第41話情報官
参謀本部では、二日間にわたって報告会が行われていた。
「今回の戦いに勝利できたのはリベルがいたからだ。今後の戦いでも必要となるので、これからの処遇を考えよう」
「今回で補給の重要性がよくわかったはず、補給隊で将校にしましょう」
リチャード参謀総長の問いかけに補給隊隊長のアントニー中将が答えた。
「待ってください。先ほど報告したように、ワイバーン部隊への攻撃や、アルテオの招聘など、補給隊では彼の能力を十分に生かせないでしょう。情報官へすべきかと」
「グレゴリー口を出すな、奴の所属は補給隊だ」
情報隊グレゴリー少将の意見にアントニー中将が反論する。
「グレゴリー、奴は何を望んでいる。金か、地位、名誉か?」
相変わらず意見が対立する両者を見ながら、リチャード参謀総長が口を挿む。
「さあ、そのいずれでも無いような気がしますが・・・、どうでしょう本人の希望を聞いてみては」
「そうだな。アントニー、グレゴリー、二人で奴の希望を聞いてこい」
グレゴリー少将とアントニー中将は目を合わせる。
「では、今から呼びますのでアントニー中将しばらくお待ちいただけますか、それと参謀総長もご同席いただけますでしょうか」
「ああ、分かった」
グレゴリー少将はそう言って退室し、同じ建物にある自分の部屋に戻って6と書かれた棒のスイッチを押す。
しばらくして現れたリベルは私服で緩んだ顔をしている。
「何だお前、酒飲んでるな」
「休暇中だったんですよ」
「そうか、それは悪かったな。今から、参謀本部に行くからすぐに着替えてこい」
「え、マジですか」
リベルは酔いがいっぺんに吹き飛んだ。
しばらくして、グレゴリー少将がリベルを連れて参謀本部にやってきた。
先ほど、会議していた部屋の隣にある小さな部屋に入る。中には、リチャード参謀総長とアントニー中将がソファーに座って待っていた。
(うわっ、リチャード大将だ)
リベルは、リチャード参謀総長を目にして緊張する。
リベルとグレゴリー少将がソファーに腰かけると、リチャード参謀総長が話を切り出す。
「リベル、今回の活躍見事であった」
「ありがとうございます」
リベルは恐縮して緊張が解けない。
「今後の事だが、今回補給任務や、ワイバーン部隊への攻撃など、色々な作戦に参加したが今後何がやりたい」
リベルは戸惑って、ためらいがちに答える。
「あの、この戦いが終わるまでという話でしたので、軍を辞めたいのですが」
「何だと」、「どういうことだ」
リチャード参謀総長と、アントニー中将が予想外の答えに驚く。
「リベル、お前の能力が今後の戦いでも必要なのは言うまでもないが、逆に敵にその能力が渡れば厄介なことになる・・・。理解しているのか?」
リチャード参謀総長は真っすぐリベルの方を見て言う。
(脅しているのかな)
リベルは、リチャード参謀総長の言い方に不愉快な気分になったが、緊張はほぐれてきた。
「参謀総長は、魔人の指輪というのをご存じですか」
「いや、知らん」
リチャード参謀総長から視線を向けられた、アントニー中将も首を横に振る。
リベルは、獣人間で起こっている紛争が、魔人の指輪を使って行われているという事実を伝える。
「それは本当か」、「帝国がそれを持てば大変なことになるぞ」
「グレゴリー、どうなってる」
リチャード参謀総長がグレゴリー少将に聞く。
「ただいま調査中ですが、隣国ゆえに時間がかかりそうです」
リチャード参謀総長は再びリベルに視線を戻して、
「リベル、その話とお前が軍を辞める話と関係あるのか」
「アルテオさんに来てもらう見返りに、魔人の指輪を探す手伝いをすることにしたんです。ですから、オルト共和国の軍人となるのは難しいかと思います」
「そんな約束をしてたのか」
リチャード参謀総長は腕を組んで考えこむ。
「アルテオとは、エラル王国軍へ入る約束をしたのか」
沈黙を破ってグレゴリー少将が聞く。
「いいえ、協力するだけです」
「参謀総長、それであればエラル王国と我が国共同で魔人の指輪を探す事とし、わが軍の担当をリベルに任命しましょう」
「うむ。それしかあるまい」
グレゴリー少将の提案にリチャード参謀総長は同意し、アントニー中将も頷く。
「リベルお前には、上席情報官になってもらう。オルト共和国の代表としてエラル王国と共同作戦を取れ」
「いきなり、上席情報官ですか!」
「仕方あるまい、アルテオの相手をするんだ」
アントニー中将が驚きの声を上げるが、リチャード参謀総長の答えにしぶしぶ納得する。
「あの、上席情報官とは何ですか」
リベルにグレゴリー少将が説明を始める。
「まず情報官だが、情報隊は他の隊と違って、様々な作戦があるから、柔軟性を持たせるため固定した組織は無い。情報官が命令を受けた作戦に応じて人を集めて組織し任務に当たる。今回もロジャー大尉の元、お前も含めて必要な人員を集めて任務にあたっただろう」
「ロジャー大尉も情報官なんですね、では、上席情報官とは何ですか」
「その名の通り情報官の上位の官職で、今回のような後方かく乱というような仕事よりは、政治的な活動が中心となる。また、情報官と比べて、予算、自由度が高く、強い権限を持っている」
「強い権限というのは?」
「法律に縛られていては作戦遂行が難しくなるので、少々の法律違反で罪に問われることはない。つまり、脱税なんかでは捕まらんという事さ、ハハハハ」
グレゴリー少将がそう言って笑う。
(おー、良かった。塩を売っても捕まらないんだ)
「そうなんですね、分かりました。その役お引き受けします」
「そうか、良かった」
リチャード参謀総長は立ち上がってリベルに右手を差し出す。リベルも立ち上がって、強く握手を交わした。
退出しようとするリベルを、アントニー中将が呼び止める。
「リベルちょっと待て、情報官となっても今までの補給任務は継続してもらいたい。せめて週2、3回は」
戦闘中には毎日二回、砦へ物資を補給していたが、戦闘終了後もちょくちょく輸送任務に携わっていた。
「構いませんが、輸送量が増えましたので月1回程度でお願いできればと思います」
「どういうことだ」
「時空魔法がレベルアップして、空間移動で運べる範囲が半径3mまで広がりました」
帝国との戦いで魔法をたくさん使ったので、リベルの時空魔法はレベル8となっていた。
「容量で行くと9倍か。それならば、月2回ほど倉庫に来てくれ、その日に合わせて各地への輸送物資を準備しておくので」
「了解しました」
一週間後、グレゴリー少将の部屋にリベルは呼び出された。
「これが新しい軍服だ」
今までの緑の制服から、黒の制服になっている。階級章はすでに取り付けられていた。
「これって、少佐ですよね」
リベルが驚いてグレゴリー少将に聞く。
「上席情報官は佐官以上だ。伍長から少佐になるなんて聞いたことがないぞ」
そう言ってグレゴリー少将は笑った。
(いきなり、ロジャー大尉より上になるなんて、いいのかな)
「それと、付いてこい」
グレゴリー少将はリベルを連れて廊下に出て、隣の部屋に案内する。
「ここがお前の部屋だ」
扉を開けると、50㎡ほどの部屋の奥に大きなデスクが入り口の方を向いて置かれている。手前にはソファーがあり、入り口の横には向かい合わせの机が置いてあって、座っていた男が立ち上がる。
「お前の秘書となる、ブレット中尉だ」
「ブレットです、よろしくお願いします」
ブレットは敬礼しながら挨拶をする。三十才位で眼鏡をかけたイケメンだ。
「リベルです。よろしくお願いします」
「本来将校は、幹部養成学校出身でないとなれない。お前は、軍の事は何にも知らないから教育係でもある」
グレゴリー少将がそう言うとブレット中尉の眼鏡がキラリと光った。
「そ、そうですか」
「それで、どうする」
「まずは、アルテオさんに会ってからですね」
「分かっていると思うが、これは極秘事項だ。先方にも確認して、魔人の指輪について知っている者のリストを後で提出しろ」
「分かりました」
「それじゃあ、任せたぞ」
そう言ってグレゴリー少将は出て行った。
ブレット中尉はリベルと二人きりになるとすぐに話しかける。
「では少佐殿。早速、軍について説明しましょうか」
「え、今からですか」
「覚えることはたくさんありますからねえ」
ブレット中尉は、書棚からたくさんの書類を取り出してリベルの机の上に置く。
リベルはうんざりしながら、軍の組織や規律、外交儀礼などを学んでいった。
そして、三日後。
「これでとりあえず最低限の事は教えましたので、後は少しずつ学習していきましょう」
「はあ、そうですか」
リベルは連日の座学にうんざりしていたので、少しホッとする。
「それじゃあ早速、アルテオさんに会ってきます」
リベルは腕輪の5番を押す。
しばらくして、腕輪の5が赤に変わったので、アルテオ城に空間移動で向かった。
アルテオ城では、アルテオとカタリナが待っていた。アルテオはリベルの身なりを見て声をかける。
「お、制服がかっこよくなったな。俺のおかげで昇進したのか」
「はい、いきなり少佐になりました」
「何だ、いい加減な軍隊だな」
「そうなんですが、正式に国としてエラル王国に協力して、指輪を探すようにとの命令を受けましたので」
「ふーん、そうなのか、だが、指輪を見つけてもこっちが貰うぞ」
「それは仕方がありませんね」
(約束してよかったのかな)
リベルは許可を得ないで返事をしたことを少し後悔する。
「それで、どこまで進んでますか?」
「全然だな、保管場所は分かったが今もそこにあるかは不明だ。カタリナ話せ」
「はい。保管場所はルドルス王国の王宮にある宝物庫です。指輪は翡翠の箱に入っており、中には指輪の他に、指輪の使い方、入手の経緯や、五百年前の戦争の内容も詳細に書かれている書物も入っているようです」
(その書物があれば、ドラキュラ家の汚名も晴らせるな)
リベルはそう思って聞いていた。
「だが、ここで手詰まりになっている。宝物庫に入って所在を確認するいい方法は無いか」
「そうですね・・・」
リベルは、瞬間移動や空間移動を用いて侵入する方法は無いか考えていたが、不意にひらめく。
「そうだ、ヨハンならいけるかもしれません」
「ヨハンって誰だ」
「前お話ししてませんでしたっけ、ロクサーナさんの従えているレイスです。聖結界が張られてなければという条件付きですが、どこへでも侵入できます」
「ほう、成程」
「ちなみに、コルネリアさんでもできますが・・・」
リベルがそう言った瞬間、アルテオの目がぎろりとリベルの方を向く。
「し、失礼しました」
(また、余計な事を言ってしまった。まだ、和解してないのかな)
リベルは冷や汗をかきながら謝る。
「よし、やってみろ」
そう言うとアルテオは部屋を出て行った。
「怒らせましたか」
リベルは心配になってカタリナに聞くが、カタリナは笑っている。
「ハハハ、面白い。そんな事言えるのあなただけよ」
リベルは直ぐに、空間移動でカイル霊廟へ向かう。
使用人にロクサーナとの面会を頼むとすぐにロクサーナの部屋に通された。隣にバルドゥールも立っている。
「お前、軍に入ったのか」
リベルの格好を見てバルドゥールが話しかけてくる。
「オルト共和国の軍に入りました。アルテオさんと協力して魔人の指輪を探すことになったんです」
リベルは、先ほど聞いた話をする。
「なるほど、その魔人の指輪の入っている箱を見つければ、ドラキュラ家の汚名も晴らせるという事か」
バルドゥールはそう言いながら、ロクサーナと目を合わせる。
「それでどうする」
「ロクサーナさん、ヨハンを貸してください」
ロクサーナはリベルの方を見ながら、
「ヨハンに調べさせるのですね」
「そうです」
「ヨハン!」
「はい、ここに」
ロクサーナが呼ぶとヨハンが現れた。
「しばらく、リベルさんの指示で動いてください」
「了解しました」
リベルは、ヨハンを連れてアルテオ城に戻ると、カタリナにルドルス王国の王宮の見取り図を見ながら場所を説明してもらう。
場所を把握したヨハンは直ぐに王宮に出かけて行って二時間ほどで帰ってきた。
「見つかりませんでした」
戻ってきたヨハンは、待っていた、リベル、アルテオ、カタリナに報告する。
「うーん、そうか」
アルテオはそう言って黙り込む。
(誰かが持ち出したのか、それとも別の場所に移したのか、保管場所の情報は正しかったのか)
リベルは色々と考えるが見当もつかない。
「これからどうしますか」
目を瞑って考えていたアルテオが目を開けて口を開く。
「二年前の政変が関係しているかもしれん」
「政変ですか?」
「なんだ知らんのか」
「いや、その、ラットキンの町にいたもんで・・・」
アルテオとカタリナがあきれたようにリベルの方を見る。
「政変というのは、ルドルス王国の後継者争いなんですが、不利となった第一王子であるユリウス王子が、クーデターを起こしましたが失敗しました」
「成程、で、ユリウス王子は今どこに」
「妻の実家である、ギレスベルガー伯爵家へ逃れています」
「そうですか・・・」
リベルは、カタリナの説明を聞いてもいまいちピンと来ていない。
「ギレスベルガー伯爵家はな、ルドルス王国でも名門だ。南部に広大な領土を持っている。ルドルス王国全体の兵の動員数は二十万程、そのうち二万はギレスベルガー伯爵家だ。もし、ユリウス王子が魔人の指輪を持ち出したとすると、どうなる?」
リベルの様子を見てアルテオが説明を加える。
「再びクーデターの可能性が?」
「十分考えられる。しかも、北からは帝国の脅威が迫っているわけだ」
「ルドルス王国も結構大変な状況になってますね」
アルテオとカタリナは黙って頷いている。
「じゃあ、ユリウス王子が指輪を持っているか調べますか」
「そうだな、だが、ギレスベルガー伯爵家の内側にスパイはいないから時間がかかるぞ。そっちで何か手が無いか検討してくれ」
「分かりました」
そう言って、リベルはオルト共和国へ帰って行った。
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