第四話 タコ焼き

 家に帰る足取りが重い。いや、心が重い。


 広告のコピーを任されることになり、気合を入れて臨んだのだが、結局その効果が振るわなかった。そのことで呼び出しを受け、コッテリと絞られてきた帰りだった。


 広告なんて虚業だよな、と思わざるを得ない。効果の見えないものをその気にさせて大金を払わせる。効果があろうがなかろうが返金はない。結果だけ見れば詐欺師と変わらないではないか。

 その結果、私のような末端に非難が降り注ぐ。


 私に説教を浴びせたのは私を抜擢してくれた人だから、あまり悪く思いたくない気持ちがある。しかし、今日ぶつけられた言葉の数々には傷ついた。

 私が悪いんじゃない。デザインが悪いんじゃないのか、もっと言えば商品が悪いんじゃないのか。それに、OKを出したのはあなたじゃないか。そんな気持ちが湧いてくる。

 これは責任転嫁だとわかっている。しかし、転嫁しなければ精神の安寧が保てないのだ。ならば、転嫁するしかないじゃないか。


 いっそ死んでしまいたい。

 つい、そんなことを思ってしまう。ブルブルと頭を震わせ、その思いを振り切ろうとする。

 いや、生きるのだ。何としても生きるのだ。そう自分に言い聞かせた。


 そうだ、今日はタコ焼きを食べよう。

 死にたいと思っている時は、食事と睡眠、それに暖かさが欠けているのだ。それさえ満たしてしまえば、そんな気持ちは吹き飛ぶものだ。

 タコ焼きをお腹いっぱい食べて、体を温め、何も考えずに眠れば、今の気分も消え去るだろう。


          ◇


 ルリエーマートにやって来た。いつも通り、クトゥルフお母さん食堂に赴く。

「いらっしゃい、麓郎ちゃん。あら、今日は浮かない顔してるわねー。何かあったの」

 出迎えてくれたクトゥルフお母さんにも心配されてしまった。

「いや、ちょっと仕事で……」

 言葉を濁らせながら、タコ焼きを探した。見当たらない。


「タコ焼きってないのかなあ」

 クトゥルフお母さんにきくと、冷凍コーナーに連れていかれた。

「あらぁ、今日もありがとう。でも、今は冷凍のしかないわねぇ」

 クトゥルフお母さんは額から垂れる触手をくねらせる。なんだか、いつか見たような仕草だった。


「最近は冷凍食品も美味しくなってるよね。じゃあ、これにしようかな」

 私は冷凍のタコ焼きを手にしてレジ向かう。

「いつも、ありがとねー」

 背中からかけられたクトゥルフお母さんの声が、落ち込んでいる私には心地よく聞こえた。


          ◇


 冷凍のタコ焼きは電子レンジ調理専用になっていた。

 タコ焼きと備え付けのソース、かつおぶし、青のりを取り出す。タコ焼きは紙皿ごとレンジに入れればいいようだ。

 うちは関東なので、500Wの時間に合わせる。約5分の待ち時間。結構かかるものだ。


 今のうちにお酒を作っておこう。

 ハイボールにしよう。ブラックニッカを買ってある。

 ブラックニッカは以前のプレゼントキャンペーンの時にストレートで飲みまくってシールを集め、全力で応募したのだが、まったくのなしのつぶてだった。そんなことがあって、一生買わないと決め込んでいた。

 実際に買っていなかったのだが、今日から解禁することにした。理由は特にない。


 グラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。5分の1くらいでいいだろう。

 そこに炭酸水を注ぎ、さらにレモン果汁を入れて、マドラーでかき混ぜる。


 カランカラン


 グラスを傾けて氷の音を楽しむ。そして、ちびちびと口に入れる。

 舌と喉にまとわりつく炭酸が心地よい。レモンの香りとウィスキーの苦みが合わさって、爽やかな味わいが広がる。

 それにズドンと来るアルコールがたまらない。少し酩酊した気分になる。


 チーン


 そうこうしているうちにタコ焼きが出来上がった。

 レンジから取り出し、ソースとかつおぶし、青のりをかける。この辺りの添付ものは前もって温めておいた方がよかっただろうか。


 さて、いよいよ実食。

 かつおぶしとソースをたっぷりと絡ませ、一口でタコ焼きを頬張る。口の中で噛み砕く。


 熱い!


 タコ焼きの外皮からとろけた生地が口いっぱいに広がり、その熱が口中を焼いていく。出汁の効いた生地がソースやかつおぶしと合わさって独特の味わいが生まれているが、そんなことよりも熱い!

 はふっはふっと口を動かし、なんとか冷まそうとするが、それでも油断したところで熱さが押し寄せてくる。

 これこそがタコ焼きの醍醐味というべきだろう。


 なんとか生地のいくつかを飲み込んだところで、タコを噛み砕いてみる。弾力のある歯ごたえとともにタコの旨味を感じる。

 それと同時にタコが伸縮すると、私の舌に絡まるような動きをし、舌を締め付ける。なぜかクトゥルフお母さんを思い出すような感触であった。タコの熱さと圧力から来る痛みを感じるが、それは一瞬のうちに終わり、すぐに喉元へと消えていく。

 極上の肉は舌でとろけて溶けていくというが、それと似たようなことであろう。螺旋状の火傷とともに、微かな快感を残し、タコ焼きは消えていった。


 ハイボールで口の中をいったん清めると、次のタコ焼きも食べる。


 はふっはふっ


 やはり熱い。でも、それがいい。口の中で暴れるタコ足も官能的だ。

 マヨネーズをかけてみたらどうだろうか。当然のように相性がいい。まろやかで旨味が強い。マヨネーズで熱が少し冷めるのも助かる。

 からしもかけてみる。ツーンとした辛みがタコ焼きと合う。食欲が進む。


 タコ焼きを食べ終えた。

 あとには満足感と口内の火傷が残る。

 これでいい。腹は満ち、温まり、眠い。あとは眠ればいい。


          ◇


 食卓でうとうとしていると、腹の中のタコが脈動を始めたのがわかった。


 胃の中で巨大に膨れ上がったタコがその足を延ばす。

 タコ足は小腸も大腸も突き破り、肛門からその姿を現すと、天井を貫いた。その勢いのまま私の体は浮き上がり、天井から吊るされた状態になった。


 もう一本のタコ足は食道を逆流して、口の中から湧き出る。口から溢れ出たタコ足は、部屋の中を物色すると、道具箱に入れておいたカッターナイフを掴んで、ジリリと刃を出すと、私の喉元を突き刺す。喉元から血が溢れてくる。

 血が流れ落ちると、タコ足が素早くバケツを持ってきて受け止めた。

 これは血抜きをしているのだろうか。


 さらにタコ足は私の台所の戸棚を開けると、包丁を握った。

 包丁は私の腹を切り裂く。100均で買った包丁でよくここまで切れるな、と思うほどの美しい切り口だった。

 腹の切り口からは私の内臓が溢れ出し、やがてドバドバと落下していく。例によって素早くバケツを配置して、私の内臓をキャッチしてくれる。


 再度、タコ足に握られた包丁が動く。

 包丁は私の喉元から下腹部までを一閃する。次いで、右手首から左手首までを一直線に切り裂いた。さらに、右足首から左足首までをやはり一薙ぎにする。

 タコ足が私の体をまさぐって這い回ると、徐々に自分の皮が捲れていくのを感じた。


 ここにきて私は自分が何になるのか理解し始めた。

 私は食肉になるのだろう。そして、解体してくれているのはクトゥルフお母さんだ。

 彼女になら身を任せるのも悪くない。私の心は幸せな気分に満ち溢れていた。


 やがて、私の肩が切られる。腕が切られる。胸が切られる。

 私が食肉として切り分けられていくのを感じる。


 昨今はヴィーガンなる方々が熱心に活動をされていると聞く。彼らは食肉にされる動物たちを憐れんで、その救済のために肉を食べることを拒むという。

 だが、待ってほしい。私はこんなに幸せなのだ。私を憐れむならば、スーパーやコンビニに並ぶ私の肉を食べて欲しい。


 それさえも拒むのなら、クトゥルフお母さん食堂のタコ焼きを食べてみたらどうだろうか。食べられるという気持ちが、少しは……わかるはず…………。

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