第17話 有友と入浴中に電話 a-3
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真夏のクソ暑い季節にお湯を張って湯舟に浸かる。
我が家の慣習だからもはや普通のことなんだけれど、いくら慣れてても死ぬほど汗をかくことに変わりはない。
ただそれがちょっと気持ち良くもあったりして、暑い暑いとうめきながらも入り続けてしまう。
そんな風に汗を拭っている時のこと。有友から着信が入った。
『やっほーうっしー! 今へーき?』
入浴中だしどうしようかとも思ったけれど、まぁ通話だけなら見えなし大丈夫だろうと出てみると、普段通りの元気な声がスピーカー越しに響いてきた。
思えば電話をするのは初めてのことで、別になんてことないはずなのに、とても特別なことをしている気分になった。
「おう有友。大丈夫だけど、どうした?」
『あれ、ちょっと水音がする。もしかしてお風呂中だった?』
俺が応答するなり、有友は目敏くそう気付いた。
「ああ、うん。ちょうど風呂に浸かってたとこ。話しにくかったら、上がってから掛け直すけど」
『ううん、大丈夫大丈夫。ただ、奇遇だなぁと思ってさ』
「お前、もしかして……」
そう言ってニシシと笑う有友に、俺はよからぬ想像を掻き立てられた。
まさかコイツ、今風呂に入りながら電話をかけてきたのか?
つまり、ということは、今の有友はあられもない姿、だと……?
『ちょっとうっしー。なーに想像してんのか知らないけど、残念ながらアタシ、今ちゃんと服着てるからねー』
「服を着たまま風呂に入るなんて、お前マニアック過ぎるな」
『んなわけ! ちゃんと脱ぐわ!』
伝えられた情報から想像した内容を伝えると、電話越しにキャンキャンとした声が飛んできた。
でもすぐにケラケラと笑う声が聞こえてくる。
『もう、なーに想像してんだか。アタシは今お風呂上がったとこ。湯上がり美人だよん』
「なんだ、そうなのか」
『なぁに? ちょっとガッカリした?』
「いや、有友にニッチな趣味がなくて安心したところだ」
『ちょっとはムラッとしろよー!』
からかいのテンションを振ってくる有友に、俺は努めて冷静にすっとぼけた返答を投げた。
ムラッとした想像はもちろんしたけれど、それを悟られた手のひらの上になってしまうから、ここはしれっと変えさせてもらう。
「男子高校生の妄想力に訴えかけるなら、もう少しシチュエーションにこだわらないとな。周り静かだし、今部屋にいるだろ」
『うぅ、こっちの準備不足かぁ……あ、じゃあこんなのはどうよ』
シュンと項垂れているであろう光景が容易に想像できる、有友の拗ねたような声。
少し優越感に浸っていると、すぐさま切り替えた言葉が飛んできた。
『確かにもうお風呂は上がっちゃったし、服もちゃんと着てる。でもね、いやだから、かな。今アタシ、ノーブラ』
「………………」
最後の言葉を囁くように告げてきた有友の声に、俺は変な声を出さないように必死に堪えた。
いや、そんな情報伝えられたところで、と思ってしまうけれど。
でも見知った女子が今現在着けておられないと教えられると、ついついそう意識してしまう。
特に有友なんて割と胸がある方だから、あの質量が今なんの支えも得てないんだなぁなんて、そんな生々しい想像をつい……。
「……ちゃんと着けろよ」
『寝る前はするよ? でもやっぱ締め付けとかあるし、アタシはお風呂上がってから寝るまでのしばらくはつかないことが多いんだー』
「左様ですか……」
同級生の女子のそんな生活感あふれるエロチズムを知る日がくるとは。
これから風呂を上がる度、あぁ有友は風呂上がりはノーブラなんだな、と思い起こしてしまいそうだ。
いや、それがなんだって話だけど、でもこの情報は地味にエロいって。
『あはは、動揺してるしてる。ホントかどうかわかんないのにねー』
「男子高校生の純情を弄ぶなよ。小悪魔か」
『ごめんごめん。ノーブラは本当だから安心してっ』
「…………」
それは安心できる要素なのかと頭を捻らざるを得ない。
真相について悩まないで済むのは、まぁありがたいかもしれないけど。
シュレーディンガーの猫ならぬ、シュレーディンガーのブラ状態なんて最悪だからな。それこそ男子の歪んだ妄想みたいだ。
「……それで、用件はなんなんだよ。まさかそうやって俺を弄ぶために電話してきたわけじゃないだろ?」
これ以上この話題が続くとしんどそうだから、俺はやや強引に話を切り替えた。
わざわざ電話をしてきたんだから、明確な用事があるんだろうし。
『あぁ、うん。まぁでも、うっしーの声が聞きたいなぁって思ったのがメインかなぁ』
「そ、そうか。ご堪能頂けましたかね」
『うーん、もうちょっと欲しい気分。お付き合いよろしく〜』
不意に可愛らしいことを言われて、不覚にも少しドキッとしてしまった。
声が聞きたかったなんて、とっても恋人同士のような会話じゃないか。
普段あんまり誰かの声を聞くことを意識したことはないけれど、そうやって言われると、何だか電話越しの有友の声が特別なもののように感じられた。
「電話に付き合うのは構わないけど、もうイジられるのはご免だぞ」
『えー。エロい想像するうっしーが悪いのにー?』
「この場合はエロい想像をさせてくる方が悪い」
俺がハッキリと牽制を向けると、拗ねたような声で「しょーがないなー」と返ってきた。
いやまぁ、えっちな情報で俺の妄想を掻き立ててくること自体は別に構わないけれど、それを元にからかわれるのは居た堪れないという話だ。
女子からのあられもない情報を与えられて、その姿を想像してしまうのは、男子として当然の心理なんだから。
『じゃあじゃあ、うっしーが現状報告してよっ』
「お前、本当に用件ないのか……」
『あるけどさー。アタシばっかり想像されるのもあれだから、うっしーの今をアタシも想像したーい』
「動機がよくわかんないけど……ただ湯船に浸かってるだけだよ」
謎のテンションに入った有友に、俺は首を傾げながらありのままを答えた。
男の入浴シーンを想像したところで、何か楽しいものがあるとも思えない。
『え、服着たまま?』
「そんなこと一言も言ってないだろ。お前じゃないんだぞ」
『だってその辺りの情報がなかったからー。って、アタシだってお風呂は裸だよ!』
キャンキャンと喚く声が飛んできて、けれどすぐに笑い声に変わってしまう。
夜だっていうのに元気なことだ。
「普通に裸だよ。素っ裸で湯船に浸かって汗だくになってる」
『汗だくのうっしーは、なんだかちょっとエロい気がする』
「お前の想像力もなかなか逞しいな……」
少し声のトーンが下がった有友に、俺はちょっぴりゾワっとしてしまった。
やめろ、マジ感を出すな。そういう意識を向けられると、それはそれで妙な気持ちになるから。
「────ほら、それで本題はどうしたんだよ」
『もーちょっと細かく聞いてからで!』
「用がないなら切るぞー」
『あーんタンマタンマッ!』
これ以上は居た堪れないと俺が攻め込むと、有友は観念した声を上げた。
バンバンと足をバタつかせているような音が聞こえる。
ベッドに寝っ転がってでもいるんだろうか。
『用件っていうかね、ほらあれだよ。明後日の夏祭り、アタシを選んでくれたら嬉しいなぁっていう、アプローチのお電話っ。もーう、察しろよぉ〜!』
「あぁー」
日曜日の夏祭り、誰と一緒に回るのか。
それを俺の選択に委ねようと言い出したのは有友だった。
答えを出すのは当日にという話だけど、それまでにできる限りの手を打とうということか。
『アタシのこと、意識しちゃったっしょ?』
「したけれども。でも有友を前にしたらノーブラ姿を思い浮かべて、顔を見れなくなるから選ばない、なんてことになるかもしれないぞ」
電話越しだからわからないけれど、恐らくしたり顔を浮かべているであろう有友に、俺はしれっとそう返す。
『えぇー!? いや、女の子の顔見てノーブラ姿想像するとか、ちょっとないわー』
「仕掛けてきた本人に言われたくないんだけどな」
少し不覚の声を上げつつ、それでも引の姿勢を見せない有友。
どの口が言ってるんだと思わざるを得ない。
「普段なら俺もそこまで不躾なこと思い浮かばないけど。ほら、着物とかってノーブラで着るとか言うじゃんか。浴衣姿の有友見たら、どうしても連想しちゃうかも」
『残念だけど、それ嘘だよ。着物でも普通につけるし、浴衣なら尚更ね。和装用とかもあるみたいだし。もぅ、これだから男子はー』
「くそ、そうなのか……」
うまく切り返せるだろうと聞き齧った知識を使ったのが仇となった。
見事に有友にひっくり返されて、これじゃ俺が何の理由もなしにノーブラ姿を想像する変態みたいだ。
ギリリと歯噛みする俺に、有友はケラケラと楽しそうに笑った。
『そーやってすぐ変なこと考えるうっしーだから、アタシがちゃんと目を光らせておかないよ。他の子によからぬ妄想するかもだし』
「わかったわかった。もうそういうことでいいよ……」
これ以上何か言い返そうとしても、あの手この手でやり返される未来しか見えない。
男というものは、つくづく女子に対して不利だなぁと思わされた。
でもまぁ、こうやってぶーぶーいいながらも、お喋りするのは楽しいと思ってしまうし、よしとするか。
「一応答えを出すのは当日ってことなってるから、とりあえず考慮しておくよって答えておくよ」
『そうだね。言い出しっぺのアタシが抜け駆けするのもあれだし、そういう体でヨロシク!』
「にしても、ちょっと意外だな。なんだかんだ言って、有友はみんなで回る方向に落ち着くのが目的なのかなって思ってたよ」
観念してその主張を飲み込みつつ言ってみる。
確かに初っ端の段階から誘ってきてはいたけれど、みんなでわちゃわちゃするのが好きな有友のことだから、最終的にはそっちの線が落とし所なんじゃないかと。
だからこうやって個別にアプローチをかけてきたのには少しばかり驚いている。
『もちろん、それだって絶対楽しいとは思うし、うっしーがそうしたいなら賛成はするよ。でもやっぱり、二人でいられるならそうしたいなぁって、思っちゃったり』
「そ、そうか……」
若干恥ずかしそうにそう答える有友に、俺も釣られてどもってしまう。
普段はぐいぐいと元気なくせに、たまにこうやって萎れるから、そのギャップにドキッとしてしまうんだ。
そうやって思ってもらえることは単純に嬉しい。
ただ、気のせいかもしれないけれど、ほんの少しだけ引っかかる気持ちがあって。
でもそれが何なのかは、今の俺にはよくわからなかった。
『だってアタシ、うっしーのこと好きだもん。好きな人と二人きりになりたいって、当たり前っしょ? 明後日、期待してるからね!』
有友は照れ笑いを誤魔化すように、最後の方は勢いをつけて言い放って。
そのエネルギッシュな言葉に押されるように頷いた俺に満足した彼女は、『ばいばーい』とにこやかに通話を切った。
静まり返った浴室内が、妙に物足りなく感じられた。
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