第3話初めてのレベルアップ

 日々、魔物狩りや訓練などをしながら一週間が過ぎた。ゴブリンへの攻撃はまだまだだが、最初二時間かかっていた薪割は一時間ほどで出来るようになっていた。

 リベルが薪割を終えて座って休んでいると、マルコがやってきて隣に座る。

「毎日やってくれるので助かっているよ、カーラさんに話したらこれもらった」カーラとはこの宿の女将である。

 マルコは、フルーツの入ったクッキーのようなお菓子を差し出す。二人はお菓子を食べながら話をする。

「それから、このあいだ聞いた時空魔法だけど、カーラさんがすごく興味を持ってね、宿にある袋やカバンなどにもかけて欲しいって言うんだ」

 リベルは戸惑って無言になる。

 マルコは不安になって聞く、

「いや、話しちゃまずかったかな」

 リベルは時空魔法について秘密にしている訳ではないが、反応が微妙な事もありあまり人に話したくなかった。

(でも、知られたって別に困ることはないよなあ)

 そう思いながらリベルは答える。

「いや、いいよ、大丈夫」


 リベルはマルコに厨房へ案内されて、宿の主人である、ロランドや、カーラと話をする。

 カーラが、食料などが入った袋などを前にしてリベルに話しかける。

「これら全部にかけちゃってもらえる」

「一ヶ月しか持たないんですけどいいですか」

「ああ、構わないからやってちょうだい」

 リベルは、袋や桶などに次々と魔法をかける。どんどんとかけていた時、体の中で変化が起った。

「あ、時空魔法がレベルアップしました」

 三人はきょとんとした顔をしていたが、マルコが聞く。

「で、どうなった」

「うーん、容量三倍で、重さ三分の一だね」

「え、凄いじゃないか」

「凄い、凄い」

 マルコや、カーラは興奮して喜んでいるが、リベルは半ば予想していたものの残念な気持ちでいっぱいだった。

(違うんだよなあ、魔物が倒せるような魔法が欲しいんだけど・・・。まあ次のレベルに期待するか)

 リベルは促されるままさっきかけた袋へ、再度容量アップのため魔法をかけなおす。

 そんな中、無口なロランドが口を開く。

「こんなにしてもらって無料でいいのか」

「いや、構いません。使わなければレベルアップできないのでこれは自分のためでもあるんです」

 カーラが何か思いついたようで口を開く、

「私はいいことを思いついたよ、ここの泊り客に金を取ってカバンなどに魔法をかけてやったらどうだろう。商人などは喜ぶと思うがねえ」

 リベルを含め全員がいいアイデアだと思い。早速、宿の外と中に張り紙を用意した。

【カバン、袋などの容量を一ヶ月間三倍にします。一個千r】

 これがなかなか好評で、毎日二〇個ぐらいの依頼があるため馬鹿にできない臨時収入を手にすることができるようになった。


 アーゲリアン大陸北部の大国ラジャルハン帝国は、二十一年前に弱冠二十九歳のガンダーギンが第七代皇帝に就任するとすぐに近隣諸国への侵略を始め、大陸を東西に走る中央山脈以北の地を二年前に統一した。

 ラジャルハン帝国の面積は、大陸の半分、人の統治する国家で言えば三分二にあたり人口は五千万人以上と言われている。

 二年前まで続いたこの戦争の影響で、ここオルト共和国にも多くの難民がやってきていた。ミアもその一人であり、両親を戦争で亡くしていた。ミアが以前魔術学校に入りたいと言っていたのは、兵士となって帝国と戦いたいためであり、できれば故郷を取り戻したいためであった。

 リベルがこのパーティに入って二ヶ月ほど経過したころ、ミアは話してくれた。


 そして、ロスヴァイセのレベルが10、Dランクとなり、より高収入な討伐依頼を受けることができるようになった。

 Dランクのいるパーティとしての初仕事は、村の畑を荒らすオーク退治だ。

 十戸程の小さな村の畑の周りにある足跡を追って、森の方へ向かうとすぐに見つかった。身長は人間と変わらず豚のような見た目で、こん棒を振り回しながらやってくる。ゴブリンと違って攻撃は重く当たればかなりのダメージがあるだろう。しかし、ロスヴァイセの鋭い槍の敵ではない。こん棒を振り上げて一撃しようとする前に倒されてしまった。

 しかし、後ろから新しいオークが現れる。四頭ほどいるようだ。さすがに、同時に来られると、ロスヴァイセ、ジェイクの二名では厳しいので、

「ミア!」

 ロスヴァイセが振り返ってそういうと、ロスヴァイセとジェイクは脇によける。

「アイスバレット」

 ミアがそう言うと、無数の小さな氷が高速で打ち出され放射状に広がりながら、四頭のオークの体にめり込んでいく。致命傷にはならないが悲鳴を上げひるむオークへ、ロスヴァイセとジェイクがすかさず止めを刺していく。

(さすが、凄い連携だ)

 リベルは何もできずに後ろで感心しながら眺めていた。

 オークも肉には価値はないので、魔石だけ回収して放置する。

 いつものように依頼が終了すると狩の時間だ。ここの森は初めてのため何か変わった獲物がいるかもしれないと期待をしながら四人は進む。


 この森は鬱蒼としており薄暗い、けもの道と思われると思われる湿った道をしばらく進んで行くとそいつはいた、巨大な蜘蛛だ。足まで入れると2mぐらいはあるだろうか、周りに蜘蛛の巣を張り窪んでいる中央でじっとしている。

 リベルはすぐに逃げ出そうとするが、他の三人は逃げようとしていない。いつもは討伐依頼のない魔物は戦いを避けるのだがこの蜘蛛は別のようだ。虫の嫌いなミアでさえじっと蜘蛛を見据えている。

 ロスヴァイセが指示を出す。

「ジェイク、蜘蛛の注意を引き付けて、ミアは子蜘蛛と蜘蛛の巣を炎で、足を傷つけないように」

 ジェイクは右手に剣を持ち、左手に木の枝をもって蜘蛛に迫る。すぐに蜘蛛が反応してきて糸を吐く、その糸を左手の枝で受けながら蜘蛛に近づいて頭を剣で切りつける。しかし、堅い殻にはじかれてしまう。さらに20㎝ほどの子蜘蛛がわらわらと出てきてジェイクに群がろうとする。

 ミアは、子蜘蛛とジェイクに絡まっていく糸を炎で焼きながらフォローをしている。リベルは三人の連携に感心して眺めている。

 その隙を狙ってロスヴァイセが蜘蛛に側面から近付き、蜘蛛の足の間から槍を腹部に突き刺し縦に切り裂いた。どろどろと蜘蛛から体液が流れ出し、しばらく暴れていたがすぐに動かなくなる。

「やったあ!」

 ミアが笑顔で叫んだ。ジェイクも蜘蛛の巣だらけになっているが嬉しそうにしている。

 ロスヴァイセも嬉しそうにリベルに言う、

「蜘蛛の足が高く売れる。1本1万から2万rにはなる」

(オーク討伐の一頭1万5千rと比べると、八本あるから最低でも8万rか、確かに凄いな)

 蜘蛛の足を切り離し、バッグの中に入れていく、根本の太さは15㎝ほどで長さは1m近い。


 ロスヴァイセを先頭に、四人は森を出て草原に出た。

「今から火を起こすから薪を集めてくれ」

 ジェイクがリベルに話しかける。

「もう帰るだけだろう、何のために」

 リベルが聞き返すが、ジェイクがニヤッとして答える。

「蜘蛛の足を焼いて食うんだよ」

 リベルは先ほどの蜘蛛の姿を思い出してぞっとした。

 石を積んでかまどのようにして火を焚く。蜘蛛の足を一本取りだし、両端を石にかけて焼き始める。しばらくすると足の切り口から、じゅうじゅうと汁が溢れてきて焼けた石の上にこぼれ、香ばしい匂いが漂ってきた。

 肉を焼いた時とは違う、リベルは今まで嗅いだことのない匂いだが、何とも言えない香ばしい匂いに食欲をそそられる。

 三人を見てみると無言で焼けるのを見ている。ロスヴァイセとジェイクは真剣な顔をして食べ頃になるタイミングを見計らっているようだ。隣に座るミアはよだれを垂らしていた。リベルの視線に気づくと、慌てて袖で口を拭った。

 焼けあがりのタイミングで、ロスヴァイセとジェイクが少しもめたが、切り分けてみるときれいに焼けているようだ。

 リベルは、焼けて脆くなった殻をナイフで剥し白身にかぶりつく。すると、口一杯にうまみの詰まった肉汁が広がる。サレトの町に来ていろいろうまいものを食ったがこれはまた別格だ。

(焼く前は、こんなものを食うのかと思ったが、うーむ)


 狩猟組合に戻って、蜘蛛の足を買い取ってもらうため袋から出すと、狩猟組合内の空気が変わった。すぐにハンターたちが集まってきてハンターたちが買い取っていった。あの蜘蛛が絶滅する日も近いだろう。


 さらに二ヶ月が過ぎ、リベルは16才になった。レベルも2に上がり体力、筋力なども向上したので、日課になっている薪割も、薪割用の斧でなく自分の手斧でも簡単に割れるようになっていた。

 いつものように夕食後の薪割を終えて部屋に戻ったがジェイクがいなかった。

(あれ、どこに行ったんだろう?、何も言わないで出かけるなんて珍しいな)

 少し気になったが、疲れていたのですぐに寝た。

 夜中にのどの渇きで目を覚ます。隣のベッドを見るとやはりまだ帰っていないようだ。

(まだ帰っていないな、どこに行ったんだろ)

 そう思いながら一階の食堂に降りると、酔客は数人ほどで閑散としている中、隅の方にミアがテーブルにうつぶせになって寝ていた。

 リベルが近づいて声をかける。

「ミアどうしたんだこんなところで」

 ミアはゆっくりと顔を上げる。

「ああ、リベル」

「部屋に帰って寝ろよ」

 リベルがそう促すが、ミアが黙っているのでリベルがさらに言う。

「どうしたんだ?」

 少し間があって、

「部屋に入れないんだ」

 ミアは、つぶやくように言う。

 リベルはしばらく考えていたが、

「ジェイクか?」

 リベルがそう言うとミアが小さく頷く。

(うーん困った、どうすればいいんだろう)

 リベルは少し考えてから、

「しかし、ここで寝るわけにはいかないから、俺たちの部屋でよければ使ってくれないか」

「え、リベルはどうするの」

「俺か、俺なら何とでもなる、別に部屋を探すから」

「え、でも」

 中々動こうとしないミアをどうにか立たせると二階へ向かう。リベルは歩きながらだんだん腹が立ってきた。

(しかし、あの二人もどういうつもりだ。何も言わずにいきなりこれはないだろ)

 そう思いながら、一方で邪な気持ちも湧き上がってくる。

(あの二人がそうなら、俺もミアと可能性があるかもしれないな。この後部屋で少し慰めてやれば一気に親密になるかもしれないな)

 リベルは、いろいろなことを目まぐるしく考えながらドキドキして部屋の扉を開ける。ミアを部屋の中に入れてドア越しに少し話をしよう思ったとき、俯いていたミアが顔を上げてリベルの方を見上げた。

 ミアは、涙をボロボロこぼしながら、

「ありがとう」というと静かにドアを閉めた。

 リベルは何も言えないまま、ドアの前で3秒ほど固まっていたが、気を取り直して一階に降り、裏庭に出て馬小屋に向かう。

 馬小屋に入ると梯子を上って飼葉の中に背を預けた。

(やはり、ミアもジェイクのことが好きだったんだな。あの部屋はまずかったかな、隣の部屋が気になって眠れないかもしれないな。あー明日どんな顔で会えばいいんだろうか)

 壁板の隙間から差し込む月明かりを眺めながら、リベルは色々と思い巡らせていた。


 翌朝、いつものようにロスヴァイセとジェイクは訓練していた。リベルもいつもと同じように素振りを始めたが、重苦しい沈黙が続く。

 訓練が終わると、ロスヴァイセは汗を洗い流しに行く。リベルとジェイクは、そのまま朝食のため宿の一階に向かうと、テーブルに向かい合わせに座る。

 少し話しづらそうにジェイクがリベルに聞く。

「昨晩はどうだった」

 リベルはいろいろな感情が沸き上がってきたが冷静になって答える。

「ミアは俺たちの部屋で寝てもらった」

「お前はどうしたんだ」

「ん、俺か、俺はよそに行ったよ」

「それは悪かったな」

 しばらくの沈黙の後、リベルが話しかける。

「お前、ミアに悪いとは思わないのか、昨日泣いてたぞ」

「そうだな」

 ロスヴァイセがやってきたので話が途切れる。ロスヴァイセは黙ってジェイクの横に座り、三人は黙って朝食を食べ始めた。

 ミアが階段を下りてきて、「おはよう」と挨拶を交わしてリベルの隣に座り朝食を食べ始める。挨拶はいつものようであったがそれ以降会話もなく黙々と食べている。

 しばらくして、ロスヴァイセが顔を上げてミアの方を見ながら、

「ミアごめん」

 一言そういった。ミアは無理に笑顔を作って、

「先に言ってほしかったな」ぽつりと言う。

 ジェイクが顔を上げて、

「ミアごめん俺のせいなんだ、俺が調子に乗って無理やり・・・」

「もういいよ!、気にしてないから、みんなもう忘れよう。私このパーティ好きだから、壊したくないから」

 ミアがジェイクの言葉をさえぎって立ち上がり声を上げる。


 いつものように狩猟組合に四人で向かったが、道中沈黙が続く。依頼書を見てもいつものようなやる気が起きない。

 ロスヴァイセが三人に向かって、

「今日は休みにしよう」

 そう言うとその場で解散した。


 結局三日間休みとした後、ミアが三人向かって話す。

「前から言ってたように、ルドルス王国の魔術学校に入学することにした」

 ジェイクが話す。

「まだ、先のことじゃないのか、資金だってまだだろう」

「入学するのに十分なお金は貯まってるの、このパーティは居心地がよかったからずるずると続けていただけなのよ、ほんとはもっと早く行くべきだったと思う」

 リベルはなんと声をかければいいかわからなかった。先日の件が原因には違いないが、かといってもう元には戻らないだろう。そうであれば笑って送り出すべきだろうか。

 ロスヴァイセが声をかける。

「私もいずれ戦場に向かうと思う、ミアも将来兵士となるなら戦場でまた会えることになるかもしれない。出来れば味方同士となることを祈ろう」

 ミアは無言で頷くと一人出て行った。

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