第20話ロクサーナ

「さて、どうやって戻ろうか、地上にはゴーストがうようよしてるからな」

「そうですね、来たときのように背負いますか、少々危険は伴いますが」

 テオドロスとリベルがそんな話をしているところへ、ロクサーナが口を挿む。

「屋敷の周りにいるゴーストでしたら大丈夫です。元々ここを守るためにいるのですから、私には危害を加えません」

 ロクサーナの言葉に、テオドロスとリベルは納得し、地上を通ってコンセプシオンのメンバーが待つところに戻ることにした。

 一階まで降りて、外に出るとすぐにまたいやな雰囲気が漂い始め、半透明の黒い塊が現れ始めてきた。

 ロクサーナが「ドミネート」と唱えると、半透明の黒い塊の動きが止まり敵意を感じなくなる。

 やがて、半透明の黒い塊たちは少しずつロクサーナの周りに集まり始める。よく見ると目や、口などが認識できるものもいる。

 その時、木々の後ろから灰色のローブが現れた。しかし、体は半透明で宙に浮いており、顔のある場所は真っ暗で何もない。

「あなたが、このものたちを率いていたのですね。何者です?」

「ワタシは、ドラキュラ伯爵家を守るもの。あなたは姫様ですね」

「そうですが、ドラキュラ家は無くなりました。もう守る必要はありません」

「無くなった、ナクナッタ・・・」

 灰色のローブの幽霊はぶつぶつと言葉を繰り返している。

「では、姫様を守ります」

「その必要はありません。長きにわたってありがとうございました。もう自由にしてください」

「自由、ジユウ・・・」

「では行きましょう」

 ロクサーナはそう言って歩き出すが、灰色のローブの幽霊が付いてくる。テオドロスとリベルはその様子を見て立ち止まると、ロクサーナが振り返って見る。

「ジユウ、ジユウ・・・、姫様を守るのも自由」

 その様子を見て、ロクサーナは一つため息をついて、

「分かりました、付いて来るのを許可しましょう。その代わり私が呼ぶまで姿を隠してください」

「嬉しい、姫様」

 そう言って灰色のローブの幽霊と半透明の黒い塊たちは姿を消す。

「そうだ、あなた名前は?」

 幽霊は姿を見せずに話し出す。

「名前、私の名前は・・・、思い出せない」

「では、あなたの名前は今日からヨハンね」

「名前はヨハン、私はヨハン・・・」

 やり取りを見ていたリベルが、ロクサーナに聞く。

「あの、ヨハンというのは」

 ロクサーナは笑いながら、

「私が、飼っていた犬の名前です」

「いや、その、名前じゃなくで、黒い幽霊とは違っていると思いますが」

 ロクサーナは勘違いしていたことに少し照れ笑いしながら、

「あ、そういう意味ですか失礼しました。黒いのはゴーストで、ヨハンはレイスです。ゴーストは普通の幽霊で、レイスは生前高位の魔法使いだったものです。レイスは、ゴーストなどを使役できますし、魔法も使えます」

「へー、凄いですね」

(少し元気が出てきたかな、笑うとちょっとかわいいし)

 リベルはそんなことを考えながら二人を先導して森の中を進んだ。


「え、何だ、ん」

 警戒していたコンセが、森の中を歩いて出てくるリベルたちを見て驚き声をかける。

「リベル、止まれ。その女は何だ」

 立ち止まったリベルは、少し距離があるので大きな声で答える。

「記憶喪失の女の人を見つけたので連れて帰ります」

 そう言って歩き始めるが、

「待て、待て、止まれ。怪しすぎるぞ、サキュバスかなんかだ。こっちに来るな」

 テオドロスが前に出て来て話しかける。

「この人は魔物ではない、心配するな。これは依頼主としての命令だ。この方を連れて帰る」

「いや、いくら依頼主でもそれはだめです。安全を確保する責任は私にあります」

 コンセがなかなか納得しないので、リベルたち三人は立ち往生したまま動けない。

 しばらくやり取りをして、コンセプシオンのメンバー三人が先行して、その後ろをリベルとテオドロス、ロクサーナの三人が1km以上離れて進むこととし、キャンプも別々にすることでコンセに納得してもらった。


 そして、一日目のキャンプ。焚火の傍でロクサーナが眠った後、テオドロスがリベルに小声で話しかける。

「リベル頼みがあるんだが」

「何でしょう」

 テオドロスはロクサーナの方に目をやりながら、

「彼女は、お前が引き取ってくれないか」

「え、無茶言わないでくださいよ。家すら持ってないのに」

 リベルは大声になりそうなのを必死に抑えながら答える。

(どんな罰だよ、冗談じゃないぞ!)

「先生は、自宅があるんでしょう。貴族でしたら使用人もいるでしょうから、先生が預かるしかありませんよ」

「いや、自宅はあるが、独身で一人暮らしなんだ。一応メイドはいるが」

「それなら、問題ありませんね。しかも、彼女から昔の話を聞きたいでしょうから願ったり叶ったりじゃないですか」

「だがな、出自がばれた時のリスクが大きすぎる」

「それはわかりますが、俺も協力しますので一旦先生が預かった後どうするか考えまませんか」

「うーん、一時的になら・・・」

 テオドロスは腕を組んで考えていたが、

「分かった、一時的に預かろう。その代わりお前も協力するんだぞ」

「分かりました、出来る限りの事はします」

(ああ、良かった。彼女の事はかわいそうだが面倒に巻き込まれるのは何とか避けなければ。さっさとけりをつけてしまおう)

 リベルは焚火を見つめながらそう考えていた。


 帰りは、来た道を辿るだけでいいので三日でヴェシュタンまで帰ってきた。

 一行は狩猟組合に帰ってきて、コンセプシオンのメンバーは報酬を受け取る。

「コンセさん、別に魔物じゃなかったでしょ」

 リベルの問いかけにコンセは、遠くに座っているロクサーナの方を見ながら、

「でも、どう考えてもおかしいだろ。女一人あんなところで生きていられるわけがない。お前も気を付けろよ」

 まだ警戒しているようだ。

 テオドロス、リベル、ロクサーナの三人は、コンセプシオンのメンバー三人と狩猟組合で別れて、近くの食堂で昼食を取っている。

「まずは、その服装を何とかして身分証を作らないとな」

 ロクサーナは、古いデザインのドレスを着ていて、しかも汚れているのでかなり目立っている。

「身分証ってハンターカードや、商業組合カードで大丈夫ですか」

「それでいいだろう」

「ハンターカードは直ぐ作れますが、ネクロマンサーとばれてしまいますが問題ありませんか」

「うーん、そうだな。ネクロマンサーの事を知る奴は少ないから大丈夫じゃないかと思う。お前も知らなかっただろ」

「まあ、私は駆け出しなんで参考になりませんけどね」

 そう言ってリベルは笑う。


 地味な服を購入後、狩猟組合へ向かう。

「伯爵令嬢にその服は苦痛でしょうが我慢してください」

「いえ、中々動きやすくていいですね」

 ロクサーナは、気を使っているのか笑顔で答える。

 リベルはロクサーナを連れて狩猟組合のカウンターに向かいハンターの登録を行う。

 ロクサーナの指先を針に刺して血を一滴、登録器の上に垂らすとステータスが表示される。

【二十三歳 レベル31、死霊術レベル13】

(お、死霊術レベル13か)

 リベルは、気になって職員の顔を見る。

「死霊術?、何だこれは聞いたことないな」

 すぐにリベルが答える。

「召喚魔法の一種で、スケルトンとかゾンビとかを召喚するんです」

「ほう、そうなのか」

 狩猟組合の職員はそれ以上聞いてこなかったので、無事登録が完了する。


 ハンターカードのおかげで、城壁の門は難なく通過できた。リベルが以前通過できなかった貴族街への門も、貴族であるテオドロスが同行しているため通過できた。

 貴族街に入ってリベルは目を見張った。道路に敷き詰められた石はきれいに並んで凹凸が少なく。坂を上りながら続くカーブに沿っている敷石も乱れがなく続いている。道路の脇に並ぶ街路樹挿んで両側には庭付きの家が立ち並んでおり、庭には花木が植えられている。

「ほう、きれいですね」

「そうだな、逆にこれに慣れると、ここを出た後の汚さが目に付くようになるな」

 テオドロスは坂になっているカーブを下っていく。

「ここを登れば王城がある。下って行ったところに魔術学校があってその裏手に宿舎がある」

 三人は話しながらしばらく行くと魔術学校が見えてきた。

「あれが魔術学校ですか、大きいですね」

 広い敷地の中に多くの建物が点在しており、広場や木がたくさん植えられた公園のようなものも見える

 学校の前までやってきて右手を見上げると最も高いところに王城は見えた。テオドロスは学校の敷地を抜けて宿舎に向かう。

 宿舎は三階建ての集合住宅になっていた。テオドロスは小さな庭の横を通って階段を上り三階に上って一番奥の部屋に案内する。

「ここが、私の家だ」

 テオドロスはそう言って家の中に入ると、50才位のおばさんが出迎える。

「先生お帰りなさい。お客様ですか」

「そうだ、リベルとそっちはロクサーナだ」

「彼女はフランカだ」

 テオドロスはお互いを紹介する。

「ここのメイドをやってます、フランカです。学生さんですか?」

「いえ、違います、ハンターです。その遺跡へのガイドとか」

「そうですか、ゆっくりしていってくださいね」

 フランカはそう言うと台所に向かう。

 集合住宅だが、部屋は五つほどあり案外広い。テオドロスは奥の部屋に案内する。

 部屋は、たくさんの本やもので溢れていた。

「ここは倉庫にしていたんだが、物を隣に移せば使えるだろう」

 そう言って三人で荷物を隣の部屋に移動して部屋を使えるようにした。


 それから一週間後、リベルはテオドロスのところにやってきた。テオドロスはリベルをすぐに執務室に案内する。

「おい、もう来ないのかと思ったぞ」

「そ、そんなことはないですよ」

 テオドロスの問いかけにリベルは少し口ごもりながら答える。

「それで、彼女の様子はどうですか」

「部屋に閉じこもって必要な時にしか出てこないな」

「魔人や、戦争なんかの話も聞いたんですか」

「魔人や戦争のことは良く知らんようだが、当時の貴族の生活習慣や食べ物など実に興味深い。早く遺跡に戻って詳しく調査したい」

 テオドロスは相変わらず研究に関することになると目を輝かせるが、リベルは無視して問いかける。

「魔人についてどう調べたらいいでしょうか」

「歴史と、彼女の証言が異なっているからこの国では容易には分からんだろうな。エラル王国の方であれば真の歴史を伝えているかもしれん」

「エラル王国ですか」

 エラル王国はここよりさらに東に行ったところにある。

「そうだ、以前五百年前の戦争をきっかけにして今のルドルス王国と、オルト共和国が出来た話をしたと思うが、エラル王国はそれ以前から存在していたから、何か記録が残っているかもしれん」

「なるほど、確かにそうかもしれませんね。じゃあ早速行ってきます」

 リベルがそう言うとテオドロスが慌てて止める。

「待て、待て、ロクサーナの事はどうするんだ、手伝う約束だっただろ」

「いや、もうここでいいじゃないですか」

「それは困る。お前が連れて行ってくれ。何なら嫁にしたらどうだ、美人だし」

「無茶言わないでくださいよ、貴族の令嬢ですよ。付き人や料理人などがいないと生きていけない人なんですよ」

「そうかもしれんが、ここにいるのはまずい。国に都合の悪い事実が出てくれば私の首が飛ぶ」

 二人は、ロクサーナを押し付けあって揉めている。

 その時ドアをノックする音がして、メイドのフランカがお茶を持って入ってきた。途端に二人は黙り込む。フランカがテーブルにお茶の準備をしていると、開いているドアからロクサーナが遠慮がちに入ってきた。

「お話し中失礼します。ちょっとよろしいでしょうか?」

「ああ、構いませんよ、こちらにどうぞ」

 テオドロスがそう言ってロクサーナを椅子に案内する。

 フランカが出て行って扉を閉めたのを確認してからロクサーナが話し始める。

「私、ここから出て行きます」

 テオドロスとリベルは驚いてロクサーナの方を見る。

「し、しかし、どこに行くつもりです」

 リベルは、先ほどまでロクサーナを押し付けあっていたので気まずい気持ちになりながら聞く。

 ロクサーナは俯いてしばらく沈黙していたが、やがて顔を上げて、

「すいません、おふたりの会話が気になって盗み聞きしてしまいました」

 テオドロスとリベルは動揺して顔を見合わせる。

「い、いや、あれはその」

 本音を聞かれたのであれば言い訳のしようがなくリベルはしどろもどろになる。

「仕方がない、こうなったら本音をぶつけ合って解決策を考えよう」

 テオドロスはそう言うと、国がドラキュラ家を裏切り者としていることなど、知っていることを洗いざらい話した。

 黙って話を聞いていたロクサーナが口を開いた。

「つまり、私に頼れるものは何もなく、この国には居場所がないということですね」

 リベルはそう言われると何とかしたいと思うがいいアイデアが思いつかない。

 重苦しい空気に耐えられなくなってリベルがロクサーナに言う。

「ハンターでもやりますか」

「ハンターですか?」

「ハンターであれば俺が教えることが出来ます。但し、ドラキュラ家も貴族であったこともすべて忘れて、一から人生をやり直す決意が必要ですが」

 ロクサーナはリベルの目をしっかりと見据えて、

「分かりました。教えてください」

(あー言っちまった、参ったな。どうしてこうなるんだろう)

 リベルは心の中でため息をついた。


 テオドロスがニコニコしながらリベルに話しかける。

「良かった、良かった、よろしく頼むぞ」

 リベルはテオドロスの笑顔に少しむかついたので、

「その代わり一ヶ月後からでお願いします。それまでに一人で日常生活が送れるように教育してください」

「そうだな、分かった。何しろ着替えすら自分で出来ないからなあ」

(え、着替えすらできないのか、大丈夫かなあ)

 リベルは不安を感じながら帰って行った。

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