第49話坑道探索

 翌朝リベルは、ジュディエットとラウラと共に宿を出る。バルドゥールは日光に弱いため坑道を進んでから空間移動で迎えに戻った。

 坑道は二人が並んで歩けるほどの広さがあり、アルベルヒの痕跡を追うジュディエットが先行しその背後にバルドゥールが続く。そこから少し離れてラウラとリベルが続いて行く。

 天井から突然落ちてくる虫は、バルドゥールが一瞬にして仕留めるため、後ろに続いているリベルとラウラが驚くことはないが、通路に転がっている潰れた虫もかなり気持ち悪い。

「うわ、な、何ですか」

 ラウラもぴくぴくと足が動いていて死にかけた虫を見てビビっている。

「ラウラさんも虫苦手ですか」

「誰だってそうでしょ」

「あの二人は平気そうですよ」

 リベルとラウラは、虫が現れても一瞬で叩き潰すバルドゥールと、それを見ても全く乱れずに進んで行くジュディエットを感心して見る。

「あれなら、デーモンが現れても大丈夫そうですね」

「確かに」

 下ったり、登ったり、通路が広くなったり狭くなったりしながらひたすら歩き続けた。

「バルドゥールさん、今日はこの辺にしませんか。もうくたびれましたよ」

「なんだ、だらしないな」

「もうここに入ってから、十時間近くになりますよ」

「そうか、では今日はここまでとしよう」

 リベルは直ぐに三人を連れてアルテオ城へ戻る。

「いやー、お疲れさまでした」

「お疲れ様です」

 リベル、ラウラそしてジュディエットの三人は直ぐに椅子に腰かけたが、バルドゥールは平気な顔をして立っている。

「バルドゥールさんは疲れないんですか」

「バンパイアだからな」

 風呂に入って汗を流した後、リベル、ラウラ、ジュディエットの三人はアルテオ城で夕食のため集まった。バルドゥールはカイル霊廟へ帰っている。

「ジュディエットさん疲れたでしょう」

「そうですね」

 ジュディエットは多くしゃべらないが、疲れが顔に出ている。

「俺たちは後ろについて歩いているだけでしたが、それでも疲れましたからねえ」

 リベルはラウラの方を見ながら、そう言ったがラウラは食事に夢中で聞いていない。

「豪華な食事ですけど、いつもこんなものを」

「あ、いや、今日は特別ですね」

 ジュディエットの問いかけにラウラが答える。

 ゆっくりと時間をかけて食事を楽しんだ後、各自個室に戻って行った。


 翌日、リベルが昨日の場所まで空間移動で戻ってまた歩き始める。

「ラウラさん、今日も一日こんな感じですかね」

「私たち、暇よね」

 しばらく無言で歩いていたが、リベルが話題を振る。

「ラウラさん飛べるんですよね」

「うん。そうですね」

「あれって、風の魔法レベルが上がると自然に飛べるようになるんですか」

「風の操作がうまくなるだけだから、練習が必要ですね」

「やっぱりそうですよね」

 二日目も歩くだけで終わった。


 三日目、昼食休憩をとった後しばらくして、

「ん、見つけたぞ。1㎞ほど先だな」

 バルドゥールがそう言って一行は立ち止まる。

 網の目のように広がる通路のいくつかに、探索のため放っていた蝙蝠が、黒ローブの一行を発見した。

「二十人ほどがいるようだ」

 バルドゥールはそう言うと、蝙蝠の後に続いて急ぎ足で進む。

 しばらくして、バルドゥールは立ち止まると、小声で指示を出す。

「もうすぐ近くだ、デーモンが厄介なので一人で向かう。お前たちは距離を開けて待機していろ」

 バルドゥールはそう言うと、蝙蝠となって飛び去って行った。


 二十人ほどの黒ローブたちは一列になって無言で坑道内を進んでいた。

 バルドゥールは蝙蝠から実体化すると、最後尾の黒ローブに殴りつける。殴られた黒ローブは声を出す間もなく、虫けらのように壁に叩きつけられて潰れる。

「うわ」、「敵だ、逃げろ」、「敵だ、敵だー」

 それに気づいた黒ローブたちは一斉に逃げ始めた。

 通路のあちこちに分散して逃げる黒ローブたちをバルドゥールは追っていく。

 三人ほど倒したところで、赤い目に曲がった角、デーモンが二体、バルドゥールの前に突然現れた。

 バルドゥールはにやっと笑うと、デーモンにこぶしを叩きこむ。デーモンは折れ曲がりながら壁にぶつかって消えた。

「弱いな」

 驚いているもう一体のデーモンの側頭部にけりを入れると、首がもげそうに曲がって坑道を転がりながら消えた。

 バルドゥールは黒ローブたちを追って坑道を進み広い場所に出た。100mほど離れた場所に5、6人の黒ローブたちが固まっている。バルドゥールを見て驚いていたが、直ぐにバルログを召喚した。

 バルログは現れるとすぐに溶岩を投げつけ始めたが、それを避けながらバルドゥールは接近していく。だが、あまりの熱さで、あと数メートルといったところで服が燃え始め近づけなくなる。

「ラウラ、こっちだ。こっちに来い」

 バルドゥールは一旦離れて、二体に増えたバルログの攻撃をかわしながら、ラウラを大声で呼んだ。

「うわ、何ですか」

 呼ばれたラウラは、溶岩を投げつけているバルログを見て驚く。

「水をぶっかけろ。熱くて近づけん」

「ウォータージェット」

 ラウラがそう言うと、手のひらから水が勢い良く飛び出してバルログに当たった。その瞬間バルログの体から大量の水蒸気が上がって、あたり一面白く煙りバルログは見えなくなる。ラウラはすかさず風魔法で水蒸気を吹き飛ばした。

 現れたバルログの半身は黒くなって熱が奪われているように見える。

 それを見たバルドゥールは直ぐにバルログに向かって行って殴りつける。体の一部が砕けながら地面に叩きつけられたバルログはすぐに消えてなくなった。

 もう一体のバルログも、同じようにラウラが水で冷やした後バルドゥールが倒した。

 しばらくして、リベルとジュディエットも合流して、再びジュディエットが痕跡を追い始めた。バルログを倒したその広場はかなり広く、進んで行くとドワーフの住居跡らしい遺跡がたくさんあった。その住居跡の通路の一つにジュディエットは入って行ったが直ぐに立ち止まる。

「ここで、痕跡は途切れています」

 正面の壁には高さ2m、直径1mほどの円柱形のくぼみがあり底面には魔法陣が描かれていた。

「これは、転送放置か?」

 バルドゥールがそう言うとみんなでのぞき込む。

「ちょっと行ってきます」

「おい、待て」

 バルドゥールが止めるのも聞かずリベルはそのくぼみに入ってみるが、何も起こらなかった。

「何も起きませんね」

「お前、何も考えて無いな」

「いや、俺なら帰って来れますから」

「もし罠だったらどうする」

「確かに、それは困りますね。まあ、結果オーライという事で」

 三人はあきれた顔でリベルを見ていた。


 アルテオ城に戻った四人はアルテオに報告した。

「転送放置か、古代のドワーフの技術は大したもんだな」

「しかし作動しなかったという事は、動かすためのキーアイテムがあるんだろう」

「どうやって調べるか・・・」

 アルテオとバルドゥールが話しているところへリベルが提案する。

「あのー、ルドルス王国の魔術学校の、テオドロス先生に頼んでみようと思うんですが」

「知り合いなのか?」

「考古学者なんです。あの、ドワーフの坑道が書かれた本も先生に借りました。ドラキュラ城でロクサーナさんを発見したのも先生でしたし」

「そうか、何か知ってるかもしれんな、頼んでくれ」


 翌日リベルはテオドロスのところへ向かった。リベルは借りていた本をテオドロスに返却する。

「先生、本を貸していただきましてありがとうございました」

「役に立ったのか」

「先生のおっしゃっていたように、琥珀の塔の連中は坑道に逃げ込んでいました」

「そうなのか、それで指輪は見つけたのか」

「それが、逃げてしまいました。転送放置らしきものがあって、それを使ったようなんです」

「転送放置か!、そりゃ凄いな」

 テオドロスは前のめりになって聞いてくる。

「それで相談なんですが、その転送放置を調べてもらえないでしょうか」

「本当か!、分かったすぐに準備しよう。明日また来い」

 テオドロスはそう言うと、ソファーから勢い良く立ち上がって奥の部屋へ入って行った。


 翌日リベルは、テオドロスと三人の助手を転送放置のところへ連れて行った。

 警備のため、教会とエラル王国からそれぞれ10名程も一緒である。

「おー、これは凄いぞ。古代ドワーフの住居跡だ」

 テオドロスは着くとすぐにドワーフの遺跡に目を奪われている。地下という環境がいいのかドアなどの木製類はかなり傷んでいるが、洞窟の壁面をくりぬいて作った住居はきれいに残っていた。

「おい、お前はこの部屋を調べろ。年代を特定できるような遺物を探せ」

 テオドロスは大きな声で助手たちに指示をしながらあちこち歩き回っている。

「テオドロス先生。住居もいいですが、転送放置の方も見てくださいよ」

「分かっている。だが、この住居の歴史的価値は凄いぞ。見てみろ室内の装飾を」

 リベルはテオドロスに言われて中を覗いてみるが、どう凄いのか理解できない。

「それにしても、天井が低いですね」

「古代のドワーフの身長が推測できるな。小さかったとは聞いていたが・・・」

 熱心にあちこち見て回るテオドロスについて行けず、リベルは住居跡から離れてキャンプしている場所へ向かう。

(お、チャンス。ジュディエットさんが一人でいる)

 ジュディエットは、テーブルの上に資料を広げて何か書いていた。リベルはテーブルを挟んで向かいに座る。

(しかし、美人だよなあ)

 リベルはジュディエットの方を見ながらそんなことを思っていた。

「何かご用ですか?」

 ジュディエットは顔を上げずにそう言った。

「サレトの聖女は、相変わらず美しいなと思ってました」

「この身は神に捧げましたから、そんな事言っても無駄ですよ」

 ジュディエットは鼻で笑ってそっけなく答える。

「ジュディエットさんは、今もサレトですか」

「今は、オルトセンの中央教会にいます」

「あの、広場の大聖堂のところですか」

「そうです」

「今でも治療をされているんですか」

「はい」

 リベルが色々聞いても顔すら上げずに答えている。

「あの、お手伝いしましょうか」

 リベルがそう言うと、ジュディエットは顔を上げてため息を吐く。

「暇なんですか、あなたも兵士でしたら警備に加わったらどうです」

「いや、虫はちょっと・・・」

「そうですか、それなら向こうで昼寝でもしてたらどうです」

 そう言うと、ジュディエットは再び書類の方に目を落とす。

(なかなか、つれないなあ)

 リベルは仕方なく席を立ってぶらぶらと遺跡の方へ戻って、転送放置のところにやってきた。

(暇だから、調べてみるか)

 転送放置の中に入って上の方を見てみると、外からは見えないところに『31』という数字が書いてあった。

(お、これはこの装置の番号か、少なくと31個はあるのだろうか)

 リベルがそんなことを考えていると、やっとテオドロスがやってきた。

「おー、これが転送装置か」

「あ、テオドロス先生。ここに『31』って書かれてます」

「そうか、ちょっとそこをどけ」

 リベルが転送装置の外に出ると、代わりにテオドロスが中に入って調べ始める。

 しばらくして、

「リベル、これを見てみろ」

 転送装置の中の腰の高さほどのところに、直径1㎝ほどのくぼみが十個ほどあった。よく見ると中に数字が書いてある。

「これは行き先でしょうか」

「おそらくそうだな、ここに何かを差し込むと、その番号の書かれた転送装置まで移動できるのだろう」

「ということは、アルベルヒは転送のキーアイテムと、転送場所がわかる地図を持っているんでしょうか」

「そうだな」

 そう言って、テオドロスは転送装置出て住居跡の方に向かう。

「テオドロス先生、転送装置はもう調べ無いんですか」

「それ以上の事は分からん。それより住居跡の方は宝の山だ」

 そう言いながら行ってしまった。


 リベルはアルテオ城に帰って、アルテオに報告した。

「分かったのはそれだけか」

「そうです」

 アルテオは腕を組んで考えていたが、

「後はこっちで調べよう。そこまで大規模な坑道であれば何か情報が残っているだろうから、図書館で人海戦術だ」

「教会の方はどうですか」

「バルドゥールが倒した奴らは、琥珀の塔の連中に間違いない様だが、残留思念を読み取ってもろくな情報は出てこないらしい。精神を操るような魔法を使っているのかもしれんな」

「アルベルヒは凄いですね」

「そうだな、相当な時間をかけて準備したように思える」

 痕跡を残さず消えてしまったアルベルヒに、二人は手詰まり感を覚えていた。

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