第二十話 焼きビーフン

 無性に焼きビーフンが食べたい。


 子供のころと大人になってからで、印象の変わる食べ物は数あるが、その最たるものが焼きビーフンではないだろうか。

 給食で出てくる焼きビーフンをつつきながら、なぜこんなものを食べなくてはならないのか、小学生のころの私には疑問で仕方なかった。いったい、どんな存在理由レゾンデートルがある食べ物なのか、まったく理解できない。

 上から来る敵を注意することや赤の扉を選ぶことで有名な傭兵の好物が焼きビーフンだと知ったときは、その正気を疑ったものだ。


 しかし、大人になるとわかるのだが、焼きビーフンは美味い。酒のつまみにピッタリなのだ。

 焼きそばや焼うどん、パスタなど、ほかの焼き物系の麺料理と違って、麺の主張が強すぎないのがいい。肉や魚介、野菜を味わうのに名アシストしてくれるといえよう。エスニックな味付けもお酒を美味しくしてくれる。


 そんなわけで、せっかくなので、ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂に焼きビーフンを買いに行くことにするぜ。


          ◇


 ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。

「あらぁ、麓郎ちゃん、いらっしゃい。今日は何を買いに来たの?」

 クトゥルフお母さんが出迎えてくれる。私が欲しいものがあってきたことに気づいているようだった。

「焼きビーフンが欲しくて来たんだ。置いてないかな?」

 そう尋ねると、クトゥルフお母さんは困ったような顔をして、ピンク色の触手が蠢く眉を八の字にしかめた。

「ごめんねぇ、このお店では焼きビーフンは置いていないのよ」


 私はルリエーマートを後にした。そして、向かうのは別のルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂だ。

 私の近所のルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂では焼きビーフンを扱っていなかったため、扱っているお店を教えてもらったのだ。


 ほかのコンビニエンスストアでは探している商品がなかったら、自分の足でお店を回って扱っている商品を探すしかないが、ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂では違う。クトゥルフお母さんは全てのクトゥルフお母さん食堂を管理・運営しているため、置いている商品も全部把握している。

 そのため、クトゥルフお母さんにさえ質問すれば、どこのお店に行けばいいかすぐわかるのだ。コンビニエンスストアの中でも、これほどのチェーンはほかに存在しないだろう。


 別のルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。

「麓郎ちゃん、いらっしゃい。さっきはごめんねぇ。焼きビーフン、用意してあるからね」

 ルリエーマートに遍在するクトゥルフお母さんが出迎えてくれた。しかも、お願いしていた商品をしっかり用意してくれている。

 これこそ、ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂ならではのサービスの良さだといえよう。


          ◇


 まずはお酒を用意しよう。そのための焼きビーフンだ。

 焼酎を飲もう。四万十川源流特産の栗焼酎ダバダ火振というお酒を手に入れてきた。以前に読者の方に紹介していただいたお酒だ。

 栗のような甘い味わいとまろやかな香りがする焼酎なのだろう、たぶん。飲んだことないから知らないけど。


 ストレートでもロックでも、お湯割りでもいいと書いてある。今日は暑いのでロックにしよう。

 グラスに氷をだばだばと入れる(別にダジャレではない)。そして、栗焼酎を注ぎ込んだ。焼酎は氷を溶かし、カラカラと音が鳴る。この瞬間が好きだ。


 一口、口の中に含んでみた。強いアルコールとともに芋焼酎のような濃厚な味わいがガツンと迫ってくる。

 それでいて、まろやかな、それでいて少し尖っているような栗の風味が感じられる。

 私は味わいながらも酩酊した。酔うのが気分いい。いいお酒だ。


 チーン


 温めていた焼きビーフンが出来上がった。

 容器を開けると、香ばしくも独特な焼きビーフンの匂いが漂ってくる。お腹を空かせておいてよかった。美味しいものを食べる瞬間にはそう思う。

 パックの中にはビーフンが広がっているが、その中にはキャベツやニラ、お肉が入り乱れている。そして、その上には、星形に切り抜かれたニンジンやタケノコ、シイタケが乗っかっていた。それに、何だろう。星形のような、5方向に三角錐状のものが伸びた海産物がある。ヒトデだろうか。


 ひと掴み、麺をすするようにいただく。キャベツとニラが絡まっており、まずは野菜の甘みが伝わってきた。噛みしめると、ビーフン独特のきめやかな舌触りがし、プチプチっとした歯ごたえともちもちした食感が同居した不思議な味わいがある。とはいえ、味付けは醬油ベースになっており、日本人としては親しみやすい。

 キャベツとニラもいいが、ほかの野菜もいい。ニンジンのほのかな甘みと確かな歯ごたえはビーフンに実に合っているし、シャキシャキした食感と爽やかな香りを持つタケノコはビーフンの対比となって、お互いを引き立って合っている。


 ビーフンは主役としての存在感はあまりないが、具材を見事に引き立てるのだ。

 お肉も食べてみよう。これは豚肉だろうか。肉の旨味とビーフンのコラボレーションもまた格別だ。

 シイタケの濃厚な味わいも素晴らしい。これも小学生の頃は大嫌いだった。味が強すぎたからだろうか。今食べると、強い味わいとキノコ独特の歯ごたえがたまらなく、お酒を進ませる。


 そして、気になっていたヒトデのようなもの。これを食べてみよう。

 ビーフンと一緒に口に入れてみる。噛みしめると、プチプチっと弾けるような歯ごたえとともに、濃厚な旨味が伝わってくる。数の子のような歯触りだが、味わいはウニのように旨味が凝縮されており、噛みしめるごとにその楽しい食感と美味しさを感じられる。そして、驚くべきことに、その旨味がビーフンに伝染しているかのように、ビーフンもまた味わい深いものになっているのだ。


 ヒトデを食べ終えると、ビーフンに辣油をかけてみた。ピリリと辛いゴマの風味がビーフンにはよく合った。

 私はその勢いのままにビーフンを最後の一口になるまで味わい切った。


          ◇


 腹が痛い。


 腹が痛い時というのは、普通胃の下の方から痛みが伝わってくるだろう。だが、今回は違う。痛みは胃の上部から来ていた。

 そして、胃から食道へと込み上がってくるものを感じる。しかし、嘔吐ではない。嘔吐というにはその感覚は固く、力強いものだった。


 痛みに耐えていると、私の喉元から奇妙なものがせり上がってきて、口の中から顔を出す。

 それは、節くれだった枝が五方向に分かれたもののようであり、人間の手のようにも見えた。ひとつ出てきたかと思うと、もうひとつ、さらにもうひとつと、五本の腕のようなものが出てきていた。その五本の手が周囲を掴んで力を入れると、私の喉元から、ちゅるんと一塊のものが現れた。その塊はゴムのような柔軟性を持っており、口内を通り切ると、元の大きさに復元する。


 出現したのは、ヒトデのような、五芒星のような頭部を持ち、樽のような円柱状のボディを持った奇怪な生物だった。腕は人間のように二対あったが、途中でさらに五本の腕に分かれている。足は蜥蜴の尻尾のようなものが五本ついており、それぞれがナメクジのようにニュルニュルとした軟体と粘性を持って蠢く。

 頭があり、胴があり、腕があり、足がある。人間と同じ姿を踏襲しているようではあったが、そのデザインは悪ふざけが過ぎていた。


 これは話に聞く「古のもの」だろうか。

 太古の地球に飛来して文明を築き、繁栄するも、外宇宙から現れた旧支配者たちに駆逐され、逃げ込んだ先では奉仕種族ショゴスの反乱に遭って絶滅した。

 高い知能と適応力を持ち、彼らが戯れに(あるいは誤って)創った生命が、現存する地球の生命のあらゆる起源になったともいわれている。


「これは、我々が撒いた種子の成れの果てのひとつか。奇妙な生命体が育ったものだ。まるで、悪ふざけしたデザイナーが作ったかのようだ」


 私が唖然としていると、古のものが私を眺めながらつぶやいていた。

 音声を発したわけではないが、テレパシーのようなもので伝わってくる。


「しかし、強い呪いで汚染されている。だからこそ、私の肉体も復元されたのだろうか」


 言葉が通じる。ということは、意思疎通が可能なのだろうか。

 私はどうにかして言葉を発そうと、口をパクパクさせた。しかし、古のものを吐き出すときに喉をズタズタにされたせいか、意味のある音声が出てこない。


「せめてもの情けだ。この個体は我が葬っておこう」


 古のものが腕に力を込めた。そのように思えた。

 すると、私の頭上に巨大な石柱がアポートされていた。逃げ出そうにも、私の身体は微動だにすることはできない。

 私はじわじわとアポートされてくる石柱によって、万力のように肉体を潰されていく。

 やがて、石柱が私の頭蓋骨を砕くと、石柱がアポートされ切るよりも早く私の意識は途絶えてしまった。

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