第5話 有友 あさひのスキンシップと不穏な話 ① 294

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 教室に戻った俺がみんなから質問攻めに合うだろうことは、あまりにも容易に想像できた。

 それでもできる限り負担を減らそうとギリギリに滑り込んだんだけれど、男女問わず、知人他人問わず沢山の奴らが俺に群がった。

 まるで不正を働いた政治家を問い詰めるマスコミの如く、好奇心と執念を持って、寄ってたかって俺を揉みくちゃにした。


 ただ正直なところ、俺自身まだ何もわかっていないから、何を聞かれても答えられることなんてなくて。

 それでもあれやこれやとみんなの質問は止まらず、けれどすぐに授業開始のチャイムが鳴ったことで苦痛な時間はそんなに長くはなかった。


 神楽坂 未琴に白昼堂々あんな呼び出しを食らったんだ、みんなが注目するのも仕方がない。

 多少の質問攻めや好奇の眼差しはこの際覚悟するとして、後は彼女に熱心な連中に後ろから刺されないことを祈るとしよう。

 授業中もいろんな感情が混ざった沢山の視線に突き刺された俺は、そんなことを思ったのだった。


 放課後、俺はホームルームが終わった瞬間に真っ先に教室を飛び出した。

 覚悟するとはいっても極力囲まれるのは避けたいし、少しでも隙を見せればあっという間にみんなにとっ捕まってしまいそうだったからだ。

 幸い、同じ二年生は呼び出しを受けたのが俺だとわかっているものの、他学年までにはまだそこまで認識されていなかった。

 そのおかげで、逃げるように帰路に着こうとする俺を邪魔するものはなかった。明日の朝はどうなるかわからないけど。


「……あれ?」


 とにかく早く帰って、今日あったことをじっくり整理して心を落ち着けよう。

 そう思って昇降口に向かっていた俺だった、のだけれど。

 どういうことだか、気が付けば昇降口とは正反対の校舎の奥側、文化系の部室が集まる部室棟の方にやってきてしまっていた。


 こんなところに用なんてないし、一刻も早く学校を後にしたいと思っていたのに。

 どうしてだか俺はここにいる。でも狐に化かされたような感覚ではなく、思えば自分の足でここに来た記憶があった。

 なんか、んだ。


「うーん、まだ頭がぼーっとしてんのか?」


 何だかよくわからない妙な感覚に、頭をぶんと振ってみる。

 昨日あったという出来事や、その夢のこと然り。どうも今朝から頭がふわふわしてる。


 ただ、のんびりしてたら部活にやってくる生徒たちがこっちに集まってくる。

 そうしたらせっかく逃げ出してきた意味がまるでなくなってしまう。

 俺はもう一度頭を振って、改めて帰路に着こうとした。


 その時、何かに腕をぐいっと引っ張られる感覚がして、俺は近くの空き教室に引き摺り込まれた。

 慌てて顔を向けてみても、俺の腕を取る人の姿は見えない。

 なのに確かに俺の腕は何かの力に引っ張られていて、自分の意思とは関係なく移動せざるを得なかった。


 やや乱暴に教室の中に放り込まれて、情けなく尻餅をつく。

 そんな俺が何事かと周囲を確かめる前に、教室の扉がバタンと閉められた。

 神楽坂 未琴を信奉する熱心な連中の強襲かと、咄嗟に俺は悪い想像をして竦みあがった。


「乱暴にしてごめんごめん。そんなにビビんなくていいよ、うっしー」


 どんな恫喝をされるのかと身を縮ませた俺に降りかかってきたのは、そんな明るげな声だった。

 それは俺がよく知るものだったし、それに俺をそんな風に呼ぶやつの心当たりなんて一人しかない。


「有友か……焦らせんなよ」


 座り込む俺の前で仁王立ちした有友 あさひに、俺は溜息交じりに言った。

 短いスカートの中身が今にも見えてしまいそうな有友は、けれど気にするそぶりも見せずにキャッキャと笑って俺を見下ろす。


「ごめんってば〜。急いで聞きたいことがあったから、ちょっと強引になっちった。許して!」

「まぁいいけど。でも質問があるなら尚更丁重に扱って欲しかったよ」


 とりあえず命の危険がないことがわかって、俺は安堵の息を吐く。

 ハイテンションガールの有友が割と強引であることは、もはや今更のことだから驚かない。

 気が良いやつだからあんまり悪くは思わないけれど、俺はここ数ヶ月ちょこちょこコイツに振り回されたから。

 いつものことだと諦めながら、俺はさっきからずっとグッと拳を振り上げている有友を見上げた。


「ただ、拳で聞く的なニュアンスのやつならお断りだ。できれば、いやできなくても穏便に頼みたい」

「ん? あぁ、ごめんごめん。これはそういうんじゃないんだ。アタシがそんな武闘系じゃないことくらい、うっしー知ってっしょ」


 俺の指摘にアハハと笑って手を下ろす有友。

 よくわからないけれど、とりあえず痛いことはされないらしい。


「それで、聞きたいことってなんだよ。こんなところに引っ張り込んで」

「教室じゃ流石に聞けないことだし、うっしーも引き止められたくなかったでしょ?」

「ま、まぁ。でもこんなわざわざ……てか、お前部活はいいのかよ」

「ボラ部は後でちゃんと行くよ。でもその前にうっしーに話を聞いとかなきゃいけなくてさ」


 ボラ部というのは、彼女が所属しているボランティア部のことだ。

 なんだかボラれそうなその略し方が一般的なのかは知らないけれど、彼女はいつもそう言ってる。

 というか、こんな遊んでますって感じのギャル系女子が、ボランティアなんて慈善活動をしているのはかなり意外なんだけれども。

 ただ今まで何度か手伝いに駆り出されたことがあるから、有友は意外にもちゃんとやっていると俺は知っている。


 金髪で化粧バッチリで飾りっけが多く、かなり派手めな有友は、ぱっと見住む世界の違うとっつきにくいやつのようだけれど。

 その実かなり人当たりも面倒見も良くて、とても人と関わるのが得意なやつなんだ。

 だから地域の清掃を始め、幼稚園や老人ホームの賑やかしだったりと、ちょこちょこと活躍している。


 まぁそんなコミュニケーション能力のお化けみたいなやつだからこそ、俺にみたいな平凡な男もよく絡まれてるわけなんだ。


「まどろっこしいのは抜きにしてさ、早速、単刀直入に聞くよ」


 未だ床にケツをつけたままの俺を、有友はぐいっと覗き込んでくる。

 第三ボタンまで開けられた胸元から、薄褐色でハリのある谷間が覗いていてドキリとする。

 けれど彼女はそんなこと意に介さず、俺をまじまじと見つめた。


「うっしーさ、神楽坂 未琴と付き合っての?」

「…………」


 飛び出した問いかけは、正直予想がついていた。

 今日はもう学校中その話題で持ちきりだろうし、噂好きな女子が食いつかないわけがない。

 教室では何も言ってこないなと思ってたけど、こうしてじっくり問い詰めるためだったか。


 未琴先輩も俺みたいに、みんなから質問攻めにあってるんだろうか。

 いや、彼女に限ってそれは想像しにくいな。囃し立てられている姿がまるで浮かばない。

 多少尋ねる友達がいたとしても、彼女がいなしたらもうそれ以上突っ込める人はいないだろう。


 とにかく、今はこの場を切り抜けないといけない。

 といってもあんまり答えられることはないんだよなぁ。

 俺もよくわかってないし。


「つ、付き合ってない……まだ……」

「まだ。まだ、ねぇ。ってことは、もう少しで付き合いそうなくらいには進展してるってこと?」

「あ、いや、それは言葉の綾っていうか……」


 俺の曖昧な言葉に目ざとく食いついた有友は、ぐぐっと眉を寄せて顔を近づけてきた。


「つまりうっしーは、神楽坂 未琴とちゅーした上で、ていよくキープにしてるってこと?」

「人聞きの悪いこと言うな! 色々誤解があるんだよ! とにかく、俺と未琴先輩はまだ……」

「ほほう、名前呼びするまでの仲にはなってると」

「…………!」


 喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまう俺。

 俺の一挙一動から情報を読み取る有友。

 この状況はかなり不味かった。


 俺ですらまだ消化できていない今日のことを、あれやこれやと引き出されてしまいそうだ。

 今すぐ逃げ出さないとと思ったけれど、どういうことか体が全く動かない。

 別に有友に組み敷かれているというわけでもなく、俺が彼女にビビって硬直してしまっているわけでない、にも関わらずだ。


「なるほどねーん。どういうことはさっぱりだけど、でもうっしーが神楽坂 未琴の特別になったってのは間違いないのかな」

「あ、いや、そういう表現が正しいのかは……」

「あはは、うっしー嘘下手くそすぎ〜」


 一人でどんどん納得していく有友を否定するも、簡単にあしらわれてしまう。

 彼女が有る事無い事を吹聴するようなやつじゃないとはわかってるけど、今はまだ他人に変な確信を持たれたくない。

 未琴先輩とのことは、俺たちのペースでしたいんだ。


 けれど、そんな俺の心情などどこ吹く風。

 有友は話を続ける。


「まぁでもうっしー。神楽坂 未琴はやめといた方がいいよ」

「……そりゃ、俺だって釣り合わないとは思ってる。けど……」

「ちがうちがう、そういうんじゃなくてさー」


 変わらない陽気なテンションのまま、有友は少し難しい顔をした。

 ふざけているんだか真面目なんだかわからないけれど、明るい声色とは別に、口振りは少し固い気がした。


「うっしーじゃなくても誰だって、神楽坂 未琴には関わらない方がいい。あれは、人の手に負えるやつじゃないんだよー」

「なんだよ、それ……」


 あまりいい印象を与えない言い方に、俺は思わずムッとした。

 けれど、普段滅多に人の悪口を言わない有友が敢えてそう言うと考えると、何か理由がある気もした。

 だから気を荒立てることなく視線で問い掛けると、彼女は珍しく真剣な目で俺を見下ろした。


「あのね、うっしー。神楽坂 未琴は普通じゃないんだよ」

「いやまぁ、それはわかるけど……」

「ううん、そういう普通の『普通じゃない』じゃなくてさ……」


 俺を覗き込んだ体勢のまま、有友は考えるように口を曲げる。

 けれどすぐに、意を決したようにキリリと顔を引き締めた。

 なんとなくその続きが怖い。


「神楽坂 未琴はなんていうか、人類の敵なんだよ。ああ見えてアイツは、世界を滅ぼそうって目論んでる奴らの親玉なんだ。簡単に言えば、この世界のラスボスなんだよね」


 告げられたのは、あまりにも突拍子もない言葉だった。

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