第36話魔人の指輪

 リベルは直ぐに空間移動でエンプレオスの家へ向かった。

「もう来たのか、さっき送ったのにどうやって」

「空間移動という魔法を使いました。一度来たことのある場所には一瞬で移動できるんです」

「ほう、それは凄いな」

 エンプレオスは感心しながらリベルを迎え入れた。

 ソファーにエンプレオスとレオナルドが並んで座り、向かいにリベルが座った。

「なかなか、興味深い事実が分かった」

 エンプレオスがそう言うと、レオナルドがノートを開いて説明を始めた。

「まず、五百年前の戦争ですが、コルセアの貴族であったルドルス候が地獄の魔物、デーモンやバルログを使ってコルセアを滅ぼし、王位についたようです」

「やっぱりそうでしたか、それで、魔人は?」

「魔人はいません。ルドルス王国が史実を隠すため利用しました。しかし、『魔人の指輪』というものを使っています」

「魔人の指輪ですか?」

「これは、ルドルス王国内でそう呼んでいるだけのようですが、地獄の魔物はこれによって呼び出されています」

「指輪で呼び出すんですか?」

「直接呼び出すわけではありません」

 レオナルドが具体的に魔人の指輪の使い方を説明する。

「指輪を付けると精神のみが地獄に行きます。地獄に行くと悪魔を探し出し、悪魔を地上に呼び出して敵を攻撃するという契約を結びます。契約が成立すると指輪を付けていたものは死に、死体のそばに契約書が残されます」

「それが、悪魔を呼び出すスクロールですね!」

「そうです」

「でも、死んでしまうのであれば誰もそんなことしないのではないですか」

「そこはよく分からんが、うまく騙しているのかもしれんな」

 横で聞いていた、エンプレオスが口を挿む。

「それで、今起こっている事との関係は?」

「まあ、状況からすれば魔人の指輪が使われていることは間違いない。しかしそれは、儂の管轄外じゃな。過去の事実を調べることはできるが、今起こっていることは分からんな」

「それは、アルテオさんに調べてもらいますか」

「それがいいだろう」

「ところで、過去の事実はどうやって調べたんですか」

「墓や遺跡に行って、残留思念を読み取った」

「エンプレオスさんがですか」

「いや、知り合いに頼んだ。聖魔法の一種だが、読み取る力は魔法のレベルとは別の才能が必要でな、正確に読み取れる者は少ない。今回のように五百年前の事実を知ろうと思えば尚更じゃな」

「それはどなたです」

「エラル王国の司教じゃな」

「え、エラル王国の教会のトップですよね」

「ああ、そうだ」

「また、えらい大物ですね。他にはいないんですか」

「儂は知らん」

(教会とは関わりたくないな)

 リベルはロクサーナの件もあって、教会をよく思っていなかった。

「ありがとうございました」

 そう言ってリベルはバッグから木の箱を取り出す。

「お金はいらないとおっしゃっていましたからお礼にこれを」

「お、パレパネ産の葉巻だな」

「ご存じですか」

「最高級品だ。よく手に入ったな」

「ええ、まあ」

 エンプレオスは、にこにこしながら箱を開けて香りをかいでいる。

「誰が、魔人の指輪を使っているのかわかったら教えてくれ」

「分かりました、では」

 リベルはそう言ってエンプレオスの家を出ると、すぐに空間移動で、エラル王国の王都サリファンまで移動した。


 アルテオの居城に行ってアルテオとの面会を願い出たが受け付けてもらえなかったため、カタリナと三日後に面会する約束をした。

(じゃあ、ロクサーナさんへの報告を先に済ますか)

 リベルはそう考えて、カイル霊廟へ空間移動で向かった。

 荒れ放題だった庭はきれいに整備され、花壇には色とりどりの花が咲いていた。


「リベルさんお帰りなさい」

 エミリーが笑顔で出迎えてくれる。

「あれから大分経つがここの生活にも慣れたか?」

「うん、そうですね」

(笑顔でないところを見ると、まあまあといったところか)

 リベルはエミリーの微妙な表情を見てそう思った。

「リベルさん、随分日焼けしましたね」

「一年中夏のところにいたからな」

「そんなところあるんですか!」

 エミリーと話をしながらロクサーナの部屋に入ると、ロクサーナとバルドゥールが待っていた。

「リベルさんよく戻ってきてくれました」

「はい、お久しぶりです」

「ずっと、サナセルにいたのか」

「そうですね、ラボルテスよりもかなり南の方の島まで行きましたが」

「ふん、気楽なもんだな」

(バルドゥールさんはお日様の下には出られなくなったから僻んでるのかな)

「でも、エンプレオスさんが色々調べてくれましたよ」

「本当か、聞かせろ」

 リベルは、さっき聞いたばかりの話をする。

「魔人の指輪か・・・、そっちはアルテオに任せるとして、どうするか・・・」

 バルドゥールは腕を組んで考えている。

「この事実をルドルス王国の貴族や国民が知ったとしても、五百年前の話ですから人々は関心を持っていただけるでしょうか」

(ロクサーナさんの言うとおりだ、今を生きる人たちにとってはどうでもいい話だろう)

 リベルも考え込んでしまう。

「ルドルス王国を滅ぼしますか。ロクサーナ様の力で強力な兵隊を集めれば十分に可能だと思います」

「待ってください、そんなことをしても国民の支持は得られないでしょう」

 答えを予想していたのか、バルドゥールは何事も無かったようにまた考え始める。

「とりあえず、事実を公表するしかないんじゃないですか」

 沈黙に耐えかねてリベルはそう言うと、バルドゥールがロクサーナの方を見ながら、

「事実を公表するにしても証拠が必要ですから、まずは情報収集ですね。それと、戦力の増強」

 ロクサーナとリベルはそれに頷いた。


 リベルは三日後、カタリナとの面会のためアルテオの居城に向かった。

 十人ほどが座れるテーブルだけがある簡素な部屋に通されると、カタリナが一人で待っていた。

「魔人やドラキュラ家の話ですね」

「そうです、エンプレオスさんが調べてくれました」

 その時突然扉が開いて、アルテオが部屋に入ってきた。

「何か分かったのか」

(え、面会の予約とれなかったのに何で)

 リベルはそんなこと思いながら返事をする。

「はい、エンプレオスさんが調べてくれました」

「話せ」

 せわしなく椅子に座りながら聞いてくる。

 リベルはエンプレオスから聞いた、ルドルス王国が主家を倒して出来たこと、魔人の指輪を使ったことなどを話した。

「やっぱりそうだったのか・・・、それと、魔人の指輪か・・・」

 アルテオはテーブルに肘をついて考えている。

「問題は、誰が、何のために、魔人の指輪を使ったのかだな」

 アルテオは、独り言のように話をする。

「バルドゥールは何と?」

 アルテオはリベルの方を向いて聞く。

「情報収集をすると言ってましたが、指輪の方ではなく、ドラキュラ家の復興を目的と考えています」

「そうか」

 そう言うと立ち上がって、部屋を出て行こうとしたがカタリナの方を振り返って、

「カタリナ、リベルとの連絡手段を確保しろ」

 そう言うと、アルテオは急ぎ足で出て行った。

「慌しかったですね」

「いつもの事です」

 リベルがそう言うと、カタリナが苦笑しながら答える。

「連絡手段とおっしゃてましたが」

「それは、通信の魔道具ですね」

 カタリナがリベルの着けているエンプレオスからもらった腕輪を見ながら聞く。

「エンプレオスさんから連絡があると光るんです」

「呼ばれたらどうするんですか」

「空間移動という魔法が使えるようになったんで、すぐに行きます」

「空間移動ですか?」

「一度行ったところであれば瞬時に移動できます」

「それは便利ですね、こちらも腕輪にしましょうか。光ったらこの部屋に来てもらうという事で」

「分かりました」

 リベルは、カタリナから渡された腕輪を身に着ける。

(アカテさんのも含めてこれで三個目か、もっとスマートにならないもんかな)

 リベルは増えて行く腕輪を見ながら城を出た。


 突然現れたリベルを見て、エドガーが驚く。

「ごめんなさい驚かせて」

 リベルは現れてすぐに謝る。

「どうしたんです今日は」

「ちょっと相談なんですが、この腕輪どうにかなりませんか。どんどん増えて行くんですけど」

「連絡用ですね、なるほど。であればいいものがありますよ」

 そう言ってエドガーは奥から箱を持ってきて開く。中には腕輪と20本の棒が入っていた。

「ちょっとこれを付けてもらえますか」リベルは腕輪をはめる。

「腕輪に番号が書いてあると思いますがそれを押してもらえますか、青く光るまで押し続けてください」

「何番でもいいですか」

「はい」

 リベルが腕輪に書かれている5の数字を押し続けるとしばらくして5の数字が青く光った。それと同時に箱の中にある5番の棒が青く光る。

 エドガーが5番の棒を手に取ってスイッチを押すと5番の棒が赤く光り、リベルの腕輪の5も赤く光った。

「なるほど、この棒を相手に渡しておけば一つの腕輪で済むんですね」

「そうです、合図しかできないんでいまいち使い道がなかったんですが、リベルさんなら役立ちそうですね」

「これ、いいですね、いくらです」

「100万ですが、リベルさんですから半額にしましょう」

「ありがとうございます」

 リベルは、エドガーに50万rを支払うと1番の棒をエドガーに渡した。

「俺を呼びたいときに使ってください。それから、こちらから来たい時ですが、いきなり俺が現れると困る場合もあるでしょうから、青く光った後、準備が整ったらボタンを押してもらえますか、ボタンが赤に変わったらこの場所にやってきますから」

「分かりました」


 リベルはその足でダリオの家に帰ってきた。

「この棒を預けておく」

 リベルはそう言ってダリオに2番の棒を渡して使い方を説明する。

「へー、このスイッチを押すと兄貴がいつでも帰ってくるんですか」

 説明を聞いたダリオがにやにや笑いながら話しかける。

「用もないのに押すなよ」

 リリィとマーサも不思議そうに眺めている。


 リベルが、ダリオの家に滞在して一週間ほどが経過したときアカテがやってきた。以前のような騒ぎにならないよう今回は昼間だ。

「アカテさん、久しぶりですね、あの戦争以来ですから二ヶ月、三ヶ月?」 

「お前の行方が掴めなくなった。西に行ったり南に行ったり、俺の渡した腕輪が壊れたのかな」

「すいません。新しく空間移動という魔法を覚えたもんで、一度行ったところならどこへでも行けるようになったんですよ」

「なんだ、そうだったのか」

「代わりにこれを差し上げますよ」

 リベルは、外した腕輪と共に三番の棒をアカテに渡す。

「なんだこれは」

 先ほどダリオにした説明と同じことをアカテにもする。

「それで、呼ばれたらどこに行きましょうか」

「そうだな・・・、今からナカチへ行けるか」

 アカテは少し考えてからリベルに聞く。

「今からですか、いいですよ」

 リベルは急な話に少し戸惑ったが、アカテと一緒に瞬間移動を使って、以前一度だけ訪れたナカチにあるハルナ家別邸前に移動した。

「凄い魔法だな、何百キロ離れていても一瞬か」

 アカテは感心している。

「こっちだ、付いてこい」

 アカテは、ハルナ家別邸の裏から細い路地に抜けて行く。

「この格好だとちと目立つからな」

 アカテもリベルもオルトの服装のため表通りでは目立ってしまう。

 人気のない細い路地を何度か曲がって一軒の古い家の裏木戸を叩く。

 しばらくして、三十才ぐらいの女が出て来て無言で中に招き入れた。アカテも黙って中に入ると急な階段を上って二階へ上がった。

 二階は狭い畳敷きで、窓にはめられた木の格子から通りが見える。すぐそばに植えられた柳の木の枝が格子に当たって揺れていた。

 しばらくすると、さっきの女が料理と酒を持って階段を上がってきた。

「アカテさん、この方は」

「こいつは、リベルという。この部屋にこいつが時々現れるから驚かないようにな」

「まあ、現れるって、こちらの方、幽霊かなんかですか」

 女はわざとらしく驚きながら笑っている。アカテはそんな様子を無視して、

「こいつは、チヨだ」

「リベルですよろしくお願いします」

「チヨです、アカテの妻です」

「ばかやろう、いい加減なことを言うな」

 困っているアカテを見ながらチヨは笑っている。

(この二人どういう関係なんだろう)

 リベルがどう反応していいか困っていると、

「まあ、こんなやつだが信用できる」

「こんなやつとは何ですの」

「いいから、下がってろ」

「ではごゆっくり」

 そう言ってチヨは階段を下りて行った。

 アカテは酒を注いで飲み始める。リベルも料理に箸をつける。

(この芋煮うまいなあ)

 トウチにいた時のことを思い出す。

「呼ばれたら、ここに来ればいいんですね」

「ああ、そうだ」

「あれから何か分かりましたか」

「さっぱりだな、魔人の影すら見えん」

「魔人はいないようですよ」

 リベルは酒を一口飲んでから答える。

「なんだ、何か分かったのか」

 リベルは、エンプレオスの話を共有する。

「魔人の指輪か・・・、しかし、あくどいなあ」

「これから、どうします」

「うん、一先ず魔人の指輪を調べてみるかな、しかし、話がでかくなってきたからどうするか・・・」

 アカテは視線を窓の外に向けながら考え込んでいた。


 リベルはその後の三週間ほどをあちこち行って過ごした。パレパネ島へ戻ってロブ爺さんの塩を買い付けたり、エンプレオスのところに報告に戻って、4番の棒を置いて帰り、アルテオ城のカタリナの所に行って5番の棒を置いて帰ったりした。


 そして、7月になってリベルは20才になった。

「兄貴、誕生日おめでとうございます」

「リベルさんおめでとうございます」「おめでとうございます」

 ダリオの家で、リリィとマーサと共にささやかな誕生日パーティをしている。

「これは、俺たちからっす」

 ダリオは、代表して誕生プレゼントをリベルに渡す。

 プレゼントの箱を開けると服や靴などが入っていた。

「兄貴いっつも同じのばかり着てるんで、リリィとマーサが選んでくれたんすよ」

「ありがとう、祝ってもらったことなんて無いから嬉しいなあ」

(家族ってこんな感じなのかなあ)

 孤児院で育ったリベルは、そんなことを考えながら喜びをかみしめていた。


 数日後ロブ爺さんの塩を売りにオルトセンの街中までやってきていた。

(お、また塩の値段が上がってるな)

「お、来たな」

「また、塩の値段が上がってますね」

「戦争がまだ続いているからな、今日は1000でどうだ」

「はい、それでお願いします」

 すぐに商談は終わって、リベルは店の外に出て歩いている。

(ロブ爺さんからは、800で買ったけどそれでもまだ安かったかなあ、次は900で買い取ろうかな)

 そんなことを考えながら歩いているとリベルは四、五人の男に取り囲まれる。

「え、何!」

 リベルが反応する間もなく手錠をかけられた。

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