第40話攻勢

 ゾルトンの分隊が敵の輸送隊を攻撃しているころ、二つの砦では投石機の準備を進めていた。敵の物資はいくつかの場所に分かれており、東、西両砦から、4、500m離れた場所にもあった。

 西砦でも、ワイバーンの監視が無くなった隙をついて三台の投石機を組み立てていた。単なる石もあるが、丈夫な布や皮に石を包んで中に油を入れたものもある。

 その日の夜、投石機による攻撃は始まった。火のついた弾が暗闇を照らしながら飛んでいく。

『ドン』

 突然の音と燃え上がるテントに敵兵は慌てている。

 着弾地点を確認しながら食料を狙って投石を続けている。

「また、やった!」

 遠くで燃え広がる火を見ながらルイスがはしゃいでいる。

「お前目がいいな。下で手伝ってきたらどうだ」

 隣で、タバコを吸っているグレンが感心している。

「肝心の食料には当たっているのか」

「うーん、どうでしょう燃え広がっているようですが」

 近くにいたジェイクも気になってルイスに聞く。

「分隊長、ワイバーンがいなくなって大分有利になりましたね」

「そうだな」

 西砦の兵は以前と変わって、のんびりと投石機の攻撃を眺めていた。


 数日後、リベルは腕輪の6を押した。腕輪の6が青く光る。

 しばらくして、腕輪の6が赤に変わったのでリベルは空間移動でグレゴリー少将の部屋に向かった。

「どうした、何の用だ」

 部屋には、グレゴリー少将しかしない。

「敵の食料を奪う作戦ですが、砦からの攻撃があったためか、分散していた物資を敵の本陣近くに集めていて守備を固めています」

「そうだな、容易には手出しできない状況になったが、何か案があるのか」

「その場所に、土の究極魔法メテオを打ち込んで壊滅させるっていうのはどうです」

「そんなものを使える者を知ってるのか?」

「はい」

 リベルはにやりとして頷く。

「まさか、アルテオか?」

 グレゴリー少将の頭に様々な考えや思いが駆け巡る。同盟関係、政治的取引、見返り、参謀本部の考え、自らの地位や権限、情報の秘匿など・・・

 グレゴリー少将はしばらく腕を組んで考えていたが、覚悟が決まったのか顔を上げてリベルに聞く。

「できるのか」

「まあ、だめもとで」

「よし、やってみよう」

「それじゃ早速」

 リベルはそう言って腕輪の5を押す。

「しばらくかかると思いますから、結果は後程報告します」

「分かった、こっちは参謀本部に話を通しておく」

 リベルはそう言って前線司令部に帰って行った。


 翌日、腕輪の5が赤に変わったので、アルテオ城に空間移動で向かった。

「え、どうしたのその服、軍人になったの」

「まあ、そうですね。臨時ですけど」

 カタリナは、リベルの着ているオルト共和国軍の補給隊の軍服を見て聞いた。

「じゃあ、今日は帝国との戦争の話かな」

「さすが、察しがいいですね」

 リベルと、カタリナが話をしている部屋へアルテオが入ってくる。

「お前、軍人になったのか」

「はい」

「随分と長引いているようだな」

「はい、もう三か月以上になります」

「戦争への協力か」

「そうですが、兵ではなくアルテオさんだけ来ていただいて、メテオを一発だけかまして欲しいんです」

「俺に働けっていうのか、見返りは何だ」

 リベルはバッグの中から、木の箱を取り出す。

「パレパネ産の葉巻です」

「ふざけてるのか」

「やっぱりだめですか。では、魔人の指輪を探す協力をするというのはどうでしょう。もちろん見つけたら差し上げます」

「そうだな・・・、まあいいだろう」

 アルテオは少し考えていたが承諾した。

「え、いいんですか」

 カタリナが驚いて答える。

「まあ、こいつに恩を売っておくのも悪くないだろう」

 アルテオはにやりと笑いながらリベルの方を見る。

(悪い顔だなあ、高い買い物だったかも)

 リベルは少し不安を覚えた。

「では、準備が出来ましたらまた呼んでいただけますか」

 リベルが退室しようとすると、

「おい、それは置いてけ」

「え」

 リベルはバッグに戻そうとしていた葉巻の箱を差し出した。

(やっぱり、欲しかったんじゃないか)

 リベルはあきれた顔でアルテオを見るが、アルテオは嬉しそうな顔をして箱を見つめていた。


 前線司令部に現れた、リベルとアルテオを見てモーガン中将は驚く。

「これは、アルテオ閣下。こんなところまでお越しいただきまして恐縮です」

 モーガン中将は立ち上がり慌てて出迎える。部屋に案内しようとするモーガン中将をアルテオは制して、

「すぐにやろう、俺も忙しいんでな」

 リベルは空間移動を使って弓兵たちが守っている山の中腹へアルテオと移動する。

「ここで、どうですか」

「いいだろう、良く見える」

 少し離れているが、本陣の近くに補給物資がたくさん置かれているのが見える。

 早速アルテオは、杖を構えて呪文を唱え始めた。

 すると以前と同じように、上空の雲がオレンジ色に光ったと思うと、空から真っ赤な火の玉が帝国軍へ向けて落ちてくるのが見えた。

 それを見た帝国軍が逃げ惑っており、火の玉が近づくにつれて兵士たちは周囲に逃げて行ったが、荷物はそのまま残されている。

 火の玉が地面に着弾するとまぶしい光と共に衝撃が周りに伝わって、直撃を免れた者たちも吹き飛ばされ千人以上が死亡した。

 その、音と光、そして衝撃は離れているオルト共和国軍にも伝わり兵たちは戦慄した。

「よし、帰るぞ」

 まだ、爆発の余韻が残り、周りの兵士があっけにとられている中、リベルはアルテオをアルテオ城に送り届けた。

「こないだの葉巻どこで買った」

「パレパネ島で買いました」

「成程な、今度連れていけ」

「え、いいですが、何もないですよ」

「構わん。約束だぞ」

 そう言ってアルテオは部屋を出て行った。


 翌日、ラジャルハン帝国軍は撤退を始めた。それを見てオルト共和国軍は全軍で追い打ちを開始し、帝国軍の兵士一万を討ち取ることが出来た。

 オルト共和国軍は前半、一万以上の犠牲を出して苦戦したものの、最終的には、帝国軍にそれ以上の兵を失わせ撤退させることに成功した。


 そしてその三週間後、ラジャルハン帝国の首都ラジャールに、オルト共和国との戦闘で大将を務めたボラート将軍が帰ってきた。

「コラトリアス、報告しろ」

 ラジャルハン帝国の皇帝ガンダーギンが、ボラート将軍の隣に立つコラトリアスに聞く。コラトリアスは戦闘に参加したわけではなく、監察という立場で戦闘に参加したものから聞き取りを行って、情報を事前に整理して賞罰を助言する立場だ。

「当方の被害は、一万四千程。ほぼ歩兵です。それから、失ったワイバーンが十五頭です。兵糧の大半を失って撤退に至っています」

「途中までは順調との報告であったが、なぜこうなった」

「西砦、東砦は兵糧攻めで陥落までもう一息というところでしたが、物資の補給、それから魔法使いの大量補充で砦は持ち直しました」

「包囲していた砦にどうやって補給を行った」

「どうやら魔法のようです」

「物資や、人を移動できる魔法を使っているというのか。何という魔法だ、どうやって使った」

「今のところ、これ以上は何も」

「すぐに調べて報告しろ」

「了解しました」

 ガンダーギンとコラトリアスが話している間、終始無言で立っているボラート将軍に向かってガンダーギンは話しかける。

「兵士たちの不満を解消せねばならんな」

 そう言って、ガンダーギンは背を向ける。

「覚悟はできております」

 部屋から出て行くガンダーギンの背中に向かって、白いものが多くなった歴戦の将軍は静かにそう答えた。

(帝国の英雄を処断するのか)

 コラトリアスは思わず口に出そうになる言葉を飲み込む。


 数日後、戦争の責任を取ってボラート将軍とその副官が処刑され、二人の財産は没収されて一般の兵士たちに分け与えられた。

 戦争に勝っていれば、町や村を略奪することによって兵たちにも報酬があったが、敗戦した場合には報酬がないため不満がたまる。指揮官が責任を取り僅かでも報酬が与えられることで、兵の不満は多少緩和されていた。

 しかし、一方で不満を持つ者もいる。

「何でだ!、今までどれだけ貢献したと思っている」

「おい、声がでかいぞ」

 酒を飲みながらゴーガが大声を出す、正面に座っているハルファン将軍がたしなめている。

「将軍は、親父の弟子みたいなもんでしょう。なんでそんなに冷たいんですか」

 ハルファン将軍は、処刑されたボラート将軍の下で軍の指揮を学んで功績を上げ、将軍にまで上り詰めていた。ボラート将軍の息子であるゴーガは大隊長であった。

「俺だって残念だが、皇帝に逆らうようなことを言えば今度は俺たちの番だ」

「それで、いいんですか、いいんですか・・・」

 ゴーガは下を向いて涙をボロボロとこぼしていた。


 同じ頃、オルト共和国の国境を守っていた部隊は、完全に撤退した敵軍の状況を確認したのち、前線司令部は解体し数千の守備兵を残して兵たちの帰還が始まった。

 ジェイクの部隊も街道を南に向かって行進している。沿道では、各町の住民が戦勝を祝って兵士たちを出迎えた。

「よくやった、これを飲んでくれ」、「守ってくれてありがとう、これをどうぞ」

「ああ、すまない。ありがとう」

 ジェイクは、ビールや果物などを受け取っている。

「分隊長、たくさんもらいましたね」

「そうだな、暑いんで助かるな」

 季節は9月になったがまだまだ暑く、汗まみれになって毎日行軍していた。

 行軍を始めて五日後、サレトの町までやってきた。今日はこの町の郊外でキャンプをする。

 ジェイクたちの分隊もテントを設営して一休みしていると、一台の荷馬車がやってきた。どうやら狩猟組合から肉の差し入れのようで、たくさんの肉を降ろしている。

 その中に懐かしい顔を見つけた。

「アダンさん」

 その声にアダンは振り返る。

「おお、ジェイクじゃないか、お前兵士になったのか」

「はい、半年ほど前に志願しました」

「そうか、昔、リベルとパーティ組んでたよな」

「はい、リベルも途中からこの戦いに参加して大活躍でした。ずいぶん助けられましたよ」

「そうか、奴も一年ぐらい見て無いからな、元気にやってるなら良かった」

「はい」

「何か元気がないな、ケガでもしたのか」

「何度もケガしましたが、教会の人たちにその都度治療してもらいましたので大丈夫です」

「そうなのか」

 ジェイクは、アダンの見透かされているような視線を感じた。

「その、部下を二人失ったので・・・」

 今でも、部下が死んだ場面はジェイクの頭にこびりついて離れない。ああすれば良かったとか、色々な考えにさいなまれている。

「そうか、大変だったな。時間があれば飲みに行こうぜ」

「いや、さすがに今は無理なんで、今度行きます」

「おう、そうだな。待ってるぞ」

 アダンは荷馬車に乗って帰って行った。


 その頃リベルは、レポートを作成していた。物資の輸送から、アルテオの招聘など多くの作戦に関与したため、たくさん書かなければならない。

「兵士って、戦うだけじゃないんだな。こんなこともするんだ」

 リベルがぼやきながらレポートを作っていると、

「違う、そうじゃない。もっと具体的にかけ、それと階級が抜けてるぞ」

 隣で、ロジャー大尉が口やかましく指導してくる。だが、苦戦しているのはゾルトン分隊の者たちも同様だ。

「ルカウ、何度言ったら分かるんだ。主語が抜けてるから誰がやったか分からんだろ」

 個人のレポートを作成した後は、参謀本部へ報告のための資料を作成するために全員が集まってまとめた。

「ああ、やっと終わった」、「終わった、終わった」

 戦いでは疲れを見せないゾルトン分隊の面々も疲れ切った顔をしていた。

「よし、お前たちには三日の休暇をやろう」

「よし、やった」、「たった、三日ですか、せめて一週間は下さい」、「大尉、給料前借できますか」

 文句を言っているものもいるが、ロジャー大尉の休暇の提案にみんな元気が出た。


(よし、休暇と言えばあそこしかないな)

 リベルは空間移動でパレパネ島へ向かった。

『ザー、ザー・・・』

 パレパネ島は土砂降りの雨だった。

「ひゃー」

 リベルは泥水をバシャバシャとはねながらゴルテスの店に駆け込んだ。

「お、久しぶりだな」

 雨に打たれたリベルにゴルテスが声をかける。

「雨降るんですね」

「お前の住んでるところは降らないのか」

「いや、降りますけど・・・」

「フン」

 ゴルテスは鼻で笑って忙しそうに働き始めた。

 カウンターに座ると、いつものように注文していないのにカーナが料理とビールを持って来る。

「ロブさんが、用事があるみたいだから後で行ってみて」

 カーナはロブ爺さんが座っている方を見ながらそう言う。ロブ爺さんはいつものテーブルで飯を食っていた。

 リベルは、ごはんに魚のソースがかかった皿とビールを持ってロブ爺さんの向かいへ座った。

「おお、久しぶりじゃな。中々姿が見えんかったから、塩がたくさん在庫になっている。今日買い取ってもらえるか」

「ああ、構いませんが、戦争が終わったので以前ほどの高値にはなりませんが」

「そうか、でも200ってことは無いじゃろ」

「ああそうですね、最初買い取った値段の600で良ければ買い取りましょう」

「おお、それで十分じゃ」

(塩の密売で捕まったからなあ、どうやって税金を払えばいいのかなあ。とりあえず、どっかに置いておこう)

 リベルはそんなことを考えていた。

「ところで、大雨なんで、雨がやんでからお伺いしたいんですが」

「ハハハ、心配するなあと一時間で止む」

「本当ですか?」

「ああ、儂はお日様と一緒に仕事をしてるからなあ」

 ロブ爺さんはそう言って外の雨を見ながら笑った。

 食事をしてくつろいでいると本当に一時間ほどで雨は止んだ。外に出ると水たまりがたくさんできているが空は晴れてきて強い日差しがまぶしかった。

 リベルは、ロブ爺さんから80㎏もの塩を買った。マジックバッグを使っても10㎏ほどの重さがある。

(さすがに持って歩くのはつらいなあ、ダリオの所にでも持って行こうかな。それか、こっちで倉庫でも手に入れようか、着替えも置いとけば便利だし)

 リベルはそう思いながら、ゴルテスの店に帰って行った。

「ゴルテスさん、何度もこっちに来るんで、倉庫か家を借りることできますか」

「倉庫なんてものは無いが、空き家ならたくさんある。ロブ爺さんの家からここに来るまで昔塩田をやっていた家が残ってるからな」

「あー、あれは空き家だったんですね」

 ゴルテスの家からロブ爺さんの家まで砂浜沿いに500mほど離れているが、その間いくつか家があるが人を見かけたことがなかった。

 リベルは早速、島の役場に行って、空き家を借りようとしたが購入するしかなく、ゴルテスの店から100mほど離れた所にある家を買った。

 ヤシの葉を屋根にし、壁は木や竹で作られており窓にはガラスは入っていない。100㎡ほどの広いリビングの他に四つの部屋がついている。リビングの中央には長さ5mほどの楕円形の低いテーブルがあって周りに椅子は無い。テーブルの下は40㎝ほど低くなっていて、足を降ろして床に直接座る構造となっている。そのほか竹や蔦で出来た椅子や、クローゼット、チェストなどが置いてあってすぐにでも生活できそうである。価格は150万rであった。

「お、しばらく空き家だったにしてはきれいだな」

 リベルが購入した家を、ゴルテスと妻のマルティナが見に来ている。この家の管理をお願いすることにしたためだ。

「まあ、この島にゃ泥棒はいないが、嵐が来る時もあれば、サルが悪さすることもある。管理をしないと朽ち果てるからなあ」

 リベルは年間10万rで、ゴルテス夫妻に家の管理を委託した。

 翌日リベルは、オルトセンで家財道具や衣服、日用品など買い物をして、パレパネ島の家に持ち込んだ。

 そして三日目、休暇の最終日。

 家のデッキに椅子を置いて海を眺めてボーとしていたら、腕輪の6が光った。

「え、マジか。明日まで待ってくれればいいのに」

 リベルは愚痴を言いながら服を着替えた。

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