第9話 夏の夜の海岸で ②
布団を敷く順番は、驚くことに枕投げで決することになった。
修学旅行とかでは定番なようで実際やったことなんてなかったし、しかもそれを高校生になって女子たちとすることになろうとは。
まぁでもいつも通り、運の要素が絡むような方法は取れないのだから、真正面からの勝負が妥当なのかもしれない。
一回被弾したら脱落。最後まで生き残った順に好きな位置を選べるというルールだ。
俺はできるだけ落ち着けるであろう端っこを得るべく奮闘したけれど、相手がみんな女子だと侮るなかれと、結果は真っ先に脱落した。
というか、開始時点でみんなから一斉に狙われたんだ。こういう時の結託の怖さよ……。
最後まで生き残ったのは意外にも
ドッチボールのようにキャッチできればセーフのルールを巧みに活かし、全ての攻撃を完全に受け止め切っていた彼女は、かなり無双状態だった。
二番手は姫野先輩で、安食ちゃんとは違い全く枕に触れず、まるで枕の方から彼女を避けているのではというくらいに華麗に攻撃をかわし続け、最終決戦まで生き残った。
けれど最後の最後で足を滑らせたところを安食ちゃんから近距離で攻められて、敢えなく撃沈した。
あさひが三番手で、未琴先輩がある意味最下位の四番手。
未琴先輩なら何か及びもつかない手を使って勝利を勝ち取るんじゃないかと思ったけれど、そもそも枕投げという概念をちゃんとわかっていなかったようで、全くうまく立ち回れていなかった。
そんな未琴先輩を討ち取ったのがあさひだったのだけれど、彼女は楽しく遊ぶ方に気がいっていて、姫野先輩が避けた枕の流れ弾を受けて脱落していた。
結果、俺は五つに並べられた布団のセンターに配置され、その左右を安食ちゃんと姫野先輩が挟み、その外側に未琴先輩とあさひが囲む並びとなった。
単純に考えれば、可愛い女子たちに囲まれて寝られる至福の状態ではあるけれど、実際に直中にいると緊張と高揚感で全く落ち着かない。
けれど女子たちの暗黙の了解の策略によって最下位に落とされた俺は、この状況を甘んじて受け入れるしかなかった。
けれど実際就寝の時間になってみれば、当然寝られるわけがなかった。
みんながすぐ側で眠っている事実もそうだし、風呂上がりの芳しい香りが充満しているのもそうだし、健全な男子高校生であるところの俺にはあまりにも刺激が強すぎたんだ。
昼間に散々惰眠を貪ってしまったことも起因して全く眠気が訪れず、そうこうしているとなんだか余計なことも考えてしまったりして。
一向に眠りにつけなかった俺は、ちょっと夜風にでも当たって落ち着こうかと一旦部屋を出た。
「────眠れないんですか?」
海の家を出て店前のベンチに腰を下ろし、涼やかな潮風を浴びながら心を落ち着けていた時のこと。
暗闇の中から囁くような声が俺を呼び、トタトタと歩み寄ってきた。
「やっぱり、私たちと同じ部屋じゃ居心地悪かったですか?」
「あぁ、いや。そんなことないよ。十中八九、昼間寝過ぎたせいだ」
心配そうな面持ちで覗き込んできる安食ちゃんに、俺は大きく首を横に振る。
そんな俺に彼女は「ならいいですけど」と微笑みながら、俺の隣にちょこんと腰掛けた。
オーバサーズのTシャツを着ている安食ちゃんは、彼女自身の小柄さも相まって服一枚にすっぽりと覆われているように見えた。
そこがコロンとしていて可愛らしく、また一見下を履いていないように見える、シャツから伸びた開放的な素足がとても魅惑的だ。
「ごめん、出てくる時に起こしちゃったかな」
「いえ。実は私も寝付けなくて。そしたらうっしー先輩が出ていったので、ついてきちゃいました」
えへへと笑う安食ちゃんの表情が、店先の外灯にほんのりと照らされながら俺を見上げる。
静かな海岸の空気とほのかな灯り、そして澄んだ暗闇が、なんだかひっそりとした雰囲気を醸し出していて。
恐る恐る、そーっと俺の手に自分のそれを重ねてくる安食ちゃんの行動にも、俺はあまり動揺しなかった。
「うっしー先輩が隣で寝てると思うと、ドキドキしちゃって。今こうして手を繋いでるよりも、もっと……」
小さな声でそう言葉にする安食ちゃんは、控えめながらもしっかりと俺を見つめていた。
俺の様子を窺うように、けれど自分の意思を明確に持って。
そこにはいつものあどけなさとは違う妙な色っぽさがあって、俺は自分の手が汗ばむのを感じた。
「俺もそうだよ。あそこで寝てると、妙に意識しちゃって……」
「うっしー先輩が気になっちゃうのは真凛先輩じゃないですかぁ? あの無防備なお胸に誘惑されてるんでしょぉ」
「ち、違うよ。いやまぁ、否定もしづらいけど。安食ちゃんのことだって俺、意識しちゃってたし……」
ジリジリと体を寄せてきながら、安食ちゃんは拗ねたように俺を見上げてくる。
ふーんと意味ありげな声をあげたかと思えば、きゅっと腕を絡めてきた。
「なら、いいですけど。やっぱりあれですかね。こうやって脚が見えてる格好が効いてるんですか?」
「待って。どうしてそう思ったのかな」
「皆さんから教えてもらったんですよ。うっしー先輩は女の子の脚が好きだから、攻めるならそこからだよって」
「…………」
ニコッと軽やかに言ってのける安食ちゃんに、俺は無言のまま肩を落とした。
みんなの中でそんなことが情報共有されているだなんて。
俺が脚フェチなのは事実だけれど、そういう目で見られるのはこう……恥かしいというか申し訳ないというか。
まぁみんなが脚で誘惑してくれることを良しと考えればいいのかもしれないけれど、それを手放しでは喜べないのが男心の難しいところだ。
「海、やっぱりいいですよねぇ。みんなで来られてよかったです」
一人静かに複雑な心境に悶えている俺に、安食ちゃんは楽しそうにしながらそう話題を変えた。
俺を意識させられているという事実に結構ご機嫌なようで、俺の好みをからかうようなフェーズには入らない。
これが未琴先輩ならばしばらく俺を弄んでいただろうから、ちょっぴりホッとしながら頷く。
「実は、私たちが持つ『
俺の肩にコトンとその頭を乗せながら、安食ちゃんは黒い海に目を向けてポツリと言った。
「……それは、ルーツは外国ってこと?」
「いいえ。この場合はそうではなく、奥底にある更にその先、という意味です」
「アトランティスみたいな、深海には未知の王国がある!みたいな感じ?」
「近からずも遠からず、ですかね。『
「に、人魚……!?」
いきなりかなりファンタジーな言葉が飛び出してきて、俺は思わず目を見開いてしまった。
『
でもそこまであからさまフィクション要素を出されると、まだまだ驚きと疑念が先行してしまった。
そんな俺のリアクションに、安食ちゃんは楽しそうにニコニコ笑っている。
突拍子もないと思われることは想定済みのようだ。
「じゃあ、人魚は実在していて、海の底に暮らしてるってこと?」
「さぁ、飽くまで言い伝えなので、実際のところはわかりません。でもそれによると、海の底はこことは違うどこかと繋がっていて、その彼方から人魚はやってきたってことになっているそうです」
「ファンタジーな世界から紛れ込んできた人魚がルーツ、ね。まぁそこまでぶっ飛んでたほうが、特殊能力にも説得力が……出るか……?」
どっちにしろ一般人の俺としては突拍子もないことに変わりはない。
でもまぁそんな話の方が夢があるというか、単純に特別な力が使えますというよりは面白みがある気もする。
海底は人間にとってまだまだ未知の部分が多いし、そういった不思議が眠っていても確かにおかしくはない。
「人魚の伝説には、美しい歌を歌って人間を惑わせる、みたいなのがありますよね。そういう相手の精神や心情に影響を与える力が、『
「なるほどなぁ。そういう意味では、みんな海とはそれなりに縁があるってことなのか。だからみんな、人魚さながらに水着姿が可愛かったわけだ……なんて」
言っていて恥ずかしくなって、最後に茶化しを入れて誤魔化す。
単純な深夜テンションで口にしてしまったと恥ずかしくなって、恐る恐る隣を見下ろしてみれば、そこには真っ赤になった安食ちゃんの顔があった。
薄ぼんやりとしている今でも良くわかる紅潮した顔を、慌てて俺の腕に埋めて隠してしまう。
「も、もう! 急にそんなこと言わないでくださいよぉ。びっくり、するじゃないですか……」
ピッタリと俺にくっつきながら、その小さな手でパタパタと顔を煽ぐ安食ちゃん。
肌と肌が触れ合っているせいで、熱を持った頰の感触がはっきりと伝わってくる。
柄にもないことを言って引かれなかったことに安堵しつつ、喜んでくれたことが嬉しくもあった。
そうやってシンプルに照れてくれる仕草が無性に愛らしい。
「────まぁそんな感じで、『
少しして落ち着いた安食ちゃんは、俺の発言に抗議するように腕をぎゅっと抱きしめてきながらも、普通な様子で話に戻った。
俺にはよくわからない非現実サイドの話だけれど、彼女の雰囲気が普段の世間話とあまり変わらないお陰で、俺はふんふんと気軽に耳を傾けられた。
「大人になると能力は無くなっちゃうこともあって、だから能力者や元能力者でも、『
「実際に能力が使えるのに?」
「はい。特殊能力や異能なんかじゃなくて、飽くまで現実的な範疇の、特例的に強いだけの影響力にすぎないって。極端な話、気のせいだっていう人もいるくらいなんですよ」
「それはまたなかなか、いろんなものをひっくり返す考え方だな……」
ただ、言わんとしていることはなんとなくわかる。
個人の強い影響力が作用する『
過程を体感できることはあったりもするけれど、認識できるのは基本的にその結果だけだ。
それをみれば、何を持って特殊能力がそれを引き起こしていると断じれるのかと、そう言いたくなるのもわかる。
既に何度か『
でも誰かに、それは全部気のせいで、たまたまそういう感じになったんだよと力説されたら、そうなのかもしれないと揺れてしまうだろう。
いろんな偶然やたまたまが重なって、奇跡的に、特殊能力を使ったからこそそういうことが起きたように感じられたのかもしれない、と。
「私自身そう考え始めると、そうかもしれないって思うっちゃう時もあります。私のなんて特に、ちょっとわかりにくいですし」
「でも、あるんだろう? だからこそみんなは……」
「はい。でも、気のせいって思えちゃうくらい不確かなものだというのもまた事実で。結局は気の持ちようというか、考え方次第なんですよ」
そう言うと、安食ちゃんはニコニコと笑顔を見せてきた。
無性に安心感を与えてくれる、とても優しげな笑みだった。
「無視はできないですけど、でもあってもなくても私たちが今ここにいることに変わりはないですから。みんなでこうやって遊びにきたり、張り合ったり、ドキドキしたり。そういう今には、何にも関係ないですからね」
「確かに、そうだよなぁ……」
『
それが本当にあろうがなかろうが、今こうやって寄り添っている現実は変わらない。
それに類する問題もまた、俺たちの関係には関りないんだ。
そう教えられて、俺の心にわだかまっていた何かが少しだけ軽くなった気がした。
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