第十七話 フライドチキン

 皆さんはコンビニエンスストアに行きますか? 私のこの連載を読んでいるということは、コンビニエンスストアにも親しまれているのだと思う。

 コンビニエンスストアの中で一際異質な空気を持っているのはホットフードのコーナーではないだろうか。

 基本的にコンビニで買う食べ物はレンチン前提だったり、元々冷たい食べ物だったりで、出来立てを買うことは少ない。そんな中で、ホットフードは唯一できたてを購入できる場所だ。


 とはいえ、人によっては店員に直接商品名を告げるのが恥ずかしかったり、億劫だったりするらしい。毎日、ホットフードを買っていたせいで、店員に覚えられてしまったというケースもあるようだ。


 だが、ルリエーマートなら、そんな心配はない。全世界の支店で遍在しているクトゥルフお母さんがお出迎えしてくれるのだ。

 クトゥルフお母さんは人類を遥かに凌駕した優秀な頭脳を持っているが、それだけではない。なんと無数に存在する触手のひとつひとつに補助脳を持っているというのだ。

 無数の脳を持つクトゥルフお母さんにとっては来店するお客さんのことなんて覚える覚えないではない。むしろ、全人類の個人データをすべて把握しているといっても過言ではないだろう。


 なので、ルリエーマートで体裁を気にする必要なんて一切ないのだ。

 ホットフードを買うことを迷う人がいたら、ルリエーマートに行くことをお勧めします。


          ◇


 ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。

「あらぁ、麓郎ちゃん、いらっしゃい」

 いつものようにクトゥルフお母さんが出迎えてくれる。

「今日はホットスナックを買いに来たんだ。お薦めってあるかな?」

 私はクトゥルフお母さんにお薦めを聞いた。


 クトゥルフお母さんはいつもように触手をくねらせつつ、頬に人差し指を差しながら考える。

「うーん、やっぱりフライドチキンかしら? 一番人気なのよねぇ」

 そう言いながら、ホットフードのコーナーに案内してくれた。


 フライドチキンはコンビニエンスストアのホットフードコーナーでも人気の商品だろう。コンビニエンスストアによってはその店の名前を冠した商品名で売っていることも多い。場合によってはそのお店を象徴するほどの商品になるのだ。

 だけど、ルリエーマートではフライドチキンだ。敢えてそのままの命名をしているのも、潔さの表れとして好感が持てる。


「あれ、激辛のフライドチキンもあるんだね」

 私の言葉を聞いて、クトゥルフお母さんの触手の動きが激しくなる。

「それは辛いわよぉ。気をつけなきゃいけないけど、大丈夫?」

 クトゥルフお母さんの言葉を聞いて、私は笑った。

「俺は激辛がオリンピックの部門にあったら出てますよ! 大丈夫、大丈夫!」

 そして、私はクトゥルフお母さんの不安げな視線を感じつつ、レジに進んだ。


          ◇


 フライドチキンに合うのは、やはりビールだろう。そういうわけで、新作のビールを買ってきていた。


 プシュッ


 一口飲んでみる。ほろ苦くも少し甘い飲み口。炭酸が喉を通る爽やかさ。

 うん、うまい!

 でも、新作としての目新しさは何も感じない。というか、今までのビールとどう変わったのかもわからない。新作ビールとはそういうものかもしれない。

 直後に別のビールと飲み比べすれば違いもわかるのだろうが、そんなにビールばかり飲む気にはなれない。


 さて、フライドチキンだ。

 今回は骨のないものを頼んでいる。これについては議論が巻き起こるところだろう。

 骨付きはやはり旨味が違う。骨に近い肉ほど旨味が強いというのは知られた話だし、成形されていないことで、肉本来の、部位本来の味わいを感じられるのも骨付きの醍醐味だ。

 しかし、骨なしもまた良いものだ。骨を避けたりといった手間がなくなるのはもちろん、骨なしならではの味わいもあるのだ。それは骨付きでは味わえない。


 フライドチキンをかじる。

 まず、皮の旨味、というか皮の味付けが口いっぱいに広がってくる。スパイシーで、かつ塩味や旨味が複雑に絡み合っている。普通に考えて、これは美味しいというべき感覚だ。

 加えて、後に引いてくるのは辛さと痺れだった。山椒に代表される痺れる味わいを中国では麻味というらしいが、まさにそれだ。雷にでも撃たれたかのような痺れが舌を襲う。でも、それが心地いいのだ。ある種の快感があるのだ。

 そんな快感を抱きつつ、私の歯は重厚な肉の膨らみを砕いていく。ジューシーな肉汁が舌にまとわり、砕かれた肉片が旨味と満足感を胃袋に伝わっていった。

 なんだかんだ、成形肉は食べやすいし、さまざまな部位の肉を同時に食べているような雑多な、けれど本物の肉の味わいがあるのだ。


 皮についた味付けと肉の旨さが混然一体となっている。痺れるような、燃え上がるような辛さも素晴らしい。辛さは食欲を掻き立てるものだ。ついつい、もう一口、もう一口と食べ進めてしまう。

 これを人はジャンクと呼ぶだろうか。スナックと呼ぶだろうか。呼びたければ呼ぶがいい。

 しかし、人類が求めた極上の美味さとはまさにこれなのだ。


 人類は海と出会いその塩味に魅了された。人類は海の向こうにある胡椒を追い求めた。人類はトウガラシに出会うとその品種改良に我を忘れた。人類は旨味を発見し、それを凝縮した。山椒や花椒はまた異なるアプローチで食欲を促進させる。

 人類の叡智の果てに生まれたのがフライドチキンなのである。

 あなたも食べてみるがいい。ケミカルな味がすることだろう。


          ◇


 肉を食べたという満足感でいっぱいになっていた。

 ふと立ち上がると、腹から強烈な痛みを感じる。


「いたたたたたたた!」


 思わず声に出してしまったが、その原因は腹にある。どうやら姿勢を変えたことで痛みが走ってきたらしい。

 私はできるだけ体が動かないように気を付けながら、椅子に座る。

 痛みは次第に収まって……はこない。


 まるで炎が燃え上がるように私の胃が焼かれている。そんな感覚があった。

 あまりの痛みにのたうち回る。いや、痛みだけでない。実際に胃は焼け落ちたのであろう。そんな実感を抱いていた。


 そして、腸が焼けていく。食道が焼けていく。

 焼けていくだけではない。雷が走るように全身が痺れていく。

 これはいったいどうしたことなのか。


 思い浮かぶのは、クトゥグァの配下にある旧支配者といわれるフサッグァだ。あるいは、クトゥグァの対抗勢力として、炎の精を従えようとしているともいわれていた。

 いずれにしても、青みがかかった巨大な稲妻がその正体だとされる。

 稲妻が正体なのであれば、私が雷に打たれたように痙攣しているのも……、


「ぐがっぴどぅーっ!」


 不自然では…、


「げれっと、ろろろぉ!」


 ない。


「はぁはぁはぁ……」


 雷撃を受けすぎて意識がもうろうとして来ていた。

 そして、私の内部の火は徐々にその勢いを増してきてる。


 私の皮膚の内側まで燃え広がっている。私の骨の中まで燃え上がっている。私の瞳孔もまた炎でいっぱいだ。

 私の全身がフサッグァと炎の精を受け入れていた。燃え尽きるのも時間の問題だ。全身が火まみれといっていい。


 ピカァッ


 突然、私の右腕が発光した。その光は私の腕から放たれ、私の家の壁と天井を突き抜けていく。次の瞬間、右腕に強烈な痛みが走るが、その時にはもう腕はなくなっていた。右肩に焼け焦げた痕だけが残っている。

 壁と天井もなく綺麗に吹き飛んでおり、その焼け焦げた場所にジリジリと青い稲妻が残っていた。


 焼け焦げた右肩からは残り火がじわじわと体全体に広がっていく。そのスピードは次第に増していって、私の全身を燃やしていく。


 ピカァッ


 再度の発光だが、今度は私の全身が光っていた。

 全身から稲妻が放たれて、私の家どころか周辺一帯を薙ぎ倒していく。そして、私の肉体はその炭さえも残さず燃え尽きていた。

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