第11話 未琴先輩と食べさせ合いっこ ① 19462

たけるくんは、どんな女の子がタイプなの?」


 例の如く屋上に不当に侵入し、日陰で二人のんびりと弁当を食べている時のこと。

 俺の横で黙々と弁当をつついていた未琴先輩が、唐突にそう口を開いた。

 あまりにも藪から棒な問い掛けに、俺は口の中に含んでいたアスパラの肉巻きを喉に詰まらせてしまった。


「もぅ、大丈夫?」


 盛大に咳き込む俺の背中を、その細い手でさすってくれる未琴先輩。

 差し出されたお茶をありがたく頂戴して、俺は呼吸を整えてそのお顔を見返した。


「ど、どうして急にそんなことを?」

「他意はないけれど。でも、知っておきたいじゃない?」

「う、うーん……」


 ほんのりと浮かべられた微笑は、とても純粋な問い掛けに見える反面、どことなく別の意味を含んでいるように思えた。

 その穏やかすぎる面持ちの中に、決して表には出さない思惑が見え隠れしているような。

 嫌味や皮肉ではないんだろうけれど、探られている気がする。


「未琴先輩みたいな人、とか」

「うそつき」


 何と答えても角が立ちそうだと思ってちょっとふざけてみれば、即座に細めた目が俺を突き刺した。

 穏やかな笑みは崩れていないけれど、綺麗な眉が僅かに八の字に歪んだのが窺えた。

 いや、俺も今のはデリカシーに欠けたかもしれないと思いました、はい。


「一応振った相手にそれを言うなんて、君は案外意地悪なんだね」

「すいません、悪ふざけが過ぎました」


 俺が素直に謝ると、未琴先輩はすぐに普通の表情に戻った。

 とはいえ、強ちそこまで嘘というわけでもない。

 正直、今のところ未琴先輩みたいな人を好きにならない理由が見当たらない。

 美人で気立がよく健気な未琴先輩は、とても魅力的な女の子だ。


 ただ始まりがあまりにも唐突過ぎて、その魅力を手に入れる勇気が俺にまだないだけで。

 このまま一緒に過ごし続けていれば、俺はきっとすぐにでもこの人を完全に好きになってしまうだろうな。


「私の見立てでは尊くんは、それなりに可愛い女の子で自分のことを好きと言ってくれる子が好き、って感じかな」

「えっ、いやぁ、そこまで節操ないつもりはないんですけどね……」


 ぽつぽつと食べるのを再開しながら、横目で俺を流し見て言う未琴先輩。

 その的確な観察眼にびくりとしながら、俺は慌てて首を横に振った。

 心の中まで見透かしていそうな深い視線が、俺にクスリと向けられる。


「ふぅん、まぁ君がそう言うのなら違うのかな」

「ち、違います違います。断じて、ええ!」


 現在進行形で、言い寄ってきた未琴先輩と一緒にいる俺に、きっと説得力のカケラもありはしない。

 ただその言葉の通りだと、好きだと言われればふらふらとどこかに行ってしまう奴みたいだし、否定するしかない。

 いやまぁそもそも、そうそう俺に好きだと言ってくれる女子なんていないから、虚しい理想像なんだけど。


「そ、そういう未琴先輩はどうなんですか? どんな男が好きとか、あ、あるんですか……?」


 俺から意識を退けるため、質問をし返して話題を逸らす。

 そもそもの話をすれば、未琴先輩が恋愛に興味あるようには見えない。

 けれどこうして俺に好意を寄せてくれている現状ならば、「尊くんみたいな人が好き」的なことを言ってくれる気がする。

 というか、この流れながら意趣返し的に言うだろう、きっと!


 少なくない期待と共に見詰めると、未琴先輩は指で下唇をくくっと持ち上げながら、小さく呻いた。

 けれどあまり悩むそぶりはなく口を開く。


「ないね」

「ひどい」


 ポンと事も無げに言ってのける未琴先輩に、思わず本音が出てしまった。

 彼女の気持ちに応えていない俺にそんなことを言う権利はないんだけど、でも、でも、さぁ。

 期待するだろ。ちょっとくらい期待してもいいだろ。仮にも好きだと言ってもらえたんだから。


「でも────」


 落胆を隠せずシュンとする俺に、未琴先輩は口元を緩めながら続けた。

 その吸い込むような深い瞳が、俺をまじまじと見つめている。


「でも、尊くんのことは好きだよ」

「……それはズルいです」


 さりげなく、当たり前のようにそう付け加える未琴先輩。

 不覚にも俺はドキッとしてしまった。

 これだけで恋に落ちるに十分な威力があったと言っても過言ではない。

 落としてから上げるというベタな手法に、まんまとハマってしまった。


「私は今まで恋愛なんて興味もなかったし、多分これからも恋愛そのものはどうでもいいかな。でも、尊くんのことは好き。この気持ちは、そういうものだと思う」

「わ、わかりました。わかりましたから! それ以上はお腹いっぱいです……!」

「まだ少し残ってるよ? 今日は量が多かった? 君のことを考えていたら作り過ぎちゃったかな」

「べ、弁当の方は最後まで美味しく頂きますけれども……!」


 目を細め、からかうように微笑む未琴先輩に、俺はたじたじだった。

 完全に手のひらでコロコロと転がされている。でも、悪い気はしない。

 明らかに優位性を取られてしまっているけど、こうして楽しくお喋りができるのが、なんというか幸せだ。


 色々と不思議なことや懸念事項はあるけれど、それを加味したって未琴先輩といられるのは嬉しい。

 それは単純に、みんなの憧れの的である美人の先輩だから、というところもなくはないけれど。

 でもやっぱりこうして、自分に温かな好意を向けてくれる、その真っ直ぐな想いが心地いいんだ。

 気圧されることもしばしばだけど、でも一緒にいればいるほど、その嫋やかな魅力に満たされる。


「そうだ、尊くん。恋人らしいことをしようか」


 俺を弄ぶスイッチでも入ったのか、未琴先輩は不意にそう言った。

 この勢いで俺に自分を意識させようという魂胆なのか、それとも自分がしたいだけなのか。

 深い瞳が揺らぎなく俺を捉える。


「一応、まだ恋人じゃないんですけど」

「恋人じゃなきゃ恋人らしいことをしちゃいけないわけじゃないよね? むしろ、私たちみたいなのは恋人らしいことをすることで恋人に近づけるかも」

「正論のような暴論のような」

「なんにしても、論は試して証明してみようか」


 なんだか俺がドギマギさせられるような展開になりそうだと、ささやかな抵抗をしてみても、未琴先輩に簡単に押し切られる。

 その穏やかな圧に逆らえるわけもなく、俺はわかりましたと答えるしかなかった。

 というか、俺だって未琴先輩と恋人らしいことをしてみたいと、そういう気持ちはもちろんあるし。


「ちなみに、何をするんですか?」

「そうだね。この場で相応しそうなのは……」


 またキスをしようなんて言われても困ってしまう。

 いや、したいはしたいけど、まだできない。

 飛び出す提案にドキドキしていると、未琴先輩は小さく口角を上げた。


「食べさせ合いっこをしましょう」

「え……」


 淡々と決然と、けれど俺の反応を窺うように、未琴先輩は言った。

 そのはっきりした言い方は、ちょっぴり恋人らしい愛らしさとは違ったけれど。

 でも確かに俺はドキッとさせられてしまった。


「あーんってやつ。あれ、やってみよう」

「先輩が、俺に……?」

「そう。それから、君が私に」

「ッ…………」


 カーッと顔が熱くなるのを感じた。

 少しはこの綺麗な顔に慣れて、普通に話せるようになってきたと思っていたけれど。

 そんな甘々イベントやるなんて、嬉しさと照れで脳みそが破裂しそうだ。


 けれどそうやってドギマギしている俺とは対照的に、未琴先輩は淡々と行動を起こし始めた。

 俺の分の弁当箱から、だし巻き卵を一口大に切り分けて箸で取り上げる。

 今の今まで彼女が使っていた、その箸で。


「ほら、尊くん」


 そう軽やかに言って、未琴先輩は俺へと箸を向けた。

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