第10話エレナ

 翌朝、リベルが狩猟組合に行くとアダンがカウンターに立って待っていた。

「リベル、見つけたぞ」

 アダンはそう言うとリベルをブースに案内して席を外す。

 すぐに女性を連れて戻ってくる。

「エレナです。よろしくお願いします」

 160㎝ほどの身長で、赤髪のおとなしそうな印象だ。

 アダンが紹介する。

「最近、狩猟組合の職員になったばかりだ。こうみえてCランクだ」

「リベルです、よろしくお願いします」

 エレナはちょっと頷いているが、不愛想な感じだ。

「ある程度のレベルになるには一ヶ月ほど欲しいが、エレナも初めての指導だから、四、五日お試しでどうだろう。値段も少し割り引いて2万5千でどうだ」

(少し不愛想な感じだが仕方がないか)

 そう思いながらもリベルは了解する。

「構いません、よろしくお願いします」

「それでどうする、この間の依頼を受けるか、Cランクの依頼だったら正式に受けれるぞ」

 リベルは、ジャイアントリザードの依頼についてエレナに説明する。

 それを聞いてエレナが驚いて口を挿む。

「いや、無理でしょ、あなたFランクですよね、私の武器じゃジャイアントリザードは倒せませんよ」

 アダンがエレナに言う。

「心配するな。リベルは、三年前にオーガを倒したことがある」

「え、Fランクで?」

 エレナは不思議そうにリベルの方を見る。

「エレナさんには、森の歩き方を教えてほしいんです、先日森で迷子になりましたから」

 エレナは納得していないようだが了解する。


 リベルとエレナは並んで歩きながら森への道を進んでいる。リベルが話しかけてもあまり会話に乗ってこないが、方角を確認する方法や、地図の場所に正確にたどり着くためのコツなどハンターとして必要な知識については説明をしてくれている。

 森に入って先日と同じように川を目指して西に進むんでしばらくすると川が見えてきた。先日のような沢ではなく。それなりの川幅のある川だ。

 リベルが聞く。

「先日も同じように西に向かって進んだのですがこの川が見つかりませんでした。どうしてでしょう」

「道は曲がりくねっていて、最初西に向かっていても知らず知らずのうちに全然違う方向へ向かっていることがあります。常にどの方向へ向かっているか確認しながら進むことです」

 淡々と説明するエレナにリベルは付いて進む。

 しばらく川を下っていくと、足跡や、ふんなどを手掛かりに追跡をはじめ直ぐにジャイアントリザードが見つかった。

 リベルは抜いた刀に次元切断の魔法をかけると、瞬間移動でジャイアントリザードの傍まで移動すると首を切り落とす。

 体の長さは3m程の大きな蜥蜴だが、動きがあまり早くないためあっという間に三頭を仕留めることが出来た。

 すると、リベルのレベルがアップし5になった。

 遠めに見ていたエレナが驚いている。

 近づいてリベルに聞く。

「凄い手際の良さだったけど、本当にFランク?」

「今ので、Eランクになれました」

 リベルが苦笑しながら答える。

 買い取ってもらえる皮を剥いで持ち帰ることにするが、ここでもエレナの手際がいい。ナイフの入れ方や手順などを教わりながら解体を進めた。

 狩猟組合に戻って清算すると、依頼、素材合わせて19万rとなり、そこから、2万5千rをエレナに支払う。

 それを複雑そうな顔をしてエレナが受け取る。

「なんかすごく損をした気がするのだけど」

 それを聞いたリベルは、

「今日はたくさん教えてもらい勉強になりましたので」

 そう言って追加で1万rをエレナに渡すと

「え、本当!。ありがとう」

 エレナがリベルの目を見てにっこりと笑った。

(この人の笑顔を初めてみたかも)

 リベルはそう思いながら、エレナと別れて宿に帰っていった。


 二日目は、やはりCランクの依頼である、トレントの駆除にやってきた。

「トレントを見分けるのは、違和感」

 エレナがそう言いながら森の中を進んで行く後をリベルは続いて進む。

 突然、エレナが立ち止まると指さす。

「あの岩の上にある木、不自然でしょう」

 リベルがよく見てみると、バランスが何かおかしいし、そもそも岩の上に生えている時点で相当不自然だ。さらによく見るとその周りも何か変な気がする。

「そう思ってみると、隣と奥の木も変な感じがするんですが」

 リベルがそう言うとエレナが頷く。

「おそらくあれもだと思う」

 リベルは刀を抜いて次元切断の魔法をかけると、一人で木に近づいていく。10mほどに近づいたとき突然枝が動き始めた。

 それほど早い動きではないので、リベルは枝の動きを見極めながら近づき刀を横に払って輪切りにする。トレントは普通の木よりも粘るような硬さがあって、剣などを通しにくく、魔法でも倒しづらいが、リベルには相性がいい。

 あっという間に6本のトレントを退治した。

 あまりにあっけないことにエレナはあきれて言う。

「こんなに簡単に倒せるなんて」

 リベルは倒したトレントを切り分けて袋の中に入れている。

「その時、直径1mはあるような大きな木が突然動き出した」

 リベルは少し驚いたものの落ち着いて対峙し、トレントの幹に向けて次元切断の魔法をかけた刀を横薙ぎに払うが、刀が弾かれた。

 驚いて動きの止まるリベルにトレントの太い枝が襲って来る。

 リベルは慌てて避け、体勢を立て直しながら再度刀を振るうがやはり弾かれる。弾かれる瞬間木の幹がぼんやりと赤く光っているように見える。

 リベルは、エレナを抱きかかえるとすぐに瞬間移動で距離を取る。

「あの木、魔法のバリアを持っているようですが」

 突然抱きかかえられたことに動揺している様子のエレナが答える。

「あ、え、エルダートレントかな?」

「ちょっとあれは倒せないですね、帰りましょう」

 二人はあきらめて狩猟組合に戻る。

 トレントの素材は高く売れるが、重量がある上にエルダートレントが現れたのであまり回収できず、6本倒したのに24万rにしかならなかった。

 今日もおまけに、1万rを渡して帰ろうとするリベルにエレナが声をかける。

「あの、これからどこへ」

「宿に帰って、飯食って寝るだけですよ」

 リベルがぶっきらぼうにそう言うと、

「も、もしよければ、食事にご一緒させてもらってもいいですか」

(最初そっけなかったが、まあいいか)

「そうですね、ハンターとして必要なことなど色々教えてもらえれば助かりますので、ご一緒しましょう」


 エレナにお勧めの店を聞いて二人で向かう。串焼き肉の店で、猪や鹿などの野生動物の他に魔物の肉も一部も出している。

 向かい合わせで丸テーブルに座るとビールで乾杯する。

 エレナは一気にジョッキ半分のビールを飲んでテーブルに置く。

「エレナさんビール好きなんですね」

「そうですね」

 エレナは、あまり減っていないリベルのジョッキを見てそう答える。

 すぐにリベルが聞く。

「早速聞きたいんですが、今日のエルダートレントって魔法防御を使っていたようで、斬ることが出来なかったんですが、魔物って魔法を使うものもいるんですか」

「魔物ですから人間のように知性があるわけではありませんので、魔法を意図して使うことはできません。ですから魔法を使っているのではなく、魔力を帯びているだけですね」

「あーなるほど、他にもそういった魔物が?」

 リベルは何の肉かわからない串を頬張りながら聞く。

「大体、今回のように上位種が持っていることが多いですね、魔力を持った爪を持ったりとか」

 エレナは、ビールをごくごくと飲み干す。

「そういう魔物の知識っていうのは、本かなんかあるんですか」

「あるにはあるんですが、あまり詳しくなくて、ハンター同士で情報交換しておのおの書き足してますね」

「じゃあ、明日はお休みにして本を探してみます。それと、今着ているこれしか服を持っていないので服も買いに行きたいのです」 

 リベルは、ラットキンの着物の袖を引っ張りながら答える。

「そうですか、わかりました」

 そう言ってその日は分かれる。


 翌日、少し遅い時間に起きたリベルが部屋を出て一階へ下りて行くとエレナが待っていた。

 リベルが驚いて声をかける。

「え、昨日休みと言いましたよね」

「買い物にご一緒します。店とかあまり知らないでしょう」

「確かに助かりますが、でも、今日は日当払いませんよ」

「もちろん、休みですからいいですよ」

 エレナはそう言って笑う。

 リベルとエレナはあちこち回って、本、服や下着類の他に、皮の防具などを購入するため丸一日を費やしたので、昨日に引き続き夕食まで一緒であった。


 四日目、依頼内容の張られた掲示板の前で、リベルとエレナが今日受ける依頼の検討をしている。

 リベルは昨日買った服の上に、皮の胴と小手、脛当てを付けている。これで見た目は立派なハンターの姿となった。

「手ごたえがあまりなかったので、今日はBランクから選びたいと思います」

 リベルがそう言うと、エレナは特に驚きもせず同意する。

「それじゃあ、少し毛色が変わったところでこれにしますか」

【ミルウルの森、バニシュアダー 25万r、Bランク】

 森に向かいながら、エレナはバニシュアダーについて説明する。

「バニシュアダーの体長は大きいもので10mを越えます。攻撃は毒牙による噛みつき、毒液飛ばし、巻き付きなどです。しかし、一番の武器は体色を変化させて森の景色に溶け込んで見えなくなるところです」

「それでは、発見するのが難しいですね。どうするんですか?」

「その時になったら説明します」

 そう言ってエレナは笑う。

 森の中をしばらく進んだ後、後ろに続くリベルの方を振り返って、

「近くにいます。目を凝らしても見えませんから、集中して気配を察知してください」

 リベルは目を閉じて集中する。木々の葉を揺らす風の音、遠くから聞こえる鳥の鳴き声、虫か何かの出す音などが聞こえてくるが気配はわからない。

「来る!」

 エレナがそう言うと、目の前の景色がずれたと思ったら、その瞬間、赤い口と牙が目の前に迫ってきた。

 リベルはとっさに転がって避ける。直ぐに立ち上がると蛇の胴体を切り離す。

 二つになった胴体は、バラバラに暴れているがやがて動かなくなった。

「ふう、見えてしまえば何でもないですが、いきなりだとこれはやられますね、どうやって気づいたんですか」

 リベルはエレナの方を見て聞く。

「これも訓練ですね、長年探索をやっているうちに、気配察知のスキルが身につきました」

「そうですか、森は怖いですね。これは一か月やそこらでは身につけるのが難しそうです。当面ガイドがいた方が無難ですね」

 エレナが笑いながら頷く。


 五日目、狩猟組合でリベルがエレナに話す。

「今日は思い切って、これなんかどうでしょう」

【ホルムルス台地、灰地竜 120万r、Aランク】

 エレナは少し考えてから、

「地竜の中では最下位種なので、魔力は持ってない可能性がありますね、そうであれば問題ないでしょうね」

 地竜は飛べないが、高さ5m、長さ8mほどで、硬い皮膚には容易に攻撃は通らない上に、時速100㎞近い速度で攻撃してくるため、Aクラスハンターであっても複数人で綿密な作戦を考えて対処しないと倒せない。しかし、リベルの瞬間移動と次元切断があれば相性はいい。


 ホルムルス台地は遠方で、歩けば二日はかかる。そのため、リベルはエレナを背負って瞬間移動で進むことにした。

 ホルムルス台地は、標高2000mほどの場所で主に草原が広がっている。まだ暑い季節だがここは涼しく、草原に生えている草は茶色くなりかけていた。

 地竜の痕跡は直ぐに見つかった。三つの爪が特徴的な大きな足跡があり、通った後には人がすっぽり隠れる高さの草がなぎ倒されている。

 エレナがリベルの方を見て小声で話す。

「地竜は、嗅覚が良いらしいからもし風下にいれば気づかれているかもしれない」

「この視界だと先制攻撃は難しそうですね」

 リベルは周囲の草を見ながら言う。

 少し歩いて、リベルはエレナを背負うと草原の中にぽつぽつと立っている木の上に瞬間移動を行なった。

 高さ5mほどの低木だが草原を見回すことが出来る。

 移動したときの音に反応したのか、地竜がものすごい速度でこちらに向かって来るのが見えた。とっさに、目に入った2,300m先の木にエレナを背負って瞬間移動する。

 振りかえると、さっきまでいた木に地竜が激突し枝や葉が飛び散り舞い上がるのが見えた。その隙を狙ってリベルは地竜の後ろに瞬間移動し、次元切断をかけた刀を振るう。

『バシ!』

 リベルの刀が弾かれた。直ぐに気が付いた地竜は振り返ってリベルに噛みつこうとしてくる。慌てて、リベルはエレナのいる木の上に瞬間移動を行った。

「ダメでした、逃げましょう」

 そう言ってリベルはエレナを背負って木の上を転々としながらホルムルス台地を後にした。

 背負っていたエレナを下ろしてリベルは言う。

「一攫千金を狙いましたが、そんなに甘くはなかったですね」

「ハハハハ」、「ハハハハ」

 リベルとエレナは草原に腰を下ろして笑いあう。

 二人は帰り際に、崖にいた山羊などを狩って帰った。


 狩猟組合に戻って清算した後アダンと話す。

「どうだ、今日で五日か、このままもう少し続けるか?」

「そうですね、一番の目的である旅費も十分に稼げましたから、これで一旦終わりにしたいと思います」

 エレナが口を挿む。

「でも、探索などの知識はまだまだなのでもう少し続けませんか」

「確かにそうですが、かなり時間がかかりそうなので、少しづつ学んでいけばと思います」

 腕組みしているアダンが頷いてから話す。

「まあお前の場合、危なくなったら瞬間移動で逃げるという手があるからなあ・・・それでこれからどうするつもりだ」

「明日は旅の準備をして、明後日にはオルトセンに向かおうと思います」

「そうか、若い奴は行動的でいいな・・・それじゃあ明日の夜は空けておけよ」

 リベルは、少し不満そうなエレナをおいて狩猟組合を出る。

 オルト共和国の首都オルトセンはサレトから600㎞も離れており、馬車でも二週間はかかる。街道沿いに宿場町があるため野営の準備はしなくても良いが十分な路銀が必要となる。


 翌日の夕方、アダンとエレナがリベルの泊まる宿にやってきた。

 一階の食堂のテーブルに座りビールを注文したところでカリストもやってきた。

「お、エレナも一緒か、仲良さそうだったからなあ」

 カリストはそう言ってにやにやしながら席に着く。

 カリストはリベルの方に向いて話す。

「オルトセンへ行くそうだな、エレナも一緒か」

 エレナが戸惑いながらも笑う。

「いや一人ですよ、カリストさんはオルトセンに行ったことがあるんですか」

「行ったどころか、昔住んでたからな」

「へーそうですか、どんなところです」

「まあ人が多いな。職人も多いし、世界中からいろいろなものが集まっているから色々見て回るといいぞ」

 それを聞いたアダンも話す。

「ハンターもな、Aランクがごろごろいるからな、そういったやつのパーティに入れてもらえれば得難い経験ができるぞ」

「いや、まだEランクですから、端から相手にされないでしょう」

「いや、お前の魔法はなかなか面白いから、案外重宝されるかもしれんぞ、例えば荷物持ちとか」

「ハハハハ」、「ハハハハ」

 カリストとアダンがそう言って笑う。

 

 翌早朝、リベルは旅の準備をして宿を出た。まだ人通りのほとんどいない道を歩いて東門へ向かう。町の外からは朝霧が町の中へ流れ込んできていた。

 門の傍にエレナが立っていた。

 リベルはアッと思ったが、ひょっとしたらという思いもあった。

「おはようございます、エレナさん。わざわざ見送りに来ていただいてありがとうございます」

「あ、いえ」

 少し戸惑った様子でそう答えると無言でリベルについて歩く。

 街道の入り口まで来るとリベルは振り返ってエレナに言う。

「ここで結構です。大変お世話になりました」

 エレナは少し躊躇してから、

「あの、一緒に連れて行ってください」

 リベルは少し考えてから、

「一人でどこまでできるか試してみたいんです。ですから申し訳ありませんが」

「でも、きっと役に立てることが・・・」

 リベルが決意のこもった目でエレナを見つめると、エレナは俯く。

「それでは」

 そう言うと、リベルは濃い霧に包まれている街道を東に向かって進み、直ぐに見えなくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る