第39話ゾルトン
それから一か月後の前線司令部。情報隊のロジャー大尉が訪ねて来た。
「モーガン中将、状況はどうですか」
「ここ二週間は、敵の攻撃もなく。にらみ合ったままだな」
砦に多くの魔法使いを配備したことで、砦への攻撃はことごとく潰されており、帝国軍は砦への攻撃を中断していた。
国境への攻撃も何度か仕掛けてきたが、狭い道で縦に伸びた隊列に向かって、山腹や矢倉の上に配置された多数の弓兵や、魔法使いたちが攻撃を加えてくるのですぐに崩されて撤退していった。
「持久戦ですか」
「過去三度の攻撃でも全く歯が立たなかった。それと厄介なのがワイバーンだ。上空からこちらの動きが丸見えで奇襲もかけられん。じっとしている以外には今のところ手はない」
「少し、後方かく乱して見ようと思うのですが、十名ほどの弓兵を貸していただけますか」
「グレゴリーの指示か」
「まあ、そうですね」
モーガン中将は、苦笑いをしながらロジャー大尉の方を見る。
「いいだろう、どうやる」
「先ほどのワイバーンですが、少し離れた高い岩山の上にいます。岩山は急峻で登るのは容易ではありませんので、守備兵は岩山の下に配置しており、岩山の上は手薄になっています。リベルを使って岩山の上へ移動しワイバーンを仕留めます」
「奴は、砦への補給の要となっている。危険を冒すリスクは避けたいが」
「大丈夫です。リベルは運ぶだけで、後はこっちでやりますから」
「分かった、任せよう」
リベルは山の中腹、藪の中に身を潜めている。隣には、黒いフードを被った小柄な女性が望遠鏡を覗いていた。
「あの左手、少し下がったところの岩棚」
女はリベルに望遠鏡を渡す。受け取ったリベルは、藪の中から望遠鏡を突き出して覗いてみる。
「ああ、分かりました」
リベルの隣の女性はアイハと言い、ロジャー大尉の部隊で主に侵入、調査などを担当している。リベルと二人で敵のワイバーン部隊の駐留する岩山を調べている。
「それじゃあ、合図をしたら岩棚まで瞬間移動をして、すぐに戻ってきて」
「分かりました」
アイハは、敵の歩哨などの動きを見ながらタイミングを計っている。
「今!」
リベルは瞬間移動で、先ほど望遠鏡で確認した岩棚に移動してすぐに帰ってきた。
その日の深夜、リベルが前線司令部の近くにあるテントで待っていると、アイハがやってきた。
「それじゃ、行こうか」
二人は空間移動を使って昼間の岩棚までやってきた。
岩棚は、岩山から2mほど下にあり内側に少しえぐれていて奥に入れば上からは見えない。
アイハは、黒づくめの服装で闇に溶け込むと音を立てずに岩山の上へと飛び上がる。足音を立てずに暗闇を動き回って情報収集を行う。
二時間ほどしてアイハは帰ってきた。
これを三日間繰り返した後、ロジャー大尉の部屋にリベルは呼ばれた。部屋には、ロジャー大尉、アイハの他、三人の男が座っていた。
「リベル、紹介しよう。現地で指揮を執るゾルトンだ」
「リベルです」、「ゾルトンだ。よろしく頼む」
ゾルトンは、黒髪にがっちりとした体形で、ニコニコしながら立ち上がって握手を求めてきた。ゾルトンの太く分厚い指はグローブをしているようであった。
「こっちは、ルカウ」
「リベルです」、「ルカウだ」
ルカウは、座ったままでリベルの方を見て短く答える。ルカウは長髪で髭が濃く手の甲も毛でおおわれている。ルカウは狼の獣人ワーウルフであった。
「こっちは、ソダキ」
「リベルです」
ソダキは、ちらっとリベルの方を見て座ったまま小さく頷いた。ソダキは小男で無口なようだ。
十人ほどが座れるテーブルの上に、アイハが調べてきた敵のワイバーン部隊がいる岩山の地図が置かれている。
「兵は全部で百名ほど。そのうちの大半はワイバーンの世話係だから、戦闘能力が高いのは二、三十名と思われる」
ロジャー大尉が説明を始める。
「楽勝だな」
ルカウがニヤリとしながらそう答えると、
「今回の目的は、ワイバーンだ。兵はいくら倒しても意味がない」
ゾルトンがそうたしなめる。
「ワイバーンは、飛び立ったら終わりだ。だから短時間でどれだけ倒せるかが今回の作戦の肝だな」
ロジャー大尉がそう言って説明を加える。
その後、細かく作戦の段取りを確認していった。
作戦決行の日。リベルは、ゾルトン、ルカウ、ソダキ、アイハの四人を連れて岩棚へ瞬間移動した。
岩山の上の平坦となっている中央部分に、ワイバーンを囲むように数十のテントが円環状に張られている。夜間は十人ほどの歩哨がたいまつを手に周囲を警戒して巡回していた。
ソダキ、アイハが音もなく岩棚から上がり、近くにいた歩哨を音もなく仕留めると、テントから100mほど離れた岩陰に五人は移動する。次にリベルは、前線司令部を二往復して弓兵十名を連れてきた。
ソダキ、アイハが周りを確認しながら一つのテントに入って中にいた五人の兵士を始末し、全員でそのテントの中に入る。この間、打ち合わせ通りで全員無言であった。
ゾルトンの合図で、弓兵がテントから一斉に飛び出してワイバーンを毒矢で射る。
『ギヤー』、『ギャ、ギャ』
ワイバーンたちは大きな鳴き声を上げて、羽をばたつかせて暴れ始めた。それに驚いてテントから敵が出てくる。
「やるぞ」
ゾルトンがそう言うと、ルカウ、ソダキが飛び出した。
ルカウは、左手に鉤づめを付けており、右手には鋭いとげがたくさんついたモーニングスターを持って敵に向かっていく。あっけにとられている敵が慌てて剣を構える前に、鉤づめで切り裂き、モーニングスターで殴り掛かると、敵の顔はつぶれて返り血を浴びる。
ソダキは、ショートソードと短剣を手にし、素早い動きで次々と敵を倒している。
ゾルトンは、槍を使ってテントを切り裂き、中にいる兵たちを確実に倒していく。
アイハが、リベルのところへ戻ってくる。
「アイハさんは戦わないんですか」
「私は、偵察と、暗殺が仕事。戦闘は彼らの仕事」
そう言ってのんびりと様子を眺めている。
「でも、三人とも凄いですね」
「でしょ、あいつら野生だから」
ルカウは血を浴びるほど動きがよくなって次々と敵に向かっていく。
20頭ほどいたワイバーンの半分はその場で絶命し、5頭ほどは飛び立ったものの毒が効いて落ちて行ったがそれ以外は逃げてしまった。
しばらくして、大暴れしていた三人が帰ってくる。ゾルトンとソダキは涼しい顔をしているが、ルカウは相手の返り血で全身赤く濡れており、まだ興奮しているのか、ぎらついた眼をして肩で息をしている。
「よし、油をまけ」
ゾルトンがそう言うと、十名の弓兵は手分けして、円環状に並んでいるテントに油をかけて回った。
「戻るぞ」
ゾルトンがそう言って火をつけると、リベルは三往復して前線司令部に帰った。
翌日、前線司令部のモーガン中将にロジャー大尉が報告にやってきた。
「ワイバーンは5頭ほど逃げましたが、乗り手や世話係などは全て始末しましたので、当分は大丈夫でしょう」
「よくやった。さすがゾルトンだな」
モーガン中将は笑いながら立ち上がって喜びを表す。
「ワイバーンがいないうちに何をやりますか」
「そうだな、砦のお返しにこっちでも兵糧攻めをやるか」
「いいですね、私の方でも考えてみていいですか」
「頼む。一週間後の作戦会議で検討しよう」
敬礼してロジャー大尉は退室した。
ゾルトンの分隊のテントにリベルが呼ばれてやってきている。ゾルトンの他に、ルカウとソダキが椅子に座っている。
「アイハさんは一緒じゃないんですか」
「あいつは俺の部下じゃない。大尉の別の分隊だ」
ゾルトンとリベルが話をしていると、
「おい、お前の剣見せてみろ」
無口なソダキが声をかけてきてリベルは戸惑うが、
「はい、どうぞ」リベルは持っている刀をソダキに渡す。
ソダキは渡された刀を抜いて見ている。
「これはカタナか?」
「そうです」
「珍しいな、俺に譲ってくれ」
「いや、だめですよ。それ、師匠から貰ったんですから」
「師匠は人間か?」
「いや、ラットキンですよ」
「やっぱりそうか」
「何、ラットキン!」
傍で聞いていたルカウが聞いてくる。
「ええ、三年間修業してたんですが、一年前の襲撃で師匠やその家族まで全員、亡くなってしまいました」
「あの事件の当事者だったのか!」
ゾルトンが聞いてくる。
「そうなんです」
「じゃあ、無理か。じゃあちょっと来い」
ソダキはそう言ってリベルをテントの外に誘う。
二人はテントから出て、人気のいない場所に向かう、ゾルトンとルカウも付いて来る。
「カタナを抜いて、切りかかってこい」
素手のソダキはリベルにそう言う。
「本気でもいいんですか」
「ふん」
リベルがにやにやしながら聞くと、ソダキは鼻で笑う。
リベルは昨日の戦いを見ているので、本気でかかっても敵わないことは分かっている。
リベルは刀を抜いて正眼に構え、上段に振り上げてソダキに切りかかる。ソダキが下がって避けると、リベルは直ぐに切り返して横に払う。やはり実力差がありすぎてかすりもしない。
「ほう、そう来るか」
ソダキは、リベルの剣をよけながら楽しそうにしている。
しばらくして、リベルが刀を振り上げたタイニングで、ソダキは素早くリベルの懐に入って手首をつかんだ。
「中々、面白い動きだったな」
普段、無口で無愛想なソダキがニコニコしている。
「おい、楽しそうだな」
リベルが振り返ってみるとロジャー大尉とアイハがこちらに向かって歩いてきていた。
「次の任務だが、食料を運ぶ荷馬車を襲う。アイハ説明を」
ゾルトンの分隊とリベルを前にアイハが説明する。
「敵は十万もいますので、週一回程度後方から物資を運んでいます。数十キロ離れた場所から運んでいますが、敵の領内では警備が手薄です」
「何人ぐらいだ」
ゾルトンが聞く。
「人足百、兵百といったところです」
「それで」
「ここから、30㎞程行ったところに大きな川があります。木の橋が架かっているんですが、ここに荷馬車が差し掛かった時に橋を落とします」
「なるほど、橋を落とせば、今後の補給も厳しくなるから効果は大きいな」
ゾルトンは顔を上げてにやりと笑う。
リベルたちは、山の中腹から橋を望んでいる。今回も前回と同じように十名の弓兵を含めて前回と同じメンバーで来ていた。
リベルたちのところから橋までは数百メートルの距離があって、橋と大きな川がよく見えた。川幅は100mはありそうで、茶色く濁った水がゆっくりと流れている。
橋はつり橋となっているが、水際は街道より10mほど低くなっているため、街道からつり橋までの前後100mは石垣を土台とした木の橋が続いていて、つり橋につながっている。全体を含めれば300mにもなる大きな橋だ。
「大きい橋ですね」
「大きいが、つり橋部分は狭いから馬車は一台ずつしか通れん。つり橋を落としても全部は無理だな」
リベルとゾルトンが話をしているとアイハがやってきて報告する。
「あと一時間ほどですね」
「よし、配置に付け」
ゾルトンがそう言うと、リベルを残して全員山を下りて行く。
ゾルトン、ルカウ、ソダキは橋の下で待機し、アイハは弓兵たちと共に街道脇の藪に向かった。
しばらくすると街道の先から荷馬車の列が見えてきた。隊列は、前後にそれぞれ30名ほどの兵を付けて残りは荷馬車の傍についている。
(情報通りだな)
リベルは、緊張していたが予定通りの進行に安心した。
そして、先頭の兵たちがつり橋部分を通り過ぎて、荷馬車の先頭がつり橋部分を過ぎようとしたとき、リベルはつり橋の支柱のところまで瞬間移動して片側のロープを切った。
『バン、ガラガラガラ』
「うわ、何だ!」、「ひゃー」
つり橋は、片側に大きく傾いてつり橋の上の荷馬車、人足、兵士たちは全て川に落ちて沈みながら流れて行った。しかし、つり橋に差し掛かっていなかった残り三分の一ほどの荷馬車と兵は向こう岸に残っている。
「かかれー」
つり橋が落ちるのを合図に、藪に隠れていたアイハが弓兵に指示を出すと、隊列の先頭にいた30名程の兵に向かって弓兵が矢を射かけた。逃げ場のない敵兵は橋の上で混乱している。
しばらく矢を射かけた後、ゾルトン、ルカウ、ソダキの三人が橋に上がって兵たちをあっという間にせん滅した。
向こう岸でそれを見ていた兵たちも矢を射かけてくるが、100m以上も離れているため容易には当たらない。
「橋の残りを徹底的に破壊しろ」
ゾルトンがそう言うと、手分けしてつり橋につながっている木の橋を壊していく。リベルも次元切断を使って石垣の橋脚を壊していった。
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