第5話 水着姿の美少女たち ④

 昼時ともなれば海の家も混雑していたけれど、二人で喋っているとそんな待ち時間もあっという間だった。

 俺たちの番が回ってくると、安食あじきちゃんはぐんと思いっきり背伸びをして、キラキラと顔を輝かせた。

 今朝出かける前にドーナッツをたくさん食べていたけれど、もうそれはすっかり消化されてしまっているんだろう。


「注文は私に任せてください!」


 適当にみんなで食べられるものを見繕って注文しようと思っていると、安食ちゃんは食い気味にそう言ってメニューを眺めながら次々に料理を選び出した。

 焼きそば五人前から始まり、焼きとうもろこしにイカ焼き、フランクフルト、フライドポテト、たこ焼きなどもそれぞれ複数。

 さらにはカレーやロコモコ丼などのご飯ものまで並んで、かなりの品数がどんどんと彼女の口から繰り出される。


 店員さんもてんてこ舞いというよりは、ちょっと呆気にとられた様子だった。

 ただこれが大所帯の買い出しではなく、そのほとんどが彼女の胃袋に収まるだろうことを知ったらもっと面食らうんだろうな。

 俺としてはこれが全て処理できるのかというより、運べるかの方がちょっと心配なんだけれど。


「実は前から少し気になってたんだけど、安食ちゃんって結構お金持ち?」


 ちょっぴり長めに待ってから全ての商品を受け取ったあと、シートに戻る道すがらに俺は尋ねてみた。

 パックに詰められたたくさんの食べ物が入った袋を二人で両手に持って、かなり仰々しい出立ちだ。


「あー、そうですねぇ。親からは、食費として結構多く貰ってます」


 ちょっぴり不躾な俺の質問に特に嫌がる素振りを見せず、はにかみながら答える安食ちゃん。

 これからの食事を楽しみにしているのか、足取りは心なしか軽そうだ。


「両親は共働きで、結構忙しそうにしてるので、多分そこそこお金に余裕はあるのかと。家のことをやっている時間はあんまりないみたいなので、食事のことは自分でやるように言われてまして」

「そういうことなんだ。いや、いっぱい食べられるのもすごいけど、それだけのお金があるものすごいなぁと思ってしまって」

「放任な分不自由ないようにということで、かなり余裕持ってもらえてるんです。だから私も、自分が満足できるくらい食べられるような額をお願いしちゃってますね」


 そう言って安食ちゃんは少し恥ずかしそうに、誤魔化すような笑みを浮かべた。

 まぁちゃっかりしているといえばちゃっかりしている。

 彼女が使っている食費は普通の高校生の倍では足りないだろうし、それを普通の家庭で軽やかに用意するのは難しそうだ。

 大食漢の安食ちゃんとしては、それが可能になる環境はかなりラッキーなんだろう。


「あ、でも、私だって毎食大食らいなわけじゃないんですよ? 朝はあんまり時間ないから普通くらいだし、学校でのお昼も基本そんなに食べないようにしてますし」


 誤解してくれるなというふうに、安食ちゃんは早口にそう付け加えた。


「そうなんだ。朝はわかるにしても、昼休みはそれなりに食べる余裕ありそうだけど」

「それは……ほら、みんなの前であんまりいっぱい食べてると、引かれちゃいますし。だからお昼休みの時はそこそこで、あとはちらほら間食をするようにしてるんですよ」


 そう言う安食ちゃんはどこか恥ずかしそうに眉を下げた。

 ちょっと言いにくそうにしながら、けれど俺を見上げて言葉を続ける。


「女の子がたくさん食べてるの、あんまりいいふうに思われないことが多くて。だから学校では、部活の皆さんといる時以外は、普通くらいの量にしてるんです」

「俺はたくさん食べてる安食ちゃん好きだけどな。なんでも美味しそうに食べてるところを見ると、こっちも幸せな気分になるし」

「そう言ってくださるから、だから私、うっしー先輩好きです」


 俺の答えに安食ちゃんは顔色を戻して、ニコッと朗らかに微笑んだ。

 その屈託のない笑顔と混じりっ気のない好意の言葉に、思わずドキリとしてしまう。


「特に男の人って、いっぱい食べる女の子良く思わない人多いじゃないですか。中学の時とか、給食何回もおかわりしてるのを良く男子にからかわれたりしましたし。でもうっしー先輩はそこのところ全然気にしなかったので、実は私それが結構嬉しくて」

「まぁ俺も未だに呆気に取られることはあるけどさ。でもそれよりも、その食べっぷりを見るのが楽しいからなぁ。安食ちゃんが食べてるところは、見てて飽きないよ」

「もぅ、認めてくれるのは嬉しいですけど、見せ物じゃないんですからねー!」


 ぷくっと小さく頬を膨らませた安食ちゃんは、そうクレームの声をあげて肩でコツンと小突いてきた。

 その華奢な体躯では俺を揺らすことすら叶わなかったけれど、小さな抵抗が愛らしくて精神的な方はグラグラ揺らされる。

 ただ別に怒っているわけではないようで、相変わらずニコニコと楽しそうだ。


 安食ちゃんの食いっぷりは正直かなりのものだし、それを恥ずかしく思ってしまう乙女心はまぁ察しがつく。

 彼女とは既に何回かデートをしているけれど、そのどれもグルメ巡りだった。

 大盛りに挑戦したり、一つの店でたくさん頼んだりとまちまちではあるけれど、一日で食べる量は俺の量を遥かに凌いでいる。


 その爆発的な食欲を曝け出すのに相手を選んでしまうのは仕方のないことだ。

 だから俺が、そんな彼女が憂うことなく食事ができる環境になってあげれていることは素直に嬉しい。


「ごめんごめん。もちろんそれはわかってるけど、ついつい見ちゃうんだよ。なんていうか、安食ちゃんは食べてる時とっても生き生きしてるし、それにすごく可愛いから」

「えぇぇ、もう! こういう時にはっきり言えるモードに入らないでくださいよぉ〜。今はなよなよモードでいいんですぅ!」

「なよなよモードって……。俺そこまで情けないつもりはないんだけどなぁ」


 カッと顔を赤らめた安食ちゃんの言葉に、俺はついつい苦笑いを浮かべた。

 けれど安食ちゃんはそんな俺に容赦することなく、ぶーっと唇を突き出してジト目を向けてきた。


「普段はあんまりはっきり褒めたりしてくれないのに────まぁそれは別にいいんですけど────どうせなら他のことがよかったですぅ。しかもしれっとかっこいい感じで。なんで食べてることなんかぁ〜。頑張りどころは今じゃないですよー」

「俺のヘタレっぷり肯定した上でのそのクレームは、なかなか斬新だな……」

「可愛いって言ってもらえるのはもちろん嬉しいですけど。でもなんていうか、せっかくならその運を違うところで発揮したかったって感じです」


 嬉しさと不満さを混ぜこねた安食ちゃんは、とても複雑そうに口をモニョモニョさせている。

 でもまぁ、そう言われると気持ちはわからんでもない。

 自分がそんなに期待していない時に限って引きが良かったりするあれだ。

 嬉しいけど今じゃないんだよ、本命の時に来てくれ、みたいな。

 そう考えると、自分のヘタレっぷりが尚更申し訳なく思えてくるな……。


「いやまぁ、俺からの褒め言葉が運要素な感じなのはホントにごめんだけど。なんというか乙女心って難しいなぁ」

「もっと勉強してください。そんな鈍ちんなうっしー先輩もいいですけど、もうちょっと狙いどころを定めてもらえると嬉しいです。基本言われると思ってないので、きて欲しいと思ってる時じゃないと必要以上に不意打ちになっちゃんですよぉ」

「マジで俺の日頃の行いが悪いのはわかるんだけど、容赦なくてちょっと凹むなぁ」


 ぷりぷりと可愛らしく言ってくるからそこまでダメージはないけれど、言っていることはなかなか厳しい。

 まぁ未だ女子慣れしていない俺は、モテ男みたいに当たり前のように女子が喜ぶ言葉や反応をしてあげられないんだけれど。

 そんな俺を受け入れ切ってくれている安食ちゃんの言葉は、逆にちょっと寂しく思えた。

 でもまぁ俺が頑張ればいいだけの話なんだ。


「あ、いや、でも、可愛いって言ってもらえたのは嬉しいですよ! 恥かしいですけど、でも……!」


 それでも思わず肩を落とす俺を見て、安食ちゃんは慌てて言葉を付け足した。

 ちょこちょこと足を早めて俺の前に乗り出して、顔を覗き込んでくる。


「食べてるとこをそんなふうに言われたことなったから、つい。でも、うっしー先輩がそう言ってくださるなら私、もっといっぱい先輩の前で食べます! あ、さっきのお店でもう少し買ってこようかな。デザートまだ買ってませんでしたし……」

「いやいや、安食ちゃんが更にいっぱい食べるとなると、果たしてどこまでいくのか気になるところだけど。その様子で買い足したらあのお店が早々に店じまいしなきゃいけなさそうだから、一旦タンマで」


 言うが早いか引き返そうとする安食ちゃんを慌てて引き止める。

 今までその胃袋の限界を見たことがないし、彼女がその気になれば店の在庫を食べ尽くしてしまうかもしれない。

 それだけの手持ちがあるかわからないし、安食ちゃんの所持金が底をつくか、店の食材が底をつくかの勝負になりそうだ。

 食べたいだけ食べればいいとは思うけど、俺を気遣うが為に初日にそこまで散財させるのも忍びない。


 俺の制止に安食ちゃんは大人しく留まってくれたけれど、「物足りなかったら買い足しに行けばいいですしね」とちょっとズレた反応が返ってきた。

 まぁなんだかんだと俺が褒めたところを喜んでくれたということなんだろう。

 ただ、俺の男らしくなさが彼女の一連のリアクションを引き出したのかと思うと、やっぱりしっかりしなきゃなぁと思わされた。


「さ、そうと決まれば早く皆さんと合流してご飯食べましょ。もう私、お腹ぺこぺこですよ〜」


 恥ずかしがったり怒ったり拗ねたりと忙しかった安食ちゃんだけれど、最終的にはご機嫌な笑みを向けてくれた。

 良いも悪いも全て飲み込んで、そうやって朗らかに笑ってくれる彼女の姿に癒される。

 その包み込むような暖かさが、いつも俺に笑顔をくれるんだ。


 その後、別働隊の三人が買ってきたものも合わせて大量になった食べ物は、案の定安食ちゃんがほとんど平げた。

 そんな彼女に感化されて少し食べ過ぎてしまった俺は、満腹感とパラソルの日陰の心地よさに乗せられて、うつらうつらとしてしまったのだった。

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