第50話再び帝国軍

 それから、三ヶ月が経ち5月になった。

 教会は坑道の入り口を監視しているが、あれ以来全く人の出入りは確認できていない。アルテオやリベルは、転送装置について過去の文献などを調べていたが特に目新しい発見は無かった。

 そんな時リベルが、アルテオ城に呼び出される。

「帝国が動いたぞ」

「え、どこですか」

「ルドルス王国だ」

 アルテオの答えにリベルは少し戸惑う。攻めるならば一つの国に集中すべきだろう、三ヶ国を相手にするのはどう考えても効率が悪い。

「どうしてルドルス王国何でしょうね」

「分からんな、力を計るためか」

 アルテオも答えたものの腑に落ちていない。


 その日のうちに、リベルはラウラの案内でルドルス王国と帝国との国境近くにある山の上にやってきた。

「ここを拠点にするのでアルテオ城からの輸送をお願いします」

「分かりました」

 以前から目を付けていたのか、かなり広いが山に囲まれて周囲からは見えなくなっている場所であった。そして、数百メートルも行けば布陣しているルドルス王国軍の様子もうかがえる。

 リベルは何度も往復して、荷物や人を運ぶ。

「随分大人数ですね」

 たくさんのテントが建てられ、50人ほどの人たちが忙しく動き回って準備をしている。

「すまんな、おかげで万全な体制が取れる」

 リベルはアルテオに続いて藪を進み、見晴らしの良い場所に出る。500mも離れていない所に国境を守るルドルス王国軍が見えた。

 ルドルス王国から帝国へ南北に繋がる中央街道は広く、以前は多くの物資や人々が行きかっていたが、6年前にラジャルハン帝国が中央山脈以北を手中に収めて以来、ルドルス王国は国境を封鎖していた。

 国境をふさぐために300mに渡って高さ3mほどの石垣を築き、その前には二重の堀と柵で、北からの侵攻に備えている。

 石垣の内側には、多くの兵たちが帝国との戦いに向けて忙しく準備している様子がよく見えた。

「ここ、丸見えですけど大丈夫なんですか」

「大丈夫だ、魔法でカモフラージュしているからな」

 遠く北の方を眺めてみるがまだ帝国軍の姿は見えていない。

「いつ頃ですか」

「二、三週間はかかるだろうな」


 リベルはオルト共和国軍へ戻って、ブレット中尉と共にグレゴリー少将へ面会にやってきた。

「グレゴリー隊長、帝国の動きは把握されてますか」

「ん、誰に聞いた」

 グレゴリー少将は机から顔を上げてリベルに聞く。

「アルテオさんです」

「エラル王国軍はどうしてる」

「ルドルス王国軍の近くに情報収集のための拠点を作りました」

「そうか、トラブルにならないよう確認しておくか。リベル案内しろ」

 リベルは直ぐに、グレゴリー少将とブレット中尉を連れて、オルト共和国軍が拠点とする場所より高い、中央山脈から連なる尾根に空間移動を行った。

「おー、どこだ」、「高いな」

 グレゴリー少将とブレット中尉は、急に変わった景色に戸惑ってキョロキョロしている。北の方を見ると、人家の無い荒れ果てた大地の中を中央街道が遠くまで伸びていた。

「あそこがオルト共和国軍の拠点です」

 かなり離れているが動き回っている人の姿が見える。

「ほー、あんなところに」

「どうします、挨拶しておきますか」

「うむ、いきなりはまずいから、面会の打診をしておいてくれ」

「分かりました」

 リベルは二人を軍に連れ戻った後、オルト共和国軍の拠点を作るための調査員を送って行った。


 それから四日後、エラル王国軍から西に少し離れた山中にオルト共和国軍も調査のための拠点を作った。

 リベルは、グレゴリー少将を伴ってエラル王国軍の拠点を訪れた。アルテオが出迎える。

「アルテオ閣下、お久しぶりです。グレゴリーです」

「グレゴリー殿は情報隊であったな」

「はい」

「この戦いどう思う」

 グレゴリー少将は少し考えてから、

「閣下には失礼かと思いますが率直に申し上げますと、ルドルス王国軍は我ら同盟三ヶ国で最強でしょう。ここを攻める理由がよく分かりません」

「ふん、ルドルス王国が最強かは置いておいても、昨年一定のダメージを与えたオルトを攻める方が理にかなっているな」

 グレゴリー少将は頷きながら聞いている。

「ルドルス王国とっての懸念点は、ギレスベルガー家とユリウス王子ですが」

「あれからアルベルヒは姿を消している。アルベルヒがいなければ大した脅威にはならないだろう」

「ユリウス王子が帝国と通じている可能性についてはどうでしょう」

「さすがにそれは無いだろう。王子は為政者としての力量は不足しているが、国土が帝国に蹂躙されるのは許せないだろう」

「アルベルヒが帝国に加担する可能性についてはどう考えます」

「奴の目的が分からんから、何とも言えんな」

「やはり、我々にとってはこの戦いよりもアルベルヒを見つけることが重要ですね」

「そうだな」

 アルテオとグレゴリーはその後、エラル王国軍とオルト共和国軍の偵察活動で不測の事態が起こらないよう、いくつかの取り決めをした。


 それから、二週間ほど経過してリベルはアルテオ城に呼び出される。

「リベル、いよいよ始まるぞ」

 リベルは、アルテオやグローリアなどの主要メンバーを連れて、帝国との国境に作った拠点へ向かった。

 リベルは、アルテオたちの後ろについて見晴らしの良い場所まで移動する。

 遠くに帝国軍が見える。まず目についたのは大きな壁のようなもので、それが軍隊の整列している後ろの方に見えている。移動式だろうかそれが数台あって、壁の高さは前にいる人の三倍はありそうだ。

「あれはなんでしょう」

「投石機のようだ。盾に隠れて見えないがな」

 ルドルス王国軍の魔法に対応するため、投石機の前面に大きな盾を付けているようだ。

「十万ぐらいでしょうか」

「そうだな。だが、いくつかの都市で増援の準備をしているようだから、最終的には倍ぐらいになるかもしれん」

 視線を移して見下ろすようにルドルス王国軍を見てみると、300mに渡って築かれた石垣の上には魔法使いと弓兵がずらりと並んでいる。魔法使いだけで100人以上はいると思われた。

「さすが、魔法使いが多いですね」

「魔法使いが一万人以上いるらしいからな」

 それ以外にも櫓の上や、山を削って平坦にした場所がいくつかあって多くの弓兵が整列していた。

 どらの音と共に帝国軍がゆっくりと進軍を開始した。

 帝国軍は、高さ5m、幅20mにもなる大きな盾のついた投石機を6台も前面並べてに進んできた。盾には鉄板が張りつけられていて、歩兵はその後ろに隠れて進んでいる。

 投石機は堀の手前、ルドルス王国軍とは100mほど離れて停止した。後方からは盾に隠れるようにして人員や物資が運ばれている。

 それを見て、ルドルス王国軍からはバリスタによる攻撃と、魔法による攻撃が始まった。

 バリスタは、数人で操作する据え置き型のクロスボウで、300m以上の射程を持つ強力な兵器だが、鉄板の張られた盾を破ることはできていない。また、ファイアボールやアイスランスなどの魔法攻撃も距離が離れているためほとんど効果は無い様だ。このためルドルス王国軍は、盾の後ろにいる兵を目掛けて、矢を山なりに放ち始めた。

 絶え間なく降り注ぐ矢によって、帝国軍に多少の被害は出ているが、やがて、帝国軍の投石機が動き始め王国軍へ向けての投石が始まった。

 王国軍の築いた石垣に向かって来る石は、魔法使いたちがフィジカルシールドを張って防いでいる。石垣を超えて後方へ飛んでくるものは無視していた。

 一時間ほど攻撃が続いたと思うと、数時間後に再開と言ったように断続的に戦いは起こっているが双方ともに大きなダメージは無かった。

「帝国軍はこのまま続けるんでしょうか」

 しばらく様子を見ていたリベルがアルテオに聞く。

「こういった戦いだと、自慢の騎馬兵も出番が無いからなあ」

 三日ほど様子を見ていたが戦況に変化がないため、リベルとアルテオは帰って行った。


 それから二週間が過ぎた。

 戦いは大きくは変わっていないが、帝国軍が犠牲を出しながら少しずつ前進して、一番外側の馬防柵と外側の堀は埋めて、投石機は王国軍と60mのところまで迫っていた。

 リベルはほぼ毎日、オルト共和国軍とエラル王国軍の偵察拠点へ物資や人員の移動を行っていた。


 そんな時、時空魔法のレベルが9となり、新しい魔法『マジックリポジトリ』を覚えた。

(お、この魔法は・・・)

 リベルは新しい魔法を試してみるため、ダリオの家にやってきていた。

「兄貴、何やってるんすか」

 地下室で作業しているリベルの元へダリオが下りてきた。

「おう、ちょうど良かった。ついてこい」

 地下室にはいくつか部屋があって食料などを貯蔵していたが、リベルは奥の扉を開けて中に入る。

 その部屋には何もなく、奥にもう一つ別のドアが付いているだけだった。

「え?、こんなとこにドアなんてあったっけ」

「ダリオ、その扉を開けてみろ」

 リベルに促されて恐る恐るダリオが扉を開けると、見たこともない部屋がその先にあった。

「暑っつ」

 ダリオは熱気に包まれて驚く。

「いくぞ」

 リベルは戸惑っているダリオを促して部屋に入ると、その先の扉を開けて先に進む。

 扉の先は広いリビングに繋がっていた。

「ここどこっすか、ここ人んちじゃないんですか」

 リベルの後をダリオが恐る恐るついてくる。そして別の扉を開けると外に海が広がっていた。

「うわ、ひょっとして」

 ダリオが景色を見て驚いている。

「これが新しい魔法っすか」

「俺が行ったところであればどこへでも繋がる。そして、ドアは四方の壁に一つずつ設置できるので四ケ所どこへでも繋がる」

「これは凄いっすね、俺いつでもここに来れるんですね」

「凄いんだが、勝手にいろんなところに繋ぐと問題が起こりそうだ」

「そうすか、誰でも色んなところに行けるんなら、ものすごく便利じゃないんすか」

「今は戦争中だしな、国を跨ぐと問題が起こりそうだ。明日、エドガーさんに相談してみるぞ。ダリオ、お前もついてこい」

「分かったっす」


 翌日、リベルとダリオはエドガーの店にやってきたが、エドガーは商業組合の本部に出かけており不在であったため、リベルは空間移動でダリオと共に商業組合の本部にやってきた。

 一階でしばらく待っていると、エドガーが階段を下りてきた。

「リベルさんどうしたんです」

「ちょっと相談がありまして」

 リベルはエドガーに新しい魔法について説明を行った。

「ほう、それは凄い魔法ですが、どう取り扱いますか・・・」

 エドガーは目を輝かせながら聞いていたが、やがて考え込む。

「このような状況ですし、誰でも無制限に使う事は難しいですよね」

「マジックバッグと同様にしましょう。ただし、売り先は国に限りますね」

「分かりました」

「それと、マジックリポジトリも、マジックバッグと同様に魔石での維持が可能と思われます。まずはその確認をさせていただきますか」

「そう言うと思って、こいつを連れてきました」

 リベルはそう言ってダリオを紹介する。

「ダリオです。一度会ってるんですが、随分前に」

「あーそういえば。マジックバッグを始めて見せてもらった時ですね。二年ぐらい前かな?」

「あ、そうです」

 ダリオはエドガーにダリオの家への行き方を説明した。

「毎日は行けませんから少し時間がかかるかもしれません」

「慎重に進めた方がいいでしょうから、時間をかけてよく考えてから世に出しましょう」

 エドガーと別れてリベルとダリオは商業組合の外に向かって歩いていたが、リベルが立ち止まる。

「あ、そうだ。お前も商業組合に登録しておくか」

「登録っすか?」

「そうだ、俺もいない時が多いし、エドガーさんとのやり取りで必要になることもあるだろう」

 リベルは開いているカウンターに行ってダリオの商業組合への登録を行った。

「おー、これで俺も商人か」

 嬉しそうにカードを眺めているダリオに、

「不正とかしたら直ぐに失効されるからな、気を付けろよ」

「分かったっす」

 話をしながらリベルとダリオは商業組合の本部から外に出ると、外の中央広場にはたくさんの人が行きかっていた。

「兄貴、ここ久しぶりっすね」

「そうだな」

 買い物などで出かけるのは、狩猟組合の南支部あたりが中心でオルトセンの中心にある大広場に来ることはあまりない。

「初めてここに来た時、教会に俺を捨てようとしましたもんね」

「ハハハ、そうだな」

 広場で一際は高い建物である教会を見上げながら話をしている。

(そういえば、ジュディエットさんはここに居るんだっけ)

「ダリオ、教会に入るぞ」

「え、捨てるつもりっすか」

 リベルはダリオの方をちらっと見て、笑いながら教会に向かって歩いて行く。

 リベルとダリオが教会に入ってみると、中はがらんとしてひんやりとしていた。

 リベルは、祭壇の方にいた中年の修道女に声をかける。

「すいません。ジュディエットさんはいらっしゃいますか」

「失礼ですが、あなたは?」

 修道女は顔を上げて聞いてくる。

「私は、オルト共和国軍のリベルと申します。ジュディエットさんとはわが軍と協力関係にありまして」

「そうですか、少々お待ちください」

 修道女は祭壇の横の扉を開けて出て行った。

「ジュディエットって誰です。何の用すか」

「ジュディエットさんはな、メチャメチャ美人だぞ。教会に置いておくのはもったいない。昔サレトにいた時は聖女と呼ばれてて皆の憧れだった」

「兄貴、狙ってるんすか」

「まあ、そこまでじゃない。少し仲良くしたいだけだな」

 リベルとダリオがそんな話をしているところへジュディエットがやってきた。

「リベルさん。何かご用ですか」

「いや、その、あれからアルベルヒの探索に進展はあったかと思いまして」

「進展があった場合の連絡は、エラル王国経由で伝わることになってましたよね」

「ええ、まあ、そうなんですけど。近くに来たもんですから・・・」

「教会では今も引き続き坑道の監視をしています。もし、怪しい者たちを見つけたら私の方に連絡が入ることになってますが、あれから何もありませんね」

「なるほど、そうですか」

 ジュディエットの淡々とした対応に会話が続かない。

「ほかにご用が無ければ、これにて」

 ジュディエットはさっさと戻って行った。


 リベルとダリオは教会を後にする。

「兄貴、全然じゃないっすか」

「うん、いつもあんな感じなんだよなあ」

「諦めた方がいいんじゃないっすか」

「うーん、話が出来ただけでも・・・」

「そう言えば、怪しい者を見つけたら連絡が入るって言ってましたけど、若いのにかなりの地位なんすか」

「魔法で痕跡を辿るんだ。怪しい者を見つけたら彼女が追跡する」

「へー、そんな魔法もあるんすねえ」

 二人はそんな話をしながら帰っていった。

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