第二十八話 おでん

 ガチャというものをご存じだろうか。

「ゲームでキャラクターやアイテムを手に入れるためのアレでしょ」という人もいるかもしれない。しかし、最近、ガチャガチャ屋なるお店が出現し、球状のカプセルに入った玩具おもちゃを売っているというのだ。


 凝っているのは、そのカプセルはハンドル付きの容器に入っており、容器から取り出すためにハンドルを回すと、ガチャガチャという音が鳴るのだ。ガチャという言葉にこだわった、面白い趣向といえるだろう。


 そんなわけで早速ガチャガチャ屋に遊びに行ってみた。

 そして、大量の酒を抱えて帰ってくることになった。玩具を買うつもりだったのだが、日本酒ガチャなんてものもあったので、ついつい、そちらにお金を使ってしまったのだ。

 そのせいで玩具を買うことができなかった。少し残念な気持ちもあるが、どんな日本酒があるのかも楽しみである。


 帰り道にルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂に寄っておつまみになるものを買って帰ろう。

 抱えた何本もの日本酒は重たかったが、私の足取りは軽いものだった。


        ◇


 ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。

「あらぁ、麓郎ちゃん、いらっしゃい。あらあら、今日は大荷物なのねぇ」

 クトゥルフお母さんが出迎えてくれる。私の荷物の多さに驚いたのか、彼女の耳がぴくぴくと動いたのがわかった。耳朶じだの長さが彼女の神秘的な魅力を引き立てている。

「あ、ちょっと買いすぎちゃって……」

 日本酒ばかりを10リットル近く抱えているとは言いづらい。適当に笑ってごまかす。


「そうそう、日本酒がたくさん手に入ったんだけど、合う食べ物って何だろう?」

 ごまかし切ったところで、クトゥルフお母さんに質問をする。すると、クトゥルフお母さんは待ってましたとばかりに、満面の笑みを浮かべた。

「だったら、おでんはどう? ちょうど、今日から始まったのよぉ」


 レジの近くにおでんのコーナーができていた。おでんが煮立っている様子を見ると、なんとなく嬉しくなってしまう。

 私は近寄ると、具材を眺めながら、どれを買おうかと迷い始めた。ルリエーマートでは、おでんのコーナーは空気圧で仕切られており、直接取り分けることはできない。買う時には店員に取ってもらうことになっている。

 私はまだ少し迷いながらもレジに並ぶことにした。


        ◇


 どの日本酒を飲もう。私は迷いながらも、その中の一本を取り出した。保冷剤がしっかり効いており、しっかりと冷え切っていた。


「彩のあわ」というスパークリング日本酒だった。スパークリングというと瓶を開ける時が緊張する。実際、この瓶には赤地で「吹き出し注意」なる警告文が書かれている。これを開けるのは否が応でも慎重になるというものだ。

 蓋を抑えながらも栓を抜く。プシューという音が鳴るが、勢いよく栓が飛び出るような事態にはなりそうもなかった。


 拍子抜けながらもグラスにスパークリング日本酒を注いだ。シュワシュワと泡を立てている。

 口に入れると、思いのほか微炭酸で、淡い刺激の中で米の甘さと旨さを感じる。スパークリングワインの飲み口と日本酒の後味を合わせたようなお酒だ。

 ちょっと甘すぎるので、食前酒でとどめておいた方がいいかもしれない。


 では、おでんを食べよう。

 おでんを食べる順番に定石のようなものはあるのだろうか。わからないので、適当に食べるしかない。

 おでんとはわからないことばかりだ。


 まずは大根かなと思う。おでんを代表する具材だろう。

 柔らかくほくほくとした食感が優しく、熱々の美味しさがダイレクトに伝わってくる。出汁の味わいがしみ込んでいて、昆布と魚介の出汁の旨味が直接楽しめるものだ。

 これこそが大根らしさだろう、そんな感じがする。


 大根と並んで代表的な食材といえば、ちくわを思い浮かべるべきだ。

 ちくわもやはり熱い。熱くなくてはおでんとはいえない。

 噛みしめると、魚介の旨味とともに確かな弾力のある食感とともに伝わってくる。ちくわを構成しているのは鱈だっただろうか。その香りと味わいは満足感のあるものだ。

 つゆの旨味も感じられる。昆布の旨味と魚介の旨味が溶け合っていて、おでんならではの独特の味わいが得られた。


 そして、こんにゃく。これにておでんの三角丸四角さんかく・まる・しかくの陣が完成する。

 こんにゃくは食感がいい。弾力のある噛み応えに、蒟蒻芋の香りが微かに感じられ、奇妙にさっぱりしたものが感じられる。


 次はたまごにしよう。これもおでんに欠かすことのできない具材だろう。

 この白い固まりに齧りつくと、出汁のしみた白身がまず美味しい。そして、固ゆでのはずの黄身にとろりとした食感があるのに驚く。出汁が染み渡っているせいか、柔らかく、まるで半熟のたまごのような舌触りと味わいが再現されるのだ。

 おでんのたまごはサプライズとともに、美味しさという幸せを生み出すものなのだろう。


 昆布。これはおでんにおける旨味の総本山の一つである。だが、出汁として優秀なばかりでなく、食べても美味いのだ。

 シャクシャクとした独特な食感も面白く、とうぜん旨味たっぷりで美味しい。もちろん、風味も素晴らしい。おでんの具材としても独自の存在感を持っている。


 ここで日本酒を飲もう。「夏酒」という気持ちのいい銘柄のお酒だ。

 一口飲むと、日本酒らしい米の旨味と香りが突き抜けていくような感覚がある。そして、それが爽やかな印象のままに去っていく。

 夏酒の名に恥じぬフレッシュな印象のお酒だった。これは美味しいな、と思う。


 気持ちよく酩酊してきたところで、練り物がいくつかあるので食べてみる。

 ごぼ天はごぼうの美味しさが濃縮されている。柔らかな食感とともに、出汁を吸った衣は格別である。

 がんもどきはおからのような豆腐の味わいとともに、さまざまな野菜が同時に味わえるのが魅力である。特に枝豆の弾けるような旨味が私は好きだ。

 さつま揚げは魚介の味わいが強いが、食感がまろやかで、柔らかな噛み心地が楽しめる。


 最後に肉が残っている。牛のサガリだ。

 色合いのいい肉らしい肉。一口齧ると、肉の旨味 牛肉ならではの濃厚な味わいが口いっぱいに広がってくる。じっくりと煮込まれているので柔らかく、口の中でホロホロと砕けていく。おでんの出汁もしっかり吸っており、この味わいはおでんならではである。

 それでいて、おでんにおいて肉は特別だ。どんな時に食べるものよりも、おでんで煮込まれた牛肉はごちそうという印象がある。


 最後につゆを飲む。

 魚介と昆布の出汁。それに水あめの甘さ。それらが混ざり合うと、こんな味わいになるのだろうか。私にとっておでんは美味しいものではあるが、独特で奇妙な、よくわからない美味しさだった。


        ◇


 そのものが現れたのは、いつだっただろうか。

 そして、どこから現れたのだろうか。


 それは老人だった。白い髭を蓄え、しわしわの片腕をしている。

 いや、果たしてそうだろうか。


 なんとなく、パッと見では人間の老人のように見える。しかし、二つの特徴以外に、老人だと思える要素はない。

 注意深く見ると、もう一つの腕は銀色だった。メタリックに輝く腕を持っている。そして、ほかの特徴は……、わからなかった。

 何度目を凝らしても、それ以上の特徴はわからないのだ。理解できないのだ。老人だという事はわかる。しかし、それ以外のことは理解しようという感覚すら抱くことができない。


 ただ、その特徴で思い当たる存在はある。大いなる深淵の大帝ノーデンスだ。

 ノーデンスはふるき神だといわれている。旧き神は旧支配者と呼ばれる神々とは一線を画し、人間など意にも介さない旧支配者と違い、人間に対し一定の理解を示す神だといわれている。そして、旧き神の首魁しゅかいこそがノーデンスだ、そう主張するものもいる。しかし、ノーデンスについてわかっていることは少ない。それにも関わらず、き神と呼ばれることに私はある種の怖れを抱いていた。

 夜鬼ナイトゴーントの主人であり、ドリームランドにおいてその領域を這いよる混沌ナイアルラトホテプと奪い合っている。私に把握できているのはそれくらいなのである。


 そして、ふと思う。私が食べたおでんがノーデンスの肉体だったのではないだろうか。おでんではなく、オーデンスだったのだ。

 そんなことを考えた瞬間、ノーデンスの目が光ったような気がした。


 気がつくと、荘厳そうごんなるノーデンスは貝殻のような乗り物に乗っていた。そして、それを引くのは奇妙な生物だった。流線型でヒレのある姿からは、イルカやシャチ、それにサメを思わせる動物である。

 ノーデンスはその動物の手綱を握っており、ビシッと合図をすると、動物は飛び上がった。そして、貝殻の戦車を轢いて、時空を超えて泳ぎ始めた。私はというと、貝殻の戦車の後方を縄か紐で引っ張られるように引きずられていた。


 時空を超える旅が始まった。ノーデンスと貝殻の戦車、そして私はどこともわからぬ空間を渡っていく。

 だが、この異空間に無防備なまま引きずられ続けている。異次元空間を生身でさらされ、時折その干渉がぶつかるようで肉体に激痛が走った。常に体がすり減り続け、魂を削られている。この旅は私の生命をくしけずり、消滅させるまで続くのだろう。

 私はノーデンスの逆鱗げきりんに触れたのだ。


 私はこのまま異次元で息絶え、消滅することだろう。それでも、今を生きる若者たちに警告を送りたい。どうか、このメッセージを受け取ってほしい。

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