第3話 明日はどっちとデートする? ②
「────!?」
思わぬ登場に誰もが仰天し、息を飲んだ。
ここは言わば、未琴先輩の対抗勢力のアジトだ。
そこにまさかそのご本人が気軽に訪れるとは誰も思うまい。
「か、神楽坂さん……どうしてあなたがここに?」
みんなが固まる中で、姫野先輩がゆっくりと問いを投げる。
努めて落ち着こうとしているけれど、驚愕の色はどうしても隠せていない。
そんな彼女に対して、未琴先輩は平時のささやかな笑みを浮かべたまま、静かに部屋の中に入り込んだ。
「どうしてって、放課後だし、部活の時間だし」
「うーんと、あなたって部活には入ってなかったんじゃないかなぁ?」
「ええ、昨日までは」
平然とした未琴先輩の口振りに合わせるように、姫野先輩も笑顔を浮かべる。
けれど噛み合っていない会話に、眉がぴくついていた。
一見すれば女子の何の気ない会話に見えて、妙にピリピリとしている。
「私もこの部活に入ることにしたから。部員だもの、放課後は部室に来ないとでしょ?」
「は、はぁー!?」
さらっと衝撃発言をした未琴先輩に、全員が仰天を隠せなかった。
その中でも人一倍大きなリアクションをとった有友は、勢いよく立ち上がって身を乗り出した。
「え、いや、な、なんで!? てか、アタシたち何も聞いてないんだけど!?」
「だって、
「いや、行動力……」
みんなの驚愕などどこ吹く風。未琴先輩は静かな笑みを浮かべたまま。
けれどやっぱりその瞳は力強くて、誰も何も言い返せないような気迫を感じる。
みんなが俺をこの部活に入部させようとしているのは、俺だってここに来るまで知らなかった。
だから未琴先輩が知っているわけはないし、予測して先周りしたってことなんだろうか。
まぁ確かに未琴先輩以外の三人がいる空間に俺がいれば彼女は不利かもしれないけど、ここまで迷いなく行動を起こすなんて。
その執着が嬉しくもあり、ちょっぴり困ってしまう気もした。
「……一応、聞いておきますけど。私たちは恋敵以前に、あなたに対抗する立場ですけど、そこのところは、わかっていてのことですか?」
安食ちゃんが俺の腕にしがみつきながら、恐る恐る尋ねた。
未琴先輩の重い視線が彼女にグッと食らいつく。
「ええ、もちろん。けれどあなたたちは、飽くまで私と尊くんの奪い合いをしたいんでしょ? なら、今私たちが争うのはその部分だけ。女子高生らしくいこうってあなたたちが言うから、みんなで楽しく青春しようかなって」
未琴先輩は全く揺るがない。相手が敵対勢力の人間だろうと、それをまるで歯牙にもかけていない。
恋愛バトルで雌雄を決することにした以上、それ以外のことは関係ないという風に。
自分が人類の敵と認定されていることを、この場に於いて全く考慮に入れていなかった。
さすが、としかいいようがない。
恋愛バトルなんて提案を受け入れて、
自ら相手の懐に入り込むことなんて、彼女の中では問題にすらならないんだ。
きっと、俺との時間が減ることを考えれば、こうして乗り込むことのリスクなんて小さなこと、と考えているに違いない。
「あなたたちだけで尊くんを囲んで、一人仲間外れは寂しいし。どうせなら、みんなで一緒になって、そこで選んで貰った方がいいんじゃないかな」
「……そこまで豪胆だなんて。びっくりしちゃった」
そうこぼすと、姫野先輩は大きく溜息をついた。
何かを諦めるように。いや、何かに覚悟を決めたように。
息と共に力を抜いて、やれやれと腰に手を当てる。
「ま、普通の高校生らしくやり合おうって言ったのはこっちだしね。確かに、恋の争奪戦で雌雄を決しようっていうのに、物騒な事情を持ち込んで睨み合うのもよくないか」
「ってことは、姫ちゃん先輩、この人の入部認めるってこと!?」
「そうするしかないでしょ。この口振りだと、どうせ入部届なんてもう出して来ちゃったんだろうし。もう、高校三年の七月に何やってるんだか」
もう一度溜息をつく姫野先輩と、それは「はぇー」と口をあんぐりとさせる有友。
ちなみに「姫ちゃん先輩」とはもちろん姫野先輩のことだ。
「んまーでも、その方がやりやすいか! 目の届かないところにいられるより、一緒にいた方がわかりやすそーだし。そんじゃよろしくね、みこっち先輩!」
「うん、よろしく」
驚きから一転、キリッと切り替えて笑顔でまた微妙なあだ名を速攻でつける有友。
人懐っこい気さくな様子で手を挙げる彼女に、未琴先輩は淡々と返事を返す。
有友のテンションに未琴先輩が合うとは思えないけれど、有友が仕掛けたハイタッチを静かにそっと受け止めたのを見ると、まぁ案外なんとかなるような気がしなくもない。
主に有友の順応力の高さのおかげかもしれないけど。
「ほら、かぁちゃんもうっしーの影に隠れてないで、挨拶しなよ」
意気投合とは言わずとも、手を交わしたことで一区切りつけたらしい有友。
彼女はそう言と、有友は
その「母ちゃん」を思わせるあだ名は、小動物系の彼女にはどうかと思うんだけど、でも本人は割と気に入っているみたいだ。
まぁ、時折年下とは思えない包み込むような母性を見せる時があるから、案外的外れではないのかもしれないけど。
有友に引きずられた安食ちゃんは、少しおどおどしながらも、未琴先輩に向かって手を差し出した。
「よろしく、お願いします、神楽坂先輩。あの、仲良く、してくれるんでしょうか……」
「よろしく。うん、そうだね。恋敵だけど、お友達として仲良くしようか」
そう言って手を握り返す未琴先輩に、安食ちゃんは少しほっとした表情を浮かべた。
いつ食い殺されてもおかしくないという警戒から、ちょっとおっかない先輩、くらいにはランクダウンした様子だ。
まぁ安食ちゃんをはじめ彼女たちは非戦闘員らしいから、未琴先輩が能力で襲いかかってきたらきっとひとたまりもないんだろう。
そう考えれば、ラスボスを前にして当然の危機感と警戒だ。
それでも、未琴先輩や彼女たちは、普通の高校生同士の付き合いをしていくと決めたらしい。
恋愛バトルの土俵に乗る、という時点である程度平和な方向に持っていってはいたけれど。
こうやって未琴先輩が有無を言わさず乗り込んできたことで、強制的にそうせざるを得なくなった感はある。
でもまぁ俺的にも、シリアスにバチバチいがみ合われるよりは、表面上でも仲良くしてもらった方が助かる。
「まぁ、こうなっちゃったんだからしょーがない。とりあえず仲良くしよっか。今はただの恋敵。余計ないがみ合いは抜きにして、個人的な付き合いは必要だもんね」
姫野先輩もそう言って、ふっと表情を緩めた。
作り込んだ笑顔ではなく、普通の優しげなものだ。
もうすっかり大人の対応になっている。
彼女たちの立場的には、未琴先輩は敵対するラスボスではあるけれど、個人的な恨みはないって言っていた。
もちろん敵対心的なものはあるんだろうけど、それでも普通の高校生をやっている未琴先輩に、もしかしたら彼女たちもラスボスである実感を得られていないのかもしれない。
だからこそ、ただの女子高生である未琴先輩の普通の面を見ようとしている。そんな気がした。
きっとこれから平和的に恋愛バトルというものを進めていくにあたって、相手は普通の女子高生だと、そう思いたい部分があるのかもしれない。
まぁそもそも物騒な展開にしたくないからこそ恋愛バトルでもあるから、ある意味この状況はみんなにとって良いんだろうな。
俺だって、もうそれは現実なんだと理解しつつ、未だに実感が湧いていないんだ。
時間を巻き戻すなんてことをやってのけた凄まじさは体感したし、彼女の口から世界を滅ぼすつもりだと聞いた。
けれどそれでも、目の前にいるこの綺麗な先輩が、とてもそんなことをするとは思えないんだ。
張り詰めた空気から、徐々に緊張が解けていく。
驚きや戸惑いはそれぞれあるんだろうけれど、それらを飲み込んで平常に戻ろうとしている。
みんな色々と思惑はあるんだろうけれど、とりあえずこれから俺たちは、この五人で部活動をしながら交友を深めていくことになるんだろう。
正直、あんなことがあった後とはいえ、俺の心はやっぱり未琴先輩に向いて傾いている。
いつか世界を滅ぼすと言われても実感が湧かないし、今は彼女個人に対しての興味が強いから、普通人の俺はどうしてもそこしか見られない。
けれど、有友や安食ちゃん、姫野先輩の魅力だって重々承知しているし、好意を向けられているとわかって嬉しい気持ちはかなりある。
こんなはっきりしない、優柔不断で奥手でヘタレな俺を、この子たちは好きだと言って、そして奪い合うという。
どうしたものかと思い悩みながら、でも嬉しい部分もどうしたって隠せない。
誠意と責任を持ってちゃんと結論を出さなくちゃいけないとは思うけど、でも少しくらいはこの状況を楽しんでもいいのかなと、そう思ってしまう自分がいた。
だって、理由や動機がどうであれ、四人の女子から一斉に求められるなんて普通味わえることじゃないから。
だからその中でゆっくりと未琴先輩のことを知って、みんなのことをそれぞれ知って。
結論を出すのは、それからでも決して遅くはないはずだ。
「じゃあ、来週から心機一転、新生メンバーで仲良くやっていこうか」
「来週から……そう。じゃあ土日はお休みか」
パンと手を合わせ、柔らかく、けれどはっきりとそうまとめる姫野先輩。
その言葉に、未琴先輩がピクッと反応した。
「尊くん、そうしたら明日────」
「ねぇねぇうっしー! 明日アタシとデートしようよっ!」
「デ、デート!?」
何かを言い出した未琴先輩の言葉を遮って、突然有友が俺の腕をぐいぐいと引っ張ってそう言った。
俺の今までの人生経験で使ったことのない言葉に、思わず声が裏返る。
けれど有友はお構いになしに、パーっと笑顔を振りまく。
「そそっ! せっかくの休みだしさ、一緒に遊びに行こーよー!」
「────私も今、尊くんをデートに誘おうと思ってたんだけどな」
キャッキャと浮かれる有友に対抗するように、未琴先輩が身を乗り出してきた。
明るく輝く笑顔と、静かな仏のような笑みを浮かべる顔が、同時に俺へと向けられる。
まさか人生初のデートのお誘いが、目の前でダブルブッキングするとは。
「あー、えーーっと、その……」
戸惑いの声をあげるしかない。
これはどっちを選んでも角が立つのでは?
でも、どっちかを選ばざるを得ないんだろうな。
元気な有友との騒がしそうなデートも、落ち着いた未琴先輩との大人っぽそうなデートも、どっちも魅力的すぎる。
複数の女子に好意を向けられて浮かれていたけれど、早速壁にぶち当たってしまった。
「アタシが先に誘ったんだから、アタシと行ってくれるでしょ? アタシとうっしーの仲だもんねー」
「切り出しは私の方が早かったけど、まぁいいか。さぁ尊くん、どっちにする?」
ぐいぐいとくる有友と、余裕に満ちた未琴先輩に挟まれる。
困り果てた俺に、未琴先輩はそっと微笑みを向けてきた。
「私とデートするか、この子とデートするか」
両手の人差しを順番に立て、俺に向かって掲げる未琴先輩。
指同士をツンツンとさせてから、二律背反を表すようにサッと左右に離してみせる。
「二つに一つ。君は、どっちを選ぶのかな」
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