第15話 姫野 真凜の下校デートでの色仕掛け ③ 37148
「ありがとうございます、俺なんかを心配してくれて」
今まで聞かされた話を、俺はやっぱり鵜呑みにはできない。
けれど俺に向けてくれている心配は本気だって、それくらいはわかる。
「そうやって気にかけてもらえてることは、俺絶対忘れません。その上で、俺なりに未琴先輩に向き合ってみますよ」
「しっかりお願いね。うっしーくんにもし万が一のことがあったら、貴重な男手がなくなっちゃうんだから」
「あれ、目的はそっち? 俺の身を案じてくれてるんじゃなくて……?」
俺の真面目なお礼に対して、姫野先輩はニコニコとそう返す。
そうやって茶化して穏やかにしてくれるけど、ちゃんとその気持ちは伝わってる。
だから俺もその笑顔に乗っかって軽口を叩けた。
「もしかして、最近ボランティア部の面々が俺に絡んでくるのも、何かのボランティア活動の一環だったり? 寂しい男に構ってくれる慈善活動……!?」
「あっちゃー、うっしーくん。それに気付いちゃったかぁ。バレたらサービス終了だね」
そう言って姫野先輩はパッと俺から腕を放した。
けれど顔がクスクスしているから、まぁ冗談なのは明らかだ。
でもついついちょっと寂しい気持ちが顔に出てしまう。
「なーんてね、うそうそ。そんなサービスは取り扱ってないよ。これは私の本心。みんなもきっとね」
あははと笑って、姫野先輩は再び俺の腕に手をかけた。
細く柔らかな指が俺の腕を捕らえる感覚が、なんだかとても心地いい。
「部員じゃなくても、君は私の可愛い後輩だからね。心配くらい当たり前にするよ。もちろん、『インフルエンサー』に対抗する立場の考えもあるけど。でも私は、私として君を心配してるんだから。それは、あの子たちも一緒だと思うよ」
「ありがとうございます。俺はかなり恵まれてますね」
ふんわりと柔らかく向けられる上目遣いの瞳に、少しトキメキそうになった。
その甘い笑みをこんな間近で向けられたら、健全な高校生男子としては興奮を抑えられない。
こんな可愛くて優しい先輩に可愛い後輩と思ってもらえるなんて、俺は幸せ者だと自覚した。
あの子たち、というのは有友と
これが全て愛情だったならば、俺は漫画のハーレムの如き極楽に浸れるのだろうけれど、流石にそれはぶっ飛んだ妄想か。
「でも、姫野先輩は俺に、無理にでも未琴先輩から離れろとは言わないんですね。俺がこのままあの人と一緒にいるのって、姫野先輩の事情的にどうなんですか?」
「うーん、それは難しいとこなんだよぉ」
心の中でたっぷり感謝しながら、だからこそそっちの話を深掘りしてみる。
すると姫野先輩は困ったような眉を寄せた。
「確かに私たちとしては、危険だから神楽坂 未琴から離れて欲しい。でも彼女が君を特別な存在としてロックオンしちゃったなら、無理に引き剥がすのは却って危険かなって」
「というと?」
「君に拒絶されるとか、君に触れ合えなくなることで、変なスイッチが入っちゃうのが怖いっていうか。今のところ、触らぬ神に祟りなしって感じ、かな」
俺が何を言ったところで
でも確かに、いつ何をしてくるかわからないブラックボックスのような人を相手に、執心してるものを取り上げるのは得策じゃないのか。
あんまり想像はできないけど、失恋のショックで世界を滅ぼします、みたいなことをしかねないってことだ。
姫野先輩はそこまで具体的には考えてないみたいけど、要はそうことなんだろう。
「じゃあ、俺がこれから未琴先輩といても、それは別にいいんですね?」
「うん。そもそも個人の問題にあんまり口出しはできないしね。だから私たちに今できるのは、気をつけてねって言うことくらい」
「一応、意識はしてみますよ」
実際に未琴先輩の顔を見たら、目の前のあの人を信じたくなって、やっぱり世迷言のように思えてしまうかもしれないけど。
でも、何にも気にせず相対するよりは、もしかしたら何か気付くことがあるかもしれない。
そう前向きに答えると、姫野先輩は嬉しそうに微笑んだ。
可愛らしさを振りまくキラキラとした笑顔もいいけれど、こういう自然な笑みもまたとても愛らしかった。
「よかった。でも、うっしーくんは結構すぐデレデレしちゃうから、私までとはいかなくても美人な彼女に、籠絡されちゃわないかちょっと心配」
「俺、そんなにデレデレしてます? 顔には出さないようにしてたんですけどね」
「女の目を侮っちゃダメだよ。男の子が隠してるつもりのものなんて、ぜーんぶわかっちゃうんだから」
「マジですか、ヤバいな。ちなみに今の俺はどうですかね」
鋭いご指摘に対して飽くまでしれっと返すと、姫野先輩は「そうだねぇ」と呟きながら俺の顔をまじまじと見た。
ちょこんと唇を突き出してるのが可愛いなと思っていると、姫野先輩は徐に、組んでいた俺の腕に自らの腕を強く絡めた。
それによって訪れる結果は当然────
「私のおっぱいが当たって、ドキドキしてる」
「それは、反則では」
たぷんと、想像を絶する柔らかさと弾力が腕を包み込んで、俺は絶句する。
そんな俺を見て姫野先輩は楽しそうにクスクスと笑って、そしてすぐに腕を放して俺から離れてしまった。
一瞬だったけれど、あまりにも至福すぎた……。
「はい、スーパーサービスタイム終了。ほら、しっかりデレデレしたでしょ?」
「いや、これは俺のせいじゃない気がするんですが……」
「お礼は?」
「ありがとうございました」
有無を言わせないその言葉に素直にお礼を返すと、姫野先輩は楽しそうにケラケラと笑った。
大人の余裕とでもいうのか、俺を弄んで楽しんでいらっしゃる。
まぁこっちに損はないし、むしろ得しかなかったからいいんだけど。
「ま、今の出血大サービスは特別にしても、そうやって簡単に顔を真っ赤にしてたら、すぐにコロコロ転がされちゃうよ?」
「あんまり否定はできないですけど……でも俺をからかうためだけに大量出血しすぎじゃないですかね」
「たまには、ね。私だってそうそうしないよーだ」
そう言って舌をペロリと出す姫野先輩。
眼鏡を越えて向かってくるクリンとした瞳も合わさって、瞬間的な殺傷能力が高い。
クソ、可愛いなぁ。
その溢れ出る愛くるしさに、思わず釘付けになってしまう。
まるでこの世界には彼女しか存在していないと感じられるほどに、とてもキラキラと輝いていて目を奪われるんだ。
多くの視線を独占できるその可憐な振る舞いが、光さえも我が物として、その魅力を底上げしているかのように。
「うっしーくんは隙だらけだからね。気が付かないうちに何かされるかもしれないから、ホント気をつけてよ?」
「それは、こういうお色気攻撃のことですかね。それとも影響力ってやつのことですかね」
自分がドギマギしているのを誤魔化すため、あえてそっちの方向に話を持っていく。
けれど案外間違ってはいなかったみたいで、姫野先輩はシンプルに頷いた。
「どっちも、かな。同じような意味のものだしね。人間は誰だって、いつでも他人から影響を受けてる────これは普通の意味でね。でもそれをいつだって認識できるわけじゃないから。君が気づかないうちに、神楽坂 未琴から色んなことをされる可能性は結構あるんだよ」
「そう、ですか……」
俺が今未琴先輩と仲良くしたいと思ってるのも、それそのものが未琴先輩からの何かかもしれない、とか?
それは単純に彼女の魅力だと思うけれど、その魅力を使って俺に何かするかもとか? それこそ俺を骨抜きにするとか。
なんともイマイチ想像は難しい。今の俺では。
「もしかしたらもう既に、神楽坂 未琴は何かを仕掛けてるかもしれない。一般人の君はもちろん、影響力に敏感な私たち能力者ですら気付かないレベルの何かを。周囲に変化を全く知覚させない力の使い方を、彼女ならしてきてもおかしくないからさ」
「姫野先輩でも気付けないなら、凡人の俺にはなかなか難易度高いですね」
「そうだね、難しいことを言ってるのはわかってるよ。でも、かもしれないって思ってるだけで違うから」
知っているかどうかで気付きが変わる。
確か、そんなことを前にも聞いた
「ちょっとでも、関係なさそうでも、違和感には気をつけてね」
未だはっきりとは飲み込めない俺に、姫野先輩はウィンクを飛ばしながらそう言って、タタッと少し俺から距離を取った。
気が付けばもう駅の中。改札の前までやって来ていた。
「じゃ、私は向こうだから。下校デートは楽しんでもらえたかな?」
「まだ腕に柔らかな感覚が」
「も〜。うっしーくんのえっち」
自分で仕掛けてきたくせに、姫野先輩はそう言ってニカッと笑うと、パタパタと手を振って行ってしまった。
その愛くるしいペースに終始翻弄されていた俺は、ヘラヘラとその手に応えて。
彼女の姿が見えてなくなってから、これこそデレデレが滲み出ていたのでは、と気付いた。
でも仕方がない。あのぶっ飛んだ非現実的な話は置いといて、姫野先輩はやっぱり抜群に可愛いんだから。
その眼鏡越しの瞳に捉えられて、剰えちょっぴりえっちなアクションを取られれば、男として気が緩んでしまうのも致し方ない。
まぁ、肝心要のトンデモ話をどれくらい信じるのかってとこだけど。
それは帰ってからゆっくり考えればいいだろうと、無意識に姫野先輩のお胸が当たっていた辺りをさすりながら歩き出した、そんな時だった。
「置いていかれちゃったから、慌てて追いかけてきたよ」
俺が向かおうとした改札の向こう側に、未琴先輩がひょっこり現れた。
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