第5話 有友と初デート ① a-1

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 少し日が傾き始めた、土曜日の夕刻。

 けれど真夏の今はまだ太陽が燦々と頑張っておられて、少しも涼しくなる気配はない。

 けれど真上から灼熱の日差しを振り下ろされている時よりは、少しばかり不快感が減ったようにも思えなくもなかった。いや、気のせいかもしれないけど。


 インドア派の俺にとっては、決してお出かけ日和とは言えないそんなクソ暑い時分に、俺は駅の構内に突っ立っていた。

 うちの最寄り駅から学校側に一駅。近場だけれど、だからこそあまり利用することのない場所だ。

 どこかコンビニにでも入って涼みたいところだけれど、どうもそわそわしてじっとしていられなくて。

 だから仕方なく、俺は茹だるような駅の改札前で微妙にうろちょろしながら待ちぼうけていた。


「おーい、うっしー! ごめんごめん、おっまたせー!」


 早めに来たことを含めても三十分程待ったところで、ようやく待ち人である有友 あさひがやってきた。

 派手に輝く金髪を振り乱し、タタタッと軽快な足取りで駆け寄ってくる。

 そんな無邪気で気持ちのいい姿に、俺はもぞもぞとしながら手を挙げて応えた。


「遅刻、じゃないよね!? ギリギリセーフだよね!?」

「残念ながら十分遅刻だけど、まぁ許容範囲だよ」

「たっはー! マジごめん! こんな暑いのに〜!」

「別にいいって。そこまで気にするような遅れでもないし」


 俺の前に辿り着くなり有友はキャンキャンと喚いて、そして両手をパチンと合わせてきた。

 その誠意のこもった謝罪に、そもそも別に怒ってもいないけど、余計に全く気にならなくなった。

 むしろ「今来たところだよ」なんてベタなことを、気を利かせて言ってやった方が良かったかな、とすら思える。

 相変わらず、サッパリと気持ちの良いやつだ。


「いや、ホントごめん! それに、アタシから誘ったのにこんな時間からになっちゃってさ」

「それもこれも気にしなくていいって。まぁそんなに遅くまではいられないけど、それなり色々できるだろ」

「そうだよね。ありがと、うっしー!」


 申し訳なさそうな顔から一転、ぱぁっと笑顔を輝かせる有友。

 その切り替えの速さというか、テンションの上げ方は本当に尊敬する。

 その晴れやかな笑顔は、この茹だるような暑さを僅かばかり忘れさせてくれた。


「ところでうっしー! アタシに言ってくれることなぁい?」


 そう言うと、有友は腰に手をあててクイッとポーズを決めた。

 これは、今日のコーデを褒めろということなんだろう。


 今日の有友は、なんというかいつもとは全く違った。

 学校でも化粧はバッチリ決めてるし、その金髪も含めて派手な印象が強い彼女。

 その点に於いては確かに普段通りだけど、私服による夏の装いのその開放感が、何というかとてもパンチが効いていた。


 白いタンクトップが彼女の薄褐色の肌と絶妙なコントラストを奏でていて、肩や腕を始め、胸元や臍までチラリと見えていてとても目のやり場に困る。

 おまけにショートパンツとブーツサンダルを合わせているものだから、その健康的に締まった脚が、まぁよく見える。

 ザ・夏といった開放的なその服装は、有友のメリハリのあるスタイルを余すところなく露わにしていた。


 おまけに、いつも雑に上げている前髪は、今日はしっかりと整えて横に流している。

 というか全体的にいつもよりも髪がふんわりと仕上がっていて、手入れが丁寧にされていることがわかった。


 端的に言って、めちゃめちゃ可愛かった。

 彼女の派手でエネルギッシュな部分を保ちつつ、年頃の女子らしい清潔感と可憐さを併せ持っているんだ。

 堂々と晒されている肌の色香と合わせて、正直かなりどぎまぎとしてしまった。


「今日の有友は、なんていうか……いい感じだと思うよ。お前らしくていいっていうか」

「なんだよー、その歯切れの悪い褒め方はぁ」


 いつもとは一味違う魅力を放っている有友に、何ともハッキリとしない言葉しか言えなかった俺。

 そんな俺を不満げに睨んだ彼女は、ぶーぶーと俺を肘で小突いてくる。


 未琴先輩や姫野先輩にみたい、明らかに綺麗だったり可愛かったりする人には、俺も臆することなく褒められるのに。

 有友だって割と可愛い部類の女子だけど、クラスメイトとしての距離感からか、どうも気恥ずかしい気持ちになってしまう。


「もう一声! どこがいいのか言ってよー!」


 そんな俺に、有友は容赦なくおねだりをしてくる。

 まぁ今日は仕方ないかと、俺は頑張って言葉を模索した。


「えぇっと……全部いいと思うよ。似合ってるし……」

「それに?」

「俺は結構、好きな感じかな」

「最後にもう一個!」

「……可愛いと思うよ」

「いぇーい、ありがとっ!」


 大袈裟に万歳をしてはしゃぐ有友。

 何だか言わされた感があるけど、本人が喜んでるからまぁいいか。

 口にするのが気恥ずかしかった言葉を捻り出されただけで、別に嘘を言ったわけじゃないし。


「まぁ、もうちょっとすぱすぱーっと言って欲しかったけど、今日はこれで勘弁したげるっ。アタシのこと見て照れてるうっしー見られたしね!」

「う、うるさいなぁ!」


 バッチリ決まっている彼女にドキドキしてしまったことを、どうやら完全に見抜かれていたらしい。

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる有友に、俺は顔を背けて誤魔化すことしかできなかった。


 いや、だって仕方ないだろう。

 こちとら女子の私服なんて見慣れてないし、有友は本当に似合っていて可愛かったんだから。

 それにどこもかしこも開放的で、健全男子としてはそこにもそわそわは避けられない。

 何もかも仕方ない。むしろ彼女が悪いくらいだ。


「そんじゃ、そろそろ行こっか。あんまりのんびりしてると遊ぶ時間なくなっちゃうしね」


 しばらく俺のことをからかってから、有友はケロッとそう言った。


「いやぁー、もっと昼間から会えればよかったんだけどねぇ」

「まぁ今日は仕方ないよ。何か用事があったんだろ?」

「まーねー。ちょっと家のこと色々やらなきゃで」

「親が忙しいとか? 土曜なのに大変だな」

「ちがうちがう。あれ、うっしーに言ってなかったけ?」


 家の手伝いやらなんやら大変なんだろうと思っていると、有友がキョトンと首を傾げた。

 それから「あぁ」と軽い感じで口を開く。


「アタシ親いないんだよね。むかーしに死んじゃってさ。だからずっと施設に住んでて。あんまり大きなとこじゃないから、ちっちゃい子たちの面倒とか手伝いとか、色々しなきゃいけない時あってさー」

「え……あ、そうだったのか。ごめん、俺……」

「あーあー気にしないで! 親が死んだのはかなり前だし、アタシ今の家も家族の子たちも大好きだからさ!」


 さらっと告げられた彼女の家庭事情に、俺は不意打ちを食らって固まってしまった。

 けれど当の本人は全く気にしている素振りはなく、むしろびっくりしたこっちに気を使って笑顔を浮かべている。


「アタシは今の生活が幸せだよ。ごめん、別に辛気臭くするつもりはなかったんだ。友達はみんな結構知ってるしさ。だからホント、全然気にしないでっ!」

「お、おう。わかった」


 明るくそう話す有友は、確かに気落ちしている様子は全くない。

 彼女の中で消化できていることなら、俺が今ここでしんみりしても仕方がないか。

 びっくりはしたけれど、有友を尊重して俺は普通に頷いた。


 ただ、本当に意外でびっくりした。

 いつも元気で明るい有友が、そういう事情を持っていたなんて。

 ただ、彼女の人当たりの良さやコミュニケーション能力の高さは、そういった環境で育まれたのかな、なんて思った。


「ほらほら、今度こそ行こ! あっついし、涼しいとこ入りたいよぉ〜」


 有友はそう言いながらパタパタと足を動かし始める。

 少し先行して、それからこちらをくるんと振り返って、俺を見てニパッと笑った。


「そーだ。手、繋ごーよ。せっかくだしね」

「あ、うん……」


 輝かしい笑顔と共に差し出される手を、思わず見つめる。

 俺なんかよりも断然小さいその華奢な手は、簡単に折れてしまいそうで、でも包み込むような柔らかさを感じた。

 そんな女子の手を握る。簡単そうで、なかなか難しいミッションだ。でも、今日のような場合はほぼ必須なんだろう。


「────っと」


 そう、どぎまぎと迷っていたかと思えば、俺の手は既に有友の手をしっかりと捕らえていた。

 無意識に、反射的に手を伸ばしていたらしい。

 我ながら緊張しすぎなのか、それとも女子たちに好意を向けらている事に実は慢心して、調子づいているのか。

 いずれにしても、俺たちの手繋ぎイベントはあっさりと進行された。


 でもその柔らかい手が俺のそれを包み込む感触に、それはそれで遅れてドキドキがやってくる。

 なんというか、有友も女の子なんだって、そんな当たり前の実感を叩きつけられている感じだ。

 またわかりやすく顔に出てないといいんだけどなぁ。


「うん、いい感じ。うっしーの手、おっきーね。男子って感じ!」


 にぎにぎと俺の手の感触を確かめて、有友は楽しそうに笑った。

 異性の手の感触に動揺している俺に対し、彼女は恥じらいを覚えているようには見えない。

 有友は、こういうことにはやっぱり慣れているんだろうか。


「いよーし、じゃあデートしゅっぱーつ!」


 そう、思ったけれど。

 前を向いて意気揚々と歩みを進めた彼女の横顔を見た時、気付いた。

 態度には全く出していないし、顔も笑顔で誤魔化していたけど。

 でも有友の顔は、耳まで赤くなっていたんだ。

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