第52話帝国軍の南進
それから十日ほどして、鉄板の装甲が付いた投石機を先頭に帝国軍はホイスの町までやってきて、城壁に囲まれた町の周囲をとり囲んだ。
帝国軍は、ホイスの北にある城門に向かって投石機を並べ投石を開始した。ルドルス王国軍は門を鉄板で覆うなどの補強しているため、少しずつしかダメージは与えることが出来ていない。
また、王国軍からも帝国軍に対して有効な攻撃を与えることが出来ている訳ではなく、魔法や弓で城壁に近づく兵たちを狙い撃ちにして、守りに徹していた。
膠着状態のまま二週間が過ぎた。
「ドラゴンを使ってきませんね」
塔の上から戦況を眺めているホイス子爵がバルテル伯爵に話しかける。
「この調子ならば、あと一ヶ月は持つでしょうが、さて援軍が来ますかね」
ラジャルハン帝国の首都ラジャール、北国は短い夏を迎えていた。
「どうです、良い買い物だったでしょう」
白髭の小男が、正面の立派な椅子に腰かけているガンダーギンに問う。
「ああ、そうだな」
「バルログもありますがどうですか?」
「暗黒竜はないのか?」
「あれは特別ですから、もうありません」
「じゃあ火竜でもいい」
「いや、火竜もありません。バルログならばありますが」
「何だそうなのか、バルログはいらん。あれは攻城戦には使えん」
「そうですか、二、三ヶ月頂ければ火竜をご用意できますが」
「そうか、なるべく早く頼む」
「承りました」
一つお辞儀をしてから、アルベルヒはゆっくりと部屋を出て行く。扉の前で待っていた、黒ローブを着た背の高い男二人が後ろについて歩き出す。
「アルベルヒ殿少しお待ちください」
通路をゆっくりと歩いているアルベルヒへ、コラトリアスが話しかける。
「コラトリアス殿でしたな、何か御用ですか」
「少しお話をお伺いしたいのですが」
コラトリアスはそう言って、アルベルヒを部屋に案内する。中ではハルファン将軍が待っていた。
「ドラゴンのスクロールは無いとのことでしたが、それ以外のスクロールがあるのでしたらどんなものか説明してもらえますか」
アルベルヒが入室してくるなり、ハルファン将軍が話しかける。
「先ほど皇帝は、ドラゴン以外不要とおっしゃられましたが」
「帝国軍としてではなく、個人的に購入したいのです。常に結果が求められていますから手駒といて用意しておきたいのです」
ハルファンの脳裏には、去年処刑されたボラート将軍の顔がちらつく。それでなくとも、エラル王国との戦いでは敗退して精神的に追い込まれていた。
アルベルヒは、コラトリアスとハルファンにスクロールの説明をする。バルログや、デーモンの他に、オーガやゴーレムなど様々なスクロールについて説明した。
「では、バルログとデーモン三枚ずつ買います」
「バルログは、金貨二百枚、デーモンは百五十枚ですから、合わせて金貨千五十枚ですね」
「え、そんなに」
「バルログの効果はご存じでしょう。まあ、まとめ買いという事で、千枚に負けておきましょう」
「うーん仕方がない、分かりました。それで購入します」
金貨一枚は、10万rなので、金貨千枚は、1億rになる。
ルドルス王国の首都ヴェシュタンにある王宮では、連日作戦会議が開かれていた。
ヴェシュタンは、南北800㎞に及ぶルドルス王国の北部に位置しており、北の国境から200㎞程の場所にある。ホイスを包囲している帝国軍は国境から40㎞南に行ったところに駐留しているので、ヴェシュタンには160㎞のところまで迫っていることになる。
「ホイスに逃れたバルテル伯爵から、援軍の要請が来ていますがどう返事しましょうか」
大臣の一人がルドルス王に尋ねる。
「ゲオルク、すぐに動けるのはどれくらいだ」
「騎馬五千、歩兵一万といったところです。帝国軍は騎馬二万、歩兵六万と聞いていますからかなり厳しいかと」
ルドルス王の問いかけに、ゲオルク王子が答える。
「それでは援軍にならんな」
「一ヶ月あれば、十万近くは集められますが、ホイスへの行軍に一週間は最低かかります」
「仕方がない、バルテルにはそのように伝えよ」
「しかし、バルテル伯爵からは持って一ヶ月と聞いております」
先ほどの大臣が口を挿む。
「父上、ホイスの守りは脆弱です。長くは持たないかと」
「では、どうすればいいと思うのだ」
ルドルス王はため息を吐きながら、ゲオルグ王子に聞く。
「決戦は、アルニムと考えます。アルニムと三つの支城に敵を引き付けて、野戦で決着を付けます」
アルニムは、首都、ヴェシュタンから北へ40㎞ほど行った場所にあり、人口十五万ほどの町で立派な城壁で囲まれている。いくつかの山には支城があって街道を進む敵を四方から攻めることが出来る地の利があった。
「そうか、では、ホイスは見殺しにするのか」
「一ヶ月間敵を足止めして、アルニムに向けて撤退させるのが良いかと思います。その間アルニムに兵を揃えます」
「包囲されているのに撤退できるのか、そもそも、ホイス子爵が領地を捨てて逃げるのを承諾するのか?」
「我が国の存亡がかかっているのです」
ゲオルグ王子がそう言うと、ルドルス王は目を閉じて考えて始めた。
しばらく沈黙が続いた後、ゲオルグ王子が再び口を開く。
「中途半端な事では彼らには勝てません。我が国の戦力すべてを地の利があるアルニムに集結させて、一気に叩くしかありません。ご決断を」
ルドルス王は目を開けるとゲオルグ王子の方を向いて、
「分かった、その方に任せる」と力なく答えた。
「お任せください」
ゲオルグ王子は笑顔で答える。
何人かの大臣が口を挿もうとしていたが、ゲオルグ王子が視線を向けると黙り込んでしまった。
魔道具による通信で、バルテル伯爵とホイス子爵の元へ、一ヶ月間籠城した後、アルニムへ向けて撤退するようにとの命令が届けられた。
「え」
それを聞いた二人はしばらく言葉を失う。
「ん、下がっていいぞ」
バルテル伯爵は、命令を伝えに着た兵士が所在なさそうに立っているのに気づき声をかける。兵士は一礼するとすぐに部屋を出て行く。
ホイス子爵の方を見ると、目を閉じたまま動いていない。
(一ヶ月間敵を足止めか、我々は捨て駒か)
「バルテル伯爵にお願いがあります。わが兵を連れて命令通り撤退してください」
ホイス子爵は目を開けると静かにそう言った。
(やはりこの地を捨てられんか、それしかないか、しかし・・・)
バルテル伯爵はとっさに言葉が出てこない。
「分かりました」
バルテル伯爵がやっとそれだけ言うと、ホイス子爵は笑いながら、
「私と同じ立場ならば、バルテル伯爵も同じ決断をしたはず。それと、撤退は容易ではないでしょう。私の方が生き残るかもしれませんよ」
「ハハハハ、その通りですね」、「ハハハハ」
二人は吹っ切れたのか笑いあった。
撤退の指令を受けて一ヶ月が経とうとしていた。帝国軍の投石機は、ホイスの城壁や門を少しずつ破壊していったが何とか持ちこたえている。
「そろそろですね」
「それじゃあ今夜」
夜になって、場内に兵士が整列している。
投石機の攻撃を受けている北門の城壁には、すべてのバリスタを配備し一斉に帝国軍へ向けて射撃を始めた。それに合わせて数十人の魔法使いや弓兵が攻撃を開始する。帝国軍からも投石機を始め攻撃が激しくなってきた。
その時、街道につながる南門が開けられ、数百騎の騎馬が飛び出した。
街道は帝国軍が道を封鎖して待ち構えていたが、王国軍は、先頭を行く数十人の魔法使いたちが馬上からの魔法攻撃で帝国軍の歩兵を圧倒し、その後に続く騎兵が蹴散らして包囲網を突破して街道を南に走り抜けて行った。その後ろを歩兵が続いて行く。
「ランゼル将軍、敵が南門より包囲網を突破して逃げて行きました」
「何だと、ラドラフ!」
伝令が、ランゼル将軍に状況を説明するとすぐに騎馬隊長のラドラフに声をかける。ラドラフは無言で頷くとすぐにテントを出て騎乗する。
「西、東で包囲している部隊を南に向かわせろ、騎馬隊は儂に続け!」
ラドラフ騎馬隊長は大声でそう言うと馬を走らせていく。その後を次々と騎馬が続いて駆けて行った。
帝国軍が街道を南下する王国軍に、包囲していた兵を差し向けて移動開始したとき、西門と、東門が開けられ、歩兵たちが出て来て帝国軍の側面に攻撃を仕掛けた。
騎馬の兵士たちを逃がすために、歩兵たちは盾となって奮戦したが、その三日後アルニムにたどり着いたのは、バルテル伯爵以下二百ほどの騎馬であった。
「バルテル伯爵、よく持ちこたえてくれた。まずはしっかりと休め」
「はい、しかし、ホイス子爵は・・・」
ボロボロになってアルニムに入城したバルテル伯爵に、ゲオルグ王子が声をかける。
「残念であったが、わが軍が勝利するための尊い犠牲だ」
「・・・」
バルテル伯爵は下を向いたままであった。
それから数日にわたって、騎馬や歩兵がばらばらとアルニムにたどり着き、最終的に千名ほどの兵士たちが帰ってきた。
バルテル伯爵がホイスを撤退してからすぐに帝国軍はホイスを占領し南下を開始した。
帝国軍は街道沿いの村を一つ一つ占領していったが、村には人気が無く、食料なども焼かれていてほとんど残っていなかった。
動きの遅い投石機に合わせて行軍したため、アルニムの近くに帝国軍が布陣したのは三週間後の事であった。
帝国軍は小高い丘の上に本陣を置いて、なだらかな坂を下りながら将兵たちのテントがたくさん並んでいた。
「敵の布陣は?」
ランゼル将軍の問いかけに、
「アルニムの城壁内に一万以上、三つの支城にそれぞれ三千から六千程。アルニムから南東にある丘の上に騎馬一万、魔術隊三千、歩兵七万。南の街道沿いに騎兵が五千ほどいます」
「ほー、随分とかき集めたな。総勢で十二万といったところか。こっちは騎馬一万五千に、歩兵五万。それと投石機か。ラドラフどう攻める。」
「本陣を騎馬で蹴散らせば何でもありません。ご命令を」
「そうだな、ラドラフならばこの戦力差でも十分勝てるだろう。しかし、こちらの犠牲も相当なものになる。その後、アルニムを攻める余力が残っているかだが」
「将軍、王都攻略へ向けて援軍が向かっていますから、それまで待ってみてはいかがでしょう」
槍兵隊長のハメッドが口を挿む。
占領地への駐留や、補給のための兵が帝国領からどんどん入ってきているが、それ以外に、王都を陥落させるための援軍も向かってきていた。
「いつ、到着予定だ」
「一ヶ月以内でしょう」
「そうか、少し相手の出方を窺うか。斥候を増やせ、各部隊は直ぐに動けるようにしてしばし休息だ」
二週間が経過したが帝国軍は動かない。アルニム城ではルドルス王国軍の総司令官であるゲオルグ王子とアルニム城主である、アルニム侯爵が向かい合っていた。
「ゲオルグ王子、かなりの数の部隊が国境を越えたことを確認しました。敵の援軍かと思われます」
「援軍か、やつらそれを待って動かなかったのか。今のうちに叩くしかないな。よし始めるぞ」
丘の上に陣を張っているルドルス王国軍は、丘を見上げる形で整列していた。
丘の一番高いところにいる、ランガー侯爵が大声で檄を飛ばす。
「今こそ我々の力を示す時だ。帝国軍を打ち滅ぼし、奪われた土地を取り返すのだ!」
「ウォー」、「ウォー」
大きな喊声を上げて兵たちは士気を高める。
やがて、槍兵二万が隊列を整えて進んで行く。その後ろに弓兵一万、魔術隊千、騎馬隊は左右に三千ずつが従っている。
「おし、おし、やっとやる気になったか」
「待ちくたびれましたぞ」
整列している王国軍を見て、帝国軍の本陣では、ランゼル将軍とラドラフ騎馬隊長が、嬉しそうに話をしている。
ラドラフは、一万の騎兵を率いて向かっていった。その後を、槍兵と弓兵一万ずつが続いて行く。
「弓騎兵は左右に展開!」
王国軍へ向かっていった騎兵のうち、弓騎兵は三千ずつ左右に分かれて王国軍の側面へ向かう。
正面に向かったラドラフ率いる四千の重騎兵は長い槍を振り回して敵の前線を崩す。左右に展開した弓騎兵は軽装で素早い動きが特徴だ。王国軍の側面を守る騎兵からの攻撃や、その後ろの弓兵から射かけられる矢をかいくぐりながら、馬上から弓で攻撃をしている。
「魔術隊、正面の騎兵に攻撃を開始」
王国軍は、魔法使いたちが反撃を始めた。ファイアボールなどの魔法攻撃を受けて重騎兵も自由に動けなくなり左右に分かれて撤退を始める。それと共に帝国軍の後方から山なりにたくさんの矢が降ってきた。
次に、槍兵同士がぶつかって激しい戦闘が始まった。数では劣る帝国軍だが実戦を多く踏んだ兵たちは精強で王国軍を押している。
その様子を見ていた王国軍の遊軍騎兵五千が移動を始め、王国軍の側面を攻撃していた弓騎兵に向かって攻撃を開始した。
王国軍の右側面に展開していた帝国軍の弓騎兵は、新たに表れた王国軍の騎兵と本隊の間に挟まれて機動力を封じられ、次々と打ち取られて始めた。遊軍騎兵は弓騎兵を蹴散らすとそのまま、帝国軍の槍隊の側面に攻撃を開始したため、槍兵の隊列は崩れ、帝国軍は少しずつ押し込まれ始め、本陣のある丘まで後退していった。
「よし、ここまでだ、撤退」
帝国軍の本陣は、塹壕や柵などを多数配置して容易に丘を攻め上がれないようにしている。それを見越して王国軍は撤退していった。
双方の犠牲は千名に満たなかったが、帝国軍を陣に追い返したという点で、王国軍が勝利したといえる戦いであった。
「ラドラフどうした?」
「申し訳ございません」
帝国軍のランゼル将軍が笑いながらラドラフ騎馬隊長に話しかけるが、ラドラフは元気がない。
今まで野戦で負けたことのなかったラドラフは、初めての敗戦に自信を失いショックを受けていた。今でも敵の騎兵の動きが目に焼き付いている。
「やはり援軍が来るのを待つか、守りを固めよ」
「は」、「は」
本陣の作戦会議に出席していた幹部たちが一斉に立ち上がってテントから出て行った。
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