第20話 多角的落恋地点の収束 ② 45901
時を巻き戻す。そんな荒唐無稽な話を、今なら信じられてしまう。
『
思えば、色々と不可解な点はあったんだ。
聞いたはずのことを覚えていない
ここ数日の記憶があやふやだったり、そもそも未琴先輩にキスされた時のことが夢の様に朧げだったり。
全部、繰り返される時間の中で、現実や記憶が入り乱れた結果なんだ。
順番が前後するけれど、時間を巻き戻されたと確信することで、今までの違和感に納得がいった。
自分がすっとぼけているんだと感じていたこと、その全てがその超常現象の結果なんだと。
受け入れたくなくても、信じたくなくても、もう俺はそれを肌で感じてしまって。
これを
だから俺は、この手を放すことができなかった。
「教えてください、未琴先輩。どうしてこんなことをしていたのか。何が、どうなっているのか」
「うん」
緊張しながら促すと、未琴先輩は案外あっさりと頷いた。
俺のことを真っ直ぐに見返しながら、普段通りに。
けれどどことなく、ションボリしているような気がしなくなかった。
「
「いつから……いつまでを……」
「いつまでかはその時々だけど、最長で今日まで。リターンポイントは、君とキスをした翌日」
「っ…………」
大人しく淡々と問い掛けに答える未琴先輩の言葉に、俺は小さく息を飲んだ。
前に聞いた話によれば、俺たちが初めて出会ってキスをしたのは今週の月曜日の放課後のこと。
その翌日、今日から三日前の火曜日に俺は未琴先輩に呼び出された。
何かあったらその日に戻って、金曜日の今日まで進んで。この四日間を繰り返してきた……?
「どうして、何でそんなことを。未琴先輩は、何をそんなにやり直したかったんですか」
「君に、私を受け入れてほしかった。でもいつも邪魔が入って君の心を乱す。だからその度に、私はリセットしてきたの」
「邪魔って、もしかして有友や
「そう。君に余計なことを吹き込んで、彼女たちはいつも誰かが私の邪魔をしてきたの」
未琴先輩は静かに頷く。
その声色には憎しみこそ浮かんでいなかったけど、微かな苛立ちを孕んでいた。
小さく、その綺麗な眉が寄る。
「最初は一人だけだった。それが君の不和になったから、やり直して君がその子に話されない様にした。でもそしたら違う子が。それに対策したらまた別の子が。やり直す度に入れ替わり立ち替わり、時と場所が変わっても、必ず君の耳に彼女たちの何れかの話が入った」
「…………」
「最近気付いてきたの。やり直す度に、どんどん私にとっての状況が悪くなってるって。三人全員に関わることも多くなったし。今回もそうだったでしょ?」
「………………」
色んな記憶がパチパチと点滅する中で、記憶の整合性が合わなかった覚えがあったことを思い起こす。
あれは、色んな時間軸でのことが入り乱れ始めていた故の感覚だったのか。
「それに、私が何度も時間を巻き戻して同じ期間を繰り返すことで、君にも違和感を悟られちゃった。こうしてバレちゃったのもそのせい。普通の人の君はそうそう勘付かないはずなのに、かなりの違和感を抱いたでしょ?」
「ここ数日の記憶の混濁は、未琴先輩が時間を繰り返していた弊害、だったんですね」
あったことがなくて、なかったことがあって。
繋がるはずのないものが繋がって、繋がっているはずのものが途切れて。
そうして俺の、ここ数日の不調ができあがっていたんだ。
だとすれば、俺が月曜日の出会いを朧げに感じてしまうのも、そのせいかもしれない。
未琴先輩のリターンポイントが火曜日なら、あの月曜日は一度しか訪れていない。
俺の体感としては四日前のことでも、ぐるぐると繰り返してきた絶対値を測れば、きっと遥か彼方のような距離があるんだ。
だから、リターンポイントの向こう側が不鮮明に感じる様になってきた。そういうことかもしれない。
「……一体、何回こんなことを。何回、未琴先輩はやり直してきたんですか」
「四万五千九百と一回」
「────────」
もはやスケールの実感が湧かない途方もない数字に、俺は絶句した。
精々数回、多くて数十回だと思っていた。
四日間とはいえ、それだけの回数を繰り返すなんて、体感は何百年単位になるんじゃないのか。
そんなこと、いくら時間が巻き戻るといっても、到底耐えられるとは思えない。
固まる俺に、未琴先輩は小さく微笑んだ。
「笑っちゃうでしょ。私はそれだけ失敗して、それだけ君に振られてきた。自分でも下手すぎると思うんだけど、言った通り繰り返す度に状況が悪くなるから、もうどうにもできなくなってきて。だから繰り返し過ぎて、違和感を隠しようがなくなっちゃった」
一度や二度なら、未琴先輩は誰にも気付かれることなく時間を巻き戻して、完全にやり直せたんだ。
でもあまりにも同じ時を重ね過ぎて、凡人の俺でも違和感を覚えてしまう、そんな不和ができてしまった。
そこまでして、未琴先輩は俺を求めていたんだ。
何度受け入れられなくても、何度横槍が入って失敗しても、何回だって同じ時を繰り返して。
たった一度の、遥か彼方の出会いに縋って、何度も俺を迎えに来ていたんだ。
「────俺には、自分にそこまでする価値があるとは思えません」
「あるよ。私にはある。あると思った。だから足掻いてみているの」
未琴先輩は決然とそう言う。
時の牢獄に自ら囚われながらも、俺が必要なんだと。
その美しくも恐ろしい瞳で、俺を見つめながら。
「けど、もう潮時なのかな。ここまでしてもダメなら、私と君は交わらない
だというのに、未琴先輩はそう言った。
「君も知っての通り、私はゆくゆくこの世界を滅ぼす。滅ぼさなきゃいけないの。そんな私はやっぱり、君みたいな子と結ばれちゃいけないのかもしれない」
「なっ────」
さらりと打ち明けられた言葉。
それは、今まで聞いてきた話が全て本当だと、そう裏付けるのに十分なもので。
俺はもう、その荒唐無稽な電波話を信じるしかなかった。
時を巻き戻すなんて、そんな漫画みたいなことができる時点で否定はできなかったけど。
でも、『
未琴先輩は、世界を滅ぼそうとしている。
それは紛れもない事実だったんだ。
「何でそんなこと言うんですか!」
でも、だから何だって言うんだ。
「そんなこと、俺には関係ありません。未琴先輩がラスボスだろうが、悪魔だろうが魔王だろうが、俺にとって未琴先輩は未琴先輩です。何一つ変わらない!」
ようやく実感が追い付いてきた今も、だからって未琴先輩の印象は全く変わらない。
息を飲むほど綺麗で、ちょっぴり怖くもあって、でも健気で優しくて、とても俺じゃあ敵わない年上の女の子。
俺にとっての未琴先輩は、前も今もずっとそのままだ。
そりゃ、世界を滅ぼすとか言われるのはおっかないけど。
でも未琴先輩が俺に向けてくれている気持ちは本物で、だから俺にとってはそれが全てなんだ。
未だに気持ちには応えきれない俺だけど、でも、未琴先輩がいればそれでいいと、思ってしまっている自分がいる。
「こんな情けない俺ですけど、俺は今だって未琴先輩のことをもっと知りたいと思ってる。世界を滅ぼせる特殊能力とか、そんなのどうでもいい。俺は、ここにいる未琴先輩と一緒にいたいんです」
「尊、くん……」
「俺は未琴先輩の正体が何だろうと気にしない。向き合うことを諦めたりなんてしない。だから未琴先輩、あなたも諦めたりなんてしないでください。諦めて、全部無しにしてやり直そうなんて、もうしないでくださいよ……!」
無意識に未琴先輩の手を握る力が強くなってしまう。
それでも彼女は顔を歪めることなく、俺を切に見つめてきていた。
「リセットすればやり直せるかもしれない。でも、今の俺たちが培ってきたものは、なくなってしまうんです。それはある意味、もう世界を壊してるのと同じだ。未琴先輩は、俺とあなたの世界を、もう何度も壊してる。俺は嫌ですよ。未琴先輩しか知らないことがあるなんて。俺は、未琴先輩と同じ時間を生きたい……!」
気持ちに応えないでおいて、何を調子の良いことを言ってるんだろう。
でも気持ちがグラグラと沸き立って、普段ならとてもじゃないけど言えないことが、洪水の様に溢れ出る。
「だから未琴先輩、お願いです。いつか世界を滅ぼすのはともかくとして。俺のことを好きだと言ってくれるのなら、今はもう、俺たちの時間を大切にしてください」
「…………」
何万回と繰り返してきた中にいた全ての俺が、そう言っている様な気がした。
それらが今、俺の感情を更に掻き立てている。
だから切に、必死に、俺は目の前の一人の女の子に訴えかけた。
不器用でも下手くそでも、このまま一緒に行こうと。
「………………」
しばらく、未琴先輩は何も答えなかった。
その深淵の様な瞳を、ただただまっすぐ俺に向けてくるだけ。
その見目麗しい相貌には一ミリの狂いもなく、彫刻の様に微動だにせず、彼女は俺を眺めていた。
どのくらいそうやって見つめ合っていたのかわからない。
そんな悠久の沈黙の果てに、未琴先輩は、小さく頷いた。
「────わかった。もう、やり直すのはやめる」
そう言って、俺に手を握られたまま自らの髪から指を放す。
「どんなに上手くいかなくても、ダメだと思っても、確かに尊くんは私を拒絶したことはなかった。私が勝手に諦めていただけだった。それなのに小さな積み重ねを繰り返して、間違いも繰り返してきたんだね、私は」
ささやかに口の端が緩む。
同時に彼女の緊迫した雰囲気が解けた。
「恋って、難しいね。でももっと、君としたくなった」
「はい。世界を終わらせるのなんて、その後で、一回だけでいいです」
この先俺が、未琴先輩と上手くやっていけるかなんてわからない。
心の底から好きになれそうな気もするし、でもそうならないかもしれない。
恋なんて、人の気持ちなんていつどうなるかななんてわからない。
でも少なくとも今は、この人と真剣に向き合いたいと思った。
未琴先輩もきっと、同じことを思ってくれているはずだ。
ピッタリと合った目が、そう心を交わせている気がした。
手を繋いだまま、しばらくそうやって見つめ合っていた、その時。
「ギリギリセーフッ! やーっとここに辿り着けたぁー!」
騒がしい叫び声と共に、誰かが屋上に雪崩れ込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます