだ。

 彼女に悪気がないのはよくわかるし、

 けど俺としては正直、悪意マックスの悪口の方が割り切って対処できたんだけどなぁ。


「ただね、私としては今のところ君に被害がないのがびっくりなんだ。そもそも特定の誰かにアクションを取ること自体が驚きなんだけど。でもそこまでしたら、何か意味とか目的があると思ってたのに」

「…………」


 意味は俺を好きになったから。理由は、わからないけど。

 どっちにしろそんなこと、口が裂けても言えない。


「だから私は、神楽坂 未琴が呼び出した相手が君って知って、とっても心配したんだよ? うっしーくんに何かあったらどうしようって、すっごくドキドキしたんだから」


 くいっと腕を締めて、姫野先輩はトロンと俺を見上げた。

 ふわりとした重みのある柔らかさが俺の二の腕を襲い、そして瞳を潤ませた甘い視線が俺の精神をざわつかせる。

 他意はないとわかっているんだけど、どうしてもドキドキさせられてしまう。


「心配してくれてありがとうございます。でも全然何もないんです。ただお喋りしたり、弁当作ってもらったりするだけで。ただ非モテ男子の俺は、どうしても手玉にとられちゃいますけど」

「もしかして神楽坂 未琴の目的は、君をメロメロにして骨抜きにすること、とか? 流石にそれはありえないかぁ。意図が意味わかんないしね」

「そ、そうですね……」


 さらりと的確なことを言う姫野先輩に、俺はぎこちない相槌を返した。

 未琴先輩の目的は、まぁそれで間違いないと言えば間違いない。意図が謎なのは俺も一緒だ。

 けど姫野先輩は戯言程度のつもりらしく、自分で言いながらまるでそうとは思っていない。多分。


「ま、うっしーくんは私相手でもメロメロにはなってくれないしねぇ。私を置いて神楽坂 未琴に落ちちゃったら、私はそれはそれでショックだなぁ」

「い、いやぁ……姫野先輩も未琴先輩も遥か上の人ですからねぇ……」


 セクシーな唇を指でツンとしながら、姫野先輩は俺をおちょくるような視線を向けてくる。

 俺が姫野先輩に傾倒しないのは、そんな身の丈に合わないことができないからだ。

 女子としての魅力の暴力のような姫野先輩に、俺が男として相手にされるわけがない。

 だから楽しくお喋りするだけに留めて、無謀な挑戦をしないんだ。


 けれど姫野先輩は、自分に魅惑できない男があの怖め美人に落ちるわけがないと思ってる。

 まぁ普通ならそうだろうけれど、流石の自信というか。

 そういう揺るがないところも、また彼女の可愛さを引き立てている要素ではあると思う。


「まぁ神楽坂 未琴がうっしーくんとどういうことをしてるのかはわからないけどさ。でも私は、彼女がいくら君の前でいい顔をしてても、その裏を考えちゃうんだ。それを君が目の当たりにした時、傷ついちゃわないかって、それが心配」

「……はい」


 そう言って優しく微笑む姫野先輩は、普段の愛くるしさとはちょっと違った大人っぽい雰囲気を感じた。

 ただキャピキャピしてるだけじゃない、先輩として、年上の女性として頼もしい面持ち。

 その包み込むような凛々しさに、俺は何だかとっても縋りたくなってしまった。

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