第16話商業組合

 リベルがオルトセンに来て一ヶ月が過ぎた。秋は深まり夜は少し冷え込むようになってきたので、主棟に三つある暖炉の一つに火を入れた。

 暖炉の火を見ながら、リベルとダリオがくつろいでいる横には、寝そべっているクロマルのお腹のあたりでマーサが眠っている。

 その時ダリオがはっとして立ち上がる。

「どうした」

「いや何かカラスたちが・・・」

 ダリオがそう言った瞬間、クロマルが外に飛び出していった。

『キャイン』

 慌ててリベルとダリオが外に出ると、倒れているクロマルを背に、全身黒づくめの者がこちらに向かって歩いて来るのが目に入った。

「クロマル!」

 慌ててクロマルの方に駆け寄ろうとするダリオをリベルは止める。

「誰だ!」そういいながらリベルは刀を抜く。

 黒づくめはゆっくり近づきながらマスクを下げて、

「儂だ、久しぶりだな」

 男は、目じりにしわを寄せ、ニコニコして笑いかける。

「アカテさん!」

 ダリオは急いでクロマルに駆け寄るが、開いた口からはだらりと舌が出て動かない。

「クロマル!、クロマル!」ダリオは呼び掛ける。

 その様子を見ていたアカテが、

「ペットか?」

「ええ」

「そうか、悪いことをしたな」

 ダリオは涙目になってアカテの方を振り向いてにらむ。アカテは何でもないようにクロマルに近づいて行く。

「心配するな、まだ間に合う」

 そう言うと、クロマルに近づいて軽く胸を叩く。その直後クロマルの目が開いて立ち上がり、アカテと目が合うと暗闇の中に逃げて行った。

「クロマルー」そう言いながらダリオが後を追いかけて行く。

「死んでなかったんですね」

「ああ、心臓を殴ると心臓が痙攣してぶっ倒れる。ほっとけば数分で死ぬがまた殴れば元に戻る」

「それにしても、カラスが侵入者の警戒をしていたんですが」

 アカテは屋根の方を指さしながら、

「カラスの親玉に乗ってきたからな」と言う。

 リベルが屋根を見上げると、顔の大きさだけで1mはありそうな大ガラスが止まっていた。

「おわ!」

 リベルは驚いて思わず声が出る。


 リベルとアカテはテーブルの席について、お茶を飲みながら意見交換している。

「白ローブを着ていた狐人だが、大した奴らじゃなかったな。だが、怪しい奴との接触があったようだ」

「先日、図書館で調べたんですが、バルログの情報はありませんでした。それから、強力な魔物を召喚するにはかなりのレベルでないと無理とのことです」

「どうもそうらしいな、狐人の中にそれほどの魔法使いがいたとは思えないから、誰かが協力していることは間違いない」

 ダリオとクロマルが裏口から入ってくるが、ビビッてアカテの方を避けて暖炉の前に向かう。

「さっきはすまなかったな」

 アカテが立ち上がってそう言うと、ダリオは頷くがクロマルは怯えている。ダリオとクロマルは暖炉の前に座ってアカテの様子を窺っている。

「どうも帝国が噛んでいる気がするんです」

「ん、どういうことだ」

 リベルは、先日リザードマンに会った時の話をアカテにした。

「ほう、そんなことが」

 そう言うとアカテは腕を組んで椅子の背にもたれて考え始めた。

「しかし、その工作がもし漏れたら獣人も含めてすべて敵に回るリスクがある。戦略のセオリーからすれば獣人は味方につけて挟み撃ちにする方法を取るのではないか」

「確かにそうですね」

「帝国の関与はわからんが、リザードマンの件と儂らの件はつながりがあると思えるな、リザードマンの件を調べてみるとするか」

 アカテは袋をいくつか取り出すとテーブルの上に置く。

「また、お願いできるか」

「はい、いいですよ」

 リベルは袋にマジックバッグの魔法をかける。

「それじゃあまた会おう」

 そういってアカテは立ち上がるのを見て、

「今夜は泊まっていかれたらどうですか」

「儂たちは基本夜移動する」

 アカテはニヤッと笑うとマスクを上げて出て行った。


 狩猟組合の依頼も順調にこなし収入も安定してきた。おかげでリベルのレベルは9になった。

 リベルは、狩猟組合で職員から声をかけられる。

「エドガーさんから、店に来てほしいとの伝言がありました」

「ダリオ、今日も一人で頼むぞ、俺はエドガーさんの店に行って見るから」

「分かったっす」

 Cランク程度であれば、ダリオ一人でも対応可能となっているのでダリオは気軽に返事をする。


 リベルがエドガーの魔道具屋に入ると、カウンターにいた店員がすぐにエドガーを呼んできてくれた。

「リベルさん待ってましたよ」

 そう言ってエドガーはリベルを店の奥に案内する。鍵のかかっている部屋を開けて入るとバッグが山のように積まれていた。

「あれからいろいろ調査、実験したんですが、残念なことにマジックバックについては解明できませんでした」

「そうですか、ではこれらのバッグは無駄に」

 リベルは、山のように積まれているバッグの方を見ながら言う。

「まあ再現はできなかったんですが、次善の策として、リベルさんの掛けた魔法を維持する方法を考えたんです」

 エドガーは、テーブルの上に置かれているバッグを開いて中を見せながら説明する。

「これは以前、リベルさんにマジックバックの魔法をかけてもらったものですが、一ヶ月以上たってもまだ効果が続いています」

「確かに」

 リベルはバッグの中を確認して答える。

「ここに魔石が付いているでしょう、こいつから魔力が供給されているからなんです。これに魔力を通しておくとさらに一ヶ月延長できるというわけです」

「なるほど、使用する人が定期的に魔力を供給しておけば効果がずっと続くというわけですね」

「そうです。しかし、放っておくと元に戻るので、予備の魔石を付けたり、中魔石を使って効果が長く続くような商品を考えています」

「へーよく思いつきますね、さすが商売人ですね」

 リベルは感心している。

「それで相談なんですが、これらのカバン全部にマジックバックの魔法をかけて欲しいんです」

 エドガーは山積みのバッグを見ながら言う。

「え、これ全部ですか」

「もちろんただというわけではありません。材料費を除いた利益を折半ということでどうでしょう」

「はあ・・・」

 いまいちよくわかっていないリベルにエドガーは先ほどのバッグを例に説明をする。

「たとえばこのバッグ。そのままであれば3万といったところでしょう。これにマジックバックの魔法をかけたものが、10万で売れれば、その利益は7万となりますのでこれを山分けします」

「これが、10万で売れますかねえ」

「十分可能だと思います」

「わかりました、いいですよ」

「ありがとうございます」

 エドガーは笑顔で答える。

「では、早速」

 そういってリベルが魔法をかけようとしたがエドガーが止める。

「まず、契約してからです。商業組合に行きましょう」


 商業組合も南支部が近くにあるが、登録手続きは本部で行うため町の中心部に向かった。

 商業組合は、最初に行った教会のある広場に面していた。五階建ての大きな建物で立派な扉の横には警備兵が立っている。

 エドガーが商業組合カードを入り口の横にある窓口から差し入れると、受付が魔道具で確認した後入室を許される。

「今のは何を確認したんですか」

「単に、商業組合の会員かどうかだけですね、しかし、他の支部とも繋がっていて、犯罪行為などがあるとすぐにカードが失効となります」

 中は高い天井にいくつかのカウンターがあり狩猟組合と大差ない。

 エドガーは開いているカウンターに言って職員に声をかける。

「こちらの商業組合加入手続きをお願いします」

「身分を証明できるものと、こちらへの記入をお願いします」

 そう言って登録証に記入を行う。保証人欄はエドガーがサインする。

 身分証として、狩猟組合カードを渡すとすぐに商業組合カードが発行された。

「次は契約ですね、二階に行きましょう」

 二人は二階に上がって個室に入ると契約書の内容を確認する。

 利益を折半すること、エドガーの販売独占権、などの条件が契約書に記載されていく。

 お互いサインすると、商業組合に登録される。

「もし違反した場合は、商業組合から除名となりますから注意してください。それから、リベルさんの取り分については商業組合の口座で預かります。これは、どこの商業組合でも引き出すことが出来ます。」

「それは、他国でもということでしょうか」

「引き出せる国は、オルト共和国、ルドルス王国、エラル王国、サナセル共和国の四ヶ国ですね」

「さすがに、ラジャルハン帝国は無理ですか」

 リベルが笑いながらそう言うと、

「まあ、このご時世ですからね、昔はできたようですが」


 二人はエドガーの店に戻って、リベルは山積みなっているバッグにマジックバックの魔法を次々とかけて行く。ハンドバックのような小さなものから、リュックや大きな袋のようなものまで様々なバッグが用意してある。

「いろんなものがありますね」

 リベルが魔法をかけながらエドガーに聞く。

「何が受けるかわかりませんからね」

 一時間ほどかけて100個ほどのバッグに魔法をかけた。

「しばらくしたらこの国を出て、ルドルス王国に向かおうと思ってます」

「そうじゃないかと持って、これだけかき集めたんですよ。このバッグの在庫がなくなったら、ルドルス王国でお願いするかもしれません。商業組合を通じて連絡しますのでよろしくお願いします」

「了解しました」

 リベルはエドガーの店を出て帰っていった。


 リベルは夕食の後、ダリオ、リリィ、マーサが席についている前で話を切り出す。

「俺がここにきてもう一ヶ月半になる。ここも整備できて、ダリオもハンターとしてやっていけるようになったので、明日俺はここを出て行く」

 リリィが驚いて顔を上げる。

「本当ですか、出て行くっていうのはもう帰ってこないんですか」

「いや、帰ってくるから部屋はそのままにしておいてほしい。但し、いつになるかは分からん。一か月後か、一年後か」

「ダリオさんはそれでいいんですか」

 リリィの問いかけにダリオは戸惑いながら答える。

「最初っからそんな話してましたからね」

 リリィは釈然としない顔をして黙り込む。

 そんな様子を見ていたマーサが口を開く。

「あの、どこに行くんでしょう」

 三人の視線がマーサに集まる。

「先ずは、ルドルス王国だ。その後は、エラル王国かサナセル共和国に行くかもしれん」

 マーサは興味を持ったようでキラキラした目でリベルを見る。

「どんな所ですか」

「知らない。それをこの目で見てくるんだ」

「私も見てみたい」

 リリィが驚いてマーサをたしなめようと思ったが、目の輝きに言葉を飲み込む。

「今すぐは難しいが、大人になればできるぞ」

「分かった」

 マーサは笑顔で答える。

(ああ、俺も子供の時、外の世界に夢を馳せたなあ)

 リベルは子供の時のことを思い出していた。

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