第17話ルドルス王国へ

 翌朝、主棟の入り口でリベルを見送る。リベルは三人と別れの言葉を交わして出て行った。

 リベルはオルトセンの街中を通らず町の外を東に進み街道に出た。

 街道を東に700㎞ほど進むと、ルドルス王国の国境にたどり着く。その間40ほどの宿場町があり街道は商人たちでにぎわっている。

 街道から遠くに見える山の上あたりは黄色くなってきている。この辺りは温暖で雪もあまり降らないため、落葉樹はまばらにしか生えておらず、平地ではまばらに赤や、黄に彩られているだけだ。

 リベルは、すぐに瞬間移動を使ってどんどん移動していったので、国境まで三日ほどでたどり着いた。


 国境の入り口は三つに分かれており、貴族用、貴族以外と外国人用となっているが、外国人用の入り口には長い行列ができていた。

 リベルは一時間ほどしてやっと受付にたどり着いたが、商業組合カードを提示するとすぐに通過できた。

(さすが商業組合だな)

 リベルはそう思いながらルドルス王国へ入国した。国境を入ってすぐの場所は小さな村といったところで、商店や宿屋もあるが隣接しておらず数軒が散らばっている。

 ここから、王都ヴェシュタンまでは約1000㎞離れているが、瞬間移動でサクサクと進んだため、三日目の朝には王都の近郊までやってきた。


 広い街道には馬車が行きかっており、歩行者は道路の隅を歩いている。街道の先、遠くに城壁と門が見えるが町は城壁の外に大きく広がっている。

 その時風に乗って悪臭が鼻を突いた。

「う、」リベルは思わず顔をしかめる。

 そばを通り過ぎていく薄汚れた馬車の鉄格子のはまった窓の中に、泥や何かで髪の毛が固まった人たちがぎゅうぎゅうに押し込まれているのが見えた。

(奴隷か!)

 オルト共和国には奴隷はいないが、話には聞いていたのですぐにわかった。

 二台の馬車に男女分けられて乗せられているが、座る余地がないほど詰め込まれているため糞尿でドロドロになっている床に全員が立っている。よく見ると床の上には力尽きたものだろうか何人かが倒れておりその上に立っていた。

(あれはもう死んでいるのだろうか、それにしてもひどい扱いだ)

 リベルはそう思って過ぎて行く馬車を見ていたが、周りを歩いている者たちは気にも留めていない。奴隷を乗せた馬車は城壁の門へは向かわず街道を逸れて見えなくなった。

 リベルは城壁の門で商業組合カードを提示するとすんなり通過できた。

 城壁の中は、三階建ての建物が通りに面して壁のように立ち並んでおり、一階は商店であったり食堂であったりで賑わっている。

 リベルはこの町での唯一の知り合いであるミアを訪ねてみようと思い、歩いていた男に魔術学校の場所を聞く。

「何、魔術学校?、貴族街だぞ、あんた貴族には見えんが」

「もちろん貴族ではないですよ、オルト共和国から来ました」

 リベルは笑いながら答える。男に貴族街への入り口を教えてもらい町の中を進んで行く。

 しばらく行くと城壁が見えてきた。

(二重城壁か。この向こうが貴族街、王の居城があるというわけか)

 城壁沿いを歩くと門があり、近づいて警備兵に話しかける。

「魔術学校に行きたいんですが」

「貴族の紋章か、紹介状を出してください」

(紹介状、何だそれ)

「持っていませんが」

 兵士の丁寧な態度が変わり、バカにしたように言う。

「お前、どこの田舎もんだ。帰れ、帰れ」

 追い払われたリベルはあきらめて、来た道を戻っていく。

(オルト共和国とはずいぶん勝手が違うなあ、とりあえず、狩猟組合でも行くか)

 そう思って通行人に狩猟組合の場所を聞いてみると城壁の外であった。

 

 城壁の外に町は広がっており、整然とした城壁内とは違って無秩序に建物が立っている。街道から運ばれてきた荷物を保管する物流倉庫の並んだ先には、鍛冶屋などの工房が並んで煙突から黒い煙が出ている。

 その先に狩猟組合があった。建物は三階建ての大きな建物で、中に入ると左手にカウンターがあり、右手にはたくさんのテーブルが並べられて、ハンターたちが食事をしながらがやがやと話をしている。

(ここは、食堂にもなっているのか)

 リベルはその様子を横目で見ながら、きれいなお姉さんがいるカウンターに向かう。

「すいません、オルト共和国から来たんですが、何か手続きは必要ですか」

「カードを出してください、登録します」

リベルはハンターカードを渡すと、カウンターの女性は淡々と対応する。

【リベル 十九歳 レベル9、時空魔法レベル5、刀レベル3】

「Eランクですね、どこかのパーティに入った方がいいでしょう。あちらの掲示板を見てください」

 そう言われてリベルは掲示板に向かう。

 依頼内容はオルト共和国で今まで受けてきたものと大差ないようだ。今回は依頼達成よりも情報収集をしたいと思い、どこかのパーティに入ってみようかと考えている。ランク毎の討伐依頼などの横にパーティ募集の張り紙があった。

【臨時 ポーター募集 1万r/日 コンセプシオン】

(安いが、情報収集のために受けてみるか)

 リベルはそう思って、先ほどのカウンターに依頼を持っていく。

「連絡しておきますので、明日の朝にまた来てください」

 事務的に対応する職員にそう告げられてリベルは狩猟組合を出た。外は、日が傾き始めていたがまだ多くの人が通りを歩いている。

 リベルは、狩猟組合の近くにある安宿に入った。

 二階の部屋に入って窓を開けると、遠くの山の上の雲が赤く染まって日が沈みかけていた。涼しい秋風が甘い花の香りを運んでくる。見慣れぬ風景と、今まで嗅いだことのない匂いが異国を感じさせた。


 翌日、狩猟組合に向かうとすぐに、コンセプシオンを紹介された。

「俺が、コンセプシオンのリーダーコンセだ」

 分厚い胸板と丸太のような上腕、灰色がかった髪と口ひげの男が声をかけてきた。

「リベルですよろしくお願いします」

「お前小さいが荷物持ってついてこれるか」

「大丈夫です」

 リベルはそう言って背負っていたリックを降ろすと、中からたくさんの物を取り出してみせる。

「ほう、凄いな魔道具か」

「これは私の魔法です、容量が六倍で重さが六分の一になります」

 コンセは感心して見ている。

「分かった、明後日の朝ここに来てくれ」

「分かりました」

 そう言って、リベルとコンセは別れる。


 二日後、狩猟組合にリベルはやってきた。しばらくするとコンセがやってきてメンバーの紹介をする。

「俺はフリッツ、コンセと同じで剣を使う」

 細面に長髪の背の高い男だ。引き締まった体をしている。

「リベルですよろしくお願いします」

「俺はダニエル、弓を使う」

 背はあまり高くないが丸顔の筋肉質で猫のような男だ。

「リベルです、ポーターをやります」

 コンセは、メンバーの二人を紹介すると依頼内容について話す。

「俺たちは、主にガイドをやっている。今回は山師の依頼で往復六日の予定だ」

「山師というのは?」

「鉱脈などを探す者たちだな」

「そうですか、それで荷物は」

「こっちへ来い」

 コンセはそう言って、リベルを狩猟組合の裏にある倉庫に連れて行く。そこには、大きな荷物が八個置いてある。

「こいつを馬四頭で運ぶ予定だが、お前の魔法で少なく済むはずだな」

 リベルは、マジックバックを掛けて荷物を二つにまとめる。

「よくやった、これで馬一頭で済む」

 コンセが喜ぶ横で、フリッツとダニエルが目を丸くして驚いている。


 コンセプシオンのメンバー三人とリベル、馬一頭と、依頼人の三人で、北東の方にある火山に向かって片道三日の工程で行く。

 コンセとフリッツが先導し、その後を依頼人の三人、その後ろに道中の食料などを背負ったリベルが、依頼人の荷物を積んだ馬の手綱を引く。殿にはダニエルが続く。

 森や草原を抜け、一日目は山の中腹にある洞窟でキャンプする。山中でもあって夜はかなり冷えるためたくさんの木を拾ってきて焚火を起こす。

 リベルがコンセに話しかける。

「魔物が全くいませんでしたね」

「ああ、それが俺たちの仕事だ。魔物が通った痕跡を見つけて、遭遇しないように案内している」

「へー、ハンターと逆ですね」

「俺たちは、ハンターというよりはレンジャーだな、狩猟ではなく主にガイドをやってる」

「あのー、俺は、オルト共和国から来たばかりで、この国のことはよくわからないんで教えて欲しいのですが、貴族っていうのはどういう存在なんです」

 コンセが怪訝そうな顔をする。

「どうと言ってもな・・・、簡単に言うとこの国の所有者だな。貴族以外の者は貴族の土地に住むことを許可された者ということだ」

「では、奴隷は」

 コンセが草を食んでいる馬の方を見て話す。

「こいつらと同じさ、買ってきて働かせる」

(オルト共和国とはずいぶん違うな、人間が明確に差別されているということか)


 ほとんど魔物とも遭遇しないまま二日目の夜には遠くに火山が見えるところまできた。火山周辺では水蒸気が白くたなびいている。

 小山や峰を越えながら火山に近づいて行くと、小高い山の上から火山の方向に向けて異様な光景が広がっていた。

 谷を見下ろすと草木の生えていない地面が遠くまで広がっている。白っぽい地面に石がごろごろとしているが、色鮮やかな青色の池が点在しているのが目を引く。あちこちで蒸気が上がっている。

「ここは死の谷だ、あの美しい池も落ちたら溶けて跡形もなくなる。それから、毒ガスが出ているので、草木も生えないし動物も近づかない。ここからは、風向きに注意しながらルートを考えて先に進む」

 コンセがリベルに説明する。

 一行は、死の谷の毒ガスを避けながら火山の方へ向かって進み、半日ほど歩いて、夕方には試掘坑道の入り口についた。

 坑道を入ってすぐの所にある小屋に、リベルは馬に乗せて運んだ荷物運んで行く。依頼人の三人は小屋の奥にある部屋へ向かっていった。

「今日は、ここに泊まって明日出発する。そして、二週間後にまた迎えに戻ってくる」

 コンセがそう言うと、コンセプシオンの三人とリベルは小屋の中の地面に腰を下ろす。依頼人にはベッドがあるが、ガイドの4人は地面に横たわって寝ることになる。

 翌朝、コンセ達一行四人は、空になった馬を連れて出発し、、三日後無事狩猟組合に帰ってきた。

「今回は、馬が一頭ですんだので一日2万支払おう」

 コンセはそう言って六日分12万rをリベルに渡す。

「ありがとうございます」

(自分で依頼を受けた方が儲かる気がするが、荷物を運んだだけなのですごく楽だったなあ)

 リベルはそう思いながら笑顔で受け取った。


 その二日後、リベルはコンセプシオンのメンバーに誘われて、商人の護衛の依頼を受けた。二日の工程で隣の町まで商人の荷物を積んだ馬車を護衛する。

 隊の先頭はいつものようにコンセとフリッツが務めて警戒している。ダニエルとリベルは後方の警戒に当たりながら進んで行く。

 特に問題もなく一行は隣町まで着いて依頼は終了する。夕方になってコンセプシオンの三人とリベルは宿屋に向かう。

「帰りは、明日の朝、組合でヴェシュタン行きの依頼を受けて帰ろう」

 宿屋の一階で食事をしながらコンセがみんなに向けて話す。

「ところでお前は、何しにこの国に来たんだ」

 普段はあまり話をしないダニエルが酒も入って饒舌になっている。

(どこから話そうかな)

 リベルの話がどこで災いを招くかわからないため、当たり障りのない範囲で答えようと考えている。

「昔パーティを組んでいた仲間が、魔法大学に入ったので会ってみようと思ったんです」

「女か?」

「そうですけど、付き合ってたとかじゃないんです」

 ダニエルがにやりと笑って、

「そうか、パーティに女がいると色々あるからなあ」

 リベルは頷くとミアとの出来事について話す。

「しかし、ここまでやってくるなんてよっぽどだな」

 リベルはミアに特別の感情は持っていないが適当に話を合わせる。

「まあ、そうですね」

 話を聞いていたコンセが口を挿む。

「しかし、魔術学校へのガイドは俺たちにゃ無理だな。知り合いなんていないしな」

 翌日、ヴェシュタン行きの依頼を受けて四人は帰っていった。


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