第9話サレトへの帰還

 リベルは昼頃サレトの町へ着くと、その足で狩猟組合へ向かった。

 受付に行って、アダンを呼んでもらう。

「お、帰ってきたな」

「はい、やっと落ち着きましたので」

 アダンは、無理に笑い顔を作っているリベルの様子を見て、

「疲れているようだな、宿でゆっくりすればいい」

 リベルは、途中で仕留めてきた鹿を買い取ってもらうと、以前泊まっていたロランドの宿へ向かった。

 宿に入ると、宿の女将であるカーラが驚いた顔で飛び出してくる。

「リベルさんだよね、何年振り、背が伸びた?、それにしても珍妙な格好だねえ」

 リベルの格好を見ながら、矢継ぎ早に話しかけてくる。

「前は、ジェイクさんと一緒だったかな?」

「そうです、ロスヴァイセ、ジェイク。それと、少しだけですがミアと一緒でした」

「そうだ、そうだ、懐かしいねえ」

「ロスヴァイセ、ジェイクはまだここに」

「いやもう随分前、一年前ぐらいかな、オルトセンに行くとか言ってたね」

 オルトセンはオルト共和国の首都で人口は90万人もいる。


 宿の部屋に入ると、リベルはそのままの格好でベッドに横になる。

(ふうー)

 天井を見ながらと大きくため息をつく。外はまだ日が高く窓から明るい日差しが差し込んできている。

 三年間の出来事が頭をよぎっていくが考えがまとまらない。

(これからどうすればいいのかなあ)

 そんなことを考えているうちに眠りに落ちていた。


『ドン、ドン』

 扉をたたく音でリベルは目を覚ます。

(朝か?、起きて素振りするか)

 そう思って目を開けると、暗い部屋の中に見慣れない天井が目に入った。

(ん、あれどこだ?)

 しばらく考えた後思い出す。

(ああそうか、ここはトウチではないんだな、サレトに帰ったんだった)

 起き上がって扉を開けると、知らない若い娘が立っている。

「リベルさんお客さんですよ、下でお待ちです」

 リベルが階段を下りると、アダンが待っていた。

「よお、晩飯でもどうかと思ってな、疲れているんだったらまたにするが」

(朝じゃなかったのか、どうもボケてるな)

「ぜひともご一緒させてください」

 リベルがそう答えるとアダンが笑う。

 一階のテーブルには、カリストとソニアが座って待っていた。

「リベル久しぶりだな、随分と大人になったなあ」

 カリストがそう言って笑う。

「お二人もお元気そうですね」

 リベルはそう言って丸テーブルに腰かける。

「再会を祝って乾杯!」

 四人はそう言ってグイっとビールを飲む。

「リベルも大人になってビール飲めるようになったのか」

 リベルの飲みっぷりを見てカリストが話しかける。

「いや、久しぶりですよ。トウチには米の酒しかありませんでしたから」

 ひとしきり歓談した後、アダンが真剣な顔になって聞く。

「ラットキンの村で何があったのか教えてくれるか」

 リベルは三年間の事を順に説明する。特にトウチの町の壊滅について聞いた三人は驚いて直ぐには言葉が出ない。

「知らないことばかりで、何から聞いたらいいかわからないが、そのバルログという魔物一体で町一つが消滅するというのが一番信じられん。もしそんなことができるのならば戦争でも使われているだろうし、もっと世の中に知られていてもおかしくない」

 アダンがそう言うと、カリストがソニアの方を見て、

「ソニア、魔法はお前の専門だが、どう思う」

「話を聞く限り召喚魔法だと思うけど、そもそもバルログがどこにいてどのような魔物なのか知っていないと呼び出せないし、それほどの魔物を召喚者に従わせることは容易ではないね」

 リベルが聞く。

「狐人とはどんな種族ですか?」

「剣などの武術のスキルを持つものは少なく、魔法のスキルを持つものは比較的多くいるようだが、そんな高位な魔法使いがいるとはとても思えん」

 そう答えるアダンにカリストも同意して話す。

「あいつらははっきり言って弱い種族だ。昔から他の種族に翻弄され、強い者の庇護下に入って生き残ってきたやつらだ」

「であれば、何かに利用されたんでしょうか」

 リベルがそういうと、アダンが少し考えてから話す。

「こっちの事と何か関連があるかもしれんな」

「こっちの事というのは?」

 リベルが聞き返す。

「ラジャルハン帝国だ。5年前に大陸の北半分を勢力下に収め、この5年間は占領地の統治に力を注いでいたが、いよいよ南下の兆しがある。そこで一年前に中央山脈を挟んで南側の、オルト共和国、ルドルス王国、エラル王国の三か国が軍事同盟を結んだ」

 カリストが話を継ぐ。

「その三カ国の人口は、併せて千五、六百万というところ、ラジャルハン帝国は5千万というから軍事同盟を結んでもなかなか厳しい」

「中央山脈があるから守りやすいのだがどうなることか・・・、そのバルログが味方であって欲しいが」

(バルログは敵だと思っていたが、オルト共和国にとっては敵とは限らないか)

 リベルはそう考えると複雑な気持ちになる。

 少し重苦しい空気になってきたのを察してソニアがリベルに聞く。

「リベルはこれからどうするの」

「白ローブの狐人やバルログについて調べたいので、オルトセンや、ルドルス王国に行こうと思います」

「いつ頃?」

「準備出来次第ですね、こんな格好なので」

 リベルはラットキンの着物の袖を持ち上げながら話す。持ち物は燃えてしまい今着ている着物の他は、唯一貰った刀だけが所持品となっている。

 リベルは、アダンの方を向いて話す。

「狩猟組合の方にはまたお世話になります」

「分かった。ちなみにレベルはアップしたのか」

「えーそれが、まだ4のままで」

 リベルが少し恥ずかしそうに言う。

「なんだあ、三年もかかって進歩なしか」

 カリストがあきれて話す。

「刀の修行ばかりで、魔物は狩っていませんから、でも、刀レベルは3になったんですよ」

「刀レベル?、聞いたことないなあ、剣より強いのか?」

「さあ?、どうなんですかね」

 リベルは口をもぐもぐさせながら答える。

 アダンが口を挿む。

「知っていると思うが、レベル4だと薬草取りか、草むしりぐらいしか仕事がないぞ」

「うーん確かに」

 しばらく沈黙した後、カリストが言う。

「もしよければ俺たちと組むか?」

「そうですね、一人で薬草を取りに行くよりはその方がいいですね」

 リベルは昔の薬草取りをしていた頃を思い出す。

 リベルは少し考えてからアダンに聞く。

「高ランクの依頼は受けれないとしても、高ランクの獲物の買取はできますよね」

「そうだな、ついでに言うと、その獲物の討伐が結果的に依頼達成になっていたら普通に依頼料も貰えるぞ」

(え、どういうことだ?)

 リベルが首をかしげる。

「それって、高ランクの依頼も受けられるっていうことじゃ」

 カリストが笑いながら答える。

「ぶっちゃけると狩猟組合では責任取れないということだ」

「ああ、そういうことか。狩猟組合からの依頼は狩猟組合にも一定の責任が生じるということですね、だから狩猟組合が紹介してない案件は自己責任ということですね」

 アダンが苦笑いしながら答える。

「まあ、そういうことだ」

「それなら、とりあえず一人でやってみます」

「いや、さすがにそれは無謀だぞ、いくらお前が特殊な魔法が使えると言っても、例えば寝てるときに襲われるとか、トラップに引っかかるとか、足を滑らせて崖に落ちるとか」

「まあ、そうなんですけど、一人の方が気楽ですから、例えば雨が降りそうだから今日はやめようとか、自分の気分次第で自由に行動できますよね」

「うーん、そうだなあ、リベルならできるかもしれんが」

 話をしているうちにリベルの気持ちも少し晴れてきた。


 リベルは翌日、狩猟組合に向かい依頼内容を確認している。依頼内容はハンターのランク毎に掲示されており、それを片っ端から見ていく。

「どうだ、良い依頼が見つかったか?」

 振り返ると後ろにカリストが立っていた。

「あ、おはようございます。これなんて手頃かと思ってたんですが」

 リベルはCランクの場所に張り出されている依頼を指さしている。

【ハイド森の南、ジャイアントリザード 3万r、3~5匹 Cランク】

「あー、いいかもしれんな。あまり攻撃力は無いし、そいつの強みは皮膚の堅さだ。お前なら問題ないだろう」

 狩猟組合に聞くわけにもいかないので、カリストに5千rを支払って情報を聞く。

 地図に分かれ道や、目印などの情報を書き込んでいく。

「奴らの生息域は水辺だから、この川の周辺を探索するといいだろう」

 探索地域や、足跡の形など情報を書き込んで狩猟組合を後にする。

 

 リベルは、サレトの西門を出て街道を進む。空は良く晴れて心地よい西風が吹いている。

 地図を片手に瞬間移動をこまめに使いながら進み、30分ほどで森の入り口付いた。

 けもの道のような頼りない道が、半ば草に覆われながら木々の間を続いている。リベルは鉈で蔦や枝、蜘蛛の巣などを掃いながら進んで行く。川が北から南に向いて流れているようなので西に向かえばどこかでぶつかり、それを下流に向かえばいいはずだ。

 森の中は視界がきかず、ほんの短い距離しか瞬間移動できないため地道に歩いて移動することになる。

 途中から上り坂になり一時間ほど進むと平坦になって、小さな沢を見つけた。その沢を下って進むがやがて沢は消える。

 また別の沢を見つけてしばらく進むと、森の木々がまばらになっていって湿地となり地面が柔らかくなってきて、その先には暗い緑の色をした沼が見える。

(ん、そろそろかな)

 リベルが警戒しながら沼の方へ進んでいくと、沼の水面がわずかに盛り上がり黒い影が見えたと思うと、何かが突然水面から飛び出して、大きな口を開けリベルを捕食しようと飛びかかってきた。

「うわわわ!」

 驚いてしりもちをついたリベルは、慌てて瞬間移動で10m程後方へ下がる。

 飛び出してきた怪物の口は空を切って閉じられ、ずるずると沼の中に戻っていった。

(あ、危なかった、どう見てもジャイアントリザードじゃあないな、サラマンダーか?)

 リベルは沼の方を見ながら座り込んでいる。

 丸い頭に大きく開かれた口、頭の幅は2mはあると思われ人間など一飲み出来そうな大きさであった。

 リベルは沼から離れて進んで行く。それから一時間ほど探し回ったが一向にジャイアントリザードの気配すらない。

(こりゃ無理だな。いったん帰ろうか)

 そう思って、戻ろうとするが二時間たってもさっきの沼にたどり着かない。だんだん焦ってきて早足になって進むが状況は変わらない。

(落ち着け、落ち着け)

 そう自分に言い聞かせるが、心臓はドキドキして呼吸は荒い。

(はあ、はあ、俺には瞬間移動があるじゃないか)

 そう思うと少し気持ちが落ち着いた。

(森の中の移動に瞬間移動は役立たないが、上なら)

 リベルは背の高い木々の間から見える空を見上げて、木の頂上へ向けて瞬間移動を行う。

 一際高い木の上に立って周囲を眺めると、左手遠方に森がなくなって道のようなものが見えてほっとした気持ちになる。

 リベルは見えたところまで瞬間移動を行うと、細いものの確かに人が歩いてできた道があった。

「ああ、助かった」

 思わず独り言を言うと道の傍に座り込んだ。

 その道を辿って進むと集落があり、サレトへの道を聞いてようやくサレトに戻った時は夜になっていた。


 翌日リベルは狩猟組合に向かうと、真っすぐカウンターに向かいアダンを呼び出してもらう。

 アダンが現れるとすぐにリベルが話しかける。

「アダンさん指導をお願いします」

「ん、いきなりなんだ」

「以前、3万払えば、ハンターへの指導をしてもらえると聞いたんですが」

「ああ、その通りだが、どうした?」

 少し戸惑いながらアダンが答えると、昨日あったことをリベルは説明する。

「フハハハハ」

 話を聞いて、アダンは笑いだす。

「ハハハハ、大人の言うことは素直に聞くべきだと分かったようだな」

 リベルは憮然として聞いているが、その通りなので反論しようがない。

「だが、俺は無理だな。そんな暇はない」

 リベルはがっかりする。

(やっぱり、どこかのパーティに入れてもらって地道にやるしかないのかなあ)

 リベルの様子を見てアダンが答える。

「できそうなやつを少し当たってみるよ、また明日来てくれるか」

「分かりました、よろしくお願いします」

 リベルはそう言って帰っていった。

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