第11話ダリオ

 リベルは、すでに日が高くなっている街道を歩いている。瞬間移動で進めばあっという間に進めるが周囲の景色を楽しみながら歩く。

 夏の暑さも和らいで気持ちいい秋風が吹いている。

(一気に瞬間移動で進むと旅してる感じがしないからなあ)

 リベルは、そんなことを考えながらのんびり歩く。時折騎馬や馬車などが追い抜いていくが気にせず歩く。

 昼頃になって、お腹が空いてきたので瞬間移動で宿場町へ急ぐ。

 サレトからオルトセンまでの約600㎞の街道沿いには、30余りの宿場町がありその最初の宿場町で昼食を取った後、瞬間移動を使ってどんどん進み夕方には10番目の宿場町へ着いた。

 北から南へ流れる川沿いの宿に入って三階の窓から町の外を眺めると、川沿いには宿屋や、商店などの町並みが続いている。川にはいくつもの船が船着き場に止めてあり、川が運搬の手段となっているのがうかがえる。

 翌日も、気まぐれに歩いたり、瞬間移動をしたりして20番目の宿場町へついた。馬車であれば二週間の行程であるが、明日にはオルトセンにつく予定だ。

 翌日もマイペースで進み、あと50㎞ほどでオルトセンにつくといったところで立ち止まる。

 街道の両側は草原が続き色とりどりの花が咲いていた。

(へえ、美しいな、まだ時間もあるので少し休んで行こう)

 リベルは、街道を離れて草原の中に入っていく。街道から少し離れたところに幹は太いが背はあまり高くなく、たくさんの太い枝が曲がりくねっている不思議な木があった。

 リベルは興味を惹かれたので木に近づいて、横に伸びる太い枝の上に瞬間移動を行う。

 高さは5m程しかないが平坦な草原が遠くまで見渡せる。リベルは枝の上に横になってぼんやりと草原を眺めていると、草原の草花を波のように揺らしながら風が吹いてきて心地よい。


「おい、おい!、降りてこい」

 人の声がしてリベルは目を覚ます。知らないうちに寝てしまっていたようだ。

 見下ろすと、四、五人の兵士がこちらを見上げている。

「おい、聞こえているのか、降りてこい」

 リベルは、瞬間移動は使わずに木の幹を伝って下に降りる。

「お前は何者だ、何をしていた」

「私は、リベルと申します。その、昼寝をしていました」

「怪しい奴だな、何か身分を証明するものはあるか」

 リベルはハンターカードを出そうかと思ったがすぐに考え直す。

(ハンターカードには、時空魔法や刀のスキルまで載っている。逆に怪しまれるかもしれないな)

「いえ、何も」

 兵士の一人が刀を見て聞く。

「それは剣だな、傭兵か、ハンターか?」

「まあいい、詳しいことは詰所で聞くから同行してもらう」

「いや、待ってくださいよ、ただ昼寝していただけなのにひどいじゃないですか」

 兵士がリベルの腕を取ろうとした瞬間、リベルは街道の傍に停めてある馬車の上に瞬間移動する。

 リベルは木の下であっけにとられている兵士たちに向かって大声で、

「本当に怪しい者じゃありませんのでお気になさらずに」

 馬車の周りにいる兵士や騎馬兵などが驚いて見るが、その瞬間リベルは瞬間移動で視界から消えた。

 リベルは街道から離れた山の中腹にある岩場に瞬間移動するとその場に腰を下ろす。

「やれやれ、災難だったな」

 そう独り言を言って、山から街道へ戻るルートを考えていると、遠くに煙が上がっているのが見えた。

 気になったので瞬間移動で近づいて見ると、すでに燃え尽きようとしている黒焦げになった建物の残骸があった。近くには木の柵で囲まれた牧場のようなものがあり、柵の傍には狼の死体がたくさん転がっている。

(ん、これはどういった状況だ?、狼が家畜を襲って家に火をつけた?、いや違うな)

 少し離れたところにいくつかの小屋が立っているのでその小屋に向かう。

 一つの小屋を開けると、ベッドや家財道具がおいてあり誰かが住んでいるようだが誰もいなかった。

 もう一つの小屋を開けると家畜のえさであろうか干し草や、農具などがおいてある。

 リベルが小屋を出ようとしたとき、『ガサリ』と物音がした。振り返って見てみると、干し草の間から顔を出す少年と目が合った。

 とっさに逃げようとする少年に声をかける。

「何があった」

 少年はリベルを見て安心したのか、戸惑いながらも奥から出てくる。そのあとクリーム色をしたインコが飛んできて少年の頭に止まった。


「ダリオといいます」

 少年はそう言った。茶髪に茶色の目で痩せており、目鼻立ちははっきりしているが身長は150㎝程しかなくどう見ても子供だ。

「俺は、リベル。何があった」

 ダリオはぽつりぽつりと話し始める。

「昨夜野盗に襲われました。グリン家の人たちは全て・・・子供も」

「お前は、グリン家の者ではないのか」

「私は、拾われて・・・でも小屋に住んでいたおかげで助かりました」

「ここは、どういった場所だ」

「ここは、馬車に牽かせるための馬や、魔獣などを飼育している牧場です・・・。野盗たちはそれを全部持っていきましたので今はいませんが」

「死んでいた狼は?」

「狼は、家畜を守るために飼っていました」

「なるほど、ところでお前はここで何を」

「俺は、テイマーです。野生の魔獣をここに連れてきます」

「じゃあ狼もお前が?、それと・・・」

 リベルがそう言ってインコの方を見ると、インコが『ピー』と鳴く。

 ダリオが少し笑いながら頷く。

(なるほど、状況は良くわかった。しかし、子供を放っておく訳にもいかんしな、どうするか)

 リベルがダリオに聞く。

「お前はこれからどうする」

 ダリオは考えているようだが答えが出ない。口を強く結んで俯いている。

「・・・・・」

「誰か身寄りは」

 ダリオは首を横に振る。

(仕方がない、オルトセンまで連れて行くか)

「どうだ、一緒にオルトセンまで来るか」

「はい」

 ダリオは顔を上げて嬉しそうに返事をした。


 リベルはダリオのリュックにマジックバッグの魔法をかけて、小屋の中から運び出した家財道具を入れて行く。

「これ凄いっすね」

 ダリオが驚きながら見ている。

 ダリオはリュックを背負ってリベルに背負われる。

「いいか鳥はしっかりと捕まえておけ」

 そう言うとリベルは瞬間移動で移動していく。ダリオが一瞬で変わる景色に唖然としている間に、オルトセンの近くまで移動した。

 ダリオはリベルの背から降りると、

「凄いっすね、あっという間にこんなところへ、ここどこですか」

「オルトセン、この国の首都だ。俺も始めてだが」

 そう言ってリベルは笑う。

 二人は街道を歩いてオルトセンへ向かって歩いていく。街道の両側にはぽつぽつと家屋が立ち並んでいるが、進んで行くうちに家が密集してきて、往来する人や馬車が段々と多くなってきた。街道からさらに左右に向かう道の先にも建物があるのが見え、町が大きく広がっているのがわかる。

 そんな中を、一時間ぐらい歩いてやっと町の中心近くにやってきた。町の中心部は石畳で道路が整備され、ほとんどの建物は五階建てで統一感がある。やがて中心部と思われる大きな広場までやってくると人でごった返していた。そして正面には一際大きな建物、大聖堂が見えてきた。

 リベルもダリオもあっけにとられて見上げている。

「これ教会ですよね」

 ダリオがリベルに聞く。

「そうとしか思えないが、なんでこんなに大きいのか」

 二人がぽかんとしておると、ダリオの肩に何かが当たる。肩に止まった鳥が『ピー』と鳴くと男が振り返って、『チッ』舌打ちをしながら人ごみに紛れて去っていく。

 リベルはダリオを引いて建物の傍まで移動すると、ダリオの肩に止まる鳥の方を見ながら聞く。

「その鳥の名前は?」

「ピッピです」

「そのまんまか」

 リベルは少し頬が緩む。

(初めてサレトの町に来たときは、なんて大都会と思ったがそんなもんじゃないな)

 オルト共和国は、選挙によって選ばれた議員が政治を行う民主主義国家である。但し、選挙権は年間百万r以上の税金を納付した一級市民のみが持っている。

 隣国のルドルス王国のような王政と違い誰にでもチャンスがある自由な国だ。そのため、首都オルトセンには成功を夢見る人たちがたくさんが集まっていて、人口は90万にも及んでいる。

 リベルが人ごみを見ているとふと教会の入り口が開いていることに気付いた。

(そうだ、教会には孤児院があるじゃないか)

 リベルはダリオ連れて教会の中に入る。

 先ほどは外から見た教会に圧倒されたが中も凄い。様々な彫刻が施された柱が高い天井に続いている。天井には美しい絵が描かれていて、明り取りの窓はステンドグラスで彩られ白い壁に色とりどりの光が反射している。

 前方の祭壇に向かってずらっと長椅子が並べられており、数人が腰かけて祈りをささげているように見える。教会の内部は外と違って人は少なく静かだ。

 リベルは歩いている修道女と思われる中年の女性に声をかけた。

「すいません、ちょっとお聞きしたいのですがよろしいですか」

 女性は立ち止まり、ゆっくりとした動きでリベルの方を向く。

「何でしょうか」

「ここに孤児院はありますか」

「この裏にありますよ」

 奥の扉の方を差しながら言う。

 リベルは礼を言って、そちらに向かおうとする。

「何の御用ですか」

 リベルは振り返って答える。

「こいつを預かってもらおうと思いまして」

 ダリオの方を見て言う。ダリオはよくわからなくて不思議そうな顔をして見ている。

「孤児院は、一人では生きていけない子供を預かるところですよ。見たところ困窮しているようには見えませんが」

 修道女は、ダリオの方を見ながら言う。

 リベルは、野盗に襲われた話をして理解を得ようとするが、

「預かる人数には限りがあります、本当に困っている人でなければ難しいですね。それに預かるのは十四才までです。ちなみに今何才ですか」

 背が低く痩せているダリオはリベルから見れば、十二、三才といったところか。

「たぶん、十五才、十六才かも?」

 ダリオがそう言うと、リベルが驚いて聞く。

「マジか!、子供じゃなかったのか!」

「拾われてきたんで、よくわからないんですが」

 修道女は立ち去って行く。

 リベルはダリオの方を見ながら考える。

(食い物のせいで成長が遅れてるだけなのかなあ)

「狩猟組合に行ってみよう、そうすれば年齢もはっきりする」

 二人は教会を出て狩猟組合に向かった。


 狩猟組合は5階建てで石造りの立派な建物だが、周りの建物と比較して特に大きいというわけでは無かった。

 大きな扉を開けて中に入ると中はホールになっており、奥にカウンターがあって何人かの人が並んでいるが、依頼を張る掲示板や、がやがやと話をしているハンターなどの姿は無く静かだ。

(流石大都会だ洗練されている)

 リベルはそう思いながら、ダリオと共に列に並ぶ。


「こいつのハンター登録をお願いします」

 リベルはダリオの方を見て言う。

「分かりましたこちらに血を」

 ダリオの指先を針に刺して血を一滴、登録器の上に垂らすとステータスが表示される。

【十七歳 レベル25、テイマーレベル11】

 リベルが目を見開く。

「マジか、お前十七才だったのか、しかもレベル25てなんだ、Cランクじゃないか。俺なんかEランクだぞ」

 リベルは不思議に思って、驚いている様子の狩猟組合の職員に聞く。

「登録していきなりレベル25ってどういうことですか」

「こんなに高いのは初めてみましたが、テイマーならありないことはないですね、従えた魔獣が倒した経験値を得ますから」

(牧場を守っていた狼が倒した敵がそうか、なんかとてもずるい気がするな)

 リベルはあほらしくなって、ダリオがハンターカードを受け取ると直ぐに狩猟組合を出ようと出口に向かう。子供だと思ったら自分とあまり年も変わらず、しかも自分よりはるかにレベルが上だとは思わなかった。

 リベルはダリオに言う。

「お前とはここでお別れだ」

 そう言って、外に出ようするリベルの服をダリオがつかむ。

「ま、待ってください。これからどうすればいいんですか」

「お前はハンターとして十分な力を既に持っている。誰かのパーティに入れてもらってやっていけばいい」

「ちょっと待ってください、パーティとは何ですか、ハンターは何をするんですか」

「ハンターは依頼を受けて魔物退治などをする。そうだな・・・」

 リベルが周りを見回すが、依頼を張り出した掲示板などがない。不思議に思ってカウンターの方に戻り奥にいる職員に聞く。

「すいません、依頼の張り紙はどこにあるんですか」

 にやにやしながら職員がやってきて答える。

「お前ここに来たのは初めてだな、ここでは依頼を出していない。郊外に、北支部と南支部があるからそっちに行け」

 ぶっきらぼうな態度でそう言って場所を描いた簡単な地図を渡される。

(なんだ、田舎者だと思ってバカにしやがって)

「兄貴、今の感じ悪かったすね」

『ピー』ピッピも同調して鳴く。

 急に口調の変わるダリオにリベルは戸惑う。

「なんだ?、誰が兄貴だ」

「いや、これから一生兄貴について行こうと。今決めました」

「勝手に決めるな、お前はお前で生きていけ」

 リベルは不安そうな顔をしているダリオを見て、ハンターを始めた当初パーティに入れず苦労したことを思い出した。あの汚い倉庫で雑魚寝したときの匂いがよみがえってきていやな気分になる。

(俺よりレベルの高い奴の世話をするなんてなんかおかしい気がするが、俺も助けてもらってここまでこれたんだから、今度は俺の番かもしれないな)

「分かった、お前がパーティに入ってやっていけることを確認するまで付き合ってやるよ」

「本当ですか、助かったっす」

 ダリオは顔を上げて笑う。


 狩猟組合を出ると外は薄暗くなり始めていた。秋の夕暮れは早い。

 二人は適当に宿に入り二人部屋を取ったのだが、

「え、2万3千rですか」

 リベルは、あまりに高いので思わず声が出てしまう。

 カウンターの中にいる男が、二人の身なりを見ながら少し冷たい感じで言う。

「いかがなさいますか、郊外に行けばハンター用の宿もございますが」

(腹も減ったし今から探すのも面倒だなあ、まあいいか)。

「いや、ここに泊まります」

 リベルはそう言って金を払う。

 二人は部屋に荷物を置くと1階の食堂へ向かった。食堂の入り口で注意を受ける。

「鳥は困ります」ダリオは部屋に鳥を置いてくる。

 白い布が掛けられている丸いテーブルに向かい合わせに座ると料理が順番に運ばれてくる。スープ、サラダ、肉の煮込みなど、どれもとてもおいしい。

「俺こんなうまいもの初めて食ったっす」

 ダリオが感動している。

 リベルも普段は腹を満たすだけの食事をしているため、出されたものはあっという間に食べてしまい二人は間が持てない。

 肉の皿を舐めたそうにしているダリオをリベルが諫めた。

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