第5話ラットキン
数日後、ロスヴァイセらのパーティ三人が狩猟組合に入ると声をかけられた。
「よお!」
振り返ると、カリストと、ソニアの二人が立っていた。カリストが話しかける。
「アダンさんから聞いたが、オーガの金良かったのか」
リベルが答える。
「これからの生活を考えれば全然足りないとは思いますので、まあ、せめてものというところですから」
「ありがとう、俺たちもできる限りのことをするつもりだが」
ソニアが話しかける。
「しかし、前衛の三人があっけなく潰されたときには、私は死を覚悟しました。リベルさんがいなければおそらく死んでいたでしょう。本当にありがとうございました」
リベルが答える。
「それは私も同じでもう必死でした。たまたまうまくいったので良かったですが、もっと強くならなければと思いました」
カリストが話す。
「そうだ、今からちょっと付き合ってくれないか、こないだの借りはとても返すことはできないが、せめて飯だけでもおごらせてくれ」
五人で近くの宿の一階に入って食い物を注文する。カリストは昼間からビールを注文し、リベルたちにも勧めてくる。リベルもビールを飲むが苦いのであまり好きではない。
ジェイクがカリストに聞く。
「怪我をした二人はどうなんですか」
「命がどうこうと言う訳じゃないが、まだしばらくは無理だな」
カリストはビールを飲みほしてから話し始める。
「実は、ある依頼を受けてくれと言われたんだが、今はソニアと二人だけなんでちと難しい。お前たちに手伝ってもらえれば助かるんだが」
「内容にもよりますが」ロスヴァイセが答える。
「ラットキンて知ってるか?」
「ネズミ人ですよね、見たことはありませんが」
「ああ、俺も見たことはない。何しろ奴らは森から出てこないからな」
オルト共和国の西に広がる森の奥にラットキンが住んでおり、独自の文化を持っている。
「ラットキンのところへ案内をするだけの仕事なんだがかなり遠い。徒歩だと七日はかかるだろう。馬なら三日だな。森での野営は危険だから報酬はかなり良い、百五十万rになる」
リベルが興味を持つ。
「森のそんな奥まで行くなんて面白そうですね」
「これこそ、まさにハンターの仕事だな」ジェイクも乗ってくる。
そんな二人の反応を見てロスヴァイセが苦笑いしながら答える。
「決まりだな」
翌日、狩猟組合で依頼者と会って話を聞く。
「俺が依頼したマイルズだ、よろしく」
マイルズの身長は190㎝ぐらいはありそうで年齢は四十歳ぐらいか、筋骨隆々で半袖から覗く腕は丸太のようで、太い首筋には、縦に長い傷跡があり口の左側が少し引き攣れている。
脇には鞘に入った見慣れぬ剣が立てかけられている。
剣への視線に気づいたマイルズはニヤッと笑って剣を鞘から抜いてみせる。
抜き放された剣は、細身で先の方が湾曲している。光を反射して白く輝く剣は美しくそして、軽く触れただけで切れそうな凄みをたたえている。
「これは刀という」
マイルズは、刀を鞘にしまうと話し始めた。
「俺は、昔は小国の兵士だったんだが、ラジャルハン帝国によって国を追われた。その後、ルドルス王国で傭兵なんかをしていたんだ。剣には自信があってほぼ負けたことはなかったが、三年ほど前ある男と戦った、初老の小男だったが、全く歯が立たなかった。そいつが使っていたのが刀で、全身を使った独特の動きに翻弄された。それから、しばらくそいつに刀術について教わっていたんだが、まあ、それからいろいろあって、そいつは死んじまったんだが、そいつが言うにはラットキンに刀術を教わったっていうんだ」
「それで、ラットキンに会ってみたいと」
ロスヴァイセが聞くと、マイルズは笑いながら、
「男なら、世界最強を目指すべきだろ」
リベルとジェイクが大きく頷く。
準備に三日ほどかけて、ロスヴァイセたちのパーティ三人、カリストとソニア、そしてマイルズの六人で出発した。馬で進むため順調にいけば三日の工程である。
カリストが危険を回避しながら先行して進むのに続いていく。最初木々が密集しており、進むのに時間がかかったが、やがて大木の森になると、下草が生えておらず平坦であったため順調に進むことが出来ている。
時々襲って来る魔物は先を急ぐため無視して進む。追いすがってくる魔物は、カリストの後ろに続くロスヴァイセが馬上から長い槍を縦横に振るって簡単に倒す。
マイルズが感心してジェイクに話しかける。
「彼女の槍は凄いな、とてもDランクとは思えん。帝国の騎馬兵でもここまでの奴はめったにおらんぞ」
ラジャルハン帝国の騎馬兵は勇猛で各国から恐れられている。この騎馬兵が大陸北部統一の原動力となった。
ジェイクもロスヴァイセの騎馬は初めて見たので驚いていた。手綱を放していても安定して自由に槍を操っている。
(これは相当の訓練を積んでるな、でも、俺が聞いても過去のことは話そうとしないんだよなあ)
一日目は順調に過ぎて、小川の傍で野営することになった。豆のスープを作り、狩ってきたウサギを焼いて食べる。
依頼者であるマイルズには寝てもらってリベルたちは交代で眠ることにしたが、すぐに魔物が寄ってきた。シルバーウルフの群れだ。
体長が2mほどの大きい狼で、気づくと小川を背にしてぐるりと囲まれていた。
いつものように、リベルが瞬間移動で一頭を仕留めて、混乱させたところを攻撃していく。ハンターたちは連携を取りながら、各個撃破して数を減らしていく。
その反対側ではマイルズが一人、刀を抜き放つとゆっくりと狼の群れの中に入っていく。するとマイルズに向かってシルバーウルフが飛びかかってくるが、その瞬間右によけて上段から刀を振り下ろすと、狼の首がきれいに切り離されて地面に落ちた。すぐに背後からシルバーウルフが襲って来るが、振り向きざまに逆袈裟に切り上げると胸から首にかけて深く切り裂いて即死する。
前後左右から襲って来る、シルバーウルフを最小限の動きで次々に倒していく。その様子を見ていたカリストは唖然としていた。
(いや、めちゃめちゃ強い、俺たち必要ないんじゃないか。そもそもラットキンに会ってこれ以上強くなれるのだろうか)
やがて、リベルやジェイクもマイルズの動きを見てドン引きする。シルバーウルフの大半はマイルズが倒してしまった。
(いやいや、これ以上強くなる必要あるの?)
後で聞いたら、レベル53で、剣レベルが13もあるらしい。
四十頭ほどは倒しただろうか、シルバーウルフは大きいので、周りを埋め尽くすように死体が転がっている。毛皮が金になるので十頭ほど皮を剥いだが、持ちきれないので後はあきらめた。
この夜はこれ以上魔物の襲撃はなかった。
二日目は山岳地帯に入り、徐々に木が少なくなり草原となる。赤や、紫、いろいろな色の小さな花が群生していて美しい。
さらに上っていくとごつごつした岩場となり視界が開けてきた。見下ろすと草原の先に森が広がりその中にいくつかの湖沼が見える。それぞれ、水色だったり、紺色だったり、緑色だったり黒っぽい森の中に点在して様々な色で美しく輝いている。
そのずっと先にはかすむ山並みが見える。
このあたりは魔物もいないので、みんな安心して景色を楽しみながら進む。
カリストがみんなのほうを向いて話す。
「あの、遠くに見える山脈の中に三つの高い山が並んでいるだろ、あそこを目指して進む。ここらは安全なので少し降りたところの岩場の影でキャンプしよう」
二日目のキャンプは魔物の襲撃もなく過ぎ、早朝出発した一行は山を下って草原を過ぎて再び森に入った。この森は湿地帯となっており水性の魔物が現れる。馬で湿地を進んでいくと、こぶしほどの大きさのカエルのような魔物がピョンピョンと周りをはね始め、馬や人間に次々に張り付くと尖った口を突き刺して血を吸う。死にはしないが結構痛い。
また、馬が嫌がって暴れ始めた。バシャバシャと立てる音につられて、大きな蛇や、ワニなどもやってきて対応に忙殺されなかなか進めなくなった。このため、湿地を避け南に迂回し、森を抜けて岩場に向かう。
小高い丘をいくつか越えるうちにだんだんと標高が高くなって肌寒くなってくる。草がまばらになって石がごろごろとしている場所についた。
一行はここで馬を休めるために降りて岩場に腰を下ろすとカリストが話す。
「少し距離はあるが、森を避けてここから尾根伝いに進んで行こう。出来れば今日中につきたかったが、安全第一だ」
みんなも湿地にはうんざりしていたので同意する。
一行は、尾根伝いに二列になって進むが魔物の気配はない。ジェイクがリベルに話しかける。
「こんなに楽な道なら、最初からこっちを通ればよかったのにな」
「カリストさんもこんなところまで来たのは初めてらしいから仕方ないよ」
「でも、地図だけでガイドするのは凄いな、そういうスキルってあるのかな」
目印の三つ並んだ山に近づいていくと、尾根は切れて谷になっており、下の方に見える川は山から流れて湿地の方へ続いている。
魔物を避けるため、谷には下りず岩のくぼみで一夜を明かすことにした。
月が薄い夜空はたくさんの星が輝いていている。魔物の気配はなく薪がはじける音のみが響いていた。
翌日谷に降りて、川沿いを進んで行くと草原の中に小道が現れた。小道を二時間ほど進んで行き、小高い丘を登りきると、丸太をそのまま壁にしてぐるりと周囲を囲んだ小さな集落が先の方に見えた。
丘を下りながら近づいていくと先方も気付いたようで、三人ほど門から出てきた。人間のようだが、丸い耳、短い脚など外見は少し異なり、身長は150㎝ぐらいで小さい。ラットキンに違いない。薄茶色の布を体に巻き付けて腰の帯に刀を差し、手に槍を持っている。
「人間だな、こんなところまで何の用だ」
マイルズが前に出て話をする。
「私はマイルズという。刀術を習いに来た」
そういって持っている刀を見せる。
ラットキンたちは、困惑して固まっている。
「ここでまっていろ」
そう言うと三人は門の中に入っていった。
しばらくすると、さっきの三人に続いて別のラットキンが現れた。細面の初老の男で紺色の布を体に巻き帯には刀を差している。そして、同色の上着も羽織っている。
「儂は、ゲンゾウという、お前が刀術を習いたいという変わり者か」
「私は、マイルズと言います。剣では他に引けを取りませんでしたが、三年前に刀術を使う男に圧倒されました。その男にしばらく刀術を習っていましたが、その男が死んでしまったのでここにやってきました」
「刀術は、千年以上に亘ってわが赫灰人(かくかいじん)が育ててきた。人間と比較して短いが強靭な足、俊敏さなど我々の種族特性を生かすためのもの、上半身の強い人間には向いていない。お前たちには、お前たちに合った剣術を極めたほうが良いと思うが」
人間は彼らのことをラットキンと呼んでいるが、彼ら自身は自分たちのことを赫灰人(かくかいじん)と呼称している。
マイルズが話す。
「私が刀術を習い始めて一段と強くなったことを実感しております。強くなるためにどうしても習いたいのです」
「ふむ、そうか。刀も剣の一種だからな。いいだろう付いてこい」
ゲンゾウの案内で一行が門の中に入ると、刀を差した若いラットキンたちが一斉に注目する。
ゲンゾウが振り返って聞く。
「ところで、ほかの者たちはどうする」
カリストが答える。
「私たちは、マイルズさんの案内と護衛ですので帰ります」
「では、今日はここで休んで明日出発しなさい」
「ありがとうございます、助かります」
ゲンゾウが、若者ばかりの中で少し年長の男を呼んで紹介する。
「こいつは、ヤヘイだ。この駐屯地の隊長をしておる」
「ヤヘイと言います、隊長と言っても50人ほどしかいないのですが」
そういって笑いながら挨拶をする。
ゲンゾウがマイルズへ話しかける。
「刀術を習ったそうだが、どの程度か見せてもらえるか」
「よろこんで」
「サクゾ相手をしろ」
「はい!」
呼ばれた若者が木刀を二本持ってやってくる。
一本をマイルズに渡すと、二人は向かい合って離れる。身長が40㎝近くも違うので大人と子供のようだ。
「初め!」
ゲンゾウが声をかけると二人とも正眼に構えて向かい合う。
(ん、構えは悪くないか)
マイルズの方から仕掛ける。上段から振り下ろされる強烈な一撃を、サクゾはまともに受けずに斜めに受けて流す。マイルズはすぐに振り向きざまに横に薙ぎ払うがサクゾは下がって躱す。
サクゾはマイルズのパワーとリーチに押され中々攻めに回れず、連続するマイルズの攻撃をうまくかわしながら機会をうかがっている。
マイルズが袈裟に打ち込んできた所を、サクゾは受けずに体をひねってぎりぎりのところで躱す、体勢を崩しかけたマイルズへ、サクゾは大きく踏み込んで下段から切り上げる。
勝負がついたように見えたが、マイルズは右手一本でサクゾの木刀を思いきり上から叩いた。木刀は半ばから折れ、サクゾの手から離れて地面に転がった。
「そこまで!」
ゲンゾウがにこにこしながら試合を止める。
「いやあ中々大したもんだ。だが最後は刀術ではなかったがな。それはそれで面白い」
周りで見ている者たちも白熱した戦いに圧倒されていた。リベルも感心して見ていた。
(あの体格差で、しかも力は何倍も強い相手にもうまく対応していた。凄い)
「よし今度は儂が相手じゃ、あれじゃ刀術を学ぶ気がおきんじゃろ」
ゲンゾウがそう言うとマイルズが答える。
「いやあ、十分凄かったです。あんな洗練した動きはとてもできません」
そういいながらも、ゲンゾウとマイルズは木刀を構える。マイルズは正眼に構えゲンゾウは下段に構えている。
二人は間合いを少しずつ詰め、マイルズが振りかぶった瞬間マイルズは動けなくなった。マイルズの顎の下にゲンゾウの木刀の切っ先が刃を上にして止まっている。
リベルたちも驚いた、振り上げるよりも早く懐に入るあのスピードは人間業とは思えない。
その晩、ゲンゾウとマイルズを囲んで酒を飲みながら食事をする。
若者はマイルズの傭兵時代の話などを興味深く聞いている。
ゲンゾウは東部にあるトウチという町のサムライだ。監察という立場で、東部にある各駐屯地を回っている。明日トウチに戻るということなのでマイルズは同行することになった。
ゲンゾウが話す。
「刀術は我々が磨き上げてきた伝統だが、守るだけなら進歩がない。マイルズの経験がきっと刀術にも良い影響を与えると確信した。儂も楽しみになってきた」
ヤヘイがゲンゾウに話しかける。
「ゲンゾウ様、保守的なものも多いので大丈夫でしょうか」
「お前たちがそんなことを気にしてどうする。老害たちの言うことを聞いていたら未来はないぞ」
リベルは刀術に魅了されていた。
(あの洗練された動きは美しかった。俺ももっと強くならなければ)
リベルは勇気を出してゲンゾウに話しかける。
「私も、明日連れて行ってください」
ロスヴァイセ、ジェイクを含めみんなが驚いた。ジェイクが聞く。
「お前、正気か、酒飲みすぎたんじゃないか?」
ゲンゾウがリベルに言う。
「お主には才能を感じないな。赫灰人すべてが刀術を習うわけじゃない。才能がないものはほかのことに時間を使ったほうがいい」
「確かに、私には剣や槍の才能が有りません。しかし、わたしはハンターとして生きるために刀術を習いたいのです」
「そうか、そこまでいうのなら誰かと試合してみるがいい。もし負けても何か光るものがあるならば考えてもいい」
「でしたら、ゲンゾウ様と試合させてください。そこで一太刀でも決まったら連れて行ってください」
「ふざけるな、何思いあがってるんだ」
「昼間の試合見てたのか」
「ゲンゾウ様に失礼だぞ」
周りで聞いていたラットキンたちがざわめき騒がしくなる。
ゲンゾウはその声をさえぎって、
「何か企んでるな。わかったいいだろう。儂には小細工は通じんぞ」
ぞろぞろと全員が道場へ向かう。
ゲンゾウとリベルは、木刀を持って対峙する。リベルはゲンゾウの動きを警戒して距離を取っている。
リベルは構えると同時に、ゲンゾウの背後に瞬間移動を行い思いっきり木刀を横に払う。
(決まった)
リベルはそう思ったが、ゲンゾウは背後の気配を察知して咄嗟に転がってよけた。リベルは再び瞬間移動で距離を取る。
(何だ今のは)
ゲンゾウの額には汗が流れ動揺している。周りで見ていたラットキンたちも驚いて唖然としていた。
リベルは再び瞬間移動で攻撃を試みるが寸でのところで避けられる。逆にゲンゾウが攻撃を仕掛けるが間合いを十分とっているためリベルは瞬間移動で距離を開ける。
ゲンゾウはリベルに話す。
「それがお前の技か中々面白いな。酔いが醒めたぞ」
「さすがですね、気配を察知してよけ・・」
ドンと音がしてゲンゾウが転がる。
ゲンゾウが転がっている姿を初めてみたラットキンたちは、何が起こったのか理解できず唖然として声が出ない。
やがてゲンゾウが笑い始める。
「ハハハハ、卑怯な技だな、俺が殺気を読み取って避けていることに気付いたな」
死角に瞬間移動しても振りかぶった瞬間に気付かれてしまうので、木刀を中段に構えたまま、ゲンゾウの目前に瞬間移動を行っただけであった。
「まあ、約束だから仕方がない。連れて行ってやるか」
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