第18話 有友と夏祭りデート ① a-4

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 日曜日、夏祭り当日。

 昼前に学校の最寄駅で集合して、日の高いうちは祭りのいろんな雑用に走り回った。

 基本的には役員さんたちに言われた通りに荷運びをしたり、近隣町内の婦人会主導の屋台の料理を手伝ったり、足りないものを買い出しに行ったり、イベント周りの手伝いだったり。

 これはボランティア部が手伝う内容なのかと少し疑問に思う部分もあったけれど、こういう地域との繋がりが普段の活動に役立つんだろうな、なんて勝手に納得した。


 駅前の大通りをメインに据えた祭りは、この辺りの人たちは大体出向く大きめの催しだ。

 近くの商店街や様々な店舗も協力しての大賑わいで、付近の公園や駐車場なんかを使って色々なイベントやパフォーマンスなんかもやっている。

 いくつかの山車が大通りを通り抜けたり、夜には花火が上がったりと、まぁ無難だけれど活気のある祭りだ。


 言われたことをただひたすらにこなして、俺たちの作業時間はあっという間に経過した。

 気がつけば少し日は傾きだしていて、祭りは段々と終盤に差し掛かっていた。

 灯りを付けた山車の往来や花火なんかがあるから、人の出入りはこれかもっと増えるだろう。


 けれど、俺たちの役目はこの辺りまで。

 祭り自体はまだまだこれからだけれど、役員さんたちが活発に動くピークは過ぎたということで、俺たちは約束通り一足先に終わらせてもらった。

 途中に一回あった休憩以外はずっと動きっぱなしだったからかなりヘトヘトになったけれど、でもこれから遊べると思えばそこまで気持ちは重くなかった。


 浴衣を貸してくれるという話もちゃんと生きていて、女子四人は嬉々と着付けに向かった。

 それを見送ろうと思った俺だけれど、気を利かせてくれた役員さんに男の子のもあるからねと促され、結局俺も浴衣を着ることに。

 あんまり詳しくないし特別興味もなかったから、無難そうな落ち着いた紺の浴衣を選ぶことにした。


 俺が着替え終わっても、女子たちはまだ誰も出てきていなかった。

 まぁ大方浴衣選びに時間がかかったり、他にも身支度があるんだろう。

 俺はしばらく、公民館の外で待つことにした。この後どうするかという話は、もうみんなにしてある。


「お待たせー!」


 しばらくどんちゃんとした往来をのんびり眺めていると、カツカツと軽やかな音を立てながら元気な声が駆けてきた。

 有友 あさひが、慣れない浴衣と下駄に戸惑いながら、しかし軽快な足取りで寄ってくる。


 身を包んでいるのは、オレンジ色を基調とした落ち着いた色合いの花柄の浴衣。

 ちょっと渋めな草色の帯も相まって、エネルギッシュな有友にしては地味目なテイストだ。

 けれど本人の朗らかな雰囲気と、お団子に結い上げた鮮やかな金髪との折り合いがよく、全体的にはとても華やかな印象を覚えた。


「うお、うっしーも浴衣着てる〜! えぇ〜、ちょーいいじゃん! 写真撮ろ!」

「お、おう……」


 あまりの似合い具合に惚けているこちらをよそに、有友は俺を見て歓声を上げ、すぐさま身を寄せてきた。

 俺が返事をする前に腕を組んでスマホを掲げ、自撮りの体勢を整えていて。

 あれよあれよという間に、二人で浴衣写真を撮影していた。


「これはいい写真が撮れた! いやぁ、うっしーも浴衣着てくれるなんて不意打ちだなぁ。これ、待ち受けにしちゃおっかな〜」


 そうにこやかに笑って、有友はとても上機嫌だった。

 その満面の笑顔は、その綺麗な浴衣とのマッチもあっていつもよりも一層輝いて見える。

 もしかしたら、この祭りという空間の雰囲気も彼女の魅力を底上げしているのかもしれない。

 だから、俺はそんな空気に乗せられてしまった。


「有友も、めちゃくちゃ似合ってるよ。すごく、可愛いと思う」

「え……」


 普段ならなかなか気恥ずかしくて言えないことが、するすると口から出た。

 元から可愛いと思っていた女子が、綺麗な浴衣を着こなして、髪や化粧も普段よりもバッチリ決めて。

 そうやって今日俺といるために全力を尽くしてくれているだろうその姿が、とても嬉しく思えて。

 思ったままの気持ちを、どうしてもそのまま言いたくなってしまったんだ。


 らしくない俺の言葉に、有友はポカンと口を開けてこちらを見つめる。

 そしてすぐに唇をキュッと結んで、顔を赤らめた。


「も、もーうっしーったらぁ! 急にそんなこと言われたびっくりするじゃーん!」


 そう言って顔を逸らしながら、俺の腕をバシバシと強く叩く。

 それが照れ隠しなのはあまりにも明らかで、しかも髪を結い上げているせいで、火照った横顔が尚更それを教えてくれた。

 急に褒めたりして引かれないかと少し心配したけれど、喜んでくれたようで安心した。


「でも、ありがと。嬉しいよ、うっしー」


 しばらくハイテンションで場を誤魔化して、けれど有友はニコッと柔らかく笑ってそう言った。

 けれどそれすらも少し恥ずかしかったのか、すぐに前を向いてしまって。

 そんな彼女に行こうかと声を掛けると、おずおずと頷いて俺の手を握った。


 それからしばらくは、いろんな屋台や出し物を見て回った。

 二人揃って浴衣を着て、仲良く手を繋いで練り歩いていたら、側から見たらもう完全にただのカップルだ。

 他人からはそう思われているんだうなと考えると、なんだか余計に有友のことを意識してしまって。

 彼女も似たような気持ちだったのか、それを誤魔化すように普段よりも一層テンション高く振る舞って、俺をいろんなところに振り回した。


 学校が近い祭りだから、友達連中に出くわすだろうなと覚悟していたけれど、意外なことに全くそれはなかった。

 女子と手を繋いで回っているところを目撃されるのは流石に気恥ずかしいな、と思っていた俺としては嬉しい誤算ではあった。

 でも周りのみんなは今日来ると言っていたから、出くわさないのはちょっと不自然な気もしたんだけれど。

 ただまぁ人出の多い祭りだし、そんなこともあるかとあまり気にしなかった。


「花火の時間まではもう少しあるけど、有友は何かしたことあるか?」


 しばらく祭りを練り歩いて、所々で腹ごなしをして。

 辺りがすっかり暗くなり、街灯や提灯の明かりが目立ってきてた頃合いで、隣を歩く有友へと尋ねた。

 それを受けた彼女はといえば、何故だか少し不満げな顔で俺を見上げていた。


 俺、知らず知らずのうちに何かやらかしていたのか、と急激に不安が駆け抜けた。

 ただどんなに記憶を検索しても、何かをしでかした覚えが見当たらない。

 ここまでは二人で楽しく過ごせていたはずだ。


「あの、有友さん? どうしたんだ……?」


 変にあたふたしていても仕方がないと、思い切って尋ねてみる。

 すると有友はムーっと唇を突き出して唸った。


「……それ」

「えっと、どれ?」

「その『有友』って呼び方、そろそろやめてよ」


 控えめに俺を見上げながら、有友は呟くようにそう言った。

 普段言いたいことはお構いなしにズンズン言う彼女らしくない、とても萎らしい主張だ。


「なんだか今更よそよそしいし。それにうっしーには、名前で呼んで欲しい、し……」

「あー……」


 繋いだ手をにぎにぎと、そして指を更に絡めながら、しかし言葉は少し力ない。

 チラチラと向けてくる上目遣いが愛らしく、僅かに目が合うたびにドキリとした。


 俺としも、若干気恥ずかしさはありつつも、別に有友を下の名前で呼ぶことに抵抗はない。

 ここ数日でより仲良くなった実感はあるし、ここらで一歩踏み出すのはありだと思う。

 けれど。だが、一個引っかかることがあるんだ。


「まぁ、別にそれはいいんだけどさ。その前に一個いいか?」

「…………?」

「お前も、そろそろ『うっしー』呼びをやめないか?」

「それは却下!」


 俺が普段から思っていたことを言ってみれば、にべもなく振り払われてしまった。

 萎らしさから一点、また少しブスッとした顔になった。


「なんだよ、おかしいだろ。その理屈なら、お前だって俺を名前で呼んでくれたっていいじゃんか。別に下の名前じゃなくても、苗字でもいいからさ」

「やーだー! うっしーはうっしーなの! アタシ、うっしーをうっしーって呼ぶの好きなんだもん」

「なんじゃそりゃ……」


 ムキになってそう主張する有友に、俺は溜息をこぼした。

 別になんの捻りもない、むしろちょっとダサい渾名に、そこまで拘らなくても。

 でもいくら言っても聞かなそうだし、ここは俺が折れるしかないのかもしれない。


「俺が名前呼びで、そっちはヘンテコな渾名呼びとか、不公平な気がするんだけどなぁ」

「全然そんなことないよ。アタシはいつだって、愛情たっぷりに呼んでるんだからねっ。でも苗字呼びはどうしたってよそよそしいんだから、改善はそっちだけでいいんだよー」

「へいへい」


 仕方なく頷くと、嬉しそうにニカッと笑顔が咲いた。

 まぁコイツがこうやって笑ってくれるなら、なんて呼ばれるかなんて細かいことどうでもいいか。


「じゃあ早速、ほらっ」

「え、今? なんの脈絡もなく?」


 つられて笑うと、いきなりそう促された。

 流石に名前だけポンと呼ぶのは気恥ずかしいなと渋ってもお構いなしだ。


「いいから! ほら、一回言っとけば後は大丈夫でしょ? はーやーくー!」

「わ、わかったよ……」


 喚きながら腕をブンブンと振られ、その勢いに気圧される。

 仕方なく、少し緊張しながらも、俺はその顔を真っ直ぐ見ながら言った。


「あ、あさひ……」

「うん、うっしー!」


 パァッと、今まで見たことがないくらいの笑顔を浮かべて、そう返事をする

 その溢れんばかりの輝きを前にして俺は、ちょっぴりの恥ずかしさなんて吹き飛んでしまって。

 胸の奥をぎゅっと、言い知れない幸福に締め付けられたような感覚がした。

 そんな俺に、あさひがもう一回と促す。


「……あさひ」

「うっしー」

「あさひ」

「うっしー!」


 思わず繰り返して、見つめ合いながら名前を呼び合う。

 あからさまな初々しいカップルみたいだな、と思いつつ、でも本来ならこれはお互いに下の名前でやるものだよな、なんて思ったり。

 けれどそんなことは些細な問題で、今こうして笑顔を向け合っているこの時間が、たまらなく大切に思えた。


 意味も理由もなくても、手を繋ぎ、肩を並べて、笑い合って同じ時間を過ごして。

 それがかけがえがなくて、名前を呼ぶだけでも嬉しくなって。

 俺たちは何度も、何度も、そんなささやかな幸せを噛み締めるように、お互いを呼び合った。


「────あっ!」


 そんな風に二人の世界に入って浮かれていた時、周りが見えていなかった俺たちは、不意に群衆に飲み込まれてしまった。

 時間が遅くなって増えた往来は、大通りとはいえ人がひしめき合っていてかなり混雑している。

 その波に飲まれ、繋いでいた手が裂かれて離れ離れになってしまった。


「う、うっしー! うっしー!」


 大きく叫ぶあさひの声が聞こえるけれど、どんどんと流れる人の波に全く姿を捉えられない。

 さっきまですぐそこにいたのに、一旦離れてしまっただけでぐいぐいと遠ざけられてしまった。

 目指すべき先がわからないせいで余計に波に揉まれて、きっとあらぬ方向に流されている。

 俺だってそうなんだから、女子のあさひは余計に人混みに飲まれてしまっているはずだ。


「あさひ!」


 声を上げてみても、騒がしい祭りの中では当然届かない。

 電話をして一旦どこかで落ち合おうか、そんなことを考えた────そんな時だった。

 不意に、突然、体が勝手に動き出した。


 隅で立ち止まろうかとすら思っていた俺が、ぐんぐんと人混みを掻き分けて進んでいく。

 あさひがどこにいるなんてわからないのに、どこかへ向けて一直線に、俺の体は勝手に進んでいく。

 まるで、見えない力によって引き寄せられているみたいだった。


 何もわからず、ただ引っ張られるように進む体。

 なんだかそれは、本能的にあさひの存在を感じているような気がして。

 俺は体が動くままに人混みを掻き分け、ズンズンと進んだ。


「う、うっしー……」


 そして行き着いた先に、あさひが小さく体を丸めている姿を見つけた。

 そこに揚々とした笑顔はなく、まるで迷子の幼児のように今にも泣きそうな顔をしていて。

 俺を見つけた瞬間、勢いよく飛びついてきた。


「さ、寂しかった……アタシを一人ぼっちにしないでよ、うっしー……」

「ご、ごめん、あさひ」


 胸に飛びついてくるあさひを抱き止めながら謝る。

 ちょっと大袈裟な気がしなくもないけれど、でもこの人混みで逸れれば不安にもなるか。

 その華奢な肩は僅かに震えていて、不覚とはいえ手を放してしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 でもすぐに見つかってよかった。

 そうホッとする反面、落ち着いてきたところでさっきの違和感を思い出す。

 あさひがどこにいるかもわからない中、勝手に動き出した俺の体。

 彼女目掛けて一直線に、まるで引っ張られているみたいに進んでいったあの感覚。


 なんだか、普通じゃない気がした。


「なぁ、あさひ。俺、さっきさ……」

「────流石に気づいちゃったよね、うっしーでも」


 ふと気になってそのことを話してみようとした瞬間、あさひが遮るように口を開いた。

 俺にぎゅっと強く抱きついたまま、けれど顔を持ち上げてまじまじと見つめてくる。

 その瞳は少し揺れていて、不安と覚悟が入り混じっていた。


「……今、うっしーが真っ直ぐここに来れたのは、アタシがそうしたから、なんだ」

「え?」

「一人で心細くて、不安で、どうしようもなくて。早く、うっしーに来て欲しくて」

「えっと……あさひ、どういうことだ?」


 あさひはポツリポツリと、けれど確かに俺に何かを伝えんと言葉を並べる。

 なんだか不安になりながらもその顔を見返すと、あさひは小さく息を飲んだ。


「友達や関わりのある人たちと繋がりの糸を結んで、アタシの意思をその行動に反映させる。それが、アタシの能力。それがアタシの『感傷的心象エモーショナルの影響力・エフェクト』────」


 ぎゅっと、俺の背中をあさひの指が掻きいだく。


「アタシとみんなを繋ぐ運命の赤い糸。『みんなアタシレッド・ストの運命の人リングス』」


 震えるあさひの唇が、静かにその言葉を紡いだ。




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