第29話アルテオ
翌朝、リベルがテントから出てみるとアカテがすでに起きていてリベルに声をかける。
「あれを見てみろ」
アカテが指差した方、帝国軍の陣地にあった無数のテントはすべて無くなっていた。
「引き上げたんでしょうか」
眼下に広がる戦場には、たくさんの帝国軍兵士の遺体が散らばっていたが、それをそのままにして帝国軍はいなくなった。
「あきらめが早すぎるような気もしますが」
「そうだな、あるいは予定通りかもしれんが」
二人は椅子に座ってコーヒーを飲みながら、朝食代わりにナッツのたくさん入ったクッキーを食べている。
「お、来るぞ」
エラル王国の陣の方から二人が飛んで来るのが見えた。
二人の女は少し離れた所に降り立つと、リベルたちが座っている方に向かって歩いてくる。
「お前たちは何者だ」
長身で金髪の女が話しかけてくる。整った顔をしているが日に焼けた顔には化粧っ気がない。
「いや、ここで見物をしてただけです。怪しいもんじゃありません。私はリベルと言います。そっちはアカテさんです」
リベルは警戒されないようなるべく普通に話しかける。
「ここまでどうやってきた。飛行魔法はかなりレベルが高いぞ」
「そんなもの使ってませんよ、別の方法で、『ビュ』と」
「カタリナ」
金髪の女は後ろにいる小柄な女性に声をかけた。すると、カタリナと呼ばれた女性は前に出て来てリベルの方をじっと見つめる。
「へー、面白い。時空魔法レベル6か、これで移動を」
「そんなことが分かるんですか。そうです、見える範囲ならどこへでも一瞬に移動できます」
「こっちの人は、ラットキンですね。でも、ステータスは隠していて読み取れません。ひょっとして忍者?」
「忍者だと!」
金髪の女は緊張した声を出してワンドを構える。
「いやいや、忍者がこんなに無防備でくつろいで無いでしょ」
アカテがコーヒーをすすりながら答える。
「まあまあ、コーヒーでもどうです、座ってゆっくり話でもしましょう」
金髪の女は未だ緊張感を解いておらず、カタリナの方はアカテの方をじっと見つめている。
リベルは、バッグから折り畳み椅子を二脚取り出しながら、
「いや本当に、アルテオとハーレム軍団の戦いが凄いと聞いて、見に来ただけなんですから」
「ハ、ハーレム軍団だと!」
金髪の女が激高して今にもリベルに飛びかかろうとしている。
「隊長、待ってください。落ち着いてください」
カタリナが必死でなだめている。
(え、ひょっとして地雷を踏んだ?)
リベルは怒っている女を見て動揺する。
「誤解があるようですから私が説明します。軍務卿のアルテオ様には確かに妻がたくさんいますが、その人たちは後宮からは出てきません。ここで戦っている魔法使いたちはエラル王国軍の魔術隊で、アルテオ様のハーレムとは何の関係もありません。魔術隊には少ないですが男もいますよ」
「そうなんですね失礼しました。なんか変だと思ったんですよ」
リベルは冷や汗を流しながら、なるべく平静を装って答える。横ではアカテが笑いをこらえて下を向いているが、肩が小刻みに震えている。
「なんだ、なんだ、楽しそうじゃないか」
リベルとアカテが振り返ると男が立っている。
「アルテオ様」
女二人が膝をついたので、アカテとリベルも慌てて立ち上がる。
「お、コーヒーか。俺にも淹れてくれよ」アルテオは勝手に椅子に座る。
「ハ、ハイ」リベルはコーヒーの準備を始める。
「カタリナ、グローリアが怒ってないか」
アルテオはカタリナの方を見ながら聞く。
「いや、その、そこの男がハーレム軍団といったもので」
「フハハハハ、何だそんな事か、その噂は俺も聞いている。気にすることないぞ。何なら今から妻に加えてやってもいいが」
その瞬間、グローリアがアルテオを睨み殺気を放つ。
「じょ、冗談じゃないか」
「アルテオ様やめて下さい」
「ハハハ、すまん、すまん。お前らも座ってコーヒーを飲もう」
グローリアとカタリナも座って、五人でコーヒーを飲む。
「良かったらこちらもどうぞ」
リベルは、バッグからクッキーをたくさん取り出してテーブルに出す。
「お前のバッグ凄いな、魔道具か」
「これ私の魔法なんです。容量が七倍で重さが七分の一です」
「時空魔法らしいですよ、何でも瞬間移動でここに来たとか」
アルテオとリベルの会話にカタリナが説明を加える。
「ふーん、初めて聞いたな。レベルは?」
「6です」
「で、そっちは?」
「おそらく、ラットキンの忍者ですね」
「ほー、それは珍しいな。初めて見た、何ができる?」
「いや、ですから、そちらの方が勝手に忍者と言っているだけで」
「ふーん、まあいいや。で、ここで何をしてた」
にこやかだったアルテオの目つきが急に鋭くなる。
リベルとアカテは目を見合わせると、アカテが小さく頷いたのでリベルが話し始める。
「話せば長いんですけど、嘘を言ってもどうせ見破られますから最初っから話しますね」
そう言ってからリベルは、ラットキンの町で刀の修行をしていたこと。それからバルログによって町が壊滅した話などをした。
「うん、半年ほど前の事だな。その話は最近聞いた」
「では、リザードマンの民族主義者たちが『デーモン』を召喚して、リザードマンの領内に住むワーウルフを襲ったという話もご存じですか」
「知っている」
「バルログやデーモンの召喚をどうやって行うのか調べたのですがよくわかりませんでした。しかし、五百年のコルセアと魔人の戦争で、魔人がバルログやデーモンを召喚したというんです」
「魔人か」
「ご存じですか」
「いや、知らんな。だが、狐人の中に魔人がいたのではないか?」
「ところが、スクロールだったらしいんです。見知らぬ男に貰ったそうです」
「スクロールか・・・」
「それって、かなり危険ですね」
今まで黙って聞いていた、グローリアが口を挿む。
「そうだな、それを帝国軍が手に入れて攻めてきたら昨日のようにはいかんだろう。これは、早速調べてみる必要があるな」
アルテオは腕を組んで考えこんでいる。
「ところで、ここで何をしてたのですか」
カタリナが話を戻す。
「さっきのバルログなどが戦争に使われるのか確かめたかったのと、やはり、噂のアルテオ様とハ・・・、皆さんの活躍が見てみたかったからです」
グローリアがキッとリベルの方を睨むのを見てアルテオは苦笑する。
「まあ、嘘を言ってるようには見えないから、まあいいか」
「ありがとうございます」
リベルとアカテはほっと胸を撫でおろす。
「そのかわり、お前たちの話をもっと聞きたいから、後日城まで来てくれ」
「はい、分かりました」
「馬車を迎えによこすから、住んでる場所を教えてくれ」
「はい今は、カイル霊廟というところに住んでます」
「何!」、「カイル霊廟だと!」、「どうして?」
アルテオ、グローリア、カタリナは驚いてリベルに注目する。
(え、なんで、また地雷?)
リベルは意外な反応に動揺する。
「カイル霊廟にはコルネリア様の霊がいて誰も寄せ付けないはず」
「ああ、コルネリアさんは仲間になりましたよ」
カタリナの問いにリベルは答える。
「仲間になったって!、どうやって?」
「いや、俺じゃないんですけど、仲間にネクロマンサーがいて仲間というか、従者にしました」
「従者だと。そんな馬鹿な、あれほどバルドゥール様を慕っていたの・・・」
グローリアはそう言いかけてアルテオの方を見て口をつぐむ。
「そうなんですよ、ですからまずバルドゥールさんを蘇らせて・・・」
「何だと、蘇らせたとはどういうことだ!」
グローリアがリベルに飛びかかる勢いで追究する。
「す、すいません。ちょっと落ち着いてもらえますか」
「い、いや、すまない」
この様子をアカテはあっけにとられてみている。アルテオは黙り込んでいる。
「バルドゥールさんはですね、バンパイアとなって蘇ったんです。それで、ロクサーナ。あ、さっきのネクロマンサーですが、その従者となったんです」
「何と、バンパイア・・・」
グローリアがそうつぶやくと沈黙が訪れる。
(いや、どうなってるんだ)
リベルはアカテの方を見るが、アカテも首を横に振っている。
「ハハハハハ、バンパイアか!、いいじゃないか。グローリア、カタリナ帰るぞ!」
アルテオがそう言うと、三人は陣の方へ帰って行った。
「何なんですかね」
「うーむ、そうだな」
「私たちも引き揚げますか」
「そうだな」
リベルはアカテを背負って瞬間移動で最初にいた岩山に戻ると、すぐにフリーの記者だというディエゴがやってきた。
「是非、話を聞かせてくださいよ、情報料払いますから」
ディエゴは、銀貨を数枚手にしながら話しかけてくる。直ぐに追い払おうとするアカテをリベルは制してから、ポケットから金貨を一枚取り出す。
「これで、教えて欲しいことがある」
「こ、こんなにですか!、な、何でも聞いてください」
リベルは金貨をディエゴに渡すと、
「コルネリアとバルドゥールについて教えて欲しい」と言った。
「なんだそんな話ですか、この国の人間なら誰でも知ってるようなことしか知りませんけどいいですか」
「かまわない」
「まず、バルドゥール様ですが」
そう言って話し始めた。
バルドゥールとアルテオは十代のころからの親友で、二人でハンターをやっていた。共に類まれな才能を持っており、特にバルドゥールは剣だけでなく魔法も超一流で十代のころから突出していた。アルテオも魔法の天才として知られていたが、バルドゥールの前ではかすんでしまうほどであった。
二十代の前半にはAランクに上がって、竜退治をしたことが彼らを有名にし、国王直々にバルドゥールを騎士団長にと迎えようとしたが、健康上の理由でその誘いを断った。
バルドゥールは、前年に討伐した暗黒竜の呪いのブレスの影響で体が少しずつ蝕まれており、常に全力を出せなくなっていたのである。
その代わりに、アルテオが騎士団長となり、バルドゥールはその補佐役となった。
「ふむふむ、なるほど。その呪いでバルドゥールさんは早死にすることになるわけか」
「まあ、そうなんですが。次はコルネリア様です」
そう言って話し始める。
コルネリアは、下級貴族出身だが器量がよく人気があった。アルテオも一目惚れし妻に迎えようとしたが、コルネリアとバルドゥールは愛し合っており相手にしていなかった。
そんな中、長生きできないと思ったバルドゥールは、コルネリアを半ば捨てるようにして別れ、アルテオと結婚できるように導いた。
その後、コルネリアはアルテオと結婚したが、コルネリア一途のアルテオとは裏腹に、コルネリアはバルドゥールが忘れられずにいた。
そして、結婚して三年ほどが経ったときバルドゥールが亡くなった。
「ふーん、そんな関係があったのか」
「問題はこれからで、バルドゥール様への思いを断ち切れていないコルネリア様に嫉妬したアルテオ様が、毒を盛ってバルドゥール様を殺害したと噂になったんです。それを真に受けた、コルネリア様はバルドゥール様の後を追って命を絶ったという訳です」
「なるほど、毒を盛ったという噂か・・・」
「まあ、真偽の方は分かりませんけどね、コルネリア様の死はアルテオ様にもだいぶ堪えたようで騎士団長を辞めてこの国を出て行ったんです」
「でも今は軍務卿でしたっけ」
「そうです、何でも高名な魔法の師匠に付いて魔法を極めたそうで、戻ってきたらすぐに軍に戻って圧倒的な魔法の力で実績を積み上げました。そして、魔術軍を創設したんです」
「なるほど、よく分かったよ、ありがとう」
リベルはディエゴに礼を言って別れる。
「アカテさんこれからどうします」
「夜になってから帰から、アルテオの件はよろしく頼むよ」
「分かりました、ではまたどこかで」
リベルとアカテはそう言って別れた。
リベルがサリファンに戻ると、町は活気にあふれていた。
「さすが、アルテオ様だ」、「何でも味方は無傷だそうだ」
「俺は信じてたがな」、「嘘つけ荷物をまとめていたじゃないか」
「ハハハハ」
町のいたるところで戦勝の話で持ち切りだ。
(情報が早いな、どうやって知るんだろう。魔道具かな?)
そう思いながら、リベルは町を歩いていた。
カイル霊廟に戻ったリベルは、みんなに簡単な報告をした。
「たった一日で引き揚げたのか」
終始黙って聞いていたが、バルドゥールが独り言のようにつぶやいた。
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