第6話ラットキンの住む町
数日後、リベルとマイルズは、みんなと別れてゲンゾウとトウチへ向かう。人が一人通れるほどの狭い道を、川の上流に向かって一時間ほど進むと針葉樹の林に入っていく。徐々に上り坂となっておりしばらく進んでも魔物の気配はない。
リベルがゲンゾウに聞く。
「ここらに魔物の気配はありませんね」
「元々、こういった林の中にはエサが少ないので魔物は少ない。そういった場所に道が作られている」
背の高い針葉樹が林の中に日光を透さないため、地面に生える植物は少なく岩は苔むしている。だんだんと勾配がきつくなり道は九十九折りになって山頂に向かい、やがて尾根に出ると上り下りを繰り返しながら尾根伝いに進んで行く。十時間ほど起伏の多い山岳地帯を歩いて進むと丸太で出来た山小屋についた。
薪を集めてきて、山小屋の中央で火をおこし食事をとってすぐに横になる。
翌日早朝出発し、昨日と同じような山岳地帯をしばらく進んでいると、林が途切れて視界が広がり眼下に谷川が見えた。小川の周りには木造の家屋が点在し田畑が見える。山の斜面にも石垣で段を作り畑としている。
山を下りて小川の傍まで行くと、川沿いの道を下って進む。途中、農作業中の人たちがゲンゾウに挨拶をしてきた後、背格好、服装の違うリベルとマイルズの方を珍しそうに見ている。
川を下るにつれて平地部分が広くなり、段々と家屋が増え田畑も広がってきた。
さらに進んで行くと、別の谷から流れ込む川が合流し川幅が広くなり、遠くに集落が見えてきた。
集落の入り口には門があるが開けっ放しになっているのでそのまま門をくぐると、川と平行に西へ続く道の両側に木造の家屋が立ち並んでいた。履物屋、服屋、金物屋などが並んでいて、店の戸は大きく開かれて外からでも陳列しているものがよく見える。反対側には飯屋、宿屋などが並んでいる。通りに人はあまり多くなく閑散としているが、地面は土だが平坦でよく固められており石ころやごみなどは落ちて無くきれいに整備されている。
リベルとマイルズは、見慣れない建物を興味深く見ながらゲンゾウの後に続く。
「ここの町並みは独特ですね、マイルズさんはこのような建物を見たことがありますか」
「俺も見たことないな、木造で一見みすぼらしいが洗練されている。長い歴史を感じるな」
ここに住む者たちにとっても珍しいのか、リベルとマイルズが通りを歩いていくと人々の視線を集める。
通りを歩いてしばらく行くと、商店は無くなって両側には塀と門がある大きな家が並んでおり、その一番奥にある大きな家にゲンゾウは案内する。
「ここが、トウチの名主ハルナ家だ」
ゲンゾウがそう説明をしながら門を入って声をかけると、中から下男が桶に水を入れてやってきて、靴を脱ぐように促す。リベルとマイルズはブーツを脱いで足を洗い家に上がる。床は板敷きで、古さを感じるがよく磨かれており黒光りしている。
三人は、庭に面した廊下を何度か折れ曲がって部屋に通された。部屋から見える庭には低木がいくつか植えられており、花が咲いているものもある。
ゲンゾウが二人に説明する。
「お前たちがこの町に滞在するための許可をもらう。まあ、儂の旧知じゃから問題ないじゃろう」
このトウチの町は約三千人のラットキンが暮らしており、名主はこのトウチの町の代表で、管理、徴税などを行っている。
しばらくすると、ゲンゾウと同年代と思われる男が入ってきた。男は黒い着物に羽織を着ている。がっちりとした体形で四角い顔に短く刈った髪はごま塩頭になっている。
「ようこそ、ゲンゾウ殿、そちらの二人が滞在したいという人間ですか」
「お邪魔しております、キンベエ殿。中々面白い二人でな」
キンベエはリベルとマイルズの二人に目を合わせると、目じりにしわを寄せて表情を緩める。
「相分かった」
キンベエはゲンゾウの方へ向き直ると、詳細は聞かず即座にそう答えた。
再び、リベルとマイルズの方へ向き直ると、
「この町で名主をしております、キンベエと申します」
「マイルズです、お世話になります」
「リベルと申します、よろしくお願いします」
マイルズは笑顔で、リベルは少し緊張してそう答えた。
その後、食事をしながら町の有力者と顔合わせをして、二人の処遇について検討した結果、刀術道場のタケチ家へ滞在することとなった。マイルズは食客、リベルは内弟子の待遇となる。
トウチの町を西に向かって流れる川の両側は数百mもすればすぐに山となっており、その南側の山麓にタケチ家がある。当主のハルサダは今年五十五才になるが、赫灰人の中心地ナカチへ出かけることが多く留守がちのため、実質はその息子のヨリサダ二十七才が、師範代としてこの道場を任されている。
リベルとマイルズが訪れたタケチ家ではヨリサダ一家が待っていた。ヨリサダが家族を紹介する。
「妻のタエと、四才の息子コウマルと、二才の娘ハナだ」
「オルト人だ、オルト人だ」
ハナはタエの後ろに隠れるようにしているが、コウマルは興奮して騒ぐ。タエがたしなめて静かになった後、苦笑いをしながらマイルズとリベルは挨拶をした。
これ以外に、下女が三人と内弟子が二人いる。
マイルズは個室だが、リベルは、他の内弟子と同じ部屋で寝泊まりする。内弟子の二人は十三才と十四才でそれぞれ刀のレベルは3と4で中級者となる。この道場では弟子は三つのクラスに分けて指導しており、初級者は刀レベル1~2、中級者は刀レベル3~5、上級者は刀レベル6~9となっている。
まだ暗いうちに起床すると、水浴びをして身を清めた後、道場で一時間の瞑想を行う。その後刀術の稽古を行い朝食となる。朝食後は屋外の掃除を行う。
その後、上級者の弟子がやってきて稽古を行う。リベルは初級者なのでこの間、農作業などの家の手伝いをしている。
午後は、中級者の後、初級者がやってきてリベルはここで一緒に稽古をする。大体十才から十二才ほどの子供だが、刀レベル1~2のため、刀スキルのないリベルは、みんなから離れて、ひたすら型を覚えるための素振りをしている。
夕食後は自由時間だが、まだ刀スキルすらないリベルは裏庭に出て素振りの自主練をすることにした。
タケチ家の下女は、料理や掃除、洗濯などを行うが、リベルを含め内弟子の三人は、畑仕事や、薪割など力仕事を担当している。
そんな日々を数日過ごした後、リベルはマジックバックが使えるということもあって買い物担当となった。ここでの食事は今までと随分違い米が主食で沢山食べる。この日も米を買いにやってきた。
「お、噂のオルト人だな」
リベルがやってくると米屋の親父が声をかけてくる。
「私が買い物担当となりました、玄米を40㎏ください」
リベルがそう言うと、親父が10㎏の袋を四つ持ってくる。
「一人で持って帰るのか、荷車貸そうか?」
「大丈夫です」
リベルはそういうと、肩にかけていたカバンに米を入れていく。どんどん入っていく米に親父が驚いて見ている。
リベルが米を入れたカバンを親父に持たせて言う。
「容量が四倍で、重量が四分の一になります」
親父はカバンを上下に動かして重さを確かめている。
「ほー、凄いな魔法道具か」
「いや、私の魔法です。ただし一ヶ月しか持ちませんが」
そんな話をして、米屋の袋にマジックバッグの魔法をかけてやると、お礼に10㎏分おまけにくれた。
この話は、他の商店にもすぐに伝わったため、翌日以降、買い物のときに色々な人へマジックバッグの魔法をかける事になった。
夕食後、いつものようにリベルが自主練のため部屋を出て行こうとすると、同じ内弟子のヤスケが声をかけてきた。
「毎日熱心ですね」
ヤスケは薄ら笑いを浮かべて、少し馬鹿にしているように思える。ヤスケは十四才で刀レベルは4だ。
「私には、刀スキルがありませんので人一倍練習しようと思います」
「魔法が使えるそうですね、そちらを伸ばしたほうがいいと思いますが」
「もちろん魔法も頑張りますが、最低限の武術が無ければハンターとして生きていけませんから」
「どうしてハンターにこだわるんですか」
リベルは少し考えてから答える。
「自由だからですかね」
ヤスケは少し興味を持ったようで、
「それはどういうことですか?」
「そうですね私の住んでいる世界と、ここはずいぶん違いますからね。私の住んでいる世界は、たくさんの人が住んでいて、複雑で、いい人もいれば、とんでもない悪人もいる。贅を尽くした生活をするものもいれば、日々の生活に困窮している人もいる。しかし、世界はとても広くて私はほんの一部しか知りません。力をつけたら自由に旅をしてみたいと思っています」
ヤスケが興味を持って聞き返す。
「どれだけ広いんですか」
「ここトウチには、三千ほどの人が住んでいるそうですが、世界全体では一億近い人が住んでいるらしいです」
「一億・・・」
想像を絶する数字にヤスケが絶句する。
離れたところに座っているもう一人の内弟子、カエモンにヤスケは聞く。
「カエモン、お前は何のために刀術を習っている」
「俺は、サムライになって仕官するのが夢だ」
刀スキルが10になるとサムライの称号が与えられる。
「お前は、迷いがないな」
ヤスケがリベルに聞く。
「あなたの目から見て、ここってどう思いますか」
「そうですね、私が買い物に行ったとき、マジックバッグの魔法をかけていることは知っていると思いますが、そうするとお礼におまけをしてくれたり、お金をくれたりするんですが、タケチの家ではお金を決して受け取ってくれません。私の食事や、稽古などで随分負担をかけているので私としては心苦しくてぜひ受け取って欲しいのですが頑として受け取りません。そこがかなり違うと思います。なんていうか、知り合いが全部家族というか、人のためになること、喜んでもらえることを目的に生きているという感じがします」
ヤスケは黙り込んで考えている。
リベルは、町の人たちのためにどんどん魔法をかけて行ったので、半年もすると時空魔法のレベルが4に上がった。マジックバッグの容量が五倍、重さが五分の一となり、瞬間移動できる範囲が500mほどに広がった。しかし、魔物は全く倒していないので、レベルは4のままだ。
そして、マイルズだが、基礎を徹底的に直されるつらい修行を乗り越えて刀スキルを会得した。これは、リベルの励みになったことは言うまでもない。
今日は師範代のヨリサダが、上級者の弟子十一名と共に魔物狩りに向かう。タケチ家では、町の近くに魔物が近づかないよう定期的に魔物狩りをしている。またこれは、実践を通した修行でもある。マイルズも同行するほかに、リベルを含め内弟子三名も荷物持ちなどの雑用で同行の予定だ。
町を出て、北の方に向かい小高い丘を越えて一時間ほど進んだところでオーガが現れた。以前のことがあったのでリベルは緊張したが、上級者一行は特に動揺はないようだ。
ヨリサダが上級者の方に向かって話す。
「オーガは力が強いが当たらなければ良い。どこをどのように攻撃してくるかしっかり見極めることが必要だ。今から、説明をするのでよく見ておくように」
ヨリサダはそう言うと一人でオーガに向かっていく。弟子たちは扇状に広がって距離を取る。
オーガは、長いこん棒のようなものをもって何か叫びながらヨリサダに向かって来る。
「左上から頭を狙う」
ヨリサダがそう言って、振り下ろされたこん棒を右に躱す。
「右から横なぎ」
ヨリサダはそう言って、バックステップで躱す。
ヨリサダはオーガの方に正対しながら説明する。
「いいかオーガ程度の動きであれば、振り始めてから避けることもできるが、出来れば振り始める前に察知しろ、そうすれば余裕ができる。相手の体制、筋肉の動き、目の動きなどをよく観察すること」
ヨリサダがそう言うと、弟子のひとりと交代してやらせてみるが、完全に予測はできていない。何度かに一回はぎりぎりで避けている。
ひとしきり避ける練習をした後。
「では、次は攻撃してみろ。オーガの皮は硬いので集中して刃に気を乗せないと切れないぞ」
「はい」
弟子の一人が返事をすると、オーガの打ち下ろすこん棒を右側に避け、体勢を崩した所で上段から腕に切りつけると、腕の三分の一ほどを切り裂いてオーガはこん棒を落とした。
「だめだ、気が十分乗っていない、打とうとする一瞬に集中するコツを掴め」
ヨリサダのアドバイスを聞きながら弟子が攻撃を行う。何度か攻撃を試みるうちに、オーガの右足をふくらはぎから切断することに成功した。
「よし、いまの感覚を忘れるな」
リベルは離れたところで見ていたが、あんなに苦労したオーガが、完全な練習台となっていることにあきれてしまった。
リベルがマイルズに話しかける。
「以前、オーガを倒すのに凄く苦労しました。一人は死んだんです」
「俺たちの戦い方とはずいぶん違う。相手の動きを見切ることが刀術の極意かもしれんな」
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