第2話サレトへ

 リベルは三人と別れてドニの町へ帰る。今日は遠出したおかげでたくさんの薬草が採取でき7千r(アール)となった。これならば普通の宿屋に泊まることも可能だが、サレトへ向かう準備のためいつものところに泊まることにした。

 千rを払ってボロボロの倉庫に入ると、すえた悪臭に気分が悪くなるがしばらくするとさほど気にならなくなる。まだ早い時間だが部屋の壁際はぐるりと人が寝ている。真ん中の方で寝ると夜中に踏まれて目を覚ます羽目になるため、なるべく人の通らないような場所に寝転がる。

(こんな惨めな生活から抜け出してやる)

 そう思いながら天井を眺めているうちに眠りについた。

 朝になるとみんな無言でごそごそと起き始める。今日は幸いなことに夜中に目を覚まさずに済んだ。

 外に出ると朝食を配っている。味の薄いスープと、堅いパンを受け取っておのおの地面に腰を下ろして食べている。パンはスープに浸して柔らかくすると何とか食べれるような代物だ。

 それから、五日間かけてようやく、1万2千r程貯まったので買い物に出かける。古着屋で一番安い中古のブーツを5千rで手に入れると武器屋に向かったが、7千rで買えるような武器はなかった。一番安い剣で10万r、ナイフでも2万rはする。

 諦めて古道具屋に向かい、中古の手斧が5千rで売っていたので購入した。薪を割ったりするような斧だが、まあ、ぎりぎり武器になるだろう。

 リベルは、三人と一緒にパーティが組めることに気持ちがはやって、その日のうちにサレトへ向かった。街道を25㎞進まなければならないが、馬車に乗る金がないため徒歩で進む。


 夜になってようやくサレトの町の城壁が見えてきた。ここの城壁は30年ほど前の戦争で町を守った。その後人口が増えて今は城壁の外にも町が広がっている。人口は城壁の中に2万、外に3万といったところだ。

 町の中は夜だというのに活気があった。飯屋、酒場などもたくさんあって屋台も出ている。リベルは空腹のため夢中になって屋台の肉やパンなどたくさん食べてしまい、ポケットには千rも残っておらず、仕方がないので城壁のそばにある木に寄りかかって寝ることにした。


 翌早朝、リベルは指定の宿屋へ向かった。

 宿屋に入ると、一階の食堂ではまだ客はおらず、厨房で忙しそうに働いている男女が見えた。

 リベルは遠慮がちに厨房へ声をかける。

「すいません、ここに泊まっているジェイクと待ち合わせしているのですがここで待たせてもらっていいですか」

 奥から中年の女が出てきて、

「ジェイクさんなら裏にいますよ、そちらからどうぞ」

 そういってすぐに引っ込んだ。

 奥にある扉を開けると、広い裏庭があり井戸や倉庫がある。

 裏庭では、ロスヴァイセとジェイクが木剣と木槍で、模擬戦を行っていた。ロスヴァイセの苛烈な突きに耐え切れず、ジェイクが倒されたところでこちらに気付いた。

「お、来たな、めったに見られない俺が負けているところに来るなんてタイミングがいいな」

 ジェイクは息を整えながらリベルに話しかける。

「早いな!」

 ロスヴァイセが苦笑いしながらリベルに声をかける。

「おはようございます、ロスヴァイセさん。これからよろしくお願いします」

「今日からは仲間だから、ロズと呼んでくれ、丁寧なしゃべりも不要だ」

 リベルは少し躊躇したが、

「わかった、よ、よろしく頼む」戸惑いながら答えた。

 その後、二階から降りてきたミアと四人で朝食を食べた後、狩猟組合へ向かった。


 サレトの狩猟組合は、レンガ造りの三階建てで、ドニと比べると随分立派な建物だ。カウンターのほかに、相談用のブースが十余りある。すでに半分程のブースでミーティングが行われていた。

 パーティへの登録を行うため、ロスヴァイセとリベルがカウンターに行く。カウンターには30才前後の男が立っている。

「ロズか、毎日熱心だな」

「アダンさん、おはようございます。今日は新しいメンバーの登録に来ました」

 アダンの視線がリベルへ移る。

「リベルといいます、今までドニにいました」

 リベルは自分のハンターカードを差し出す。

 アダンは、カードを魔道具にかざしながら話しかける。

「ロズのパーティは若手の有望株だ、お前もすごいスキルを持ってるんだろうな」

 ハンターカードに文字が浮かび出る。

【リベル 十五歳 レベル1、時空魔法レベル1】

「時空魔法?、何だこりゃ聞いたことないな」

 アダンが顔を上げてリベルを見る。

(また説明しなきゃならないのか)

 うんざりした気持ちを顔に出さないように答える。

「その、バッグの容量が倍になるだけなんですが」

「うーん、聞いたことないな、商売人なら役立ちそうだが・・・」

 同じような微妙な反応しか返ってこない。

 パーティ登録後、ゴブリン討伐の依頼を受けて西の森方面へ歩いていく。


 歩きながら、ジェイクがリベルに話しかける。

「アダンさんは、俺たちの師匠なんだ。森の歩き方や、キャンプの仕方、獲物のさばき方など多くを学んだ」

「同じパーティだったのか?」

「いや、狩猟組合の指導員として何度も同行してもらった。ただし一日3万rかかるけどな」

「え、そんなに払えるのか」

 薬草採取ばかりやってきたリベルは、一日3千r程しか収入がなかったので驚いた。

「俺たちはな、一日10万rを目標にしている。こんな危険な商売そのぐらいないと割に合わないからな」

 ロスヴァイセが、リベルに話しかける。

「まずは、リベルのレベル上げを優先させる。私たちが先に攻撃するからお前が止めを刺せ」

 レベルアップのための経験値は、息の根を止めた者が得る。


 森に入ってすぐに、ゴブリンに遭遇した。すぐにロスヴァイセがゴブリンの胸に槍を突き刺すと、そのまま持ち上げて背後に放り投げる。

 目の前に落ちてきたゴブリン目掛けてリベルは懸命に斧を叩きつけるが、暴れるゴブリンにてこずって中々急所に入らず、十回ぐらい叩きつけてようやく息の根を止めることができた。

 そうやって時間をかけながら14匹のゴブリンを退治した。そのうちリベルが止めを刺せたのは8匹だ。

 魔物からは魔石が取れるのでゴブリンから取り出す。ゴブリンから取り出した小魔石が千r、討伐依頼が1匹あたり3千r合わせて、4千rとなり、14匹で5万6千rとなる。

 魔石を回収すると、ロスヴァイセを先頭に森の奥に進み始めた。

 リベルはジェイクに聞く。

「まだ、ゴブリンがいるのか?」

「多分もういないだろう、金もうけのため狩りでもしないとな」

「ゴブリンは持って帰らないのか」

「持って帰っても、ほとんど金にならないからな。肉なんて誰も食べないし」


 しばらく森を進むと、ロスヴァイセがみんなを呼ぶ。

「猪の足跡だ」

 泥の中に足跡が見える。しかも大きい。

 湿地の中に続いている足跡をたどっていくと、泥にまみれて転がっている大きな猪が見えた。

 ロスヴァイセがミアの方を見てにやりと笑う。ミアはゆっくりと前に出て猪が見えるところまで進むと、

「フリーズ!」

 呪文を唱えると猪の周り地面から体についている泥水まで凍り付いた。まだ死んではいないようだが身動きが取れなくなった。

 ロスヴァイセはゆっくりと猪に近づくと止めを刺した。

「水辺にいてラッキーだったな」

 ジェイクがそう言った。

 フリーズのような初期呪文では体内の水分までは凍らせることができない。水辺にいたことで身動きが取れないように凍らせることを可能にした。

 猪は頭を落として血抜きをするが、100㎏以上ありそうだ。リベルは持ってきた袋にマジックバッグの魔法をかける。容量が倍になって重さが半分になるので4人で分担すれば大した重さにはならない。


 帰り道、リベルは隣を歩くミアに話しかける。

「ミアはどうしてハンターに」

 ミアはどこから話そうか少し考えてから、

「私は、ルドルス王国にある魔術学校に入ろうと思ってるんだ。そのための資金集めだね」

 ミアは、これ以上話したくないのか、少し無言が続いた後リベルに聞く。

「ジェイクとは幼馴染だよね、どんな子供だった?」

「そんなに親しかった訳じゃないんだけどね、どちらかというと無口でみんなと悪さをするような子供じゃなかったね」

「え、そうなの、今と随分違うような感じだね」

「俺も、最初見たときの自信にあふれた顔は、本人とすぐに気づかなかったね」

 話が聞こえていたのか、ジェイクがちらっと振り向いて苦笑いをした。


 四人は町に帰ってきた、猪の肉は高く売れる。さらに、途中でウサギも三羽狩ったので、清算すると9万2千rとなった。直ぐに2万3千rずつ山分けする。

 リベルが恐縮して、

「いや、俺は役に立ってないから5千ぐらいもらえれば十分だよ」

「いや、マジックバッグは結構使えたじゃないか」

 ジェイクがそう言うと、

「中身が二倍よりも、重さが半分ていうのがいいね」

 ミアが同意し、ロスヴァイセも頷く。


 翌日もゴブリン狩りに来ている。昨日と同じようにリベルに止めを刺させるようにするが、なかなか簡単にはいかない。午前中に13匹のゴブリンの討伐は終了し、4人は昼食用に持ってきたソーセージの挟まったパンを食べている。

 リベルは自分の斧を振りながら午前中のことを思い出していた。

(やっぱり、こいつじゃ無理なのかなあ、もともと武器じゃないし)

 雰囲気を察したロスヴァイセがリベルに近づいて隣に座る。

「その斧ちょっと貸して」

 そういって斧を受け取ると、30㎝ほどの小枝を地面に突き刺す。何度か斧を振って感触を確かめた後、小枝に斧を振り下ろすときれいに半分割れた。

 新しい小枝をまた地面に突き刺して、リベルに同じようにやらせてみるが全くできない。空振りしたり、かすったり、少しかけたりする程度だ。

「まずは、狙ったところに正確に当てることができるようになること、その次は動いている相手に狙い通り当てる技術、さらには、自分が動いているときや、体勢を崩しているときでもきちんと振れるようにならないと」

 そう言って、ロスヴァイセはリベルに斧を返す。リベルは立ち去っていくロスヴァイセの背中を見ながら、

(あまり役に立ってない上に、努力を怠っていたんだな。ジェイクとロスヴァイセは毎朝練習しているというのに)

 リベルは自分の甘い考えを反省した。


 昨日と同じように、午後は狩りをしてから町へ戻った。

 昨日からリベルも同じ宿に泊まることになった。男用、女用の二部屋を取っている。一人部屋なら5千rの所、二人部屋なら一人3千5百rで済む。

 一階の食堂にて4人で夕食を取った後、すぐにリベルは裏庭に出る。

(狙ったところに正確に振れるようにならないとな)

 リベルは今日言われた言葉を思い出しながら真剣な表情で斧を振る。ゴブリンが目の前にいることを想像しながら振る。

 リベルが熱心に斧を振っていると、薪割をしている男が目に入った。そちらを見るとその男と目が合う。

 リベルは同じことを考えているのではないかと思い近づいてその男に声をかける。

「ここに泊まっているリベルといいます。薪割させてもらっていいですか」

 男はまだ若く、リベルとさほど年齢が変わらないように思える。男はにこにこしながら話しかける。

「私は、ここで働いているマルコと言います。ロスヴァイセさんと一緒の方ですね、一石二鳥と言う事でお願いします」

 そう言って持ってた斧をリベルに渡す。リベルの斧は長さ40㎝ほどの手斧だが、薪割用は長さ1mほどの長さがある。

 早速やらせてもらうが中々うまく割れない。マルコがアドバイスする。

「ここの木目に沿うように斧を当ててください」

 そう言われるがそこに当たらない。四苦八苦しながら薪割を続ける。

 マルコはしばらく黙ってみていたが、積み重なった木を指さしながら、

「ここにあるの全部お願いしていいですか、駄賃は出ませんが」

「わかりました、任せてください」

 リベルがそう言うとマルコは出て行った。

 リベルは、翌朝からロスヴァイセとジェイクの訓練にも参加することにした。剣の振り方を習い二人の横で素振りをする。一度ジェイクと模擬戦を行ったが、剣と剣が一度も交わらずに一撃でやられた。

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