第35話ワイバーン
リベルは、ダリオとカルヘオを伴ってトウチが見渡せる岩の上に空間移動を行った。
「ここから、バルログが溶岩を投げつけて町を焼いたんです」
リベルは二人に説明をしながら、岩の先の方へ歩いて行く。
「ほー」
リベルは町を見下ろして思わず声が漏れる。
最後に見た町は黒く焼け焦げて何も無くなっていたが、いくつかの家は再建され、今も建設中の建物がいくつかある。
(ああ、良かった)
時間をかければまた元に戻るだろうと思わせる光景が広がっていた。
三人は町の中に入っていく。
「お、帰ってきたのか」
リベルは、見知らぬ男から声をかけられる。どうやらリベルが助けた人らしい。
「すいません、ゲンゾウさんやハルサダさんはこちらにおられますか」
「ゲンゾウ様はナカチだが、ハルサダ様はこの先の名主の家におられるぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
リベルたち三人は、以前の名主であったハルナ家のあった場所へ向かった。
ハルナ家のあった場所には新しく建物が立っていたが、以前と比べると随分小さかった。家に着くとハルサダ自らが玄関まで迎えに出てきた。
「おう、よく戻ったな」
「ご無沙汰しております。復旧も進んでいるようですね」
「そうだな」
「今はハルサダさんがここの名主ですか?」
「いや、まだ仮だな。ハルナ家は無くなったからな」
「そうなんですね・・・」
リベルは亡くなったハルサダの家族の事を思い出す。
「アカテから話は聞いてるが、随分ややこしくなってるな」
「そうなんですよ、色んな人を巻き込んだりして」
リベルはハルサダと情報交換した後、白岩の行の場所を聞いてハルサダの家を後にする。
「なんか、家も服装も全然違いますね」
「そうだろ、食いもんも全然違う」
ダリオとそんな話をしながら川沿いを歩いて行く。新しく架けられた橋は白木のままで、渡っているときに木の香りがした。
川向こうは復旧が進んでなく、どこにタケチ家があったのかすぐには分からなかったが、家の裏にあった竹藪を目印に歩いて行くと、雑草が刈られただけの広場に、1mほどの高さの墓石がぽつんと置いてあった。
(ここか)
通常亡くなった遺体は土葬され、一つ一つ墓石が置かれるが、今回の場合判別がつかなかったのだろうか一纏めにしてある。
リベルは墓石の前に花を置いて祈った。
三人はそのまま竹藪の傍の道を通って山へ入って行き、一日歩いてやっと白岩についた。
「何か、ここでボーとしてたらワイバーンが襲って来るらしいですよ」
「待つのは面倒だから探すか」
カルヘオはそう言うと、アストリットを放ち、ピッピと共に周囲を探索する。
しばらくして、
「見つけました」
「どんなところだ」
「崖ですね・・・、高さは100mぐらいありそうです」
「矢は届かんな」
仕方なく来るのを待つことにする。リベルだけが岩の上に残って囮となり、カルヘオが森の中からそれを狙う。
ところがなかなかやってこない。リベルが退屈してうとうとし始めた時、
『ピー』
ピッピの甲高い鳴き声でリベルは目を覚ますと、ワイバーンが目の前まで迫っていた。慌てて瞬間移動で逃げる。
『キョ』
ワイバーンは短く鳴くと帰って行った。
「リベル怪我は無いか」
森から出てきたカルヘオが聞いてくる。
「はい。矢は?」
「ばっちりだぞ」
麻酔薬のついた矢を受けたワイバーンをピッピが追跡し、その後を三人が追っていくと、最初見つけた崖の下でワイバーンは横になっていた。
すぐに木に縛り付けて麻酔から覚めるのを待つ。
目覚めたワイバーンにダリオが精神系の魔法をかけていったが、今回は邪魔されることもなくテイムすることが出来た。
「ダリオ、じゃあ頼んだぞ。俺とカルヘオさんは先に帰ってるから」
片付けながらリベルがそう言うと、
「え、ま、待ってくださいよ、どうやってこいつを連れて行くんですか」
ダリオは慌ててリベルを引き留める。
「そりゃ、乗って。一気にビューンと」
「いや、無理ですよ」
「じゃあ、歩いて帰るのか、700㎞ぐらいあるぞ」
「え、そんなに・・・」
ダリオは困っていたが、乗るしかないと分かると恐る恐るワイバーンに跨ってみる。
ワイバーンは直ぐに空高く舞い上がり、大きく旋回してゆっくりと降りてくる。
「お、行けそうじゃないか」
「な、なんとか頑張ります」
ダリオの顔は少し青ざめていたのでリベルが励ます。
「軍でも使ってるんだから大丈夫だろ。お前ならやれる」
ダリオが小さく頷くと、ワイバーンは高く舞い上がって見えなくなった。
二日後にダリオは帰ってきた。
「ただいま、やっと着いたっす」
疲れ果てたダリオをクロマルと子犬たちが迎える。
「おー、お疲れだったな。ゆっくり休め」
ダリオは無言でソファーに倒れこむ。
翌日、軍の駐屯地にワイバーンを届けた後、二日後、二頭目を捕まえに三人は戻って行った。
結局、三頭を捕まえるのに二週間もかかってしまった。
軍に三頭目のワイバーンを届けた帰り道。
「やっと終わったなあ、一頭200万だとしても割に合わんなあ」
「もう二度とやりたくないっす」
リベルに同調してダリオも不満を漏らす。その様子を見てカルヘオが苦笑いしている。
「終わったことだし、どっかに旨いもんでも食べに行くか」
「賛成っす」
カルヘオの提案にダリオがすぐ賛同する。
「ダリオは大変だったがよく頑張ったんで、海を見ながら旨いもんでも食うか」
「え、海っすか?」
「俺がちょっと前までいたとこだ、いいとこだぞ」
「マジっすか、行ってみたいっす」
リベルの提案にダリオは目を輝かす。
「おい、俺も連れてけよ」
「カルヘオさんもですか、海しかありませんよ」
「構わんから連れてけ」
リベルはその場で、ダリオとカルヘオを連れてパレパネ島へ空間移動を行った。
「うお、何だここは」、「暑っつ」
強い日差しと熱気が三人を包む。
やがて目が慣れてきて、抜けるような青空にまぶしく光る海にダリオは息をのむ。
「これが、海!」
「何て美しさだ」
カルヘオも景色に見とれている。
「カルヘオさんも海は初めてですか」
「いや、初めてじゃないが、こんなに美しかったかな?」
「その恰好暑いでしょ、まずは着替えましょう」
リベルはそう言ってカルヘオとダリオを商店へ連れて行く。三人はシャツと短パン、サンダルを購入して着替える。その後、ゴルテスの店にやってきた。
「ゴルテスさんこんにちは」
「おー、戻ったのか」
「はい、それから友達も連れてきました」
「おーそうか、いらっしゃい」
昼時になのでゴルテスは忙しそうにしており、カウンターの向こうから声をかけてくる。
三人が座るとすぐに、カーナが海老や貝を煮たものがかけてあるご飯とビールを持ってくる。
「ここじゃ、勝手に料理やビールが出てくるのか?」
「まあそうですね」
リベルが笑いながら答える。
「これ旨いっす」
早速、ダリオが口にして感想を言う。
「ここは、素材がいいからな」
「このビール薄いな」
「ここの人は、水代わりにしてますからね」
リベルは以前来たとき、ゴルテスの店から100m程離れている砂浜に、デッキチェアをいくつか並べた休憩場所を作っていた。何本かのヤシの木に横木を渡し、ヤシの葉を日よけにかけただけの簡単なものだ。
食事が終わった後、リベルはカルヘオとダリオをその休憩場所に案内する。
「ここで、ちょっと休んでてもらえますか」
リベルはそう言って店に戻る。
店ではいつものようにロブ爺さんがやってきていた。
「ロブさん、お元気でしたか」
「お、もう帰ってきたのか」
ロブ爺さんは日焼けしたしわしわの顔を綻ばせる。
「ええ、それでロブさんにお願いがあるのですが」
「ワシにできる事なんかないと思うがな」
ロブ爺さんは苦笑いをしながら答える。
「オルト共和国で戦争が起きて塩が不足しているんです。塩を売っていただけませんか」
「そりゃ、構わんが。この飯がかかってるからな安売りはできんぞ」
ロブ爺さんはスプーンで汁のかかったご飯を掬い上げながら答える。
「キロ当たり600でどうでしょう」
「な、何だと」
ロブ爺さんは驚いて顔を上げる。
「品不足で、値段が上がってるんです」
「そうか、売るから飯を食い終わったら家についてこい」
ロブ爺さんが食べ終わるのを待って、ロブ爺さんとリベルは店を出る。
途中、カルヘオに声をかける。
「カルヘオさん少し出てきますから、ここでゆっくりしててください」
「ああ、分かった」
カルヘオはビールを飲みながらデッキチェアにもたれてくつろいでいる。ダリオは寝てしまっているようだ。
リベルはロブ爺さんから20㎏の塩を12000rで購入した。
「本当にいいのか?」
「はい」
「こんな高値で売れたのは何十年ぶりだろうか」
ロブ爺さんは嬉しそうにしている。リベルは塩をバッグにしまうとすぐに空間移動でオルトセンに移動した。
リベルはオルトセンに着くと、キロ1200rで塩を売っていた店に向かった。
【塩 1250r/㎏】
値段を確認すると少し上がっている。
リベルは主人に声をかける。
「すいません、塩を売りたいんですが買ってもらえますか」
「ん、商人か。組合のカードを見せろ」
リベルが商業組合カードを見せると、商店の親父が確認して奥に案内する。
「見せてみろ」
リベルが塩を取り出してみせると、店の主人は舐めたりしながら品質を確かめている。
「品質はいいな、どこ産だ?」
「パレパネ島です」
「ほう、珍しいな。最近じゃなかなか手に入らん。800でどうだ」
「遠くから運んだんですよ、最低1000は欲しいですね。表に売ってる塩より高値で売れるんじゃないですか」
リベルは、品質の良さをアピールして値段交渉する。何度かのやり取りの末、950rで売ることが出来た。
「また、頼むぞ」
「こちらこそよろしくお願いします」
海を見ながら、ビールを飲んでいるカルヘオのもとにゴルテスが新しいビールも持ってやって来ると、カルヘオの隣のデッキチェアに座る。
「お二人はリベルさんとはどういう関係ですか」
「俺たちはハンターだ。軍の依頼で三週間ほど頑張ったんで、その息抜きにな」
ゴルテスがビールを渡し、葉巻を勧める。
「良かったらどうぞ、不良品なんでサービスです。味は変わりませんよ」
「お、葉巻か。いただこう」
カルヘオは、葉巻の匂いを嗅いでから火をつけた。いい香りが口から鼻に抜ける。
「うまい」
「ごゆっくりどうぞ」
目を閉じてゆっくりと葉巻を味わっている様子のカルヘオを見て、ゴルテスは話しかけるのを止めて立ち去った。
『ざく、ざく、ざく』
カルヘオは、砂を踏む足音に目を覚ます。
「お、戻ったのか」
日は少し傾きかけており、逆光の中にリベルが立っていた。
「ダリオはどうしたんです」
リベルは、ダリオの座っていたデッキチェアを見ながら聞く。
「子供たちと一緒にどっか行ったぞ」
リベルは、デッキチェアに腰を下ろして、
「ここはどうです」
「最高だな」
カルヘオは海を見ながら一言そう答えた。
日が海に沈もうとしているころ、ダリオが子供たちを連れて帰ってきた。
「あ、リベル兄ちゃん」
フーチが日焼けした笑顔で話しかけてくる。
「おー、もう仲良くなったのか。やっぱり子供同士はなじむのが早いな」
子供たちと仲良くしている様子のダリオを見てリベルはからかう。
「誰が子供っすか」
からかわれたダリオもニコニコしている。
「それより、これ見てくださいよ」
ダリオの持つ大きなバケツの中に、鋏の大きな蟹が三匹入っていた。
「なんだそれは」
「ヤシガニっていうらしいっすよ」
「食うのか、あんまりうまそうには見えないが」
「何か毒があるらしいんですが」
「じゃあどうするんだ」
リベルたちが、そんな話をしているとゴルテスが声をかけてくる。
「こっちに持って来い、焼いてやるから」
声のする方を見ると、店の外に積んであるレンガのところから炎が上がっているのが見えた。
ゴルテスは、ヤシガニの他、貝や、魚を焼き始める。リベルたちはその周りに椅子を並べて座った。
ゴルテスは焼けたものを火箸で隅っこに寄せている。
「ほら焼けたぞ、食え」
「さっき、毒があるって聞きましたよ」
「足は大丈夫だ、内臓は食うな」
ボカ達少年三人も一緒に食べている。
「カルヘオさん、ずっとビール飲んでますね」
「暑いからな、いくらでも入る」
この日は、わいわいと楽しく外での夕食となった。もう空はたくさんの星が光っている。
「わあ、何ですかその恰好」
リベルの空間移動でいきなりダリオの家に戻った三人を見てリリィが声を上げる。海にいた時の半袖短パンにサンダル履きの格好であった。オルトセンも季節は夏に近づいていたが、あまりのラフな格好に違和感がある。
「気分がいっぺんに醒めたな」
「そうすっね」
「なんでだろうな」
三人はそんなことを言いながら服を着替えた。
その翌日、エンプレオスから預かった腕輪が光った。
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