第20話 リアルな夢と微睡の現実 ❸
「すみません、大分脱線してしまいましたね」
名前で呼び合うことに二人でひとしきり照れた後のこと。
一足早く我に返った楓ちゃんは、キリッとした顔に戻ってそう言った。
俺も慌てて緩んだ顔を引き締める。
「────そういうわけなので、私は
そもそもの、どうして安食ちゃんは俺の夢を知ることができるのか。
基本的な前提が理解できたおかげで、なんとなくわかってきた。
「物理非物理を問わず、自分が受け入れられるような状態に対象に同調を促して引き寄せる。それが楓ちゃんの能力の影響力ってわけか。そうやって受け止めたものを、君は余すことなく飲み込める、と」
「そういうことです。特に今回の場合は、尊先輩の見た夢の中に私がいるので、その私の感情や体験も継承できて、そちらの状況をよりスムーズに把握できました」
安食ちゃんの肯定を受けて、俺はようやく現状に納得することができてきた。
彼女の言う通り、『
そういう意味では、あさひが持つ『
ただ、対象を絶対的に抱きしめてその全てを享受する。
そんな大らかな概要だからこそ、汎用性のある使い方ができるんだ。
「結論から言えば、尊先輩が見た夢の世界は、確かに存在しているものだと思います。リアルな夢では片付けられない、確かな思い出じゃないかと」
「やっぱり、そうだよな。今まではただの夢だと気にしてなかったんだけど、意識を向けていくうちにどんどん実際の思い出とそう変わらないように思えてきて。幻とは到底思えないんだ」
感覚を共有できた楓ちゃんは話が早く、俺のニュアンスを的確に言葉にしてくれた。
とはいえ、今現在現実を生きている俺にとってはやっぱり、夢の中の出来事はそれにすぎないという感覚もある。
実際目を覚ました時は、あれは夢だったんだぁとしか思えなかった。
ただ今回に関しては、向こうの楓ちゃんが残してくれた言葉が俺に疑問を持たせてくれている。
それが夢をただの夢とは断定させずに、二重の記憶を持っているような認識にさせるんだ。
「ただ問題は、向こうではこちらを夢だと思っているということです。こうなってくると、一気にどっちが現実かわからなくなりますね」
「こっちが現実、じゃないのかな。今この瞬間が、夢だとは思えないけど」
「同感ですけど、でもそれは向こうの時も同じ感覚だったと思います。主観だけで判断するのは難しいんじゃないでしょうか」
ムムムと眉を寄せる楓ちゃんに、俺は肩を落とした。
彼女という客観的視点があればあるいはと思ったけれど、そう簡単にはいかないみたいだ。
「何か、明らかにおかしいところがあったりすればいいんですけどね。これは夢でしかあり得ない、みたいな出来事とか物があれば……」
「うーん。どっちもリアルだからなぁ。強いて言えば、こうやって夢と現実の思い出が入り混じってることが非現実的だけど……」
でもそんなこと言っていたって仕方ない。
けれどどっちの思い出を思い起こしても、その内容はのどかな合宿風景だ。
やっていることが多少違うとはいえ、みんなで海を楽しんでいるだけ。
すぐに思い起こせるのは、昨日未琴先輩と海に入らずにお喋りしたことや、夜にあさひと三人でコンビニにアイスを買いに行ったことなんか。
夢の方の思い出を探ると思い至るのは、みんなで海に入ったり、楓ちゃんと大量の買い出しをしたり。夜眠れなくて楓ちゃんに付き合ってもらって、弱音を吐いたりもしていたけど……。
どれも何か変な点が上がるようなことは思い至らない。
そう、思ったけれど……。
「いや、待てよ」
おかしい。おかしいところが一つあった。
あまりにも自然で見逃しそうだったけれど。でもこちらとあちらには明確な差異があった。
今朝目覚める前、夢の中の記憶の中の直前を思い起こす。
楓ちゃんとかき氷を食べてから話をして、そこに現れた未琴先輩の姿を。
「あっちだと、未琴先輩が海に入ってる。あの人は、海に入るのを避けてるはずなのに……!」
「…………?」
首を傾げる楓ちゃんをよそに、俺は気がついた事実に頭がいっぱいになった。
夢の中の未琴先輩は俺たちのところにやって来た時水濡れていたし、その前はみんなで海に入って水の掛け合いっこなんかをしていた。
それに夢の中の昨日も、みんなで海に入って遊んだ記憶がある。
でもこちらの未琴先輩は徹底して海に入ろうとはせず、だからこそ俺は彼女と二人で砂浜で過ごしたんだ。
「海に入りたがらない未琴先輩が、あっちでは入ってた。それこそが、あっちが嘘────っていうのはアレだけど────現実じゃないってことにならないかな?」
「どっちを主軸に置くかって話になりそうですけど……でも、入れるを入れないにするより、入れないを入れるにする方が違いが生じた意味は生まれますね」
俺の直感的な意見を、楓ちゃんがゆっくり咀嚼しながらまとめてくれた。
確かにそれで論じるのは難しいかもしれないけれど、可能性は大いにあるように思える。
あと一手何かないかと唸っていると、楓ちゃんがポンと手を打った。
「もし向こうこそが夢なら、向こうにこちらの痕跡が現れたのも説明できるかもしれません」
向こうでは、夢の出来事の痕跡が現れたと思ったもの。
こちらの未琴先輩が俺に向けて並べたハートマークの貝殻や、俺にくれたアイスの当たり棒だ。
「アレが現れたのは、向こうの私が能力を使って尊先輩の夢を見たからだと思うんです。先輩の夢を受け入れたときに、その中身の一部をサルベージして反映させてしまった、みたいな」
「……? そんなこと、楓ちゃんの能力でできるのか?」
「いえ、普通はできません。私の能力は飽くまで自分自身が享受できるように対象を同調させることなので。得たものを自分の外に出すことは、本来できないんです」
「じゃあ、一体何の関係が……」
首を傾げる俺に、楓ちゃんも少し困り顔を浮かべる。
仮説の部分が多いのか、なんて言葉にするべきか迷っている感じだ。
「夢の産物を現実に現すとなると、それは無からの創造となってしまいます。でも現実の出来事を夢の中に再現する、ということであればそう難しんじゃないでしょうか。だって夢は、現実があるからこそ見るものですし」
「……つまり、夢の中の楓ちゃんが俺の夢、つまり現実であろうこっちを引き寄せて見た時に、夢自体に現実の一部が反映された、ってこと? 楓ちゃんの存在も、あっちの世界自体も同じ夢だから」
「多分、そんな感じじゃないかと、思います。夢から現実は無理でも、現実から夢ならできると考えると、やっぱり本当の現実は……」
今俺たちがいるこっちこそが現実である可能性が、極めて高い。
眠る前、あっちの俺たちはその場こそが現実と疑わず、夢の中で問題を解決させようとしていたけれど。
でもそれは逆だった。異変を感じたもう一方こそが現実で、正しいと思っていた方こそが夢だったんだ。
断定はまだできない。でも、けど。
否定が難しいのも確かだった。
あっちでの思い出も確かな記憶として感じる今、それはかなりショックな事実だった。
ああして過ごした時間が、全て夢に過ぎない幻、実際には存在したい偽物の思い出だったなんて。
現実とは違うものだと理解していても、でもそれは確かに肌で感じる記憶だっていうのに……。
「……そういうことになると、じゃあ原因は何なんだって話になるけど……」
頭を抱えそうにあるのを必死に堪えながら、頑張って思考を前に進める。
今更この感覚自体が嘘だとは思えないし、できない。
夢だと思われる合宿の記憶も、確かに俺たちが過ごした時間のはずなんだ。
思い出は、ダブっている。
でも、これが自然に発生した超常現象とは思いにくい。
だとすれば、時間を巻き戻し繰り返す『
と、なれば────
「未琴先輩、なのかな……」
「…………」
認めたくない言葉を絞り出す俺に、楓ちゃんは苦い顔をした。
これが人為的なことだとすれば、こんな大それたことができる人は他に思い当たらない。
もちろん、俺たちに全く関係のない第三者がやった行いが飛び火しているという可能性も、なくはないのだけれど。
でも未琴先輩という人は既に二度、似たようなことをしているから。
まだ世界を滅亡に追い込んではいないけれど、でも、多大な影響を及ぼしている。
前科だけで疑いたくはない。でもこんなことをできるのは……。
「また俺は、あの人にとんでもないことをさせちゃったのかな……」
「そんな、尊先輩は何も悪くないですよ」
楓ちゃんが背中を摩ってくれているけれど、俺は暗い気持ちを抑えられなかった。
俺の優柔不断さが、俺の不甲斐なさが、また彼女に間違ったことをさせてしまったんじゃないかって。
夢と現実が、一体どういう風に区別されて分けられているのかはわからない。
未琴先輩が何を持って二つの合宿を産んでしまったのかも、だからわからない。
どっちの彼女も、彼女のなりに楽しそうに俺には見えていたけれど。
でも違ったってことなんだろうか。
俺は結局、未琴先輩のことをまだ何にもわかっちゃいなんだ。
「未琴先輩と、話さないと。ちゃんと話して、確かめないと……」
「大丈夫、ですか?」
「ああ、大丈夫。それに、違うって可能性もあるんだから。俺はちゃんと、事実を受け止めないといけないんだ」
心配そうに見上げる楓ちゃんに頑張って笑顔を向けて、俺はゆっくりその体を抱きしめた。
でもそれは、半ば縋っている部分もあって。
そんな俺を、楓ちゃんはその小さい体でしっかりと抱き止めてくれた。
「……情けないと思うかもしれないけどさ。一緒にいてくれないかな」
「もちろんですよ。それに今更情けないだなんて思いません。私は、今のありのままの尊先輩が好きなんですから」
ぎゅうっと力強く俺を締め付けながら、楓ちゃんは優しく言った。
「私はいつだって尊先輩の味方です。大丈夫、私がついてますよ」
その抱擁は暖かく、俺の張り詰めた心を優しくほぐしてくれて。
だから俺は、頑張れると思えた。
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