俺の学園ラブコメのヒロインは世界滅亡を目論むラスボスだった〜美少女たちによるハーレム異能恋愛バトル〜

セカイ

第1章『多角的落恋地点の収束』

第1話 神楽坂 未琴とキスをした責任 ① 1/15

 ジリジリとした暑さを感じながら目を覚ました時、俺は柔らかなものと綺麗なものにサンドイッチされていた。


 朦朧とした頭でゆっくりと現状を理解しようとして、けれど尋常じゃなく頭が重くてうまくいかない。

 全身にほとんど力が入らず、胸が締め付けられるような鈍い痛みに苛まれている。

 だから俺はハッキリしない意識のまま、ただ与えられている感覚を受け入れることしかできなかった。


「ねぇ、大丈夫?」


 俺を覗き込んでいる綺麗なものが、ポツリと涼やかな言葉を口にした。

 そのやたらに麗しいものは、とてもあでやかな美女の相貌だったのだと、その柔らかな声を聞いて初めて気付いた。

 同時に今更ながら、俺の頭を乗せているものがその美女の太ももであるのだろうということを認識する。


 柔和でハリのある太ももが俺の頭に敷かれて、そして絶世の美貌が顔を覗き込んでいる。

 どうやら俺は、謎の美女に膝枕をして頂いてるようだった。


「ぁっ…………」


 何か言わなければと口を開いて、けれど声が上手く出ない。

 そんな俺を見て、美女は微かに眉を寄せた。


 誰もが間違いなく美しいと断言するであろうその顔は、作り物のように洗練されていて、非の打ち所が全くない。

 シャープな輪郭にすらっと通った鼻筋、切長の目は少しのんびりと瞼が重めで、線を引いたような細い眉が凛々しさと同時に嫋やかさを表している。

 聖女のように温かく柔らかで、けれど整いすぎているが故に凄みを感じる綺麗すぎるその顔は、困ったように俺を見下ろしていた。


 謎の不調に参ってしまっている今この時じゃなければ、その麗しいご尊顔をじっくりと眺めさせて欲しいくらいだ。

 そんな感想を覚えた時、俺はふと気が付いた。この現実離れした美女様は、我が校なら誰もが知る有名人だったと。


「生きてる、ね。こんな暑い中校庭で寝る趣味があるとは思えないから、もしかして具合が悪いのかな?」

「ね……ちゅう、しょう……か────」


 熱中症かも、程度の言葉すらろくに声にできない。

 七月が始まったばかりとはいえ、虫の居所が悪い太陽の八つ当たりとしか思えないくらい、クソ暑い今日この頃。

 朦朧とした頭ではちょっと前のことすら思い出せないけど、不意にぶっ倒れるとしたら熱にやられたに違いない。

 そう思っておぼつかない口を動かすと、何故だか大層驚いた顔が返ってきた。


「……ふぅん、そう。君、名前は?」

後宮うしろぐ……たける…………二年、です」

「そう、尊くん。そっか……」


 とろんとした目を見開いてから、我が校随一の美女────三年生の神楽坂かぐらざか 未琴みことは、ふっと軽やかに微笑んだ。

 熱に浮かされる最中でも思わず見惚れてしまう、大人しくも色っぽい笑顔。

 彼女は、右側にかかる長い前髪を掻き上げてその静かな笑みをよく露わにすると、薄く柔らかそうな唇を小さく開いた。


「私を誘うなんて、なかなか面白いね、君。全く想像のしたことのない、アクロバットなアプローチだよ。でもいいよ、その度胸に免じて。ただ、高くつくから」


 自分を納得させるような、けれど同時に俺を品定めするような言葉。

 ただでさえ朦朧としている今の俺には、それが何を意味するのか全くわからなかった。

 神楽坂先輩に膝枕してもらっているのは大変嬉しいけど、とりあえず保健室にでも連れて行って欲しいなぁなんて、そんなことを思うことしかできない。


 その時、不意に神楽坂先輩の顔が落ちてきた。

 彼女の黒髪のポニーテルが跳ね、長い前髪が垂れ下がって俺の顔を覆う。


 そして、神楽坂 未琴の唇が、俺のそれと重なった。




 ────────────




 最近、毎日同じ夢を見る。気がする。

 正直ハッキリ覚えていないから、本当にそんな夢を見たのかも定かではないんだけれど。

 でも最近俺の頭には、同じ光景が朧げながらも焼き付いている。


 三年生の神楽坂 未琴。我が校随一の、おそらく日本中のどの女子高生と比べても負けることがないであろう美少女。

 そんな彼女にキスをされる夢を、俺は最近よく見るんだ。


 それも妙にリアルで、潤いを持った柔らかさやその体温が体に残っていると思うほどに鮮烈なんだ。

 まぁキスなんてしたことがないから、それが本当にリアルな感覚なのかはわからないけど。

 ただ、まるでつい昨日そんなことがあったかのように感覚だけはリアルで、けどそんな記憶はもちろんないし、その光景を夢見たことすらもすぐ朧げになってしまう。

 だからやっぱり、夢見たことさえも定かじゃない、という感覚だ。


 よくわからないけれど、我ながら欲求不満なんだろうと思っている。

 俺はありがたいことに割と女子と縁があって、友達以上と言って良さそうな仲になった子は今まで何人かいた。

 けれど高校二年生の七月に至る今日この日まで、俺に彼女ができたことなんてないんだ。

 取り立てて取り柄のない俺とはいえ、少なからず良い雰囲気になっていたはずのことが何度かあったのに、だ。


 まぁそれは一重に、そこまでいっても誰にも告白してもらえなかったからなんだけれど。

 隣の席になった女子、係が一緒になってよく話すようになった女子、ある時ふと助けて親密になった女子、たまたまぶつかったことがきっかけで絡まれるようになった女子。などなど。

 どんなに仲良くなって、これはいけそうだという雰囲気になっても、誰も俺に告白なんてしてくれなかった。


 そんな悶々とした感情が、絶世の美女である神楽坂先輩とのラブリーな妄想を生んでしまったのかもしれない。


「おーい、うっしー! なーに黄昏てんのっ!」


 夢とも妄想とも取れないあの光景に頭が占領されているうちに、どうやら火曜の午前の授業が終わってしまったみたいだった。

 待ちに待った昼休みに、開放的になる教室の空気。

 その中で、初夏の今にぴったりなやけに明るい声が飛んでいた。


「ま、数学マジわけわかんなくてボケーっとしちゃうのわかっけどね! アタシもほとんど聞いてなかったし」


 目の前の席から振り返ってそうキャッキャと笑うのは、派手な金髪にウェーブをかけたギャルっぽい女子。有友ありとも あさひ。

 夏服をいいことにシャツのボタンを多めに開けてるもんだから、健康的な薄褐色の肌と発育のよろしい胸元が堂々と晒されている。

 少々馬鹿っぽい……もとい元気の良い、太陽のような笑顔を向けてくる有友に、俺は溜息をついた。


「お前と一緒にすんな。俺は数学は割とわかる方だよ。ただなんだか、朝から頭がボーッとして……」

「それ、わかってるつもりなだけで、実は脳が考えるのやめてんじゃない? うっしー、別に頭いいキャラじゃないじゃん?」

「そういうこと言うなよ。この間の定期テストの嫌な結果を思い出すだろーが。ってか、いい加減俺をうっしーって呼ぶなよ。牛の要素が入った名前だと思われるだろ」

後宮うしろぐだから『うっしー』。いいじゃん。それともたけるだから、『たけたけ』の方がいい?」

「『てけてけ』みたいだから嫌だ」


 ネーミングセンスを前世に置いてきてしまったような壊滅的なあだ名の案を一蹴すると、有友は「わがままだなー」と口をすぼめた。

 そもそも、どうして有友みたいな陽気なギャル系女子が、俺みたいな普通男子に絡んでくるんだか、このクラスになって三ヶ月が過ぎた今もよくわからない。

 こういう女子は、クラスの中心的な賑やかな男子や、ちょっとやんちゃな野郎なんかと連むもんだろうに。


 まぁ声をかけてくれるのはありがたいし、その明るい性格はこっちの気分を上げてくれる。

 それに少しばかり派手だけれど顔はかなり可愛いし、着崩した制服から晒されている、年の割に豊満なそのスタイルは魅力的だ。

 暑いからか前髪をがっつり上げてヘアピンで止めているから、形のいい額が煌めいていて余計に笑顔が輝いている。

 そばにいるだけで眼福だし、気分も上がることは否定できない。


 こういう風に異性からよく絡まれる状況を他人が見たら、そのままいけば付き合えるだろうと、そう思うだろう。

 事実、今まで仲良くなった女子との関係を見た友達は、いけるからさっさとくっつけとよく言っていた。

 でも俺はとてもじゃないけれど、自分から告白する勇気なんてなかった。

 みんながそこまで言うんなら、相手から告白してくれるのも時間の問題だろうと、そうも思ったし。


 けれどところがどっこい、今まで誰の一人も一線を越えてくれる子はいなかった。

 それはつまり、男から見た「いける」は、女子から見たら全く「いける」ではなかったことの現れだ。俺はそう理解した。

 それを繰り返した結果、余計に告白なんてする勇気なんて湧かなくて。

 結局俺はどの女子とも、仲の良い異性の友達止まりになってしまってきたんだ。


 仲良くなった女子が俺なんかを好きになってくれるなんていう都合のいい現実は、あり得るわけがないってことだ。


「てかそんなことよりさ。さっさと行かないと購買売り切れるよ。うっしー購買組っしょ?」


 パリッと切り替えた有友の言葉にハッとする。

 妙な夢で朦朧とした頭に陽気なギャルの強襲を受けて、今現在を見逃していた。

 さっさと昼飯を調達して男友達連中と合流しないと、このクソ暑い時期の午後を乗り切れない。


 見目麗しい女子から健気な告白をされないかな、なんてそんな虚しい妄想は、腹を満たした後の眠たい授業中にすれば良い。


 そう思って席を立った、その時。


「────後宮 尊くん」


 教室が、その外の廊下までもが急に静まり返った。

 そしてその静寂を打ち破って、鈴の音のような優しい声が俺の名前を呼ぶ。


 俺だけじゃなく、周囲の連中も一斉に声をした方に目を向けた。

 誰しもが、教室の入り口に佇む姿に釘付けになり、意識を支配された。


 膝裏まである長い黒髪のポニーテール。

 芸術絵画のように整った麗しい相貌に、静かな笑みを浮かべているその人。

 女性らしいしなやかさと、相反する威圧感を混ぜ込んだ、圧倒的美貌を持った絶世の美女。

 神楽坂 未琴がそこにいた。


「後宮 尊くん」


 もう一度、その唇が俺の名前の形に動く。

 身を委ねたくなるような、甘く優しげな声。

 どくんと、心臓が飛び跳ねた。


「お、俺……ですか?」

「そう、君。責任をとってもらいに来たよ」


 なんとか絞り出すように反応した俺に、そっと頷く神楽坂先輩。

 柔和な笑みの中で、綺麗な瞳には凄みを内包していて、いろんな意味でドキドキが止まらない。

 責任って、何の……?


 混乱する俺に神楽坂先輩は目を細め、口元に人差し指を寄せて口の端を緩めた。


「私の唇を奪った責任、だよ」

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