第14話 リアルな夢と微睡の現実 ①
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目を覚ましてすぐ、俺は自分が見舞われている異常を察知した。
それを肌で感じつつ、けれどなかなか現実として受け入れることができなくて。
だから俺は少しの間、安らぎと暖かさに満ちたこの異常に何も反応することができなかった。
体を、主に頭部を抱きしめられ、包まれている。
顔を埋めさせられているから視覚的な判断は難しいけれど、全身に押しつけられている柔和な感覚がその事実を如実に表していた。
俺は今、女子に強く抱きしめられて、その腕に、いや胸に拘束されているんだ。
「ッ────!!!」
寝ぼけている暇なんてなく、俺の意識は光の速度で覚醒した。
全身に襲いかかる女子特有の柔らかさ。鼻腔をくすぐる甘やかな香り。俺を包む細くも確かな抱擁。
そして顔面にこれでもかと押し付けられている、心地よくてたまらないもの。
それらを防ぐこともできずに浴びせられたら、冷静でいられるわけがないんだ。
ただ、女子に囲まれたこの部屋の中でそんな劣情を弾けさせるわけにはいかない。
寝起きにこんな極上の感覚に包まれるという体験は素敵なものではあるけれど、これ以上浸り続けて理性を保てる自信がない。
だからなんとか抜け出そうともがいたけれど、強くホールドしてくる腕は俺がどんなに身動いでも全く解けなかった。
相手は間違いなく
俺の顔を包む胸のボリューム────じゃなくて、俺を包んでいる体格を鑑みれば、だ。
決して、姫野先輩やあさひならもっと迫力があるだろうとか、そういう判断基準じゃない。
確かに安食ちゃんは小柄な体格相応の慎ましやかなお胸をお持ちだけれど、そういう言い方をすれば未琴先輩だって近しい分類に属する。
だから決して、俺はそんなところで判断したのではなく、四人の中で唯一のその小柄な体格から答えを導き出したんだ。
うん、そうだ。それに少し落ち着いてみれば、安食ちゃんのものだと思われる長い髪もファサッと被さってきているし、俺の結論に間違いはないだろう。
ただそうわかったはいいものの、安食ちゃんの場合は一番やりにくい気もする。
他の三人ならば俺の寝込みを襲って抱き着いてきたと考えられるけれど、彼女はみんなに比べればそこまでガツガツしていないし、となるとこれは事故の可能性が高いからだ。
恐らくまだ眠っている安食ちゃんが目を覚まして現状を把握した時、かなり恥ずかしい思いをさせてしまう危険性がある。
ただまぁ、思えば昨晩彼女には既に抱きしめられてはいるんだけれど。
情けない弱音を吐く俺の全てを受け入れて、優しく包み込んでくれた。
それを考慮すれば今更何を恥じらうことなく、むしろ彼女もまたわざとしてきたのかもしれない。
ただいずれにしてもやっぱり、俺としてはこの状況をいつまでも堪能しているわけにはいかない。
陽だまりのような暖かさと共に心をほぐすような安らぎを覚える抱擁ではあるけれど、いかんせん女の子感が全身に味わわされているものだから、本当に精神がオーバーヒートしてしまいそうだ。
それに何より、今はまだアラームを設定した時間より前みたいだから誰も起きていないようだけど、これを他の誰かに目撃されたら大騒ぎになる。
それよりも前にこの腕の中から脱出しないと……!
そう思った時────
「ん…………」
頭の真上で小さくぐずるような声が聞こえて、同時に俺を包む体が身動いだ。
そのせいで余計に俺は腕と胸に押さえ込まれて、柔らかすぎる体に更に圧迫された。
そしてその抱擁というよりは緊縛のような行為が、彼女に現状をありありと叩きつけたようだった。
「え……えぇ……ッ!?」
自らが抱き締めている異物に気がついたようで、掠れた叫び声を上げた安食ちゃん。
腕の拘束が緩められたことによって視界に光を取り戻した俺が顔を持ち上げると、目を白黒とさせている彼女とばっちり視線が交差した。
彼女もまた先程の俺と同じようにかなり混乱しているのか、腕は緩めながらも未だ俺からは放されていない。
まるで母親に
安食ちゃんの持つ包容力を持ってすればそれも決して的外れなシチュエーションではないんだけれど、でもやっぱり俺たちは年頃の男女なわけで。
胸に抱かれた状態で彼女の顔を見上げた時の、この言い知れぬ安心感と母性はかなりものだったけれど、ただこれはどうしたってハプニング以外の何ものでもなかった。
「……お、おはよう」
視線が交わってしばらく続いた沈黙に耐えきれず、俺は逃げるように平常を装った挨拶を口にした。
けれどそれでもどうしたって現状を誤魔化すことなんてできなくて、むしろ安食ちゃんの顔はみるみるうちに赤くなっていった。
ただそれでも俺のことを放そうとはしないから、嫌がられたりということはなさそうだ。まぁただ単にそれどころじゃないのかもしれないけれど。
「今回は安食ちゃんに起こされる前に起きたよ。俺の勝ちだ」
「……んんん、もぅ。今、それどころじゃないですぅ……」
敢えてこの状況を無視して茶化したことを言ってみれば、安食ちゃんはようやく固まった表情をほぐした。
それでも赤らみはそのままで、羞恥と困惑を織り交ぜながらジトっと俺を見下ろしてくる。
そしてもぞもぞと体を動かしたかと思えば、器用に自分の位置を下げて、俺を抱き締めた形のまま今度は彼女が俺の胸に頭を預けてきた。というか、顔を隠した。
「なんだよ。俺の寝顔が見れなかったのがそんなに悔しかったのか? それは昨日散々見ただろうに」
「ちがいますよぉ! まぁそれもそうですけど、でもそういうことじゃなくてぇー!」
テンパっている安食ちゃんを見て段々と余裕が出てきて、ついつい揶揄うような口調になってしまう。
そんな俺の言葉に、安食ちゃんは顔を埋めたまま曇った声を上げ、俺の背中をぽこぽこと叩いた。
普段はみんなの積極的なアプローチに押され気味に俺だけど、少し先に起きれたのはラッキーだった。
未だ密着している現状にはドキドキするけれど、安食ちゃんの反応に対して強気で出れるだけの余裕を獲得する時間を得られた。
「も、もう! ダメじゃないですか、寝てる女の子に勝手に抱きついちゃ。私は別に、嫌じゃないですけど……」
「そんな満更でもなさそうな顔しても、抱きつかれてたのはどう見ても俺の方なんだけどね」
「……いくら隣り合わせに布団敷いてたからって、潜り込んじゃダメなんですよぉ……!」
「今ガッツリ二人で俺の布団に寝てるから、その言い分は苦しいかなぁ」
安食ちゃんは俺の胸に顔を埋めたまま、なんとか恥ずかしさを誤魔化そうと俺のせいにしようとしてくる。
でも何て言葉を捏ねくり回そうと、この明確な現状はなかなか覆せない。
しばるくすると観念したのか、ゆっくりと顔を離してじっとりとした目で見上げてきた。
「……すみません、私抱き付き癖があるんです。いつも、抱き枕と寝てるので」
未だ赤らめた顔でそうもにょもにょと口にする安食ちゃん。
普段の落ち着いた穏やかな様子とは違って、年相応というか、年下らしいか弱さがとても愛らしく見えた。
「だから、その、わざとじゃないんです。抱き付きたくてしたんじゃないというか────いえ、抱き付きたいですけど、そういうことじゃなくて、ええと……!」
「いいよいいよ、別に怒ってないし。びっくりしたけど、でも君に抱きしめられながらの寝起きは結構良かったし……」
落ち着いてきたとはいってもまだ恥じらいが残っている安食ちゃんは、言い訳しようと口が空回ってしまっている。
そんな彼女をフォローすべく朗らかに応えてみたけれど、俺も俺で多少の動揺はあるわけで、妙なことを口走ってしまった。
安食ちゃんの顔がまたカァーッと赤くなる。
「ど、どうして今朝はそんなに強気なんですかぁ……。気持ちよく寝て頂けたのは嬉しいですけど、でも恥ずかしぃ」
「あぁ……ごめん。でもなんていうか、やっぱり安食ちゃんのそばって落ち着くからさ。ついつい本音が……」
一番年下で外見的にも一番小柄な彼女だけれど、でも包容力という意味でダントツのものを持っている。
本満ボディをお持ちな姫野先輩もまぁ、物理的な包容力はあるけれど。
でも安食ちゃんのそれは心まで包み込むような、母性を感じさせる穏やかさがあるんだ。
傍にいるだけで和やかな気分になれて、とても落ち着ける。
そんな彼女に優しく寄り添われて、しかも強く
「ズルいです。私は結構ドキドキしてるのに……」
安食ちゃんはぷくっと頬を膨らませてそう不満を漏らすと、徐に俺の胸に再び頭を預けた。
けれど今度は顔を埋めるのではなく、耳を強く押し付けている。
正面からの抱擁とはまた少し違う密着具合に、落ち着きかけていた俺の心臓が再び鼓動を早めた。
「まぁでも、先輩も結構ドキドキしてくれるみたいなので、仕方ないから許してあげます」
「それは……ありがとう……?」
ダイレクトに俺の心境を確認して満足したのか、安食ちゃんはようやく落ち着いた笑みを浮かべた。
とは言っても、安食ちゃんは恥じらいながらも俺から離れようとはしなかったし、むしろ抱きつき方を変えてりなんかしていたし、案外余裕はあったようにも見える。
ただ彼女のリアクションや赤らんだ顔を見れば、照れていたのも間違えではないだろうし。なんというか、女子は強かってことなんだろうか。
余裕を獲得した安食ちゃんは、けれどやっぱり俺から離れる素振りは見せず、俺にしがみついたまま穏やかな笑みを浮かべた。
「思ってたよりもぐっすり眠れたのは、もしかしたらうっしー先輩を抱き枕にできたからかもしれませんね。私、抱き枕がない時は本当に寝付きが悪いので、実は今回心配だったんですよぉ」
「安食ちゃんって結構しっかりして見えるけど、案外寂しがり屋っだったり?」
「べ、別にそういうつもりはないですけど……。でもそうですねぇ。小さい頃から両親が家にいる時間が少なくて、夜寝る時も一人だったので、それを紛らわすために使い始めてから癖になっちゃったのはあるかもです」
「なるほどね。俺でよければもちろんいくらでも抱き枕になってもいいけど……あーでも、寝る前から抱きつかれてたら流石に緊張して寝付けないかもなぁ」
俺の返答に、安食ちゃんは「じゃあ今度はそれを試してみましょうか」なんて軽口を言ってクスクスと笑った。
実際にそんなことをやってみれば、お互いにドキドキしてなかなか寝付けない気がしてならないけれど。
でもそれはそれで魅力的ではあるし、誘われたら断る自信が俺にはなかった。
「あの、うっしー先輩」
俺にしっかりとしがみついたまま、安食ちゃんが上目遣いで囁き声を上げた。
こっそりとしたその言葉が、なんだか妙に色ぽい。
「皆さんが起きるまでもうちょっとだけありますし……あと少しだけ、このままでもいいですか? せっかく、ですから……」
「う、うん。でもみんなには気付かれないようにしないと。バレたら朝から大騒ぎだ」
「はい、そうですね」
みんなで同じ部屋で寝ている中で、二人だけ引っ付いているのがバレたらどうなることやら。
でもそんなリスクを気にしつつも、安食ちゃんとこうして寄り添っている今が心地よくて。
俺の肯定に、安食ちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
「特に未琴先輩とあさひは、せっかく隣を勝ち取ったのにって文句言いそうだし────」
「……? あ、あの、うっしー先輩……」
安食ちゃんは急に息を飲んで、不安そうな眼差しを向けてきた。
先輩たちに怒られるのが怖くなってきたのだろうかと思っていると、彼女はおずおずと口を開いた。
「昨日枕投げで勝ったのは、私と真凛先輩ですよ。隣に寝てたからこそ私、うっしー先輩のお布団に転がり込んじゃったんですから……」
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