第47話司教会議
人数が多いので、昼食はゴルテスの店で食べる。
「ここって、メニュー無いの」、「飲み物ビールだけ」、「でもこれおいしいよ」
女性ばかり十人も店に入って、店は一気に活気づいて騒がしくなる。
「リベル、女ばっかりじゃないか。どうしたんだ、モテモテだな」
ゴルテスが笑いながらリベルに話しかける。
「俺が楽しそうに見えます」
リベルは冷たい目でゴルテスを見る。
「リベルさんこっちに来てくださいよ」
「ハイー、ただいま」
「頑張って来いよ」
笑っているゴルテスをちらっと見てから、リベルはカタリナのテーブルに行く。
「海すごかったですよ、何か魚がカラフルでね」
「でしょう、すごいですよね」
「それと、サンゴ礁ですよね、鮮やかな赤や、青」
「それから、大きな亀」
「そう、カメ、カメ」
カタリナと一緒に行った者たちも感動を伝えてくる。
「リベルさん、この間のフルーツ無いんですか」
「多分取りに行かないと、無いんじゃないですか。いつも子供たちが取って来てましたから」
「じゃあ、取りに行きますから案内してください」
「俺がですか」
「そう」
「場所は子供たちでないと分からないんで、あとで呼んできます」
「よろしくお願いします」
午後からは、子供たちとフルーツを取りに行く者、デッキチェアで昼寝をする者、海で遊ぶ者など、それぞれ思い思いに過ごしていた。
一方リベルは、ゴルテスの指示の下、バーベキューの準備をしていた。
「リベルさん、だだいまー」
森にフルーツを採りに行ったカタリナと子供たちが帰ってきた。両手のかごにはたくさんのフルーツが載っている。
「ずいぶんたくさん採りましたね」
「リベル兄ちゃん、姉ちゃんたち凄かった。高いところに生っている実も、下からビュっとやると落ちてきて」
「カタリナさん、魔法で取ったんですか」
「そう、風魔法でね」
「魔法って便利ですね」
「ハハハ、リベルさんから、そんなことを言われるとはね。あなたの魔法が一番便利でしょ」
「ハハハ、確かに」
夜は、外でバーベキューを楽しんだ。リベルも一時間ほど付き合ってゴルテスの店に引き上げる。
「お疲れだったな」
ゴルテスが一息ついているリベルに声をかける。
「あー、そうですね」
騒ぎ声が店まで聞こえてくる。
「元気な女たちだな」
「あの人たち、兵士なんですよ」
「女なのにか」
「魔法使いの兵士なんです。魔法使いは女が多いんで」
「へー、魔法使いなのか」
その日遅くまで、静かな島に女たちの笑い声が響いていた。
翌朝、日が昇っても誰も起きてこないので、リベルは女たちが泊まっている自分の家へ向かった。デッキや、入り口にはビールの空き瓶や、食べ散らかした皿などが散乱しているが家は静まり返っている。
『ドン、ドン』
「カタリナさん、みなさん。朝ごはん出来ましたよ」
リベルは扉を叩きながら声をかける。
『ドン、ドン』
「もし、もーし」
しばらくするとドアが開いてグローリアが顔をのぞかせる。
「グローリアさん、どうしたんですかその頭。爆発してますよ」
「ん」
寝ぼけた顔のグローリアの頭はひどい寝ぐせであった。
「朝食出来ましたから、ゴルテスさんの店に来てください」
「ん、分かった」
そう言って、グローリアは扉を閉めた。
しばらくして、女たちが足取り重くゴルテスの店にやってきた。
「カタリナさん、元気ないですね」
「うん、まだ眠い。みんな夜明けまで飲んでたからね」
(おい、おい。どんだけ飲んだんだよ)
リベルは、無口で食べている女たちを見てドン引きした。
リベルがアルテオ城へ全員を連れ帰った時にはもう昼を回っていた。
「おい、遅かったな」
「そうですね」
帰ってきた一行を見てアルテオがそう言うと、女たちは目をそらす。
「グローリア、楽しんできたようだな」
「え、あ、はい。みんな楽しんだようで何よりです。ははは」
グローリアはアルテオの方を見ながら作り笑いをして答える。女たちはそそくさと部屋を出て行った。
「リベル、あの本の坑道だがな。かなり広範囲に広がっているんで、教会に協力してもらう事にした」
「なるほど、それがいいですね。で、こっちはどうします」
「俺たちは、別の方法でアルベルヒを探してみる。アカテの方は引き続き獣人国家での調査だな。リベル、お前はどうする」
「そうですね・・・、アルテオさん、今回、教会の騎士をデーモンが同士討ちさせたでしょ、あれ、アルテオさんなら勝てましたか」
「うむ、自信はあるが、あの精神を操るような魔法は初めて聞いたな」
「アルテオさんならば勝てるかもしれませんが、教会の騎士が全滅したぐらいですからかなりやばいと思うんです。ですから、俺の方はデーモンへの対策を調べてみようと思います」
「そうか、分かった」
デーモンについて調べるため、サリファンにある王立図書館にやってきた。アルテオから貰った紹介状を渡すと司書の女性は直ぐに案内してくれた。
(あの時、門前払いした事は覚えて無いだろうなあ)
そう思いながらリベルは司書の後ろについて歩く。天井までぎっしりと本が並べられた棚がいくつもあって、その量に圧倒される。
司書は図書館の奥まで案内すると扉の鍵を開けて中に入った。
「ここは、特別の許可が無いと入れません。貴重な本ばかりですので取り扱いにはご注意ください」
司書はそう言うと部屋を出て行った。
先ほどの部屋より随分と狭いが、それでもかなりの数の蔵書がある。
(へーこんなにあるのか、こりゃ大変だなあ)
デーモンの記述がある書物は意外と多くあったが、事件や物語の記述ばかりでどういう魔法を使ったというような記述は見つからない。
それでも、二週間ほど頑張ったが、
「あー、もうだめだ」
リベルはそう独り言を言いながら、椅子にもたれて放心状態になる。
(仕方ない、エンプレオスさんにでも聞いて見るか)
リベルは図書館を出ると、腕輪の4のボタンを押す。しばらくすると赤に変わったのでエンプレオスのところへ空間移動した。
ドアをノックするとすぐにレオナルドが出てくる。
「相変わらず早いですね、どうぞこちらへ」
エンプレオスは今日も裏庭の椅子に座って葉巻を吸っていた。
「デーモンの事を聞きに来たのか」
「え、何で」
リベルが椅子に座る前に、エンプレオスがいきなり話しかけてきて驚く。
「ハハハ、遅いわ。もう一ヶ月も前にクラウディオが聞きに来たぞ」
「クラウディオ司教ですか」
(あの直後にここに来たという事か、行動が早いな)
「さっき、デーモンの事を聞きに来たのかと儂が言ったとき、驚いただろ」
「はあ・・・、そうですね」
リベルはエンプレオスの意図を計りかねて曖昧に答える。
「驚いたとき、一瞬、心が驚きで満たされる・・・。だが、すぐに元に戻る」
そう言って、エンプレオスは視線を海の方へ向けて煙を吐き出す。
「何のことかさっぱりなんですが」
エンプレオスは再びリベルの方に向き直ると、
「驚き、痛み、喜び。突然このような場面に遭遇すると心に一瞬隙ができる。それをとらえて恐怖を心に流し込んできて恐慌状態にさせる」
「デーモンのことですか」
「そうだ、そうなってしまえばもはや戦意は無くなって動けなくなる。そして心を簡単に操ることもできる」
「それで同士討ちをさせたわけですね。これはどういう魔法ですか」
「いや、魔法ではないな」
「魔法じゃないんでしたら何ですか」
「精神を操る技だな、催眠術と同じようなもんだ」
「へーそうなんですね、それで、どうやったら防げますか」
質問攻めにするリベルにエンプレオスは苦笑いしながら、
「お前、聞くばかりではなく、少しは自分で考えたらどうだ」
「え、そうですね・・・」
そう言われてリベルは少し考えてみる。
(心に恐怖を流し込む?、なんだそれ、そもそも心って何だろ、どこにあるのかな?)
リベルはそう言われて考えてみるが良くわからない。
「魔法で防ぐんですか、マジックバリアとかで」
「防げる可能性が無いとも言えないが、試せないから何とも言えん」
(それじゃあ何だろ、全然思いつかないなあ)
「じゃあ、驚かないようにするとかですか」
「そうだ」
リベルは何も思いつかなかったので適当に答えたが、肯定されて驚く。
「え、そうなんですか。そんなことできるんですか」
「お前じゃ無理だがな」
そう言われてリベルは少しムッとする。
「誰ができるんですか」
「お前、本当に何も考えて無いな。ラットキンの村で修業したんじゃないのか、彼らは心の修行を重視していたはず。いついかなる時でも平常心を保つとか言ってなかったか」
「あ、そう言えばそんな事を・・・」
リベルは昔の事を思い出す。修行の合間に言われたこと、毎日の瞑想をする意味や、マイルズから聞いた上級者の修行や、オーガを前にしても全く普段と変わらない様子で、弟子たちに指導をしていたヨリサダの姿などを思い出した。
「これは、ラットキンに限った話ではない。あることに一途に取り組んできたものは何事にも動じない心を手に入れている。教会でも長年祈りをささげた修道士などにもそう言った者はいる」
「はー、そうなんですね。勉強になります」
「お前は、便利な魔法を手に入れたせいで、努力を怠っているのではないか」
「うーん、確かに。おっしゃる通りで・・・」
(ラットキンの村ではまじめにやってたのになあ、確かに便利な魔法のせいで、だんだんいい加減になってきた気がする)
リベルはエンプレオスに言われて反省するのであった。
リベルは、チヨの店にやってきた。
「お、やってますね」
リベルが現れた時、アカテはチヨの酌で酒を飲んでいた。
「今日は一人なのね」
チヨはそう言うとすぐに階下へ下りて行った。
(アルテオさんと一緒じゃないと、そっけないな)
「今日は、何の用だ」
「アカテさんに不動心を身につける方法を聞きに来ました」
「ん、唐突になんだ」
リベルはエンプレオスに聞いた、デーモンの対処方法について説明する。
「ほう、成程な」
アカテはそう言って酒を飲んでいる。
「で、どうすればいいんでしょう。手っ取り早く手に入れる方法はありますか」
「そうだな、どう言えばいいか・・・、もし、いつ何時でも対処できるような不動心であれば、何十年修行しても身に付くかどうかわからん。儂もそこまでではない」
「はい・・・」
リベルはよく分かっていない。
「例えば、誰かが驚かせてくることが事前にわかっていれば、驚かんだろ」
「何となく分かりました。デーモンが出てくるかもしれないと分かっている状況であれば、そんなに凄い不動心を身に着けていなくても対処できるという事ですね」
「そうだ、だが、ある程度のレベルは必要だろう。儂は自信があるが、お前は知らんぞ」
「俺、三年間も修行して、刀レベル3なんですけどどうです」
「実際にデーモンに会ったわけでもないし、分らんが、お前には無理じゃないかな」
「うーん、やっぱりそうですよね」
残念そうにするリベルを見ながら、アカテは、
「まあ、お前にできることをすればいいさ、何でもできる奴なんておらん」
「そうですよね」
アカテの言葉に、リベルは少し肩の荷が下りた。
同じ頃、教会の本部では司教会議が行われていた。
教会の本部は、ルドルス王国の王都ヴェシュタンから南東に20㎞程の場所にある。五百年前の戦争で廃墟となっていた貴族の居城に、三百年ほど前に教会は本部を移した。この町はカプランと言い、教会本部を中心にして教会に関連する施設、修道院や学院が立ち並んでおり、約三万人が住んでいる。
司教会議は実質教会の最高意思決定機関であり、教会トップである司聖の他に、主要五ヶ国の司教五人で構成されている。
「ヴィクトリア司教、ネストル司教へ連絡は付きましたか」
教会のトップであるガブリエラ司聖が、空席を見ながらルドルス王国の司教であるヴィクトリアに聞く。
ガブリエラ司聖はウエーブのかかった白い髪の痩せた小柄な女性である。年齢は七十才ほどだ。一方ヴィクトリア司教は丸い顔をした小太りの女性で、五十才ほどの年齢である。
「いいえ、申し訳ありません」
「この会議へ出席しなくなって、もう六年。連絡が途絶えてもうすぐ一年になりますね」
ネストル司教はラジャルハン帝国の司教である。ラジャルハン帝国の南下に伴い、オルト共和国、ルドルス王国、エラル王国の三ヶ国の国境が封鎖されたため、帝国との通行はできなくなっていた。そして、エラル王国と帝国との戦争が始まってからは、通信手段さえも無くなってしまった。
「ガブリエラ司聖、帝国の教会を破門にしましょう」
「また、その話ですか」
ブランドン司教の発言に、ガブリエラ司聖がため息をつく。ブランドン司教はオルト共和国の司教である。がっちりとした体格の男性で、まだ、四十代であり司教の中では若手だ。
帝国は南下に伴って、占領していった町のいくつかは戦利品として、兵たちの略奪を許していた。
帝国軍にも教会から医療支援として多数の聖職者が従軍しており、その見返りとして信者への略奪の禁止を求めていたが、帝国はそれを無視して略奪、凌辱、殺人などを兵に許していた。さらに、被占領地の教会も襲われているという話も難民から聞いていた。
「帝国に従軍している聖職者たちも、無法者の兵士たちと同類と思われています。教会を離れるものも増えていますし、教会の権威が揺らいでいます」
「ネストル司教の手紙では、従軍している聖職者たちが、将兵たちに神の教えに反する行為はしないよう、兵士たちに啓蒙を続けているという話でした。もう少し待ちましょう」
「その手紙も一年前の物です、今どうなっているか。それに、我がオルト共和国との戦争では、我が国に従軍した聖職者の多くも命を失いました。聖職者からも不信感が高まっています」
話を聞いていた、クラウディオ司教が口を挿む。
「ブランドン司教、私も破門には反対です。ガブリエラ司聖とは少し理由は違うかもしれませんが・・・」
「クラウディオ司教、あなたもですか」
エラル王国のクラウディオ司教がガブリエラ司聖ちらりと見てから話し始めた。
「もし破門にして、帝国が我々の国を侵略したらどうなります。我々は敗者になりますよ。そうならないために、我々は政治には関与しない事になっているのではないですか」
「しかし、占領した町への無法行為や、教会までも襲うような帝国は神の道に外れます。見逃すことはできません」
「ブランドン司教、今は悪魔に魅入られていますが帝国の兵士たちも同じ神の子です。信者同士が憎しみ合わないようにするのが、私たちの役目ではないですか」
ガブリエラ司聖も正論をを口にする。
「しかし・・・」
「ネストル司教へ連絡が付かないという状況下で、教会の団結力が試されています。ガブリエラ司聖の仰られるように、信者たちが敵対しないよう説得しましょう」
ガブリエラ司聖とクラウディオ司教の意見に対して納得していないブランドン司教であったが、他の司教たちの表情を見て言葉を飲み込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます