第48話共同作戦

 司教会議は続いている。

「では、私から琥珀の塔について報告します」

 クラウディオ司教がそう言って、アルベルヒを捕えようとして、教会の騎士たちがデーモンにやられてしまった話をする。

「おお、神よ」

 ガブリエラ司聖はそう言って祈りの言葉を口にすると、他の司教もそれに続く。

「それで、アルベルヒはどこへ逃げたのですか」

 サナセル共和国のニコライン司教が聞いた。もう五十は過ぎているが黒髪の若々しい見た目の女性である。

「彼らは、古代のドワーフたちの築いた坑道へ逃げました」

 クラウディオ司教はそう言いながら、地上の都市と坑道の位置が書かれた地図を取り出して見せながら説明する。

「これは、各国の都市の下にドワーフの坑道がどのように通っているか書かれています。各国の物を用意しましたので、調査をお願いします」

「中に入って調べるのですか」

「いや、そこまでは難しいでしょうから、出入り口を監視して欲しいのです。怪しいものがいたら教えてください」

「見つけたら、クラウディオ司教が対応されるのですか」

「そうですね、ところがそんなに簡単ではありません。その地図に書かれているのはほんの一部で、二千年以上に亘って大陸の内部に張り巡らされた坑道は何層にもわたって複雑に絡み合い迷路になっており、大陸のどの場所にでも坑道を通って行けるという話さえあります。我々もあの後すぐにアルベルヒの痕跡を追って坑道に入ったのですが、すぐに道に迷いました。地下では方向感覚がなくなるのです」

「それではどうするのですか」

 ニコライン司教が聞くと、クラウディオ司教はルドルス王国のヴィクトリア司教の方を向いて、

「ヴィクトリア司教、ロクサーナを覚えていますか」

「勿論。処刑から逃げた後、エラル王国のカイル修道院を占拠しているのでしたね」

「そうです。そしてカイル修道院に眠っていたバルドゥールを、バンパイアとして蘇らせたんです」

「あの、バルドゥールですか」、「おお、なんと」、「バンパイアですと、おお神よ!」

 司教たちに驚きが広がる。

「そのバルドゥールが坑道に入ってファフナーを倒したというんです」

「ファフナーですか」、「欲望の指輪の」、「伝説じゃなかったんですか」

 司教たちは思い思いの感想を口にしてざわざわとする。

「エラル王国でも、何度もチャレンジしたんですが迷路のような坑道、巨大昆虫、深い縦穴などに阻まれていたんです。それをあっという間に見つけて、あっという間に倒したようです」

「バルドゥールに頼むというのですか、ロクサーナは教会の敵ですよ」

 ヴィクトリア司教がそう言うと、クラウディオ司教は頷いて、

「分かっています、一時的に協力を得るだけです。この件が片付くまで教会は味方であると思わせるだけですから、魔人の指輪さえ手に入れれば総力を挙げて潰します」

「簡単そうに言いますが、うまくいくでしょうか」

「お任せください」

 クラウディオ司教はそう言ってニヤリと笑った。


 それから一週間が過ぎたころ、リベルはアルテオに呼ばれた。

 部屋にはいつものようにカタリナが待っている。

「カタリナさん、久しぶりですね。今日は何の用です」

「アルテオ様とクラウディオ司教が話をしています。ご案内しますね」

 リベルはカタリナについて歩きながら話をする。

「アルベルヒが見つかったんですかね」

「さあ、どうでしょう。そんなうきうきした感じはしませんでしたよ」

 リベルは、クラウディオ司教のうきうきした顔を想像して頬が緩む。

「また、失礼なこと考えてますね」

「考えてませんよ」

 扉を開けて部屋に入ると、大きめのテーブルで向かい合っているアルテオとクラウディオ司教が目に入った。

「おー、リベル少佐。さすがに早いですね」

 クラウディオ司教は笑顔を作ってリベルに話しかける。

「あ、はい」

 リベルが席に着くと、クラウディオ司教が話し始める。

「リベル少佐のご指摘のとおり、アルベルヒは古い坑道に逃げ込んだようです」

「やはり、そうでしたか」

「しかし、我々がその痕跡を追って坑道に入りましたが見失ってしまいました」

「以前、坑道に入った時も迷路のように入り組んでいましたからね」

「そこで、相談なんですが、一時的に共同作戦をお願いしたいと思います」

「それは、構いませんが・・・」

(以前断ってきたのに今更どういうつもりなんだろうか)

「私たちだけで坑道を追跡するのが困難という事がよく分かりました。ファフナーを倒しに行かれたリベル少佐のお力をお貸しください」

「あれは、私の力ではなく、その・・・」

 ロクサーナとバルドゥールの名前を出してよいものか言い淀んでいると、

「勿論、バルドゥールさんにも来ていただきたいと考えています」

「え、敵視していたのでは無いですか?」

 クラウディオ司教の意外な言葉にアルテオが反応する。

「一部そういう意見もありましたが、先日司教会議がありまして、私が説得しました」

「じゃあ、これからは敵視しないのですね」

「そうです。もはやそんな小さなことにこだわっている段階ではありません。そしてもしこの作戦に参加していただけるのであれば、カイル修道院を差し上げましょう」

「ほう、そこまでしてもらえるとは、何か他に条件でもあるのですか」

 アルテオがニヤリと笑いながらクラウディオ司教に聞く。

「いや、条件などありませんよ。どっちにしろ、使えなかったわけですから同じことです」

「そう言えばそうですね」

「では、後日カイル修道院へ使者を送りますので、リベル少佐にはお口添え願えますか」

「分かりました」

「ではこれにて」

 クラウディオ司教はにこにこしながら帰って行った。


 アルテオとリベルも部屋を出て通路を歩きながら話をする。

「アルテオさん、ロクサーナさんを相当敵視していたように思うのですが、どうしたんでしょう。よっぽど難しいことになってるんですかねえ」

「少し怪しいが、少なくとも利害が一致する間は大丈夫だろう」

 二人が、最初の部屋の前まで戻って来ると、騒がしい声が中から聞こえてきた。

(なんか嫌な予感がするな)

「ワー」、「キャー」、「来た来た!」

 ドアを開けると、二十人ほどの女たちがリベルを待っていた。みんな私服でワイワイと騒いでいる。

「リベルすまんな、こないだ行けなかった者たちだ」

「え、またですか」

 嫌な顔をするリベルに、カタリナが話しかける。

「ごめんなさいね、でも、今回は料理人とか、メイドを連れて行くのでリベルさんは送り迎えだけでいいですから」

「本当ですか。助かります」

(あー、良かった)

 それを聞いてリベルはほっとする。

 リベルは、二十人ほどの人たちと荷物をパレパネ島に送った後、オルト共和国に帰って行った。


 数日後リベルは、教会の使者を連れてカイル霊廟までやってきた。

「お会いできて光栄です。ロクサーナ・ドラキュラ様、私はクラウディオの使者デメトリオと申します」

「リベルさんからお話は伺っています。アルベルヒ討伐の見返りとして敵認定を解除いただけるとの事ですが」

「はい、それとここ、カイル修道院も差し上げる事となっています」

「破格の条件だが、信用してよいものか測りかねている」

 ロクサーナの横に立つバルドゥールが口を挿むと、デメトリオ司祭がバルドゥールの方を向いて微笑む。

「これは、英雄バルドゥール様ですね。ご安心ください、クラウディオ司教のサインが入った契約書を持参しております」

 デメトリオ司祭がそう言って契約書を取り出して中身を見せる。すでに、クラウディオ司教のサインは書かれており、ロクサーナがサインすればいい状態となっていた。

 ロクサーナとバルドゥールは契約書を確認するが、内容はシンプルで特に条件らしきものは書かれていない。

「ロクサーナ様、特に問題はないと思います」

 バルドゥールの意見にロクサーナは頷くと、

「分かりました。同意します」

 ロクサーナはそう言って、二通の契約書にサインをした。

「ありがとうございます」

 そう言って、デメトリオ司祭は一通の契約書を持って帰って行った。


 それから一週間ほどして、リベルはアルテオ城に呼び出された。いつものようにカタリナが待っている。

「リベルさん、アルベルヒの痕跡が見つかったそうですから、オルト共和国の南東にあるイリコジ村まで行ってください。そこの宿に教会の人がいるそうですから、話を聞いて戻ってきてください」

「分かりました、行ってきます」

 リベルは直ぐに、以前通ったオルト共和国とルドルス王国をつなぐ街道まで空間移動で移動すると、瞬間移動を繰り返しながらイリコジ村に向かって進んで行き、ようやくたどり着いた時には夜になっていた。

 イリコジ村に一つしかない宿屋に入ると食堂は閑散としており、隅の方で教会の人らしき三人の男たちが一つのテーブルを囲んで食事をしていた。テーブルに近づいて行くと、全員がリベルの方を振り向いて注目を浴びる。

「私は、オルト共和国軍のリベルと言います。アルベルヒ討伐の件で話をお伺いに来ました」

 すると食事をしていた、三人全員が一斉に立ち上がり、

「あ、はい。少々お待ちください」

 一人の男が慌て階段を駆け上がって行くと、すぐに一人の女性が階段を急いで降りてきた。

 白を基調とした服で、金髪に透き通った青い目、服に負けないような白い肌。

(ん、あれは)

「ジュディエットと申します」

「リベルです。あの、サレトの聖女ですよね」

 ジュディエットは困惑している。

「え、サレトには居ましたが、その呼び方は・・・」

「ははは、失礼しました、みんながそう呼んでいただけですからね」

 リベルは話を聞いてアルテオ城に帰った。


 翌日、リベルはバルドゥールを連れてアルテオ城に行った。

「おお、バルドゥール。昔のままだな」

「アルテオ。随分と老けたな」

 十数年ぶりに再会した二人は、笑いながらハグをする。

「バンパイアになったんだってな。どんな感じだ」

「最高だぞ、力が漲っている」

「ファフナーを素手で倒したとか」

「そうだ。痛みも感じないし、もう剣はいらんな」

「ほう、一度戦うところを見てみたいもんだな」

 二人は、長い時を感じさせず、楽しそうに話をしている。

(やっぱり、アルテオさんが毒殺したとかは無いよなあ)

 リベルは二人を見ていてそう感じた。

 話の盛り上がっている、アルテオとバルドゥールをよそに、カタリナがリベルに話しかける。

「リベルさん、今回同行するラウラを紹介します」

 茶色い髪と瞳のすらっとした女性を紹介する。

「あー、この間パレパネ島に行った人ですね」

「そうです、その際はお世話になりました」

「板切れに乗って、海の上をビューと進んでいましたよね」

「見られてましたか」

 ラウラは少し恥ずかしそうにする。

「ラウラは風魔法が得意なんですよ」

 カタリナが笑いながら説明する。

「もう自己紹介はすんだようだな」

 アルテオがやってきてリベルに話しかける。

「はい」

「我が軍からは、ラウラが参加する。早速、バルドゥールとラウラを連れて向かってくれ」

「え、三人だけですか」

「後、教会からアルベルヒの痕跡を追跡するものが加わるだろう」

「デーモンの件もあるし、人数は少ない方がいい」

 アルテオの答えに釈然としない顔をしているリベルに、バルドゥールが説明を加えた。


 リベルは、バルドゥールとラウラを連れて、イリコジ村へ空間移動で向かった。

 宿の一室で、ジュディエットとリベル、バルドゥール、ラウラの4人で打ち合わせをする。

「私が、アルベルヒの痕跡を追います」

 ジュディエットがそう言うと、

「戦いは、俺と、ラウラだな。何が使える」

 バルドゥールはラウラに聞く。

「炎と、水と風です。レベルは11、9、13ですね」

「分かった。指示は俺が出すから従ってくれ」

「分かりました」

「それと、デーモンの事は聞いてるな。まず大丈夫そうなのは俺と、ジュディエットといったところか。安全を考えて俺の後ろにジュディエット。お前たち二人は、俺が合図するまでは十分な距離を置いてついてきてくれ」

「分かりました」

「それで俺は何をしたらいいんでしょう?」

「荷物を持って付いてこい」

「はい、了解です・・・」

(分かっていたとはいえ、ちと寂しいな。この中ではどう見ても最弱だからなあ。真面目に刀の鍛錬をしよう)

 リベルは立ち上がりながら、最近はめったに抜かない刀を見ながらそう思った。

「ラウラさんとリベルさんちょっと待ってください」

 自分の部屋に戻ろうとしている、ラウラとリベルをジュディエットが引き留めた。

「デーモンの攻撃に備えてお二人には『神の灯』を施しておきましょう」

「神の灯ですか?」

 ラウラとリベルは不思議そうに顔を見合わす。

「はい、心の奥に神の灯を点けておきますと、万が一デーモンに心を占領されて恐慌状態に陥っても、神の灯は決して消えませんので、聖魔法により元に戻すことが出来ます」

「え、俺、教会の信者じゃないんですが」

「フフフ、大丈夫ですよ。神はすべての人に愛をお与えになるのですから」

(大丈夫かなあ、洗脳とかじゃないよなあ)

 リベルは少し不安に思ったが、ラウラと共にジュディエットの『神の灯』の魔法を受けた。

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