第三十七話 カキフライ
終活という言葉がある。
「人生を終わらせるための活動」らしい。死を間近にした人間はそのような行動を取るらしい。
私のように普段「死」なんて身近に感じていない者からすると、なかなかピンとは来ないが、老人はそんなことを考えるらしい。
なんでそんなことを話すかというと、今日は葬儀社へ取材に行き、いろいろと話してきたからだ。
そんな終活だが、今は特に焦点が当たりやすいのが、死体をどう処理するからしい。
日本でもっともポピュラーなのは火葬だろう。
世界に目を向けると、土葬のシェアが強いのだろうが、日本の風土では遺体が腐りやすいのが難点だ。場合によっては感染病の温床ともなりうる。そのため、とっとと燃やし尽くすという選択肢が有力になっていた。
とはいえ、外国人には火葬に忌避感を持つ人も多く、それが伝播したのか、日本人の間にもほかの葬法が広まっているようだ。
鳥葬というものがある。ゾロアスター教やチベット仏教で用いられる葬儀の手段で、ハゲワシなどの鳥類に遺体を食べさせて処理するという。残酷な印象があるが、自分が死んだ後もほかの生命の血肉になって生き続けたいという思いのある人々には人気らしい。
かつての日本では認められた葬儀方法ではなかったが、自然回帰派の後押しがあり、府県制から王国制へと変わった現代では認めている国も多いようだ。おかげで、バイオハゲワシは日本中で見かけるお馴染みの鳥になった。
水葬、宇宙葬といわれるものもある。海や宇宙に遺体を流すという葬儀方法だ。
だが、海洋葬は現在では水質汚染の観点から、国際法違反となるため、行われることはない。
宇宙葬は一部の富豪でなければ利用できないほどに莫大な資金のかかるものであり、さらによっぽどのもの好きでもなければ行わないため、世界的に見ても一年に数人しか対象者がいないという。ただ、死しても宇宙を漂い、未知な文明との邂逅を夢見るというのはロマンチックだ。
細かく挙げると、ほかにもさまざまな葬送の仕方はある。
そんな中で、最近注目を集めているのは太陽葬だという。人体が太陽光に触れると分解される薬品を注入することで、遺体を跡形もなく葬る方法だ。
骨も残らないので、墓に埋葬するものがないというのは難点だが、墓にこだわらない現代人にはマッチしているともいえた。
長々と話してしまったが、我々に死は当分無縁だ。
そんなことより、ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂に行って、今日の晩御飯のことを考えることにしよう。
◇
ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。
「あらぁ、麓郎ちゃん、いらっしゃい。今日もお疲れのようねぇ」
クトゥルフお母さんが出迎えてくれる。今日も緑色の制服にピンク色のエプロンが似合っている。エプロンには可愛くデフォルメされた蛸と触手というルリエーマートのシンボルがプリントされていた。
「今日は遠くに取材に行ってたんだ。タクシーに乗ったんだけど、バイオカンガルーに乗ると、いっつも腰が痛くなるんだよね」
クトゥルフお母さんの姿に見惚れていたからか、ついつい愚痴が口から出てしまった。
「あらあらぁ、それは大変だったわねぇ。今日はゆっくり休んでね」
彼女の労いの言葉が体に染みる。
「そうだ。季節のものってないかな。最近入ってきたものとか」
秋も深まってきた11月だ。私はそう思って尋ねてみた。すると、クトゥルフお母さんは人差し指を頬につけて少し考え込むと、ぱぁっと明るい笑顔になった。
「それなら、
確かに牡蠣の旬と言えば11月。まさに初物を楽しむタイミングであった。
私はクトゥルフお母さんに案内されて、牡蠣料理をいくつか見る。生牡蠣も魅力的であり、鮮度を重視するルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂ならではの食べ物であるが、私はカキフライを選ぶことにした。生牡蠣も捨てがたいが、牡蠣のジューシーさを味わいたくなったのだ。
「あっ、それねぇ。調理担当のおじさんが一本一本針を抜いているから、安心して食べて大丈夫よぉ」
クトゥルフお母さんはそう教えてくれた。しかし、ウニか何かと勘違いしているのだろうか。牡蠣には針なんて元々ないはずだ。
私はその言葉を気にせずに、レジへと並ぶことにした。
◇
さて、酒を飲もう。
酒を飲もうと言ったが、今日用意したのは酒とは言えないかもしれない。
微アルコ―ルという飲み物がある。アルコールのパーセンテージが1%にも満たない飲み物だ。
今回は微アルのビアリーを買ってあった。
微アルとやらの性能、試させてもらおう。
グラスになみなみと注ぐと、一息に飲んだ。普通のビールに比べて、優しい味がする。まろやかで、どこか炭酸の刺激も少ないように思えた。
うーん。美味しいかどうかでいえば美味しくない。飲めなくはないけど。
それに、これ、アルコールがほとんどないんでしょ。なんだか、飲むこと自体が損な気がしてくる。
カキフライを食べる。まずは、何もつけずに素の状態を味わうことにした。
サクッとした衣の歯ごたえを越えると、複雑な旨味をもつ牡蠣の身に行き当たる。ミルキーでありながら苦みがあり、さらにその奥に旨味が広がっていった。
正直な話、牡蠣はどういう味なのかはよくわからないが美味い。そういう印象だ。
フライ用の濃厚ソースをつけてみよう。
甘いソースが牡蠣と絡み合う。しかし、ソースはただ甘いだけではない。さまざまな野菜や果物を煮詰めて作られたことがありありと伝わってくる、豊かな濃い味わいだった。
フライと濃厚ソースの相性は言うまでもない。カラっと揚げられた揚げ物に、濃い味付けのソースが絡まることは素晴らしいことなのだ。
もう四の五の言わずに食べよう。ただ美味いのだ。
ここでビアリーを飲む。揚げ物でしつこくなった口の中がリフレッシュされる。だが、それだけだ。
こんなものはダメだ。私は冷蔵庫の中に入っていたストロングゼロドライを取り出した。
ストロングゼロを開けて飲む。すっきりして飲みやすく、ほのかな甘さがあった。
これはグビグビ飲めるね。しかし、後味に不穏な匂いもある。アルコールが隠れている匂いがあるのだ。そういう危険さも人気の秘密なのかもしれない。
ただ、そうとさえわかれば、500mlくらいで酔っぱらうこともないだろう。
ソースはもう一つある。タルタルソースだ。
卵とマヨネーズに玉ねぎとピクルスのみじん切りが入っている。そのため、濃厚な味わいに対して、爽やかな印象がある。柑橘系の香りと酸味もありレモンも入っているだろうか。
この爽やかさと豊かな味わいは牡蠣ともよく合う。さっぱりとした印象になり、牡蠣の複雑な旨味を邪魔することなく、それを補填するような味わいになる。
こうして、また一つ、また一つとカキフライを食べ進める私はここで暴挙に出る。濃厚ソースとタルタルソースを同時に掛けたのだ。
これは暴挙に思われたが、正解の味だった。濃厚ソースとタルタルソースはお互いに欠けたところを補い合うかのようにマッチしている。濃厚ソースの甘い香りとしょっぱさ、タルタルソースの爽やかな味わいと豊かな味わい、それでいてまだまだ存在感を放つ牡蠣の特異さ。それぞれがそれぞれを際立たせ合い、11月を彩る極上の美味しさを生み出しているのだ。
その余韻を楽しむように、ストロングゼロを飲む。
うん、なんだか何も考えられなくなってきたね。
◇
酩酊してぼぉーっとしていると、急激な痛みが私の身体を貫いた。
何事かと驚いて、自分の身体を見渡すと、全身から針が生えている。しかし、痛みは最初に針が貫いていた時で終わっていたようで、針に刺されながらも、何の痛みもなかった。
やがて、その針が移動を始める。
私の胃を中心にして移動しているようで、移動することで私の全身を切り裂いていく。だが、なぜだか痛みはなく、その傷も少しの時間ですぐに塞がっていた。
口の中から
このものはグラーキだろう。そう思った。
グラーキは旧支配者の一柱であるが、地球に飛来した際にほとんどの力を失い、力を取り戻そうとしている際中なのだといわれる。
その針には特殊な力があり、針で殺した相手に特殊な分泌物を打ち込み、アンデッドのような存在にしてしまう。そうしてアンデッドの奴隷を使役することで、グラーキは自らの力を取り戻すための栄養源を得ようとするのだ。
グラーキは私の家から出ていった。私はなぜか彼のものに従うべきだと思い、ついていく。
長い旅路の果てに、湖に辿り着いた。グラーキは湖中にその体を沈め、栄養が来るのを待つ。長い時間が過ぎた。栄養は現れない。そこで、はたと気づいた。栄養は私が連れてこないといけないのだ。
私は慣れないながらも、どうにか動物を捕まえ、人間を捕まえ、グラーキの下へと連れていく。そうすることでようやくグラーキは僅かながらの栄養を得ることができた。
そんなことをして何年が経ったのだろうか。すでに数十年が過ぎている。感覚ではあるがそう思っていた。
最近、急速に私の身体が緑色に変色していた。気色悪いなと思っていたところ、グラーキはテレパシーで「日光の下に出るな」と連絡してくる。そんなことを言っても、外に出なければグラーキの栄養源を手に入れてくることもできない。
私は自分の棲み家から出る。太陽光がまぶしい。ちょうど真昼のようだった。
いい天気だな、そう思った次の瞬間に私の身体が崩れ始めた。太陽光に当たった部分が塵のように崩れ、崩れたことで別の部分がさらに太陽光に当たる。
そういえば、「緑の崩壊」というものを聞いたことがあった。グラーキにアンデッドにされたものは50〜60年もすると急速に肉体が緑色に変色し、太陽の光で崩壊するようになるのだという。
気づいた時にはもう遅かった。
私の全身はボロボロに崩れていくのだった。
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