第十五話 アスパラベーコンのピザとハワイアンピザのハーフ&ハーフ

 よし、ピザを頼もう!


 何となく、そう思い立ったのは午前1時が少し過ぎたくらいのことだった。

 仕事はまだまだ終わらない。しかし、夕ご飯も食べずにずっとかかりきりだった。ここらで気合を入れなおすためには相応のごちそうを食べるのが最も効果的だろう。

 テンションが上がり、かつ家にいながら食べられるもの。そう、ピザだ。

 私はさっそく電話を掛けることにした。


「お電話ありがとうございます。誠に恐れ入りますが、本日の営業時間は終了いたしました。当店の営業時間は……」


 すでに営業時間外だった。私は憤りを隠しきれぬままにガチャリと電話を切る。

 時間制限なんか設けず、即座にピザを届けに来たらんかい!と理不尽な怒りを抱いていた。


 しかし、完全にピザ腹になってしまった。もう、ピザを食べねば何をする気にもなれない。

 私はルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂に行くことにした。


          ◇


 ルリエーマートのクトゥルフお母さん食堂にやって来た。

「あらぁ、麓郎ちゃん、いらっしゃい。遅くまで、ご苦労さま」

 クトゥルフお母さんがねぎらいの言葉をかけてくれた。

「ねえ、クトゥルフお母さん、ピザってあるかな? 冷凍コーナー?」

 気持ちがはやっていた私はすぐに本題を切り出した。そんな私の様子に少し驚いたのか、クトゥルフお母さんの瞳孔が黄色に変色している。


「ピザなら冷凍のもあるけど、ホットフードのコーナーでも扱っているのよ。

 食べたことがないなら、試してみたらぁ」

 クトゥルフお母さんの言葉は私の予想外のものだった。冷食やむなしかと思っていたので、その言葉は照り注ぐ太陽の光のように私の心を温かく溶かしていく。

「それ、すごく気になります!」

 私は喜び勇んでホットフードコーナーに向かっていった。


 ホットフードの陳列棚を眺める。すでに深夜だからか、メニューはだいぶ少なくなっている。

 しかし、ピザはいくつか残っているようだ。

「この中だったら、どれがお薦めはある?」

 どれにするか迷った私はクトゥルフお母さんに尋ねる。

「そうねぇ、これなんかどうかしら?

 アスパラベーコンとハワイアンのふたつがハーフ&ハーフになっているのよ。

 ふたつの味が楽しめるから、お得じゃないかしらぁ」


 せっかくのクトゥルフお母さんのお薦めであったが、若干の拒絶感があった。

「ハワイアンかぁ。パイナップルの乗ったピザでしょ。メインの食事に果物が入っているのって受け付けないんですよね。

 酢豚にパイナップルは苦手だし、リンゴや蜜柑の入ったサラダも食べられないし……」

 ハワイアンは食べたことがないが、苦手な味だろうことが想像できた。

 すると、クトゥルフお母さんはニコニコと笑顔になった。

「あらぁ、食べたことがないのねぇ。だったら、なおのことお薦めするわぁ」


 クトゥルフお母さんの笑顔には逆らうことができない。

 私はアスパラベーコンのピザとハワイアンピザのハーフ&ハーフを購入して、家路に向かった。


          ◇


 ピザに合う飲み物はなんだろう。それはもちろんビールだ。

 とはいえ、今は仕事の休憩中なので、ノンアルコールのビールを飲むことにした。以前呑んだノンアルコールのレモンサワーが美味しかったので、これも試してみたかったのだ。


 プシュッ


 缶を開けると、ゴクゴクッと一気に口に流し込む。

 うん。炭酸は心地よいが、どうもにおいがおかしい。どぶ川のような、腐ったような、変なにおいがする。有り体に言って美味しくはない。

 仕方がないので、一気に飲み干すことにする。


 仕切りなおして、別の飲み物を考える。ピザはアメリカ料理なので、コーラがいいだろう。

 グラスを取り出すと、ウィスキーを注ぎ、コーラで割る。うん、美味しい。

 ウィスキーの苦みと香りが混ざっているが、ピザに相応しい飲み物ができた。酔えるし、言うことはない。


 それでは、ピザを食べることにしよう。

 ピザは紙でできた箱に入っていた。宅配ピザを思い起こさせるいい演出といえよう。

 箱を開けようとした瞬間、まだまだ温かいことがわかる。お店からテイクアウトしてそのまま食べらるのは実に嬉しい。

 冷凍食品を温めて食べるのよりも趣がある。


 二種類あるが、まずはアスパラベーコンのピザを食べることにした。

 チーズがたっぷり乗っており、その下にアスパラとベーコン、それにコーンがまぶされている。さらにその下にはトマトソースだ。


 ピザの中から一切れを取り出す。手づかみで簡単に切り取れるのもよい。

 一口齧ると、まずチーズの味わいが強い。濃厚で味わい深く、トローリとした食感が口の中に広がる。それでいて、ほかの食材の邪魔にはなっておらず、アスパラのシャキシャキとした食感、春を感じさせるような温かい風味、ベーコンの肉の旨味と燻製の香りを同時に楽しむことができる。

 生地の味わいも確かで、チーズ、アスパラ、ベーコン、トマトソースの味わいをしっかりと受け止めつつ、ふっくらとしたパン生地の食感とカリカリしたクリスピーのような食感を両立している。


 もう一口食べてみる。今度はアスパラの香りとベーコンの風味を強く感じた。

 そして、その芯にあるのがトマトソースだということもわかる。甘みと酸味、そしてほどよく効いた塩味とトマトの独特な味わいがアスパラとベーコンをひとつにしている。

 アスパラもベーコンもしっかりとした歯ごたえがあるが、いざ噛み砕こうとすると瞬時に分子レベルに分解されたかと思うような柔らかさを見せる。


 イタリアでは耳は残すようだが、正直、この耳の部分が好きだ。パキパキとした歯ごたえも楽しいし、こんがり焼けた小麦の風味はそれだけでも味わい深いものだ。

 イタリア人は本場アメリカを見習って耳を食べるようにしてください。


 そして、やはり感じるのはピザのもつ不思議な魅力だ。

 たった一切れ食べただけなのにまるでパーティーに参加したような高揚感を得られる。実にテンションが上がる。

 素晴らしい食べ物だ。


 続いてハワイアンピザに手を付ける。

 目につくのはやはり散りばめられたパイナップルだ。その下にはベーコンや謎の肉がゴロゴロしており、ベースの味付けは先ほどのピザと同じくトマトソースのようだった。


 いや、これ、本当に美味しいのか?

 はなはだ疑問であるが、恐る恐る口元に運ぶ。


 パイナップルは濃厚な甘さがあり、酸味は控えめ、しょっぱい味付けだが決して違和感はない。甘さとしょっぱさが両立しているし、それでいて両者が引き立て合った新しい感覚がある。まあ、悪くはないんじゃないの。

 ベーコンはさっきのピザより薄く切られて、控えめな味わいだが、パイナップルを邪魔していなくていい。謎の肉はゴロッとした食感で、肉を食べた満足感を感じさせる。

 トマトソースもちょっと味付けが変わっているようだ。パイナップルを引き立てるためか、酸味と風味が抑えられており、味付けはやや弱い。


 思ったほどの衝撃はなかったが、まあまあ美味いんじゃねーのという感想を超えてはいない。

 まあ、こんもんなんじゃないの、って感じだ。

 せっかくだから、もう一切れ食べてみよう。まあまあな美味しさだ。

 ついでに三切れ目。うん、美味いよ、美味いんだけどね。

 ちょっと物足りないので、もう一切れも食べる。うん、こんな味だよね。

 で、もう一切れ、って、あれ? もうないぞ。もっと食べたいのに。


 気づいたらハワイアンピザはなくなっていた。まるで時間でも操作されたかのようだった。気づかないうちに味の虜になっていたのか、ピザに込められた魔力が時間を操ったのか。

 どちらかは判別がつかないが、まだまだハワイアンピザを食べていたい気持ちは変わらない。あーあ、美味しかったのに。


          ◇


 ハワイアンピザを食べ終わったので、アスパラベーコンのピザに再び手を付け始めた。

 しかし、不思議なことにピザを右手で持った瞬間、そのピザはバラバラに砕けてしまった。そして、私の右腕に吸い込まれるかのように一体になっていく。

 いつの間にか、私の右腕が変色していた。アスパラの色のように緑色になり、その形状もドロドロと溶け、ヌルヌルとうごめく触手のような姿になっていた。

 触手は残りのピザに手をかけると、先ほどと同じように吸収する。


 恐れおののいた私は左腕にも目をやった。

 やはり触手のような形状になっており、右腕よりも活発に蠢いている。こちらは緑というよりも黄色というか黄土色のように変色している。

 さらに、まるで巨大な片翼を形作るかのように、肩から新たな触手が生み出されようとしていた。

 それは右腕も同様だった。私の両肩から禍々しい奇形ともいえる翼が生え出ているのだ。


 これはもしや、と思い至ることがある。

 東南アジアの最果ての地、サン高原プラトゥにて、人類ならぬチョーチョー人たちが崇拝するという忌まわしき双神、ロイガーとツァールだ。ロイガーには自分自身や他者を分子レベルにまで分解する能力があり、ツァールは謎に包まれているがヨグ=ソトホースから色濃く受け継いだ時間に関わる能力があるとされている。

 謎に包まれた双子の神として知られるものどもだが、ひとつだけ私にも知っていることがある。それは双子神の別名「星間を渡るもの」。

 その別名が特徴を指しているならば、私は遥か彼方の宇宙の果てへ飛ばされるのではないだろうか。


 そう思った瞬間、私の考えが伝わったのか、両翼がただ一度羽ばたいた。そして、次の瞬間には宇宙空間にまで到達していた。

 私に残された身体が気圧の変化で膨張していくのがわかる。宇宙空間は寒く、徐々に体温が失われていっている。

 そして、空気もない。呼吸は止めるしかない。そう思い、必死で息を止めた。すると、胸の辺りが急激に苦しくなり始めた。


 がぼっ


 声にならない悲鳴が上がる。何かが起きた。胸の苦しみは強烈な痛みに変わった。肺が破裂したのか? 息を止めたことで 肺に空気が溜まり過ぎたせいか?

 あまりの苦痛に私の意識が薄くなっていく。

 だが、大丈夫だ。私の全身が触手のような姿に変わりつつある。

 私が死ぬより先に、私はロイガーとツァールに……。

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