第19話テオドロス
コンセプシオンのメンバーとリベルは、魔術学校の先生であるテオドロスの依頼を受けて遺跡までの道案内に出発した。ヴェシュタンを南の方に向かい深い森に入る。森まで一日、森に入ってから三日の予定だ。
テオドロスは、髪も、顔を覆っている髭の大半も白くなっている、背の低い痩せた初老の男だった。貴族だというが身なりも普通で、護衛もつけず一人でやってきており、コンセプシオンのメンバーとは普通に話もするし、食事などずっと一緒に過ごしている。
一日目は順調に進んで森の手前で焚火を囲んで食事をしている。
(同じ貴族でも先日の男爵様とはずいぶん違うな)
リベルはそんなことを考えながらテオドロスに話しかける。
「テオドロス先生はどういう研究をしているのですか」
「私は考古学者。昔の事を調べておる」
「はあ、昔の事ですか。魔術学校ですから昔の魔法とかですか」
「魔法もあるが、史実含めて全部だな」
「へえー、じゃあバルログってご存じですか」
「ああ、知ってるぞ。約五百年前の戦争で現れた」
「え、マジですか」
リベルは何気なく聞いてみたが意外な答えが返ってきて驚いた。思わず手に持った飲み物を零してしまい、薪から灰が舞い上がって隣に座るダニエルが顔をしかめる。
「お前こそ、何で知っている」
テオドロスの問いかけにリベルは、ラットキンの村であった出来事を話す。テオドロスだけでなくコンセプシオンのメンバーも興味深そうに聞いている。
「そんなことがあったのか、初めて聞いたぞ」
コンセが言うと、
「帝国と関係ありそうだな」、「かなりやばい奴には違いないな」
ダニエルやフリッツも興奮して話している。
「テオドロス先生は他に何かご存じですか」
黙って聞いていたテオドロスが口を開く。
「この国は五百年前の戦争がきっかけで建国されたのは知っているか」
「確かそれ以前はコルセアというもっと大きな国があって、五百年前の魔人との戦いで存亡の危機に陥った時、ルドルス候が魔人を打ち破ってこの国が出来たという話ですね」
「そうだ、混乱の中ルドルス王国が生まれ、その後、乱立した小国が幾多の戦争を経て、オルト共和国が出来て今の形となっている」
コンセが答えると、テオドロスは話を続けた。
「その魔人というのがバルログの事ですか?」
リベルが問うとテオドロスは首を振る。
「いや、バルログ自体は魔人ではない。魔人が地獄の闇の底に住むバルログなど、邪悪な怪物を召喚して戦わせたということだ」
「では、ラットキンの件にも魔人が関与しているということですか」
コンセが問いかけるが、テオドロスはにやりと笑って答える。
「私は、一介の考古学者だからな。それ以上の事は分からん」
「魔人てどこに住んでるんですかね」
リベルが問いかけるが、五百年前の戦争の後の歴史の中に表れてこないので、誰にもそれはわからない。
ハンターたちは話を聞いて考え込んでしまう、薪のはじける音が響いている。
「それから、今回の遺跡もその戦争と関係している」
焚火を見つめていたテオドロスは顔を上げて話し始めると、リベルたちは一斉に注目する。
「ドラキュラ伯爵は知ってるか」
リベルは意外な問いかけに戸惑いながらも、
「えっと、バンパイアでしたっけ、物語ですよね」
「あれは作り話ではない。ドラキュラ伯爵は実在していた。今回の遺跡は、ドラキュラ伯爵の城跡だ」
(うーん、にわかには信じられないな)
リベルはそう思いながら話を聞く。
「五百年前の戦争と何か関係があるのですか」
「魔人との戦争で、ドラキュラ伯爵は国を裏切って、魔人の尖兵となって戦ったということだ。バンパイアやスケルトンといった死霊を召喚して魔人と共に戦ったとなっている」
「死霊ですか、ちょっと不気味ですね」
「ハハハ、怖いのか」
それを聞いてダニエルが笑う。
森の中を進んで、三日目の朝を迎えた。
一行は騎馬で森の中を進んで行くが、だんだんと木々が密集してきてあまり早く進めなくなってきた。そんな中、数時間ほど進んだ先に石垣らしいものが見つかった。草木に覆われ崩れているが人工の物に間違いない。
そしてその石垣を超えると雰囲気が変わった。
「ん、これは」
先頭を行くコンセが真っ先に異様な雰囲気に気が付いて立ち止まる。
続いて全員が石垣を超えて行くと馬が怯えていななき、せわしなく動き始めた。リベルたちも得体のしれない不安に襲われる。
すると木々の間から、半透明の黒い塊がたくさん出て来て、
『スリープ』、『テラー』、『麻痺』、『スロウ』、『混乱』、『テラー』、『麻痺』、『スリープ』、『スロウ』、『テラー』、『麻痺』、『テラー』
状態異常を招くいろいろな魔法をかけてくる。
一行は慌てて石垣の外まで戻った。
「先生大丈夫ですか」
眠りかけていたテオドロスにコンセが声をかけると、ハッ、と気が付いた。
コンセはメンバーを見渡すが、ハンターたちは耐性があるのか特に異常はなかった。
「ここを守ってるのか」
「そのようだな・・・どうするか」
ダニエルのつぶやきにコンセが答える。
「奴らは倒せんのか」
「ゴーストは剣では切れません。聖魔法の魔術師でもいないと無理ですね」
テオドロスにコンセが答える。
「ちょっと様子を見てきます」
リベルはそう言うと近くにある高い木の上に瞬間移動した。
(なるほど!、あれか)
視界に広がる森の木々の中に、周りの木々よりも一段高い建物が目に入った。蔦や草に覆われているが、石造りの建物はしっかり残っているように思える。
すぐに戻ってそのことを報告すると、テオドロスが興奮してリベルに詰め寄る。
「何だと!、見えたのか、どんなだった」
「えーと、石造りで、ツタが・・・」
リベルが説明しているのをさえぎって、
「えーい、まどろっこしい、私を連れて行け!」
リベルは急変したテオドロスの様子に戸惑っていたが、勢いに押されテオドロスを背負って木の上に瞬間移動を行った。
「おー、これは凄い。ほとんど原形をとどめているな」
リベルは興奮して騒ぐテオドロスが落ちそうになるのを、ひやひやしながら木にしがみつく。
「おい、あそこまで移動できるか」
「できますが、危険かも・・・」
「行け、今すぐ」
「い、一回もどります」
リベルはテオドロスを無視して一旦木の下に戻る。
コンセ達と協議して、結局三時間を限度にリベルが連れて行くことになった。
「さっきみたいな敵がいたらすぐに戻りますよ」
「分かった、分かった、早くしろ」
テオドロスを背負ったリベルは、さっきの木を経由して建物まで移動する。リベルは直ぐに魔物を警戒するが、さっきのような異様な雰囲気はしない。よく晴れていてさわやかな風が吹いている。
一方テオドロスは、興味のある方へどんどん進んでいる。
「先生待ってください。危険があるかもしれませんので・・・」
そう言ってリベルは追いかけて行く。
入り口らしきところから建物の中に入っていくと、中には水たまりや、崩れた壁の一部が床に転がっているだけで他には何もなかった。五百年の歳月は中にあったであろういすや机、扉や窓などすべて無くなってただ石の壁だけになっていた。
あちこちせわしなく動いているテオドロスの後を、リベルも警戒しながら付いていく。
「おい、たいまつを着けろ」
リベルはたいまつに火を灯して一本をテオドロスに渡すと、テオドロスは暗い階段を下りて行く。瞬間移動した先は屋上のテラスのようなところで、そこから地上へ向けて下りて行くが段々と日光が届かなくなり薄暗くなっていった。
一階らしい場所までやってきたが何も残されていなかった。
「先生、どうしますか?」
たいまつの火で、あちこち見て回っているテオドロスはリベルの方は見もせずに答える。
「詳しい調査には時間がかかるので後日となるが、今日は全体像を掴んでおきたい。それと、ドラキュラ伯爵の証拠が欲しい。それが見つかれば調査の予算も期待できるからな」
いくつかの部屋を調べていた時、テオドロスが突然はいつくばって床を調べ始めた。
「先生、どうしました」
リベルが近づいて聞く。
「この床を見てみろ」
テオドロスが示した床の色が他とは違っており、また敷き詰められた石の一メートル四方にわずかな隙間があるように見える。
「これは」
「おそらく地下へ進む扉に違いない」
元々はじゅうたんや床板で隠していたのかもしれないが、今は石の床がむき出しになっており分かりやすくなっているようだ。
ほどなくして壁にスイッチらしきものを見つけたがさすがに動くことはなかった。
考え込んでいたテオドロスがリベルの方を見て、
「お前、壊せるか」
「いいんですか」
リベルは戸惑いながら答えうるが、テオドロスは即答する。
「やれ!」
リベルが次元切断をナイフにかけて床板を少しずつ切り取っていくと床下に階段が現れた。
「よくやった、いくぞ」
「先生、ゆっくりと降りてください」
テオドロスの後についてリベルもついて階段を下りて行く。すたすたと下りて行くテオドロスにリベルが声をかけるが聞いている様子はない。
十段ほどの階段を下りてたいまつであたりを照らすと、棺が置かれているのが目に入る。密閉されていたためか部屋の中は時間が止まったように奇麗なままだ。
「せ、先生、墓地ですよね」
「地下はだいたいそうだ」
リベルは不安そうに聞くが、テオドロスはたいまつの火で棺を照らして文字を読むことに集中している。
そうやって棺を見ながら進んでいたとき、
「カチリ」、リベルは右足に何かを踏んだ感触を覚えた。その瞬間、室内の照明が一斉に点いて部屋を明るく照らし、壁の一面が開いて隣の部屋が見えた。
テオドロスとリベルが隣の部屋に入ってみると、5m四方ほどの小さな部屋の中央に一つだけ棺が置かれていた。そして、棺に蓋はなく。中には若い女性が入っていた。
その女性は、銀髪の長い髪に白い肌で生気を感じさせなかった。
「せ、先生、これは?」
唖然としているテオドロスに、驚いて聞くリベルの声は届かなかった。
「し、死んでますよね?」
「ご、五百年前だからな」
少し落ち着いたので部屋の様子を見ようと棺の女から目を話そうとした瞬間、胸の上に組んでいる手の指先がピクリと動いた気がした。
「ん、今」
「どうした」
二人とも女の顔を覗き込んだその時、女が目を開いた。
「ひゃあ!」、「うわっ!」二人とも後方に飛びのいて尻もちをつく。
二人が見つめる棺の中から女が上半身を起こしてぼうっとしている。
「魔物か?」
テオドロスがリベルに聞く。
リベルは刀を構えて警戒しながら頷く。しかし、すぐに襲って来るような敵意は感じない。
しばらく人形のように固まっていた女が、リベルたちの方を向いて話しかけてきた。
「あなたたちは?」
戸惑いながらもテオドロスが答える。
「わ、私は、考古学者だ。この遺跡を調査している」
「遺跡?」
女は不思議そうな顔をしている。
「先生、早く逃げましょう」
リベルは小声でテオドロスに話しかけるが、
「まあ、ちょっと待て、あなたの名前は」
「名前?、私はロクサーナ」
「ほう、父上の名は」
「父は、ドラキュラ家当主、ボルゴア伯爵です」
「おー、やはりそうか、あなたは伯爵令嬢ですな」
頷くロクサーナを見て、テオドロスは目を見開いて嬉しそうにしている。
「先生、相手は魔物ですよ、信用しないでください」
小声で話しかけるリベルに、ロクサーナが反応して驚いた顔でリベルを見る。
「魔物!、私が!」
「今のうちです、早く逃げましょう」
リベルがテオドロスの手を取って、出口の方に向かおうとする。
「私は人間です。なんてひどいことを!、誰か、侵入者がいます助けに来て!」
ロクサーナは大声で助けを呼ぶが誰も来るはずがない。
逃げようとするリベルを制して、テオドロスがロクサーナに話しかける。
「あなたが魔物か私には分からんが、敵意があるようには感じられん。だが、人間が五百年も眠ることは考えられんのだ」
「五百年?」
ロクサーナは驚いてテオドロスの顔を見る。
「そうだ、五百年前にドラキュラ家は滅んだのだ」
「滅んだ!、五百年前?、信じられません」
ロクサーナはそう言うと棺から出て床に足を着くが思わずよろめく。とっさにリベルが二の腕を掴んで支えた。
(あれ、暖かい???)
リベルは、ロクサーナの体温を感じた。
「付いてきなさい」
テオドロスは、ロクサーナを連れて地下室の階段を上っていく。
「これは!」
ロクサーナは石の壁しか残っていない建物の廃墟を目にして驚いた。壁にかけられた絵もカーペットも椅子も何もない。
そしてテオドロスとリベルはロクサーナを連れて階段を上って行った。明るい日差しが差し込む階段を登り切りテラスに出たとき、見渡す限りの森であることに驚いてロクサーナは絶句する。
「そんな・・・」
花で彩られた庭や、池、手入れされた生け垣など自分の知っている光景とあまりにも違っていることにショックを受け座り込む。
呆然自失のロクサーナから、リベルとテオドロスは離れて相談をする。
「先生、ひょっとしたら本当に人間かもしれませんよ」
リベルはさっき感じた体温に考えが変わる。
「うーん、私も魔物とは思えん。だとすると、ここに放っておくわけにもいかんから連れて帰るか」
「そうですね」
「しかし、一つ問題なのは、ドラキュラ家が魔人の手先となって人間を多く殺したという事実だ。五百年前の事とはいえどんな目に合うか分からん」
少し時間をおいてロクサーナにテオドロスが話しかける。
「お腹は空いてないか」
「はい、少し」
リベルは、リンゴと水を袋から取り出して渡す。
リンゴを食べるロクサーナの色白な頬に少し赤みがさしてきたのを見て、
(やっぱり人間だよなあ、だとするとどうやって眠り続けていたのだろうか、やはり魔法だろうか)
「ロクサーナさん、どういう方法で今まで眠っていたのですか」
ロクサーナは、まだ元気がなく小声で答える。
「その、仮死魔法と状態保存の魔法を父にかけられました」
「仮死魔法ですか、聞いたことがありませんが」
「私たちの一族は、ネクロマンサーです。死霊術を使います」
「ほう、ネクロマンサーか!」
「先生、知ってらっしゃるんですか」
驚くテオドロスにリベルが聞く。
「昔の文献で見たことがある。墓場に眠る死体や骨を兵隊にして戦わせるという死霊術を使うものたちだ」
「えー、何か凄いですね」
リベルは平静を装っているつもりだが、いやな気持ちを抑えられていない。
「あなたも使えるんですか」
「はい」
リベルは、小声でそう答えたロクサーナにドン引きする。
(いやいや、魔物じゃなくてもこの人やばいでしょ)
「ところで、なぜボルゴア男爵はあなたを仮死状態にしたのですか」
テオドロスは、疑問に思ったことを聞く。
「魔人がコルセアに攻め込んで来たとき、我がドラキュラ家が最後の盾となっていたのです。父もバンパイアやスケルトンなどを使って魔人に対抗したのですがいよいよ危なくなったので・・・」
そう言うとロクサーナは手で顔を覆って俯く。泣いているようだ。
「え、」、「何?」
テオドロスとリベルは史実と違うことに驚く。
この状況でとても嘘をついているとは思えない。テオドロスとリベルは沈黙して考えを整理しようとしている。
「先生、現王家にとってこの史実はまずいんじゃ」
テオドロスは黙ってうなずく。
「例えば、魔人と現王家が手を結んでコルセアを滅ぼしたとか」
「憶測で、そんな恐ろしいことを口に出すな。何事も事実に基づいて判断しろ」
テオドロスはリベルに注意する。
「しかしますます、難しいことになりましたね」
「少なくとも、ドラキュラ家であることは秘密にするしかないな」
テオドロスはロクサーナに話しかける。
「ここで一人では生きていけないだろうから、私たちについてきなさい」
ロクサーナは顔を上げて答える。
「はい、よろしくお願いします」
「それから、一つ約束して欲しい。理由はおいおい説明するが、ドラキュラ家であることは秘密にすること、五百年間眠っていたなどということも知られない方がいいだろうから、記憶喪失で、名前以外何も知らないということにしてほしい」
ロクサーナは黙って聞いていたが、
「私はこの世界の事を何も知りませんから、それで構いません」そう答えた。
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