第4話サレトの聖女

 ミアが去って一週間が過ぎようとしていた。

 当たり前のように、ロスヴァイセとジェイクは同室となり、リベルは一人部屋となった。それ以外は特に変わったことはない。今までと同じように早朝訓練はするし、夕食後の薪割も続けている。

(今にして思うと、ミアをジェイクから離れさせるために、役に立たない俺をパーティに入れたのかもしれないな。しかし、俺がハンターとして生きていくためには二人は必要だ)

 リベルはそう思っていた。


 そんな時、時空魔法のレベルが3にアップした。その結果、マジックバッグの容量が四倍、重さが四分の一となり、待望の新しい魔法、瞬間移動を覚えた。

瞬間移動は、その名の通り一〇〇m程度であれば瞬時に移動できる。このため、攻撃スキルのないリベルでも攻撃参加できるようになるはずだ。

 今日は新しいスキルを試すため狼の討伐依頼にやってきた。

 依頼のあった村では、羊や、鶏などの家畜が狼に襲われているということだ。狼は夜襲ってくるため近くの森の中で待ち伏せることとし、まず、おびき寄せるための獲物を先に捕まえることにした。

 森を進んでいくと穴の中に下半身を突っ込んだ格好で寝ている猪を見つけた。リベルは瞬間移動を使って猪の傍まで行くと、斧を大きく振りかぶって寝ている猪の首を目掛けて振り下ろす。猪は目を開けて起き上がろうとしたが、リベルの斧は首を深くとらえ頸椎を砕く。即死とはならないが、頸椎を砕かれた猪は首から下を動かすことができないため後は失血死を待てばよい。

 ミアがいなくなって長距離攻撃ができなくなったため、猪などの狩りが難しくなっていたが、リベルの瞬間移動のおかげで地上の獣は狩れるようになっていた。

 三人は崖下まで移動し、猪の後ろ脚を木に吊るすと、首から落ちた血が血だまりを作り匂いが拡散される。三人は、焚火を起こして夜になるのを待つ。


 夜が更けてきて虫の音が止み、光る眼がいくつか暗闇に浮かび上がってきた。三人は焚火から離れ崖を背にして立ち武器を構える。狼たちは少しずつ近づいてきて、焚火に照らされ、一頭、二頭と姿を現してきた。

 ロスヴァイセがリベルに目配せすると、リベルは一頭の狼の傍に瞬間移動して、斧を首に叩き込んだら、すぐに元の場所へ瞬間移動で戻る。

 攻撃された狼は、長い舌をだらりと垂らして横になっている。三人に飛びかかろうとして集団で周りを取り囲んでいた狼たちは、やられた狼の方を見て混乱している。この隙に、ロスヴァイセとジェイクが狼を攻撃していく。リベルが奇襲を仕掛け、混乱しているところを、ロスヴァイセとジェイクが攻撃することで、囲まれることなく数を減らしていく。

 はじめてにしては良い連携が取れ、5分とかからずに十一頭の狼を始末した。取り囲んでいた狼はかなりの数であったようだが、恐れをなして逃げて行った。森の中を追いかけて狼は捕まえることはできないため、毛皮をはぎながら朝になるのを待って三人は町へ帰っていった。

 帰りながら、ジェイクがリベルに話しかける。

「瞬間移動、使えるな」

「ああ、良かった、これでやっとみんなの役に立つことができた気がするよ」

「そろそろ、まともな武器に変えたほうがいいかもな」

 リベルは、古道具屋にて5千rで買った、中古の手斧をまだ使っている。リベルは自分の手斧を見ながら、

「首の骨を砕くには剣より斧の方が向いている気がするんだが、ちょっと軽くて威力がいまいちなんだよな」

 翌日、武器屋に向かい長さは60㎝ほどしかないが刃の大きい斧を購入した。重さは前のものの三倍はあり片手で振るのは困難だが、両手で振れば相当な威力がある。両方をベルトに装備できるようにして使い分けるようにする事にした。


 数日後、狩猟組合から緊急依頼があった。オークの群れが街道近くに出没したらしい。通行に支障が出るのでなるべく早くという事だが、二、三十匹もいるということで、複数パーティでの討伐依頼となっている。これに参加するよう狩猟組合から要請があったが、多少もめている。

 Cランクパーティのリーダーが、狩猟組合職員のアダンに文句を言っている。

「冗談じゃないぜアダンさん、Dランク一人に、Fランク二人のパーティとか、俺に子守でもしろっていうんですか」

 アダンは、ロスヴァイセの方を見ながら説明する。

「こいつら経験が浅いんでまだランクが低いが腕は確かだ。俺が何度か一緒にやったからわかる。戦力になるぞ」

「まあ、アダンさんが言うなら、仕方ないなあ」

 男は少し不満そうにしながら、ロスヴァイセのパーティの方に向かって、

「おいお前ら、俺はカリストだ、俺の命令は絶対だ。分かったな絶対だぞ」

 しつこく念を押すカリストに対して、ロスヴァイセは冷静に答える。

「わかりました、私はロスヴァイセ槍を使います。そっちはジェイク剣を使います。向こうはリベル斧です」


 この討伐には三つのパーティが参加する。全体のリーダーは、Cランクのカリストとなる。まだ三十歳ほどで、茶色い髪の痩せた男だ。弓使いで後方から指示を出す。カリストのパーティの他のメンバーは、Cランクの前衛三人とEランクの魔術師で強力な攻撃力を誇る。もう一つのパーティはリーダーがDランクのグラムという若い男を中心とした四人構成で、ロスヴァイセたちのパーティを含め総勢十二名となった。


 現地で隊形を確認しながら、カリストが他のパーティに指示を出す。

「中央は俺らで、ロズのパーティは左、グラムのパーティは右に行け。オークの群れが、二,三〇いたところで大した脅威じゃないが、群れの場合リーダーがいる可能性がある。そいつには俺らが対処するから、お前たちはオークが中央に来ないよう外側に向けて攻撃を行え」

 森に向かって陣形を整えた後、カリストは一人で森に入っていく。足跡をたどってオークを見つけた後、この場所に誘導するためだ。

 しばらくすると、カリストが走って森から出てきた。

「来たぞ!」

 カリストはそういって中央後方にスタンバイする。

 複数の足音、木々の折れるような音とともにオークが森から走り出してきた。カリストが弓で、隣の魔法使いがアイスボールで先制攻撃を行う。

 攻撃を受けて怯むオークに対して、前衛の三人が攻撃を開始する。巨漢のフェリクスが大盾でオークの攻撃を受けると槍でオークを突く。両手剣を持つアルベルトはオークの攻撃をかわして首をはねる。その隣ではマクシムがロングソートを振るっている。

 森の方から続いて出てくるオークたちは、中央の攻撃を受けて左右に流れてくる。それらをロスヴァイセのパーティとグラムのパーティが個別撃破していく。

 カリストは後方で戦況を見ながら考えている。

(今のところ順調だが、そのうちオークロードか、オークキングが出てくるかもしれん。雑魚どもを先に一掃できていれば、オークキングであってもどうにかなるだろう)

 オークを二〇匹ほど倒した後、森の中から、ひときわ大きな個体が現れてきた。背は二mをはるかに超えている。

(何だあれは、あんな大きなオークは見たことないぞ)

 森から出てきて、はっきりとその姿が見えたとき、全員に衝撃が走った。巨体に盛り上がる筋肉を青い皮膚が覆っている。そして頭部には二本の角が、

「オーガだ!」

「オ、オーガ?」

 全員に動揺が走る。オーガの力は人間をはるかに凌駕し、Cランクハンターの手におえる代物ではない。そして、動きが早く逃げ切ることさえ困難である。

 カリストはとっさに対応方法を考える。オーガ一体だけならば万が一にも倒せる可能性があるかもしれない。

「ロズ、グラムお前たちはオークをすべて倒したら直ちに撤退だ、町に戻って応援を呼んで来い」

 ロスヴァイセとグラムのパーティは、すでにほとんどのオークを倒していたので、すぐにすべてのオークを倒した。

 しかし、その場を離れようとしない。

 カリストは大声で指示を出す。

「早く撤退しろ!」

 それに従って、グラムのパーティは撤退を始めたが、ロスヴァイセのパーティは動かない。

 ロスヴァイセが言う。

「私たちも戦います」

 怒気を込めてカリストが言う。

「俺の命令は、絶対だといったはずだ」

 その時、『バーン』大きな音がして、巨漢のフェリクスが飛ばされるところが見えた。オーガの振り回した2m以上はある鉄の棒がものすごいスピードで振り回され、手に持った大盾は大きくへこんでいる。

 続けて、マクシムも鉄の棒に弾き飛ばされた。マクシムも盾で受けていたため即死はしてないようだがすぐに起き上がることはできそうもない。倒れているマクシムへ攻撃しようと鉄の棒を振り上げてところへ、左の死角からアルベルトがオーガの脇腹に向けて剣をおもいきり横なぎに払った。

「グオー」オーガが叫ぶ

 切り口からは血が流れダメージはあるようだがオーガの皮は硬く、内臓へは届いていないためオーガの動きは止まらない。

 そして、オーガが振り向きざまに振り回した鉄の棒が、アルベルトを襲う、とっさに剣で受けたが剣をはじいてアルベルトの側頭部に直撃し、首がねじれながら飛ばされた。

(あー、もうだめだ)

 あっという間に前衛の三人が倒されるのを見てカリストは死を覚悟した。


 リベルは、新しい斧を両手に握りしめると、オーガの後ろに瞬間移動した。オーガは再び鉄の棒を振り上げマクシムへ攻撃しようとして気づいていない。

 リベルは、オーガの足首に両手で握った斧を思いきり叩きつけた。

『バキ!』

 硬いオーガの皮膚には大きな傷はついていないが骨が砕ける感触があった。すぐに元の場所へ瞬間移動で戻る。

「グア、グアー」

 オーガは倒れこんで痛がっている。

 リベルは寝転がって暴れているオーガの動きを見ながら、タイミングを計ってオーガの頭の近くへ瞬間移動し、首を目掛けて思い切り斧を打ち込んだ。やはり、大きな傷はつかなかったが、頸椎を切断することができたので、目はぎょろぎょろと動き、よだれをだらだらと流して威嚇しているが首から下はもう動かない。

 カリストがオーガの傍までやってきて、横向きになっているオーガの体を蹴飛ばして仰向けにすると、腰から細いナイフを取り出してリベルへ差し出す。

「これはミスリルのナイフだ、これならばオーガの皮も切り裂ける。お前の獲物だ止めを刺せ」

 リベルは頷いてナイフを受け取ると、オーガの胸に刺し肋骨に沿って切り開く。さすがミスリルだ、きれいにナイフが通っていく。

 傷口から、大量の血が溢れてきてオーガが死んだ。

 その瞬間リベルは、自身がレベルアップしたのを感じた。高レベルの魔物を倒したのでレベルが一気に2上がり4となった。

「やった、やった」

「リベルやったな」

 ジェイクとロスヴァイセが駆けつけてきて祝福する。

 一方、カリストは、動かなくなったアルベルトの傍に行って膝をついている。魔法使いのソニアも傍に立ち尽くしている。マクシムは倒れて動けない。フェリクスはやっと立ち上がって左手を右手で支えながらアルベルトの方に向かっている。


 しばらくして、グラムたちが呼びに行った人たちがやってきたのでけが人を町まで運んだ。

 町の中に入ると狩猟組合に向かう。けがをしている、フェリクスとマクシムが寝かされると、クリストフが治療のため部屋に入ってくる。

 クリストフはスラムの近くに住んで、医療受けられない貧しい者たちのために治療を行ったり、まともに教育を受けることのできない子供たちのために勉強を教えたりしている。今日のように突然けが人が出たようなときには真っ先に駆けつけてくれる。

 フェリクスがクリストフに言う。

「俺は、左腕が折れただけだ、マクシムがやばい早く診てやってくれ」

 クリストフは、横になったまま動かないマクシムへ聖魔法をかけて治療を試みる。

「ヒール」

 クリストフの掌から光が出てマクシムの体を照らす。しばらく治療を続けたがマクシムは目を開かない。

「すまん、魔力切れだ、教会に連れて行ったほうがいいかもしれん」

 フェリクスは少し間があってから、

「分かった、教会に行こう。悪いが手伝ってもらえるか」

 教会ではもっとちゃんとした治療を受けられるが、治療費が高いためハンターはあまり利用していない。しかし、そんな場合ではないと判断した。

 ロスヴァイセとジェイクとリベルがマクシムを運ぶのを手伝う。

 カリストが声をかける。

「すまない、俺とソニアは後で行く。先にアルベルトを家に帰してやらなければ」

 リベルが聞く。

「ご家族は」

「嫁さんと、子供が・・・二才だったかな」

 カリストが辛そうに答える。ソニアは顔背けている。泣いているようだ。


 教会には、治療魔法を使える神官や修道士がいる。この世界の治療は魔法の一つである聖魔法で行うが、魔法が使えるものは百人に一人、そのうち聖魔法の使えるものは十人に一人であり、人口比で言えば千人に一人の割合になる。これら聖魔性を使えるものは生まれながらに神の恩寵があるとみなされ、教会が勧誘を行うため半数以上が教会へ入る。さらに、聖魔法を使えないものも修道院での厳しい修行を行うことで聖魔法の能力を開花できるものもいる。

 教会は多くの治療師を抱えることで、治療行為を独占することにより多大な利益を上げている。さらに、戦争時の医療支援など国家にとっても必要不可欠な存在であるため、すべての国家で国教として保護されていた。

 ちなみに、聖魔法での治療は外傷などの原因のはっきりしているものに限られる。病気などの原因が不明なものは直せない。また、腹痛や、発熱といった症状を改善するのは、薬師の調剤する薬を利用する。


 ロスヴァイセら三人は、マクシムを教会の礼拝堂横の建物に運び込んだ。

 直ぐに、白を基調とした服をまとった若い女性が入ってくる。金髪に透き通った青い目、服に負けないような白い肌。

 リベルが息をのむ。

(これが噂の、サレトの聖女ジュディットか)

 ジュディットは、マクシムのところまで行くと手をかざす。すると、白い手から発する光はマクシムの体を照らす。手を頭から足の方まで動かして治療の必要な所では手が止まり、時間をかけている。

 治療が終わるとジュディットは、隣に立つフェリクスに声をかける。

「目覚めるまで少し時間がかかりますがもう大丈夫です。次はあなたですね、こちらへお座りください」

 それに対して、フェリクスが答える。

「いや、俺はいい。折れた骨は真っすぐに戻したのでほっとけば治る」

「しかし、治療をすればすぐに元通りになりますよ」

「いやいい」

「・・・わかりました」

 そういうと、今回の治療内容を紙に書いてフェリクスに渡し、

「神に感謝の祈りと寄進をお願いします」

 一礼して、ジュディットは出て行った。

 教会は治療の見返りとして神への寄進を求める。気持ちの問題で教会は額を定めてはいないが、信徒団体が価格を決めており、治療後教会に併設する信徒団体へ治療内容を持っていくと金額を査定されそれを納めなければならない。当然納めなければ二度と治療はしてもらえない。

 目を覚まさないマクシムの傍にフェリクスは残り、ロスヴァイセら三人は狩猟組合に戻る。


 狩猟組合に戻ってアダンに声をかけ、四人掛けのブースに座って今回の報告を行う。

 話を聞き終わってアダンが話しかける。

「アルベルトは残念だったが、オーガ相手に一人で済んだともいえる。全員死んでいてもおかしくはない」

 ジェイクが話す。

「オーガがあんなに強いとは、たった一撃でCランクハンターがやられるとは思いませんでした」

 アダンがリベルに言う。

「しかし、よくやった。Fランクハンターがオーガを倒したのは初めてじゃないだろうか、瞬間移動ていうのはかなりの可能性を秘めているな」

 ロスヴァイセがリベルに言う。

「瞬間移動もよかったが、斧で骨が砕けなければ倒せなかった。日々の練習の成果だろう」

 アダンがリベルに向かって話す。

「それから、持ち帰ったオーガだが皮と角が高く売れる。それから、依頼料とは別に高ランクの魔物を討伐したということで特別ボーナスも出る。金額は査定後となるが、合計で百万rは下らんだろう。この権利は、息の根を止めたリベルにある」

 それを聞いたリベルが少し考えた後、ロスヴァイセとジェイクに向いて話す。

「二人に相談だが、俺たちは誰が倒そうとも山分けすることに決めている。しかし、今回は例外ですべて俺が貰ってもいいか」

 すぐにジェイクは反発する。

「リベル、調子に乗ってるんじゃないぞ、お前がまったく攻撃参加できなかった時も気持ちよくみんなで分けたじゃないか。ちょっと強敵を倒したら今までの恩はどぶに捨てるのかよ!」

 ジェイクが興奮して大声を出したため周りの注目を浴びた。

 ロスヴァイセが苦笑いしながらジェイクに話す。

「私は、今回は特例として認めてもいいと思う」

「俺は、金が惜しくて言ってるんじゃないぞ、こいつがこんな奴とは思わなかったぜ」

 ロスヴァイセがなだめると、ジェイクはしぶしぶ了解した。

「ありがとう」

 リベルは、ロスヴァイセとジェイクにそう言うと、アダンに向いて話す。

「アダンさんにお願いがあります。オーガの討伐で入るお金はすべて、アルベルトさんの遺族に渡してもらえますでしょうか」

 そっぽを向いていたジェイクが、はっと顔を上げてみると、アダンとロスヴァイセがにこにことしていた。

 ジェイクが抗議するように声を上げる。

「みんな、リベルがそう言いだすことを分かってたんだな、最初っから言えよ、なんだよ」

 リベルが笑いをこらえながらジェイクに言う。

「ごめんな、俺がどれだけ信頼されているか少し試したくなったんで」

「ちぇ、ますます、俺だけが子供みたいじゃないか」

 リベルとアダン、ロスヴァイセの笑い声が響いた。

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