第38話西砦
西砦の一番上の部屋、西砦を任されたブライアン大佐が座っている前に、副官であるウォルター中佐が立っている。
「大佐、あちこちから食料を心配する声が上がっています」
「毎日イモばっかりだからな。無理もない」
「何と答えましょうか」
「そうだな・・・」
二人が話しているところへ兵士が入ってくる。
「前線司令部、モーガン中将より命令が届きました」
前線司令部と西砦、東砦には通信の魔道具で会話できるようになっている。
聞き取った内容が書かれている紙をブライアン大佐は見ている。
「9日後に総攻撃と決まった。小隊長会議を開け」
「ついに来ましたか、了解」
ウォルター中佐はにやりと笑って部屋を出て行った。
当日開かれた小隊長会議で、総攻撃の命令が告げられその手順を確認した。情報漏洩を恐れて兵士には直前まで秘密にする事と、総攻撃のカギとなる魔法使いの温存が決められた。
魔法使いを温存したため、それからの6日間の攻防は厳しくなって300名ほどの死者を出し、生き残った者たちも疲弊していた。
この戦いで、ジェイクの分隊でもジェイソンが死亡し、他の者もケガを治療する間もなく戦い続けて疲れ果ていた。
「何とか生き延びたな」
ジェイク分隊のハロルドは、隣で壁にもたれて座っているグレンに話しかける。茶色い軍服には自分の物か、相手の物かわからない血がたくさんこびり付いていた。
グレンは震える指で胸ポケットを開け、中から煙草を取り出すと火をつける。
「お、まだ持ってたのか」
「ああ、最後の一本だ。今吸わないと吸わずに終わりそうだからな」
グレンは深く吸い込むとハロルドに渡す。
ハロルドは渡された煙草を一口吸うとグレンに聞く。
「後、貰っていいか」グレンは目を閉じたまま無言で手を上げ了解を示す。
ハロルドは、立ち上がってジェイクの隣まで行って座る。
「分隊長」
「ああ、すまない」
ジェイクは差し出された煙草を見て微笑み、一口吸うとハロルドに返す。
「また、助けられましたね」
ハロルドが声をかけると、ジェイクは黙って笑っている。
ハロルドは生き残った者たちに煙草を回すため立ち去って行った。
その時、砦の南の方で騒がしい兵士たちの声が聞こえてきた。
(なんだ、また敵襲か)
ジェイクは重い体を起こして見るがよく見えない。しばらくして、緑色の制服を着た兵士が他の兵士に囲まれながら現れて砦に駆け込んで行くのがちらりと見えた。
(ん、あの制服は補給隊か、一人で何しに?)
ジェイクは再び座り込んで壁に背を持たれた。
「本当に来たな!、お前がリベルか」
「はい、補給物資を持ってきましたので倉庫に案内してください」
「分かった、付いてこい」
ブライアン大佐は早足で階段を地下へ下りて行く。その後ろを副長とリベルが追いかけた。
「これが、食糧庫?」
広い部屋はがらんとしていて何もなかった。隅の方にわずかに袋が積んであるだけだ。直ぐに、 リベルは背負っていた袋を降ろすと、食料を次々と取り出していく。
「お、マジックバッグだな。どんどん出てくる」
エドガーが軍にマジックバッグを納めているため、将校クラスには知られている。
待機していた兵士がリベルの出した荷物をすぐに運び出していく。
「それでは、追加の物資を持ってきますのでしばらくお待ちください」
リベルはそう言うと、前線司令部の倉庫へ空間移動で戻った。
突然現れたリベルに周りの者は驚く。
「もう届けたのか」
「はい、次の準備はできていますか」
前線司令部での補給責任者である、ローランド大佐が出迎える。
「西砦と、東砦、そして参謀本部に伝えろ、作戦成功。総攻撃は中止だ」
この瞬間、その場の緊張が解け、安どの空気が流れた。
リベルが、半径1mの円の中に入ると三人の男がその中に入り大きな荷物が隙間なく置かれていく。
「それでは行ってきます」
そう言って、空間移動で西砦の倉庫へ移動した。
「おわっ」、「わっ」
リベルと三人の男と共に大きな荷物が目の前に現れたので兵士たちは驚く。
「補給隊のグレイグです。我々三人で補給品のリストアップをしますので関係者を集めてください」
「分かった、ウォルター」
ブライアン大佐がそう言うとウォルター中佐は直ぐに出て言った。
「それと、急ぎは魔法使いの補充ですね」
「ああそうだ」
リベルは三人の補給隊員を残して前線司令部に戻ると魔法使いを連れてくる。何度も往復して200名ほどの魔法使いを連れてきて、代わりに疲弊した魔法使い30名を連れて帰った。
壁際で休んでいたジェイクの耳に歓声が聞こえてきた。立ち上がって見てみると砦の入り口から赤銅色の軍服を着た魔法使いたちがぞろぞろと出て来ている。ざっと見た感じ50名ほどで、ほとんどが女性だ。
(どうしたんだろ、あんなにたくさん)
「ジェイク」
声をかけられて振り向くと小隊長が立っていた。
「物資と、魔法使いの補充が出来た。なんと、200名らしいぞ。交代で立つそうだから楽になるぞ」
「本当ですか」
(さっきの補給隊員だろうか)
「それと、教会の治療部隊も来たから交代で治療に行け」
「はい、分かりました」
ジェイクは部下たちにその事を伝えて治療に向かわせた。
その日の食堂は活気にあふれていた。ジェイクの分隊もいつものように同じテーブルで食事を始めたが、6人いた部下は4人になっている。
「うお、肉だ。何日ぶりだろ」
「このパンもうまいぞ」
テーブルには骨付きの肉、パンにスープなどが並んでおり、夢中で頬張っている。
「分隊長、何とか生き残りましたね」
「そうだな、本当にぎりぎりだった」
「それにしてもどうやって補給したんでしょう。周りは囲まれているうえに、ワイバーンの補給部隊は初っ端で壊滅しましたからね」
危機を乗り越えた部下たちは、舞い上がり饒舌になっていた。
リベルは翌日、東砦にも行って緊急の食料と魔法使いの補充を行った。
それから一週間、毎日魔力切れになる寸前まで輸送を行って、ようやく当面の補給は完了した。
「お疲れだったな。明日からは午前と午後、一回ずつでいい」
「はい、了解しました」
リベルは今の上官である、グレイグ中尉に返事をする。
西砦と、東砦に200名ずつの魔法使いを配備し、交代で常時50名ほどが壁際で警備している。急な上り坂をよじ登る敵兵を見つけたら即、土魔法で岩を作って落としたり、ファイアボールを打ち込んだりするため、砦を登って攻めて来ることは困難になった。このため、一般兵は、上空のワイバーンのみに警戒するだけで良くなり随分と暇になっていた。
翌日リベルは、西砦の最後の輸送を終わると、西砦の責任者であるブライアン大佐の下に報告に行く。
「本日の輸送終わりました」
「そうか、ご苦労だったな」
「あの、一つお願いがあるのですが」
「なんだ、言ってみろ」
「敵の様子を見てみたいのですが」
「ダメだ、それはできん。お前は頼みの綱だ。危険にさらすわけにはいかん」
「そうですか」
ブライアン大佐は、残念そうなリベルを見て、
「その代わりに、砦の中を見学させてやろう。ウォルター」
「了解」
ウォルター中佐についてリベルは部屋を出て行く。
「すいません、副長殿に案内などさせてしまって」
「ああ、気にしないでいいよ、雑用は全部私に回ってくるんだから」
金髪で細身のウォルター中佐は気さくな笑顔で答える。
「ここが、通信室」
二人の兵士が椅子に座って暇そうにしている。
「前線司令部と東砦とつながっている。見ての通り暇な部署だ」
それを聞いた二人の兵士は、急に机に向って何かを書き始めた。ウォルター中佐はその様子を笑いながら見ている。
「ここが食堂」
広い部屋にたくさんのテーブルが置かれ、二割程度しか埋まっていないがそれでも百人以上が食事している。将校用の食堂は別なので副長が入ってきて一斉に注目を浴びた。入口近くの兵士は食事を中断して立ち上がる。
「あ、そのまま、そのまま、ちょっと案内しているだけだから」
ウォルター中佐のその言葉で隣にいるリベルが注目を浴びる。
「リベル!」
少し離れた所から声がかかる。リベルがそっちを向くと、
ジェイクが笑いながら近づいてくる。
「お、こんなところで、リベルか?」
(何か、聞き覚えがあるセリフだな)
「やっぱり、俺の知ってるジェイクだったか」
二人は笑いあってハグをする。リベルは胸板の厚くなっているジェイクに時の流れを感じる。
「知り合いか?」
「はい、昔一緒にパーティを。ジェイクの女の件で崩壊しましたけど」
「おい、やめろ」
「じゃあ、案内はここまでにするよ」
ウォルター中佐は笑いながら帰って行った。
「何年ぶりかな?」
「4年ぐらいだな」
リベルとジェイクはそう言いながら椅子に座る。
「軍隊に入ったんだな、いつ」
「まだ半年だな、帝国軍の侵攻に備えて狩猟組合で志願兵の募集があった」
「へえ、偉いな。俺なんかまだ一週間だぞ」
「今回の補給はお前が瞬間移動で?」
リベルは、補給兵の緑の軍服を見ながら聞く。
「瞬間移動も最初使ったが、時空魔法がレベルアップして新たに空間移動という魔法を覚えた。一度行った場所なら瞬時に移動できる」
「ほー、そうなんだな。本当に助かったよ、礼を言う」
「やめろよ、軍の命令に従っただけだから」
「あと一週間遅かったら俺も死んでたかもしてない。本当にやばかった」
「何百人も死んだらしいな」
「ああ、俺の部下も二人死んだ」
「そうか、戦争は過酷だな・・・」
リベルは戦闘を経験していないが、ジェイクの言葉に厳しさを感じていた。
「さっき、入隊して半年と言ってたが、部下がいるのか」
「ああ、レベルが20になってたからな、いきなり軍曹だ」
「へー、凄いな。俺なんかまだレベル10だぞ」
「ところで、何で首に巻いてる」
ジェイクがリベルの青いスカーフを見て聞く。
リベルはスカーフを解いてちらっと首輪を見せるとまたスカーフを結ぶ。
「何だそれは?」
「これは、奴隷の首輪と言ってな、逆らったりすると首が飛ぶ」
「お前奴隷になったのか」
「そうじゃ無いが、逃げないようにと情報隊の偉い人に付けられた」
「そうなのか、じゃ無理やり兵士にされたという事か」
「まあ、そうだな」
「それで兵士は続けるのか」
「分からんが、みんな喜んでくれて役に立っているという実感はある」
リベルは、何にも縛られず自由に生きようと思っていたが、必要とされることへの充実感や喜びも感じていた。
「ところで、ロズとはどうなった」
「ああ、随分前に分かれたよ。もう二年、いや、三年になるかな」
「その後は?」
「多分故郷に帰ったんじゃないかな」
「ふーん。聞いてないのか」
「自分の事はあまりしゃべらなかったからな」
「見た目は良かったが、ちょっと変わってたよな」
「若気の至りだな」
「ハハハハ」、「ハハハハ」
そう言って二人は笑いあう。
「俺はミアと会ったぞ、半年ぐらい前になるが」
「あ、そうなんだ。ルドルス王国か?」
「そうだ、まだ魔術学校に通ってたぞ」
「そうか」
ジェイクはミアの事を思い出しているのか、遠くを見ながらそう答えた。
「僅か四ヶ月ほどだったが、初めてのパーティでみんなに助けられてばかりで、俺にとっては特別だったからなあ」
「悪かったな」
ジェイクはリベルの方を向いて苦笑いしながら言う。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。また会おう」
「おう、またな」
そう言って、リベルとジェイクは別れた。
数日後リベルは、情報隊隊長のグレゴリー少将に呼び出された。
「よくやったリベル。『作戦リベル』は、大成功だったぞ」
グレゴリー少将は上機嫌でニコニコしながら話しかける。
「グレゴリー少将、もうこれ外してもらっていいですよね」
「今逃げられても困るからな、どうするかな」
「逃げませんよ、信用してください」
「まあいいだろう、外してやれ」
グレゴリー少将に同席している憲兵によって首輪が外される。
すっきりとした首周りを確かめるように、リベルが首をぐるぐるとまわしていると、
「お前には、輸送以外にも色々やってほしいことがあるからな、これを付けておけ」
グレゴリー少将はリベルに腕輪を渡そうとするが、
「申し訳ありませんが、こいつでお願いできますか」
そう言ってリベルはバッグから、6番の棒を取り出す。
「何だそれは」
「そのスイッチを押すと、空間移動でここにやってきます」
「私のと変わらんと思うが」
「たくさんつけたくないんです」
グレゴリー少将は棒に書いてある6という数字を見て、
「6番目という事か、5番は誰だ」
(どうしよう。アルテオさんの名前を出していいのだろうか)
リベルが言い淀んでいると、
「言わないのであればこちらで調べる。今話した方がいいと思うが」
グレゴリー少将の口元は笑っているが目は鋭くリベルを見ている。
「分かりました。お話ししますが、他の方には席を外していただきたいのですが」
「じゃあ、こっちへ来い。ロジャー」
グレゴリー少将は席を立つと、傍らに立っていたロジャー大尉のみ連れて隣の部屋に向かった。
応接室らしいソファーにグレゴリー少将とリベルは向かい合って座る。ロジャー大尉はグレゴリー少将の後ろに立っている。
「アルテオ城です」
「何!、エラル王国のか」
予想外の答えにグレゴリー少将とロジャー大尉は驚く。
「誰と会う」
「窓口はカタリナさんていう方なんですけど、アルテオさんと会うためですね」
「何だと!、アルテオ卿と知り合いなのか」
「まあ、そうですね。なんとなく成り行きで」
「なんだ、詳しく話せ」
リベルは、ラットキンの襲撃から始まった、一連の経緯について話す。
「ロジャー、知ってたか?」
「ラットキンへの襲撃やリザードマンの話は知っていますが、後の話は」
二人は知らない情報が次々と出て来て混乱しているのかしばらく沈黙する。
「色々と興味深い話だったが、一番気になるのは魔人の指輪だな」
「こちらでも、指輪の所在を確認しますか」
「そうだな・・・」
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