第37話オルト共和国軍

(魔法を封じる手錠か・・・)

 リベルは手錠に見覚えがあった。

「魔法は使えんぞ、大人しくしろ」

 取り囲んだ男たちは、左右からリベルを挟み込むように腕をつかんで、逃げられないようにする。

「え、何で、誰ですかあなたたちは」

「憲兵だ、脱税の容疑で逮捕する」

「え、脱税、憲兵?、何、何?」

 男たちは問答無用でリベルを馬車に押し込むと、馬車は直ぐに動き始めた。左右と正面に紺色の軍服を着た男たちが二人ずつ座っている。

 馬車はしばらく進んでやがて止まり、リベルは古い建物の中に連れ込まれ、階段を下りて地下の部屋に入った。

 狭い部屋に机が一つだけあり、男たちは奥の椅子にリベルを座らせると出て行った。

 しばらくして、黒い軍服を着た男が入ってきた、背はあまり高くないががっちりとした体つきをしている。年齢は50才位だろうか。

「何で連れてこられたのか分かっているか」

 男は笑顔で話しかけてくる。

「いいえ」

「塩だ」

「塩。ですか?」

「なんだ、本当に商売人か?、入国、出国時に関税がかかるのは常識だろ」

「あーなるほど、パレパネ島からそのまま持ってきて売ったことが問題だと」

「脱税は結構罪が重い。数年の収監と、それから商業組合から除名となるからもう商売はできんな」

「え、そうなんですか・・・」

(それは絶対困る)

 ショックを受けている様子のリベルを見て男は楽しんでいるようだ。

「しかし、俺の言う事を聞いてくれたら不問にしよう」

「え、どういうことです」

「いま、帝国と戦争していることは知ってるな」

「はい」

「この戦争が終わるまで、軍に協力すれば見逃そう」

「そんな事なら、狩猟組合から要請すれば済むのでは、わざわざこんな事をしなくても」

「お前でなければできない任務なのでな。それと、絶対に受けてもらわなければ困る」

 男の口調が変わったのでリベルは少し身構える。

「いったい何をすればいいのですか」

「まずは、国境の砦が孤立しているので物資を届ける任務だ」

「そんな事でいいのでしたら、分かりました。軍に協力します」

「良かった。私は情報隊のグレゴリーだ、よろしく頼む」

 そう言って、グレゴリーは部屋を出て行くと、すぐに憲兵隊の男を一人連れて戻ってくる。

「すまないが、これを付けさせてもらう」

「え、奴隷の首輪ですか」

「今回は絶対に失敗は許されん、お前に逃げられたら終わりだ。もし成功したら外そう」

 憲兵隊の男はリベルに奴隷の首輪をつけて、その代わり手錠を外す。

「これでも巻いておけ」

 グレゴリーはリベルに青いスカーフを手渡す。


 リベルは補給隊に連れてこられた。

「あ、フランクさん」

「おー、久しぶりだな。お前も今日から軍人だから、これからはフランク中尉と呼ぶように」

「はい、分かりました。フランク中尉」

「この制服を着ろ」

 フランク中尉は、リベルに自分と同じ色の緑の制服を差し出す。

 オルト共和国の軍では、兵科の種類によって制服の色が異なっている。戦闘隊は茶色だが補給隊は緑となっている。

「お前、レベルは今いくつだ」

「10です」

「ならば伍長だな」

「おい、伍長の階級章を持ってこい」

 フランク中尉は部下にそう命じると伍長の階級章を持ってこさせて、リベルの制服にとりつける。

「早速任務だが、国境を守る砦が補給路を断たれ孤立している。砦に補給物資を運ぶのがお前の任務だ。この命令書をもって前線司令部に行き、モーガン中将に渡せ」

「了解しました」

 リベルは前線司令部に最も近い、生まれ故郷のドニへ空間移動で向かった。

(懐かしいなあ、五年ぶりだからな。孤児院はどうなっているだろうか)

 リベルは町の事が気になったが任務のため先を急ぐ。

 ドニの町から西街道を北に300㎞進むと国境にたどり着く。その間十余りの宿場町があるが、これらの町にも多くの軍人が駐留していた。


 オルト共和国とラジャルハン帝国は中央山脈で隔てられており、唯一南北につながる西街道のみが両国を行き来できる道となっていた。

 5年前にラジャルハン帝国が中央山脈以北を手中に収めて以来、オルト共和国は軍隊を配備して国境を閉じていた。

 西街道を北に進み中央山脈に近づくにつれて山深く険阻となり、最も狭いところは幅100mもなく、ここがオルト共和国守備軍の要となっている。何重にも柵を設けて騎馬兵の進軍に備えており、いくつもの櫓や山の中腹にも拠点を作って多数の弓兵を配置していた。

 そこから街道を北に1㎞ほど進むと、街道の左手にある高さ200m程の小山の上に西砦があり、平時には200人ほどの兵士が常駐しているが、ラジャルハン帝国の進軍を受けて2500人が守っていた。

 さらに北に1km進むと今度は街道の右手にも東砦がある。こちらも通常300人ほどしか兵がいないが今は3000人が守っていた。

 十万を超える大軍で南下してきたラジャルハン帝国軍であったが、この国境は大軍が一度に通過できない険阻な道で、なおかつ側面や後方から攻撃されるこの場所はラジャルハン帝国にとっても攻略は容易ではなかった。


 ラジャルハン帝国軍は、本体の半分をオルト共和国軍から700mほど北に行った場所においてオルト共和国軍と対峙し、残りの兵で東砦と西砦を包囲した。

 二つの砦に至る道は急な坂で、上からの投石や弓で狙い撃ちされるため攻略は容易ではなく、包囲して補給路を断つ兵糧攻めに入っていた。

 オルト共和国軍は、砦の包囲を解くためラジャルハン帝国への攻撃を加えたが、兵士の練度の違いや精強な騎馬兵に阻まれて全く歯が立たず、この二か月間で一万人以上の犠牲を出していた。


 オルト共和国軍参謀本部。話は一週間前に遡る。

「アントニー、砦の食料はどうなってる」

「西砦が、二週間、東砦が、三週間というところです」

 リチャード参謀総長の問いかけに答えたアントニー中将は、補給隊隊長で、後方参謀として出席している。

「ネイサン、砦への敵の攻撃はどうなってる?」

「西砦が集中的に攻撃を受けています。以前は数日に一度程度攻めてきましたが、この三日間は毎日攻めてきております。この三日間での死者は双方共に百名程度ですが、頼みの綱である魔法使いの消耗が激しく。厳しい状況となりつつあります」

 ネイサンは、参謀副長である。

「同盟関係にある、ルドルス、エラルに応援を頼めないか」

「参謀総長もご存じのように、あの同盟は帝国からの攻撃に乗じてお互いの国を攻めないという不可侵が元になっています。交渉次第では不可能ではないと思いますが間に合わないでしょう」

「それならば選択肢は一つしかないな。砦が落ちるのが見えているのであれば、総攻撃をかけるしかあるまい」

「待ってください参謀総長。過去三回の攻撃で一万以上の犠牲を出しています。敵の被害はせいぜい千というところ、とても勝ち目はありません」

 副長が異議を唱えるが、

「だが、砦を見捨てることはできん。もし見捨てたら国境の守りは持たんぞ」

「敵と交渉できないでしょうか」

「こちらの意向に関係なく侵略してきた連中だぞ、交渉するという事は降伏と同じだ。グレゴリー降伏すればどうなる」

 情報隊隊長のグレゴリー少将は情報参謀である。

「今までの彼らのやり方を見ると、占領地の一割から、二割の町を出兵への報酬として略奪後、皆殺しにしています。今回十万という大軍で来ていますからもっと多くなるかもしれません。それ以外の町に住む者は、命は助かるものの財産没収されます」

 皆想像はしていたものの口に出されると重苦しい雰囲気になる。

「それと、我が国は戦乱の歴史を経て、民主主義という自由を手に入れた。帝国の占領地になるという事は自由を奪われるという事だ」

 リチャード参謀総長が続けてそう話すと何人かが顔を上げる。

「戦争では、必ずしも強い方が勝つとは限らん。ニコラス、作戦を」

 呼ばれてまだ若いニコラス大佐が立ち上がる。ニコラス大佐は作戦参謀である。

「砦の兵を含め敵本陣へ向けて全軍にて総攻撃をしますが、まともにやっても勝てませんから、過去三回の攻撃から見えてきた敵の弱点を突く必要があります。我々が唯一敵より優れているのは魔術隊です。魔法で敵の最大の強みである騎兵を封じることが勝利へのカギとなります」

 ニコラス大佐はそう言って作戦の内容を、テーブルの上に置かれた大きな地図を使って説明をしていく。

 一通り説明が終わった後、

「作戦は十日後に決行する」

 リチャード参謀総長がそう言って会議を締め括り、席を立とうとしたとき、

「待ってください参謀総長。総攻撃、降伏以外の第三の選択肢があります」

 グレゴリー少将がそう言うと、全員がグレゴリー少将の方を注目し再び腰を下ろす。

「何だ、言って見ろ」

「砦へ物資の補給をします」

「何だと、情報隊が補給に口を出すな」

 補給隊隊長のアントニー中将がすぐに口を挿むが、

「しかし、補給隊は全く機能していませんよね」

「何だと!」

 アントニー中将は怒って立ち上がる。

「やめろ、グレゴリー」

「失礼しました」

 リチャード参謀総長がグレゴリー少将を諫めると、アントニー中将は席に着く。

「砦は囲まれ、制空権も奪われている。どうやって補給するつもりだ」

「ある特殊な魔法を使うものがいます。そいつに運ばせます」

「その補給が成功すると、どの程度砦は持つ?」

「二ヶ月か三ヶ月か、それとも一年か、やってみないと分かりませんが」

 その話を聞いた参謀たちが色めき立ち騒然としてくる。

「分かった、すぐにやってみろ」

「すぐには無理です。その男をまだ確保していないので」

「何だそうなのか、では、猶予は十日間だ」

 リチャード参謀総長がそう言って、会議は閉会した。


「グレゴリー隊長、どんな魔法なんです」

 歩いているグレゴリー少将に、作戦参謀のニコラス大佐が話しかけてくる。

「どこへでも移動できる魔法が使えるらしい。だから、捕まえるのも容易でなないが」

 グレゴリー少将は苦笑いしながら答える。

「そうですか・・・」

「ところで、作戦の成功率は?」

 ニコラス大佐は周りに人がいないことを確認しながら、人差し指を立てる。

「やれやれ、何としてもリベルを捕らえるしかないな」


 西砦の食堂。

 広い食堂には、たくさんのテーブルと椅子が並べられており、その一角で七人の男たちが食事をしていた。

「何だこれは、水ばっかりじゃないか」

 一人の若い男が声を上げる。男たちの前にはスープだけが置かれており、少しばかりのじゃがいもが入っている。

「この数日、イモのスープばっかりだな。しかも味が薄い」

「食料が底をついてきてるんじゃないかな」

「どうなんです、ジェイク分隊長」

 若者ばかりだがその中でも特に若い男がジェイクに聞く。

 ジェイクは、戦争が迫ってきた半年前に軍隊へ志願した。ハンターとして腕を上げていたジェイクはレベル20となっていたため、軍曹として分隊長に任命され六人の部下を持たされた。聞いてきた男はルイスと言ってジェイクより一つ年下だが、他の者は二十代前半の年上である。

「俺は何も聞いてない」

 向かいに座っていたグレンは鼻で笑うと、隣のチャドに話しかける。

「夜の篝火も半分になるそうだし、いよいよ物資も底をついてきたのかな」

「この感じじゃ、一ヶ月は持たんだろ」

「もう三日連続で攻めて来てるし、もうだめかもしれんな」

「チャド、士気が下がるようなことを言うな」

「分隊長、じゃあ希望が持てる話をしてくださいよ」

 チャドがにやにやしながら聞いてくる。ジェイクはとっさに口ごもる。

 ジェイクは兵隊になったばかりだが、部下たちは数年の経験を持つベテランのため、ジェイクは軽く見られていた。


 その日の夜、ジェイクの分隊は砦の西側で警備に当たっていた。

「ジェイク、異常は無いか?」

「はい、小隊長」

 小隊長が見回りに来て帰って行く。

「あいつらなんで攻めてくるんだろ、ほっといても俺たちは飢え死になのにな」

「警備何てあほらしいぜ」

「おい、篝火が減って見にくくなったからしっかり見張れよ」

 愚痴をこぼす部下たちにジェイクが注意する。


『ピー』

 甲高い笛の音が砦に響く。

「敵の攻撃か、どこだ」

 夜警の兵士たちは砦の周囲2㎞程の壁の上で警戒しており、篝火を減らして暗くなった砦内で何が起こっているのか把握が難しくなっている。

 その時、上空を何かが通り過ぎて行った。

「ワイバーンか!」

 よく見ると何頭ものワイバーンが砦の中に急降下してきて、敵の兵士を降ろしていた。降り立った兵士は剣や、槍を手に暴れまわっている。

 休んでいた兵士も次々と砦の中から出て来て向かっていくが、少人数であっても手強く中々倒せない。

 ジェイクの分隊がその戦いに気をとられていた時。

『ギャ』

 振り向くと、部下の一人が倒れようとしているところであった。

「チャド!」

 倒れた部下の後ろから、三人の敵が斧を持って向かってきた。

「グレン左、ハロルド右」

 ジェイクはそう言うと中央の敵に向かっていく。

「アーヴィン合図を、ジェイソン、ルイス、登ってくる新手に警戒」

 ジェイクは指示を出しながら、真ん中の男に剣で斬りつけていく。両手に斧を持った敵は、ジェイクの剣を片手で受けながら、片手で素早く攻撃を繰り出してきて簡単には倒せない。

『ガ!』

 隣のグレンが斧をわき腹に受けて苦戦している。

(助けてやりたいが、中々手強いな)

 ジェイクは、独特の動きで左右の斧を繰り出してくる敵に手こずっていたが、何度か剣戟を交えるうちに動きに慣れて敵を倒すことが出来た。すぐにグレンとハロルドに加勢して残り二人の敵を倒す。

「グレン、大丈夫か」

「な、なんとか・・・」

「分隊長敵が昇ってきます!」

 壁の上からのぞき込むとたくさんの兵士が迫ってきていた。ジェイクたちは壁を掴んで登ろうとする、すんでのところで敵を斬りつけて下に落とす。

 そのうち砦の兵が加勢にやってきて壁際で攻防が始まった。

 数が多く、押され始めた時、赤銅色の軍服を着た魔術隊がやってきて塀の上に立つ。

『ロック』、『ロック』、『ファイアボール』

 土の魔法使いたちは、ロックの魔法で岩を出して登ってくる者たちの上から落としていく。炎の魔法使いは壁の上からファイアボールを叩きこむ。

 それに加えて、弓隊が攻撃を加えて行くと敵は撤退していった。

(ふう、やっと撃退したか、やっぱり魔術隊はいないとだめだな)

 ジェイクがそう思いながら魔法使いの方を見ると、ふらついて倒れそうになるのを両脇で支えられながら帰って行くところだった。ちらっと見えた横顔は痩せて青白く生気がなかった。

(魔力を回復する間もなく、魔力回復薬を使って無理やり魔法を使ってるからな)

 魔力は、一日ぐっすりと寝れば7割ほどは回復するが、無理やりたたき起こされて使っていれば回復する間もなく疲弊していく。

「分隊長、チャドが死にました」

「そうか・・・、他の者は」

「グレンがケガをしていますが大丈夫そうです」

「分隊長もケガを」

 ジェイクは、ハロルドに指摘されて左手の指先から血がこぼれているのに気が付いた。

「ああ、たぶん大丈夫だ」

 ジェイクは左腕を動かしてみて確かめる。

 今回の襲撃で味方の死者は30人ほど、敵の死者は20人ほどしか確認できていないが、砦から下へ落ちたものを含めるともっと多いだろう。

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