第17話 未琴先輩の来訪と膝枕 ② 37148

 何だかとても試されているような気がした。

 至近距離でまっすぐ見つめてくる未琴先輩の瞳は、俺を包み込むように懐広く、けれど決して逃さないというように容赦がない。

 依然ささやかな笑みは変わらないのに、その美しすぎる圧力が俺を圧倒した。


 何か答えなきゃいけない。

 でもそれは、きっと生半可なことじゃ許されないんだろう。

 つまり俺には、そんなものかと落胆されず、けれどそこまでは無理と拒絶されないような、絶妙な提案が求められている。


 それって、何?

 何の経験もない俺に、そんなテクニカルなことできるわけがない……!

 そりゃ女の子と、未琴先輩としてみたいことなんていっぱいあるけど、どこまでがセーフかなんて俺には判断できなかった。


 けれど静かに俺の回答を待つ未琴先輩から逃げるすべはない。

 絶対に、何かを答えるしかないんだ。

 色んな意味で落胆されない、絶妙な要求を。


「じゃ、じゃあ。ひとつ、言ってみてもいいですか?」

「いいよ、何でも。私は、たけるくんなら」


 必死に朧げな脳内を検索して、ギリギリセーフそうなものを探し回って。

 これなら攻め過ぎず守り過ぎずじゃないかというものを見つけて、俺は恐る恐る口を開いた。

 そんな俺に未琴先輩は、まるでこれから男女の行為に及ぶような頷きをしてくる。

 流石に、今そこまでのことは俺には言えない。


「なかなか、外ではできないので……その、膝枕とか、どうですか」

「膝枕」

「この間、してもらったみたいですけど……でもその、俺は覚えてないので。やり直したいなぁ、みたいな」


 これはやっぱり攻め過ぎたかなと焦りながら、俺はしどろもどろに言った。

 対する未琴先輩は表情を変えることなく、小さくふむふむと頷いている。

 アリなのかナシなのか。まだ付き合ってないのに膝枕はやっぱり行き過ぎか。でも前にしてくれた時のことを、彼女は嫌そうにはしてなかったし。


 手を繋ぐとか、そのくらいの方がベターだったか?

 それともその程度かと、もっとすごいのことを予想されてたのか?

 だとしたらもっとすごいことって、どこまでいいんだ!?

 わからない、わからない……!


 口にする前よりもパニックになっている俺に、未琴先輩は少しの間無言で。

 まるで死刑宣告を待つ罪人のような心境になっていると、ゆっくりと返答が返ってきた。


「いいよ、してあげる。おいで」


 そうさらっと言うや否や、未琴先輩は俺から距離を取ってベッドの端の方に移動した。

 そしてパタパタとスカートを整えて、そして何故だか前の方を少したくし上げている。

 未琴先輩の白く眩しいシャープな太ももが、とてもセクシーに露わになっていた。


「あの、未琴先輩。して頂けるのは大変ありがたいんですけど……何故にスカートをそのようにさせていらっしゃるので?」

「頭を乗せたらシワになっちゃうから。だから退けないと」

「つまり、な、なまッ────」


 未琴先輩の生太ももに、何も挟むことなく直に頭を置けと!?

 頭が爆発したんじゃないと思うぐらいの衝撃に見舞われ、目の前がチカチカした。

 けれどそんな俺の動揺などどこ吹く風、既に決定事項であるようで、未琴先輩は俺の腕をくいと引いた。


 驚き過ぎて力が抜けた俺はもうされるがままで、引かれた勢いで体が倒れてしまう。

 そしてそんな俺の頭はストン未琴先輩の太ももに受け入れられて、少しとひんやりとしてむちっと柔らかな感覚に支配された。

 俺の体は頭しか存在しないかと思うほどに、全ての神経と感覚が頭部に集中する。

 すべすべで滑らかな肌触りが、俺を極楽浄土へといざなう。


 ただ、同時に凄まじい緊張が俺の胸中の埋め尽くした。

 嬉しい反面、俺はこんなことしていいのかという罪悪感に駆られる。

 けれど逃げることなんてもちろんできなくて、俺に許されたささやかな抵抗はといえば、横に寝て未琴先輩の顔を見上げないことだった。


「寝心地はどうかな」

「さ、最高です……」


 俺の頭にその手をそっと乗せながら、未琴先輩が囁く。

 俺は自分が何を言っているのかわからなくなりながら、何とか言葉をこぼした。

 そんな俺を、未琴先輩は少し面白がるように吐息を転がす。


「ちなみに、尊くんは女の子のどこが好きかな」

「そ、それはどういう……」

「男の子なら色々あるよね。胸とかお尻とか、そういうの」

「こ、この状況で聞きますか、それ……」

「うん。聞きたくなったから」


 俺の頭をゆっくりと撫でながら、とんでもない質問を畳み掛けてくる未琴先輩。

 心地いい感覚に包まれながら、けれど俺はとてもじゃないけれど心を落ち着けることはできなかった。


「知りたいな、尊くんがどこを好きなのか」

「また今度には……」

「今日置いていかれたの、寂しかったな」

「うぅ…………」


 俺を虐める気満々、まるで容赦をするつもりがない未琴先輩。

 それを言われてしまうと、俺に抵抗することなんてできないじゃないか。

 一応今、お詫びのお願いを聞いて家に招いているんだから。

 仕方ないと、俺は覚悟を決めた。


「どこかな。やっぱり胸?」

「胸も好きですけど、俺は、その……脚が……」

「へぇ」


 大罪を告白するような心境で言葉を絞り出すと、未琴先輩はとても短い言葉で反応した。

 顔を見られないから、彼女がどう受け止めているのか全くわからない。

 ただもし俺が未琴先輩なら、膝枕させた後にそれを打ち明けられたら、引かずとも「おいおい」とは思う。


 ハラハラする俺に、未琴先輩は少し間を置いてから言った。


「じゃあ、私の脚に寝ている感想を改めて」

「……しんどいくらい至福の心地です。死にそう」

「そういうところ、君は本当に正直だよね。好きだよ」


 もうなるようになれと半ば自暴自棄になって答えると、未琴先輩は声色軽くそう言った。

 どうやら、コイツないわぁとは思われていないようだ。

 というかしれっとまた好きと言われてしまった。

 もうどこで好感度が上がるのかわからない。


 それからしばらく、未琴先輩は何も喋らなかった。

 ただ静かに俺を受け入れて、その柔らかな手で頭を撫で続けてくれる。

 最初こそかなりドギマギしていた俺だけれど、その太ももの心地よさもあって、大分心が安らいできた。

 このまま眠りに落ちることができたらどんなに幸せだろう。いや、ちょっともったいない気もする。


 未琴先輩みたいな人に膝枕をしてもらって、こんなに甘やかしてもらって。

 なんだか俺の全てを受け入れてもらえたみたいで、とても幸福感に満たされた。

 いつまでもこうして穏やかな時間を過ごしたいと、ついついそう思ってしまう。


 けれどそんな甘ったるい思考に浸っていた時、俺はふと嫌なことを思い出してしまった。

 つらつらと聞かされてきた、荒唐無稽で信じられない、未琴先輩にまつわる電波話だ。

 なんかいろんな角度から聞かされた気がするその話は全て、彼女の危険を示すものだった。

 今こうやって俺を優しく包んでいる人のことを、だ。


 やっぱりどうしても信じられない。というか信じたくない。

 俺にとっての未琴先輩は、少々強引で突貫的ながらも、綺麗で優しい良い人だ。

 気圧されること、圧倒されることはよくあるけれど、それは彼女の悪意を孕んではいない。

 全て俺と、よりコミュニケーションを取るためのものだ。


 だから俺は、未琴先輩が世界の滅亡を目論む悪の組織のラスボスだなんて、信じられない。


「あの、未琴先輩……」


 でも、いやだからこそ。俺はそれを確かめたいと思ってしまった。

 未琴先輩を信じたいからこそ、その突拍子もない嫌疑を晴らしたいと。

 だから俺は、未琴先輩の膝に埋もれたまま、ついつい尋ねてしまった。


「先輩は、超能力とか魔法とか、実在すると思いますか?」


 もちろん直接的には聞けない。

 それとなく、ふわっとニュアンスだけ、俺は恐る恐る質問を投げかけた。


「この世界には特殊能力が存在して、サイキックバトルが繰り広げられてるなんて言われたら、未琴先輩は信じますか?」

「…………」


 上を仰ぎ見れない俺は、未琴先輩の表情を窺うことができない。

 けれどその静かな息遣いからは、突拍子もない話題を振った俺を訝しむ雰囲気を感じなかった。


「あるかもね。この世界には、不思議なことがたくさんあるから」


 少しして、ポツリと返答が降ってきた。


「世界は、人が認識できることがばかりじゃないから。大多数の人間が気付いていないものも、きっとこの世界にはある」

「そういう、ものですか……。俺はどうも、なかなかそういう漫画じみた話には現実味がわかなくて」

「確かに、見慣れたこの世界とは景色が違うしね。でもきっと、この世界は私たちの知らないことで溢れてるんだよ」


 思っていたよりも肯定的な意見に、俺は逆に気持ちが軽くなった。

 もし未琴先輩がそのラスボスだったとしたら、今まで俺にそれを明かさなかった彼女がそういうものをバラすような口振りをするとは思えない。

 もちろん俺も言及まではしていないけど、隠すのなら徹底的に隠すだろうし、こんなふわっとした話をわざわざ肯定する必要なんてないんだから。


「いきなりどうしたの? 誰かにそんな話されたのかな」

「いやぁ、まぁ……はい。ちょっとぶっ飛んだ話を聞かされまして……」

「……そう。どんな?」

「いや、俺もよく理解できなかったんで、説明できるようなことは……。でもなんだか、今世界は滅亡の危機に晒されている、みたいなふざけた話ですよ」


 言っているうちに馬鹿馬鹿しくなってきて、俺は軽く答えた。

 話してきてくれた人の気持ちは尊重するけれど、やっぱり鵜呑みにするには少々荒唐無稽だ。

 それで未琴先輩を疑うなんて、正直失礼だ。


「変な話をしてすみません。意味はないんです。忘れてください」

「その話は、誰に聞かされたの? さっき一緒に帰ってた子? それとも他の子たち?」

「えっと……まぁ、色々、だったかと……?」


 切り上げようとする俺に、未琴先輩は何故だか突っ込んでくる。

 そんな興味をそそる内容だったんだろうか。そういう空想話が好きだったり?

 優しくもズンズンと尋ねてくる未琴先輩に、俺はなんとも煮え切らない返事をしてしまった。


「……そう。やっぱり、どうやっても……」


 未琴先輩が、ポツリと溜息交じりにそうこぼす。

 それが意味するところを考えていると、不意に未琴先輩の両手が俺の頭を包んだ。

 くいっと上を向かされ、強制的に仰向けの体勢に切り替えられる。

 未琴先輩の綺麗すぎる顔が俺を覗き込んでいた。この光景はまるでいつかの────


「尊くん、私が見える?」

「未琴先輩しか、見えません」

「もっと、私を見て……」


 仏のような穏やかでささやかな笑みは普段通り。

 けれどその瞳が持つ深さは、いつもよりも更に底知れず、少し恐ろしさがあって。

 俺は竦む様な美しさを持つ未琴先輩から、目が離せなくなった。

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