第51話帝国軍の切り札

 国境を守っているルドルス王国軍は、バルテル伯爵が軍の指揮を執っている。最前線の石垣で出来た防壁の上では、バルテル伯爵の筆頭騎士であるエルマーが指示を出していた。

「おい、お前。早く交代しろ。黄色になってるじゃないか」

「あ、はい」

 ルドルス王国軍の魔法使いは胸に魔力量の残量がわかるバッジを付けている。満杯が緑で残量が少なくなるにつれて黄色から赤に変わる。

 魔力をすべて使い切ると一日休んでも七割ほどしか回復しない。このため、ルドルス王国軍では魔力量が半分程度になると交代をするようにしていた。個人の魔力量に応じて1時間しか戦えない者もいれば、3時間戦える者もいる。総勢1000名ほどの魔法使いが前線に配備されているが、防壁の上には200名もいない。ローテーションすることによって継続的な戦闘を可能としていた。


 帝国と戦闘を続けている防壁から500mほど後方にルドルス王国軍の前線本部がある。

「投石機はまだか」

「あと、二、三日かと」

「よしそれまで持てば何とか打開できる」

 帝国軍は決死の攻めで外側の堀を埋め、王国軍に60mほどに迫っていたが、それから一週間余りは絶え間ないルドルス王国軍の攻撃によってそれ以上の接近はできていない。

 しかし、王国軍の方も攻め手に欠いて戦況は膠着している。それを打開するため、小型の投石機を山腹に複数配備して、上から攻撃を加えようと考えていた。


 それは突然であった。上空に二頭のドラゴンが現れ、防壁の上で戦っている兵たちに向かって下降してきた。

「何だ」、「うわわ」、「ぎゃー」

 突然現れたドラゴンに兵士たちは驚きあっけにとられている。そんな中、ドラゴンは近づきながら口を開け、炎のブレスを吐こうとしていた。

「うろたえるな、全員でバリアを張れ」

 動揺する魔法使いたちにエルマーは大声で指示を出す。

 ドラゴンの口から炎が滝のように兵士たちの上に降り注がれたが、魔法使いたちのバリアで大半は防がれた。しかし、熱気があたりを包んで呼吸をするのも苦しい。

「風魔法が使えるものは、熱気を飛ばせ」

 エルマーの指示に従って魔法使いたちは周囲の熱気を掃う。二頭のドラゴンは二手に別れて同じようなタイニングで攻撃を開始した。

 炎のブレスを吐いた後、さらにドラゴンは下降してきて、二回目の炎のブレスを吐く。

 今回も何とか防ぎ、守り切れなかった数十人の弓兵を除いて魔法使いたちは無傷で生き延びた。

 二頭のドラゴンは何事も無いようにそのまま下降を続けて防壁の上に着地すると、尾を振って防壁の上にいる魔法使いや弓兵を薙ぎ払った。

 魔法使いのバリアは兵士たちの持つ盾と同じで矢や剣は防げても、重量のあるドラゴンの尾にはなすすべもなく吹き飛ばされている。

「怯むな、足を狙え」

 エルマーはそう言うと剣を抜いて、ドラゴンの足に切りかかるが堅い鱗に阻まれてわずかな傷しかつけられていない。

「魔法の効果は薄い、魔法使いは防御に徹しろ。弓兵は腹を狙え」

 柔らかい腹には矢が刺さり、少しではあるがダメージはあるようだ。バリスタの放つ太い矢が十本近くドラゴンに突き刺さった時、突然ドラゴンは消えた。

「え、どうした」、「何だ」

 突然消えたドラゴンに兵士たちは戸惑っている。向こうで戦っているドラゴンも数分後には消えてしまった。

「魔人の指輪だな・・・」

 前線近くまで様子を見に来ていた、バルテル伯爵がつぶやく。

「え」

 隣に控えている副官はバルテル伯爵の方を見る。

「すぐに増援を要請しろ」

「は」

 副官は走り去って行く。


「交代の兵が来るまで、魔法使いは防御に集中しろ。まだ戦いは続いているぞ」

 帝国軍からは投石機や弓により攻撃が続いていた。王国軍はさっきの戦いで魔法使いの三分の一はやられ、生き残った者の半分は魔力が切れそうになっている。

 後方から交代の兵たちが駆け寄ってきたとき、再び黒い影が上空から降りてきた。

「またか」、「ドラゴンだ」

 下降してくるにつれてその大きさに驚く。先ほどのドラゴンより1.5倍はあるだろうか、広げた羽根は漆黒で20m近い。ゆっくりと防壁の上に降り立つと左右に首を振りながら黒い霧を吐き出す。

「まずい、暗黒竜の呪いのブレスだ、逃げろ!」

 遠目から見ていた、バルテル伯爵が前線の兵士に向かって叫ぶが、前線の魔法使いや弓兵は黒い霧に当てられてバタバタと倒れている。

 前線に向かっていた交代要員も次々と倒れている。呪いのブレスを吸い込んだ者は即死し、僅かに触れた者たちも苦しみながら死んでいく。

「風の魔法が使えるものは、呪いの霧を押し返せ」

 バルテル伯爵は逃げながら指示をしている。

 それに答えて、五、六人の魔法使いが風を送っていたが、突然、暗黒竜は飛び上がり、山の中腹にいくつか作られた弓兵部隊の攻撃拠点や、後方に待機しているルドルス王国軍の方へ飛びながら呪いのブレスを吐き始めた。

 ブレスに当たって後方の兵士たちも次々と倒れ、それを見ていた者たちは恐れをなして逃げ惑い始めた。


 しばらくして暗黒竜は消えたが、国境を守るルドルス王国軍は壊滅した。

 呪いの黒い霧が拡散するのを待ってから、帝国軍は国境に向かって進み始めた。堀に仮の橋をかけると騎馬隊が一列になって渡って行く。

 千騎余りの騎馬隊が、ルドルス王国軍の前線本部までやってきたときには、すでに王国軍は撤退していた。

「今から、逃げたルドルス王国軍に追い打ちをかける。この先の三つの村を中心に捜索しせん滅しろ。それから、村人の食料財産は全て没収するが、素直に従うならば殺してはならない」

 騎馬隊のラドラフ隊長が大声で指示を出すと、十頭ほどの分隊に分かれて馬はかけて行く。

 その後からも騎馬隊の第二陣、第三陣が次々とルドルス王国の領内に入ってくる。その後には歩兵が続き、隊列を整えた後、騎馬隊を追って歩兵も街道を南下していった。


 帝国軍は、国境から街道沿いに南下しながら村を掃討していく。国境から20km離れた三つ目の村の掃討が終わった時には夜になっていた。

 帝国軍の兵たちは、村の傍で分隊ごとに分かれてテントを張っている。その中でひときわ大きなテントの中にあるテーブルの奥に、帝国軍を指揮しているランゼル将軍が座っていた。他に幹部たちも数名座って酒を飲んでいる。

「ラドラフ、投石機はいつ着く」

「あと、四日ほどです」

 ランゼル将軍がラドラフ騎馬隊長に聞く。ラドラフは騎馬隊長ではあるが副官も兼ねていた。帝国軍では、騎馬隊長の地位が高く副官に着くケースが多い。

「では、それまでにホイスまでの村を占領して食料を確保しろ」

「了解」

 ホイスは、街道をさらに南へ20㎞ほど進んだ場所にある人口5万人ほどの町だ。町は城壁で囲まれており、今回の戦いで逃げ延びたものたちが逃げ込んでいると思われる。

「ホイスはどのように攻めますか」

「正攻法だな、投石機を使う」

「であれば、多少時間がかかるかもしれませんな」

「まあ、気長にやって行こう。後方部隊が来るにはまだ時間がかかるからな。街道沿いの村に軍を駐留して拠点を作りながらでないと兵站に支障が出る」


 将軍のテントの周りには分隊ごとに分かれて無数のテントが張られ、戦勝の祝いに酒が配られており、あちこちで騒ぎ声が聞こえてくる。

「分隊長、どちらへ」

 立ち上がってテントの外に出て行こうとする分隊長に若い兵士が声をかける。

 その声に分隊長が振り返って、

「お前も来い」分隊長は赤い顔でニヤリと笑った。

 テントの外に出ると4,5人の男たちが待っており、分隊長はその男たちを連れて村の方へ向かう。

 一軒の家の前に来ると、

「おい、開けろ帝国軍だ。開けないとドアを破るぞ」

 ドンドンとドアを叩きながら大声で呼びかけていると、ドアは開いて若い男が顔を出す。兵士の一人が男を蹴飛ばして家の中に入って行く。奥の部屋からは子供の泣き声が聞こえてくる。

「な、何の用ですか」

「おい、女を呼んで来い」

 男は怯えながらも、

「ざ、財産をすべて差しだせば手出ししないと、村長が・・・」

「バカ野郎、女も財産だろうが」

「そんな無茶な・・・」

 男はそう言いながら奥の部屋に向かって走る。

 奥の部屋に続く扉を開けると、子供を抱いた男の妻が怯えていた。

「早く、逃げろ」

 男は裏口から女を逃がそうとするが、兵士たちは直ぐに気づいて部屋に入ってくる。

「おら、何やってんだ」

 一人の兵士が男の腹部に剣を突き立て、思いきり蹴飛ばす。男は壁に大きな血の跡を残して動かなくなった。

 別の兵士が女の髪を掴んで引きずり倒す。分隊長は女の服を引きちぎり無理やり犯そうとしている。女は隣で泣き叫ぶ子供を見ながら泣き叫んでいた。

「うるせえぞ、静かにしろ」

 上に乗った分隊長が、女を何度も殴りつけると、女は白目をむいたまま動かなくなった。

「分隊長、まだ殺さないでくださいよ」

 女は静かになったが、隣の子供はますます大きな声で泣き叫んでいる。

「うるせえガキだな」

 傍にいた兵士はそう言うと、槍で子供を突き刺し、そのまま持ち上げて後ろに放り投げる。暗がりに飛んでいった子供の声はそれきり聞こえなくなった。

 兵士たちはかわるがわる女を犯した後、女を殺し、証拠隠滅のため家に火をつけて出て行った。


 翌朝、ランゼル将軍のテントに村長を先頭に数人の男たちが訪ねてきた。全員びくびくして怯えていたが、意を決して村長が話し始める。

「あのう将軍様、財産食料を差し出せば村人には手出ししないと仰られましたが、昨日、何軒かの家が燃えました。家人も見つかっておりません」

「お前は、帝国軍の兵士がやったと言いたいのか」

「火事などめったにありません。それが、一晩で十軒近く起こってます」

「分かった調査しよう。可能性はゼロではないからな」

「ありがとうございます」

 頭を下げて出て行こうとする村長一行にラドラフ騎馬隊長が声をかける。

「村長、お前の家に若い娘はいるか」

「はい、孫・・・」

 村長はそう言いかけて口をつぐむ。

「お前も火事には十分気を付けるんだな」

 ラドラフ騎馬隊長がにやりと笑ってそう言うと、村長たちは慌ててテントを後にする。背後ではたくさんの笑い声が響いていた。


 国境で監視をしていた、オルト共和国軍とエラル王国軍は起こったことをすぐに本国へ伝えると、それを受けてすぐに、オルト共和国軍では参謀本部会議が開かれた。

 リチャード参謀総長を始めすべてのメンバーが出席して、情報参謀であるグレゴリー少将の報告を聞いている。

 魔人の指輪が使われたことをグレゴリー少将が説明すると、出席者に衝撃が走ってざわつき始めた。

「リベル、エラル王国の情報と相違は無いか」

 オルト共和国軍の参謀本部に呼ばれたリベルは、リチャード参謀総長からの質問に答えようと立ち上がる。

「はい、相違ありませんが、いくつか追加の情報がありますので報告します。まず、最初の二頭の竜ですが、溶岩の吹き出す灼熱地獄に住む火竜のようです。その次の黒いのは暗黒竜で、黒い霧は呪いのブレスといわれているそうです」

「ほとんどの兵士たちが、その呪いのブレスにやられたのだな」

「そうです、直撃すれば即死。僅かに触れても少しずつ蝕まれてやがて死に至るそうです。かつて英雄といわれたバルドゥールの死因もこれによります」

「アルテオとバルドゥールが若い時に暗黒竜と戦ったと聞いているが、どうやって勝ったんだ」

 グレゴリー少将がリベルに聞く。

「いや、それが、伝説では討伐したことになってるんですが、倒したのは別の竜で、暗黒竜からは一目散に逃げたらしいです」

「そうなのか」、「うーん」

 出席者たちから、嘆息が漏れる。

「それで、アルベルヒは帝国と組んでいるのか?」

「申し訳ありません。それについては全く」

「引き続き、アルベルヒの捜索を最優先に進めろ」

「了解しました」

 リベルはそう言って退室した。


 ホイスの町は、城壁に囲まれた人口5万程の町でホイス子爵家の居城がある。その城門には荷車の長打の列が出来ており、城壁の中は近隣の村から逃げてきたものたちと、国境での戦いから逃げ延びた兵たちでごった返していた。

 バルテル伯爵も何とか逃げ延びて、三千の兵と共にホイスの町に入っている。国境では四万の兵が常駐していたが、そのうち一万近くがやられ、残りは街道を南下して逃げていた。


「ホイス子爵、食料の方はどうです」

「近隣の村から、次々に運び入れてますので十分にあります。少なくとも三ヶ月は持つでしょう」

 バルテル伯爵の質問にホイス子爵が答える。

「兵は、我々が三千、ホイス家が五千。籠城には十分な兵力ですが、暗黒竜が出てくれば意味をなさないかもしれません」

「暗黒竜に対して何か策がありますか」

「暗黒竜の前に現れたドラゴンは、バリスタの攻撃が効いていました。暗黒竜にも効くかもしれません」

「成程、バリスタでしたら十台ほどありますが、城壁が長いのでどうやってすべてカバーするか検討が必要ですね」

 バルテル伯爵とホイス子爵は、帝国軍との戦いに備えて打ち合わせを続けていた。

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