第18話ポーター

 それから数日後リベルが狩猟組合に行くと、ダニエルとフリッツが座っていた。

「おはようございます。コンセさんは一緒じゃないんですか」

「ああ、こないだの山師の件で狩猟組合と話をしている」

 ダニエルがそう言い終わらないうちに、コンセが不機嫌そうな顔でやってくる。

「まずいことになったぞ、山師の迎えに貴族が同行することになった」

「え、マジか」

 ダニエルとフリッツが露骨に嫌な顔をする。

「あの鉱山の領主が視察に行くそうだ」

「貴族様が行くんじゃ護衛も居るだろうから俺たち必要ないんじゃ」

 ダニエルがコンセに聞き返すが、

「俺も粘ったが、そういう契約だから無理だと」

 三人をどんよりとした空気が包む。

「あの、貴族が一緒だとまずいことでも」

 リベルが聞き返すと、ダニエルが顔を上げて、

「やつらは、傍若無人だからな、お前も会えば分かるよ」

「いいか、貴族には絶対逆らうなよ、理不尽なことでも受け入れるんだ。下手すると命に関わるぞ」

 コンセがリベルに注意する。


 コンセプシオンのメンバー三人とリベルは、山師を迎えに行くためヴェシュタンを出発したが、前回三日の工程も今回は二日後に鉱山の領主と合流し、その後二日かけて鉱山へ到着することになっている。

 ハンターの四人は三日目の早朝、領主であるリンデン男爵の屋敷前にやってきた。貴族の屋敷とは言うものの、敷地は広いが屋敷自体は単に大きな農家といった見た目であった。

 男爵家の下男に到着を告げ門の外で待っていると、しばらくして男爵家の一行が現れた。騎馬の三人の先頭には金属の鎧を着た男。これがリンデン男爵だろう、口ひげを生やして偉そうにしている。その後ろに少しほつれたチェインメイル姿の小太りな男と、皮の鎧を着た大柄の男が続き、その後には粗末な貫頭衣を着た男女五人が荷物を背負ってついてくる。

 チェインメイルの男が乗馬したまま近づいてきてコンセに話しかける。

「こちらが、リンデン男爵様である。俺はレチェック、そっちはシードルだ」

「俺は、コンセ、こっちからダニエル、フリッツ、リベルです」

 いつものように、コンセとフリッツが先導して危険を避けながら進んで行く。その後ろを貴族一行が続き、殿にはダニエルとリベルが周りを警戒しながら進む。

 リベルは、前を歩いている荷物を担いだ男女を見ながら小声でダニエルに聞く。

「あの者たちは奴隷ですか?」

 ダニエルは一つ頷いてから、

「あの首輪が奴隷のしるしだ。魔道具でな、主人の命令で首が落ちる」

 リベルはその光景を想像して身震いする。

(ひどい扱いだ。彼らに人間らしさは残っているのだろうか)

 リベルは無表情で歩いている奴隷たちを見てそう思った。


 コンセ達の先導で特に魔物などとの接触もなく一行は順調に進んで行った。貴族一行とハンターは特に会話もなく、休憩やキャンプのときも離れていて接触はしない。

 一日目のキャンプに入った。貴族一行とハンターの四人は離れて別々に夕食を取る。貴族一行は男爵用と従者用のテントを貼っている。奴隷は外にいるようだ。

 ハンターたちは交代で眠り警戒に当たる事とした。夜も更けてきて虫がやかましく鳴いている。秋も深まってきて夜は冷えるのでハンターたちは焚火の近くに固まっている。外にいる奴隷たちも焚火の周りで寝ているようだ。

 起きているリベルがコンセに話しかける。

「特に問題なることはないですね」

「いまのところはな」

 コンセは 遠目に貴族一行の方を見ながら言葉を返す。

 リベルもつられて貴族一行の方を見ると、奴隷の女二人が立ち上がって男爵のテントに入って行った。

(外で寝るよりましなのかな)

 リベルはそう思いながらその様子を眺めた。


 翌日、広い草原を進んでいると、先頭を行くコンセのところにレチェックが騎馬で近づいてきて声をかける。

「男爵様が、狩りを所望されている。準備せよ」

「え、しかし、私たちはガイドで・・・」

 コンセは突然の事に戸惑っているが、レチェックはコンセを睨むようにして言葉をつなぐ。

「まさか、出来ないと言うのではないだろうな」

「わ、分かりました」

 コンセは断り切れずにそう答える。

 ハンターの四人は、草原の先に向かいながら話をする。

「四人で広がりながら進んで、獲物の痕跡を探すんだ。見つけたら合図しろ、男爵様の方に追い出す」

 ダニエルとフリッツは困惑して言葉を返す。

「そんなうまくできるか」

「そもそも、ここに獲物がいるのかもわからんぞ」

 そう訴えるが、コンセは薄ら笑いを浮かべている。

「言ってもしょうがないか」

「やるしかないよな」

 そう言って諦める。

 四人は森の方に向かって少しずつ扇状に広がりながら獲物を探しに行く。

(いやいや、無理だろ)

 リベルはそう思いながらも獲物の痕跡を探しながら進む。


 リンデン男爵はなかなか帰ってこないハンターにイライラして、

「まだか、レチェック」

 傍にいるレチェックの方を見ながら言う。

「ハ!」

 レチェックは返事をしたものの、どうしたらよいか思いつかなかった。

 しばらくしてもまだハンターたちの動きはない。

「いくぞ!」

 そう言うと、リンデン男爵はハンターたちの向かった方に馬を走らせる。慌てて従者の二人は付いていく。奴隷たちも後を追うが騎馬の三人には付いていけず距離が離れて行く。

「お前たちも獲物を見つけろ、レチェック左へ、シードルは右だ」

「しかし、護衛が離れるわけには・・・」

「すぐに行け!」

 リンデン男爵がレチェックの言葉をさえぎって命令してきたので、仕方なく従者の二人は左右に分かれて草原の中を進んで行った。

 一騎になったリンデン男爵はゆっくりと草原を進んでいたが、突然草むらから数羽の鳥が飛び出してきた。それに驚いた馬は立ち上がり暴走を始め、しばらくしがみついていた男爵であったが、ほどなく振り落とされてしまう。

 馬の慌てた鳴き声と蹄の音に異変を感じた従者の二人は男爵のもとに戻っていく。ハンターたちも異変に気付いたが遠くてすぐには駆けつけることが出来ない。

 リベルは直ぐに瞬間移動で近くの木の上に移動して周りを見回すと、草をかき分けながら暴走して去っていく馬がすぐに目に入った。そして、馬の来た方向を辿って見ると座り込んでいる人が見えた。そして周りを取り囲んでいるものが見える。

(ん、あれは、ラプトルか、まずいぞ)


 落馬したリンデン男爵が立ち上がろうとしていた時、前方からがさがさと音がして10mほど先に蜥蜴のような顔が現れた。

「うわ、何だ。魔物か」

 リンデン男爵は、慌てて立ち上がり反対方向に逃げようとするが、そちらにも同じ魔物が見える。

 パニックになったリンデン男爵は腰を抜かして座り込んでしまった。周りから次々と魔物が顔を出し、次第に輪を狭めてくる。

(お、終わりだ!)

 リンデン男爵が諦めかけた時、目の前にハンターの一人が現れた。


「失礼します」

 リベルはそう言うと、リンデン男爵を抱きかかえてさっきの木の上に瞬間移動を行った。何が起きたか理解できずにきょとんとしている男爵を抱えたまま周囲を見渡すと、従者の二人が見えたので近くまで瞬間移動した。

「うわ!」

 急に現れたリンデン男爵とリベルに従者のシードルは驚く。直ぐに、レチェックもやってきた。

 リベルはリンデン男爵を従者に預けるとラプトルの退治に向かう。二匹ほど倒すとラプトルは逃げていなくなった。

 その後リベルは瞬間移動を使って、ハンターや奴隷、リンデン男爵の馬を連れてきた。

 全員が揃ったところで、リンデン男爵が怒りながらコンセに向かって話す。

「どういうことだ、お前たちは安全にガイドするのが仕事だろう。死にかけたぞ」

 リンデン男爵はリベルの方をちらっと見てから、

「まあいい、ケガがなかったから今回の事は不問にしよう。もし私がケガをしていたらお前らの首は無くなっていたぞ」

 リンデン男爵はそう言って従者と奴隷を連れてその場を離れた。

 ハンターたちに微妙な空気が流れる。

「嫌がっていたのがよくわかりましたよ」

 リベルがそう言って笑うと。

「お前のおかげで助かったよ」

 コンセがため息交じりにリベルの肩を叩く。

 その時、レチェックがハンターたちのところに戻ってきて、

「助かったよ、男爵様がケガをされたら俺たちもただじゃ済まんからな」

 レチェックはリベルにそう言うと銀貨を数枚手渡して戻って行った。

 その日の夕方、無事に鉱山へ到着すると、翌日山師と共に一行は帰って行った。


 リベルはその後一か月余りにわたってコンセプシオンのポーターとして行動を共にした。

 コンセプシオンのメンバーとリベルは、護衛任務を終えて久しぶりにヴェシュタンへ帰ってきて一緒に食事している。

「お前ももう、うちのメンバーだな」

 ビールを片手にフリッツがリベルに話しかける。

「ありがとうございます、お世話になってます」

 リベルが笑いながら答えると、

「まだEランクだが、将来有望だからな」

 ダニエルも笑いながら話しかける。

「リベルにちょうどいい依頼を見つけてきたぞ」

「へー、どんなのです」

「魔術学校の先生の依頼だ」

「ほー、珍しいなどんな依頼だ?」

 ダニエルが聞き返す。

「何でも遺跡の発掘らしい」

「そりゃ楽しそうだな、財宝が出てくるかもしれんしな」

 フリッツも話に乗ってくる。

「その先生と仲良くなれれば、魔術学校へ行けるかもしれんしな」

「ほう、やっと愛しの彼女と再会できるわけだ」

 ダニエルが笑いながらビールを飲んでいる。

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