第20話 有友と夏祭りデート ② a-4
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今にも泣き出しそうな勢いで言葉を吐き出したあさひを宥めながら、俺たちはとりあえず人混みを離れることにした。
彼女が打ち明けたこと、その内容が俺にはまだうまく飲み込めていないけれど、今はあさひを落ち着けることが大切だと思ったから。
「もう一度、どういうことなのか説明してくれないか?」
ひとまず大通りから逃れて、少し静かな脇道に入り込んだところで俺は尋ねた。
本当は腰を落ち着けてからにしたいけれど、なかなかゆっくりできるところが見当たらない。
けれどあんまり長いこと話題を遠ざけていることもできなくて、仕方なく歩きながら話を再開させる。
あさひは俺の手をしっかりと握ったまま、らしくなく俯きながらついてくる。
けれど俺の言葉を受けてゆっくりとこっちに顔を向けてきた。
「さっきの俺の行動は、あさひがそうしたからとか。そのレッドなんとかっていうのとか……」
「うん。ちゃんと、話すよ。私が持ってる能力のこと」
そう言うとあさひは力なく笑顔を浮かべた。
彼女らしい燦々としたものじゃなく、不安を覆い隠すような取り繕ったものだ。
「『
あさひの語り口は決して重くなく、努めて気軽に話しているようだった。
そうやって強がっているあさひに対し、俺も極力暗くならないように普通の態度で頷く。
『
やっぱりそういうものもあるんだなと、ますます漫画っぽいななんて、そんなことを頭の片隅で思いながら。
「この能力はね、友達とか家族とか、仲のいい人たち、アタシが大切だと思っている人たちと繋がりを結ぶことができんの。実際に人の目に見えるわけじゃないんだけど、運命の赤い糸みたいな感じで、アタシとみんなを繋いでくれてるんだ」
そう言って、あさひは空いた方の手の小指を立てて見せた。
確かにそこに何かが繋いであるようには見えないけれど、要はイメージの問題ってことか。
男女の運命を語る際に用いられる『運命の赤い糸』。そういった特別な繋がりを連想させるものだ。
「アタシは、出会った人みんなが自分の大切な運命の人だと思ってる。家族も友達もみんな大切で、そんな大好きなみんなといつだって繋がってたい。そんな気持ちが、こういう能力を生み出したのかなって」
「そう聞くと確かにお前らしいよな。運命の人ってのは男女間で使われやすいけど、実際そういうわけじゃないし、あさひの考え方はよくわかる。でもそれが、さっき俺に起きた現象となんの関係が?」
「うん。そこが、この『
友達や家族を大切に思うあさひらしい能力だと思いつつ、でも繋がりがどう作用するのかイマイチ掴めない。
俺が慎重に尋ねると、あさひの無理した笑顔が少し引き攣った。
けれどもう覚悟は決まっているようで、語ることに戸惑いはなかった。
「あー、うーんと。うっしーは『
「ちゃんとはまだ理解できてないけど……。確か、感情を伝播させて周囲に影響を与えるとか、なんとか……」
「そうそう、そんな感じ。私の能力は割とベーシックというか、わかりやすい方というか。さっきもちょろっと言ったけどさ。私の気持ちで繋がりの先の相手に影響を与えて、その行動に反映させることができるんだよ」
言いにくそうにしながら、しかし怯むことなくそう口にするあさひ。
その目はしっかりと俺に向けられていて、けれど握られていてる手は小さく震えていた。
繋がる相手の行動に、自分の感情で影響を与える。
それってつまり……。
「アタシはね、人の行動を自分の意思に沿うように変えることができるんだ」
「…………」
絞り出すように告げられた言葉に、俺は息を飲みそうになるのを必死で堪えた。
けれど動揺は伝わったのか、あさひは眉を落としながら苦笑いを浮かべる。
人の行動に影響を与える。自分の意思に合わせて変えることができる。
それはつまり、端的に言ってしまえば、他人を操ることができるということだ。
『
そうやって他人の行動そのものにまで直接介入できるものがあるなんて。
未琴先輩が使っていた、時間を巻き戻すという能力がぶっ飛びすぎていて、もっと身近な影響について全く意識が向いていなかった。
「だからさっきは、そうやってうっしーが私のとこにくるように影響を与えたんだ。アタシはうっしーとの繋がりを糸でわかってるから、それを引っ張るような感覚で意思を伝えれば、うっしーの体はアタシのところまで一直線に向かってくれる」
「だから、あさひの居場所なんてわかんなくて、しかも右往左往していたのに、まっすぐお前を見つけられたのか……」
あの時の不思議な感覚に説明を与えられて、ようやく現状を理解することができた。
当時は第六感を得たような感じで、直感的に突き進んでいるような気分だったけれど、それはあさひの意思に引っ張られていたからなんだ。
俺自身は目指すものを知らなかったけれど、彼女が引き寄せる意思に無意識に従っていたから、体が勝手に動くような感じで進んでいった。
そう言われて、『
普通の人間は大体の場合、影響を受けたことを認識することができない。
気づけても僅かな違和感だけで、自分が影響に晒されて変化していることはそうそう理解できないと。
そういう意味では、さっき『体が勝手に動いている』気がしただけでもかなり気づけていた方なんだ。
「────もしかして、今回だけじゃなくて、今までも何回かこういうこと、あったか?」
「……う、うん。うっしーに、使ったこと、ある。ごめん」
違和感を違和感と認識できたことで、今までの似たような状態が芋づる式に思い出されてきた。
その疑問をあさひが肯定してくれたことで、更にそれが明確なものになっていく。
例えば、未琴先輩が世界を巻き戻すの止めたあの時。
屋上に三人が飛び込んできた時、俺の体が勝手に未琴先輩から離れていったような感覚がした。
それ以外にも、気がつけばあさひのところに行っていたり、彼女を前に体が動かないような経験をしたことがある、気がする。
その全てが、『
「ごめん……ごめん、なさい。アタシ、サイテーだよね……」
今まで気づけていなかった違和感に理由を得て、頭の中でいろんなピースが合わさる俺。
必死に頭を巡らせている俺に、あさひはひどく萎れた声で言った。
頑張って作っている笑顔も相当苦しげだ。
「悪用したことは……ないつもりだけど。でも、それでもさ、人の行動を操るなんて、やっちゃいけないよね。本人が気付けないやり方で勝手に行動を変えるなんてさ。わかってるんだけどさ……」
「あさひ……」
罪を告白するように言葉を並べるあさひに、俺は首を横に振った。
その震えた手を強く握り返す。
「確かにびっくりしたけど、そんなに気に病むようなことじゃねぇよ。現にあさひがそうやって俺を引き寄せてくれたから、俺はお前をすぐに見つけられたんだから」
「怒んないの……? 今回のことはそれで良かったとしても、アタシは今まで何度か、うっしーの行動を変えてきたのに」
俺がしっかりと見つめると、あさひは俯き気味から見上げてそう言った。
いつもの快活さはどこへやら、親に怒られている子供のようだ。
「今のところ困った覚えはないし、それに悪用したことないんだろ? あさひのことだから他にだって、友達のことを考えての時くらいしか使ってないだろうし。もし他のやつが知ったって、多分誰も気にしないと思うぞ」
「うっしー……」
「それになんていうか、俺にはよくわかんないけど、あさひが俺との繋がりを感じてくれていることが嬉しいし。あとはあれだ、ガンガン系のお前に引っ張り回されるのはもう慣れてるから、それが特殊能力だろうとなんだろうと、俺には今更なんだよ」
そう笑って見せれば、あさひはぎゅっと唇を結んだ。
震える瞳で俺をしっかりと見上げて、縋るように視線を絡ませてくる。
「ありがとう。ありがとう、うっしー……」
自分が与える影響力の真相が知れるのがよっぽど不安だったのか、あさひは言いながら安堵の息を吐いた。
まぁ確かに、人の行動を操れると聞けば普通は不信がるものだし、少なくともいい印象は持たないかもしれない。
けれどそれがあさひの能力ならば、それは繋がりを結ぶいうことに重きを置いているんだとわかるから。
「アタシ、ひとりぼっちが本当に嫌で。誰にも離れてほしくないけど、でもうっしーには一番どこにもいってほしくなくて。なのにさっき逸れちゃって、不安でしょーがなくなっちゃったんだ。だから、強引だってわかってたけど、
「みんなが好きって言ったって寂しがり屋すぎだな、あさひは。でも、心細くさせちゃってごめんな。もう、手を放したりしないから」
ホッとしからかポロッと一粒だけ涙を流すあさひ。
その涙を拭いながら繋いでいる手をぎゅっと強く握ると、あさひはようやく濁りのない笑みを浮かべた。
「うんっ、ありがと。もし万が一みんながいなくなっちゃうことになっても、うっしーだけにはいなくなってほしくないんだ。そうすればアタシは寂しくない。アタシ、うっしーが大好きだから。だから、うっしーだけはアタシの手、絶対放さないで」
「……あぁ」
強く手を握り合いながら、ひと気の少ない路地を歩く。
あさひの不安が晴れ、彼女が持つ能力の実態もわかって、ようやく気持ちが落ち着く。
それにホッとしながらも、けれどだからこそなのか、俺の中に新たな違和感が芽生えていた。
いや、新たなじゃない。きっと前からずっとあったけど、俺が気付かなかっただけだ。
あさひが持つ能力とそこから生まれていた違和感と。そして彼女の心の揺らぎに触れたことで、ようやく違和感として認識することができたんだ。
もっと前に気づいておかなきゃいけなかった、大きすぎる違和感を。
「────なぁ、あさひ」
それが一体なんなのか、はっきりと言葉にするのは難しい。
けれどどうしても、口にせずにはいられなかった。
違和感を違和感として認識してしまった以上、見て見ぬふりをすることはできなかった。
「ずっと引っかかっていたことに、今気付いたんだ。もしかしたら、俺の勘違いというか、思い違いというか、気のせいなのかもしれないんだけどさ」
俺が口を開くと、あさひは柔らかく微笑んだ。
気を取り直した彼女は、憂うもののない純粋な笑顔を浮かべている。
それが今は、俺の目には、少しチグハグとして見えた。
「あさひは、俺のことを好きだって、そう思ってくれてるんだよな」
「うん。好きだよ。うっしーが大好きっ」
「でもお前は、たくさんの友達のこと、みんなも大好きだよな。いろんな奴らに囲まれて、わちゃわちゃしてるのが好きだよな。俺も、そんなお前がお前らしいって思う」
「……? まぁ、そういうのも大好きだけど……」
要領の得ない俺の言葉に、あさひは不思議そうに首を傾げる。
「でもアタシはうっしーと二人きり、好きだよ? こうやって独り占めできるの嬉しいし」
「うん。でも俺が知っているお前は、ここまで俺と二人きりになろうとするやつじゃないんだ」
「………………」
小さく、あさひが息を飲んだ。
俺の言わんとしていることが伝わったのか。けれど理解はできないのか。
目を白黒させながら俺を見つめている。
あさひの気持ちが嘘だとは微塵も思わない。
彼女は俺のことを好きだと思ってくれていて、恋する乙女としては当然の心理で、独り占めにしたいとか二人きりになりたいとか、そういうことを思ってくれているんだろう。
けれどあさひは元来、大勢の友達に囲まれて、常にみんなでわいわいと盛り上がるのが好きな女子だ。
そんな彼女にしては、最近の行動はあまりにも俺と二人きりになることを優先しすぎている。
恋をしているから普通の交友関係とは違う。そういうことのなのかもしれないけれど。
でも俺の知っているあさひは、友達も家族も、誰だって運命の人だとか言うやつだから。
他の誰がいなくなっても俺だけがいればいいだなんて、そんなことは絶対に言わないはずなんだ。
「あさひ、何かがおかしい。何かはわからないけど、確実に何かが……!」
「うっしー、アタシ────」
俺の訴えにあさひが目を見開いた瞬間、俺の手が何かにぐいっと引っ張られた。
あさひと繋いでいる手じゃない。空いているもう片方の手が、見えない力によって、だ。
いや、これは手を引っ張られているというよりは、体が勝手に動いている。
そうまるで、あさひの『
「ッ────!?」
大通りから外れてひと気のない路地を歩いていた俺たち。
体が何かに引き寄せられる俺と、それに慌ててついてくるあさひ。
そんな俺たちが引っ張られる先には、こじんまりとした公園があった。
そして、釣られるままに、体が勝手に動くままに公園の入り口に足を踏みれた瞬間。
俺は『俺』とぶつかった。
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